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1815年のゲーテ作品の頂点。
音楽の授業で聞いた方も多いのではないでしょうか。あまりにも有名な作品番号1です。
生涯に634曲もの美しい歌をつくった歌曲王シューベルトの作品はようやく1821年になって出版されはじめ、
作品番号はそれ以後出版ごとに作曲の順序とは無関係につけられているので、op.1 はそのまま処女作を
意味するものではありませんが、この曲が彼の歌曲のなかでもっとも早く世に知られたものであったことは間違いありません。
冒頭のすさまじい三連符のつらなりが疾駆する馬のひずめの音をあらわし、その響きは時に強く、時に弱く、
情景の変化や感情の起伏と密接に結びついて全曲の支えとなり、歌い分けられた声による物語の進展は
転調につぐ転調とともに劇的な頂点に盛り上がっていきます。
“Mein Vater, mein Vater” マイン ファータル マイン ファータル”(お父さん、お父さん)と鋭い不協和音に彩られた子供の恐怖の叫び、
淡々とした語り手、低く力強い父親の声、この世ならぬ魔王のささやき、歌い手はひとりで、この4人を歌い分けます。
1782年、ゲーテはヘルダーの翻訳したデンマークの民衆バラード
「魔王の娘」 を素材に、自然の神秘さと悪魔的な力をうたった詩を
物語歌劇 『女漁師』 の挿入歌としてかきました。
タイトルの 『Erlkönig』 はゲーテの造語で、語源はデンマーク語の “Ellarkonge” です。
Ellar はドイツ語の Elf(妖精)、Konge はドイツ語の 「王」 なので、「Elfenkönig」(妖精の王) とされ、
さらにデンマーク語の Ellar がドイツ語の Erle (はんの木)と発音が似ているため、このタイトルに落ち着いたとされています。
シューベルトは10月のある午後、訪れた二人の友人が見守るまえで、猛烈な勢いでこの曲を一気に書きあげたそうです。
<ドイツ語歌詞> | <日本語訳> |
ヴェィ ライテト ゾー
シュペート ドゥルヒ ナハト ウント ヴィント Wer reitet so spät durch Nacht und Wind? |
(語り手) こんなにおそく夜と風をついて、馬走らせてゆくのは誰? |
エス イスト デァ
ファーター ミット ザィネム キント Es ist der Vater mit seinem Kind; |
それは子供を連れた父親 |
エァ ハット デム
クナーベン ヴォール イン デム アルム er hat den Knaben wohl in dem Arm, |
父は子を腕に抱き |
エァ ファスト イーン
ズィッヒャー エァ ヘルト イーム ヴァルム er faßt ihn sicher, er hält ihn warm. |
しっかりとつかみ、温かく抱きしめている |
マイン ゾーン ヴァス ビルクスト
ドゥー ゾー バング ダイン ゲズィヒト Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht? |
(父親) わが子よ、なぜそんなこわそうに顔を隠すのだ? |
ズィースト ファーター
ドゥー デン エァルケーニヒ ニヒト Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht? |
(子供) お父さんには魔王が見えない? |
デン エルレンケーニヒ
ミット クローン ウント シュヴァイフ den Erlenkönig mit Kron und Schweif? |
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マイン ゾーン エス
イスト アイン ネーベルシュトライフ Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif. |
(父親) 息子よ、あれはたなびく霧だよ |
ドゥー リーベス キント コム
ゲィー ミット ミア "Du liebes Kind, komm, geh mit mir! |
(魔王) かわいい坊や、わしと一緒にいこう! |
ガール ショーネ シュピーレ
シュピール イヒ ミット ディア gar schöne Spiele spiel ich mit dir; |
おまえと楽しい遊びをしてあげるよ |
マンヒ ブゥンテ ブルーメン ズィント
アン デム シュトラント manch bunte Blumen sind an dem Strand, |
岸辺にはたくさんの色とりどりの花が咲いているし |
マイネ ムター ハット マンヒ ギュルデン ゲヴァント meine Mutter hat manch gülden Gewand." |
わしの母は金の服をたくさん持っている |
マイン ファーター マイン
ファーター ウント ヘーレスト ドゥー
ニヒト Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht, |
(子供) お父さん、お父さん、聞こえないの? |
ヴァス エルレンケーニヒ
ミア ライゼ フェアシュプリヒト was Erlenkönig mir leise verspricht? |
魔王が声をひそめてぼくに約束しているのが? |
ザイ ルーイヒ ブライベ ルーイヒ マイン キント Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind; |
(父親) 静かに 静かにしていなさい わが子よ |
イン デュレン ブレッターン ゾイゼルト デァ ヴィント in dürren Blättern säuselt der Wind. |
枯葉が風にざわめいているんだよ |
ヴィルスト ファイナー
クナーベ ドゥー ミット ミァ ゲェイーン "Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn? |
(魔王) いい子よ わしと一緒に行きたくないのかい? |
マイネ テヒター ゾレン ディヒ ヴァルテン ショーン meine Töchter sollen dich warten schön; |
わしの娘たちにおまえの世話をよくみるよういってある |
マイネ テヒター フーレン デン ネヒトリッヒェン ライン meine Töchter führen den nächtlichen Reihn |
わしの娘たちは夜ごと輪舞を披露し |
ウント ヴィーゲン ウント
タンツェン ウント ズィンゲン ディヒ アイン und wiegen und tanzen und singen dich ein, |
揺すり 踊り 歌ったりして おまえを寝かしつけてくれるよ |
und wiegen und tanzen und singen dich ein." | |
(子供) お父さん、お父さん、あそこに見えないの? |
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エァルケーニヒス テヒター
アム デスターン オルト Erlkönigs Töchter am düstern Ort? |
暗いところにいる魔王の娘たちが |
マイン ゾーン マイン ゾーン
イヒ ゼィー エス ゲナォ Mein Sohn, mein Sohn, ich seh es genau, |
(父親) 息子よ 息子よ 確かに見えるとも |
エス シャイネン ディー
アルテン ヴァイデン ゾー グラォ es scheinen die alten Weiden so grau. |
古い柳の木立が灰色に光って見えるんだよ |
イヒ リーベ ディヒ ミヒ ラィツト ダイネ ショーネ ゲシュタルト "Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt, |
(魔王) わしはお前が好きだ かわいい姿がたまらない |
ウント ビスト ドゥー
ニヒト ヴィリヒ ゾー ブラォホ イヒ ゲヴァルト und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt." |
おまえにその気がないのなら 力づくだぞ |
マイン ファーター マイン ファーター
イェツト ファスト エァ ミヒ アン Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an! |
(子供) お父さん お父さん つかまっちゃったよ! |
エァルケーニヒ ハット ミァ
アイン ライツ ゲタン Erlkönig hat mir ein Leids getan! |
魔王がぼくをひどい目にあわせる! |
デム ファーター グラォゼッツ エァ
ライテット ゲシュヴィント Dem Vater grauset's, er reitet geschwind, |
(語り手) 父親はそら恐ろしくなって 急いで馬を駆った |
エァ ヘルト イン アルメン
ダス エヒツェンデ キント er hält in Armen das ächzende Kind, |
うめく子供を腕に抱いて |
エァライヒト デン ホーフ
ミット ミゥーエ ウント ノート erreicht den Hof mit Müh und Not; |
やっとのことで館に辿りつけば |
イン ザイネン アルメン ダス キント
ヴァール トート in seinen Armen das Kind war tot. |
その子は腕のなかで息絶えていた |
<日本語歌詞>
<その1> | <その2> | <その3> |
風をつき 闇の夜(よ) 岸走る父と子 子を父はひしと 抱(いだ)きしめ 温(ぬく)めつ |
風の夜(よ)に馬を駆り 駆けりゆく者あり 腕に童(わらべ) 帯びゆるを しっかとばかり抱(いだ)きけり |
駒を駆り 闇の夜(よ) 父親はその子を 己が腕にしかと 抱(いだ)きて いそげり |
子よ 何におののくや 見ずや 父 魔王を いかめしき魔王を |
坊や なぜ顔を隠すか お父さん そこに見えないの 魔王がいる 怖いよ |
子よ なぜ面(おも)隠すや 見ずや 父 魔王の いかめしく立てるを |
子よ そは狭霧(さぎり)ぞ | 坊や それは狭霧(さぎり)じゃ | 子よ そは狭霧(さぎり)ぞ |
いとし子 来たれよ われといざ遊ばん 岸辺には花咲き |
かわいい坊やおいでよ おもしろい遊びをしよう 川岸に花咲き 綺麗な おべべがたんとある |
いとし子 来たりて 楽しく遊ばずや 渚には 花咲き よき衣(ころも) 家にあり |
父よ 父よ 聞かずや 魔王のささやくをば |
魔王が何か言うよ |
父よ 父よ 聞かずや 魔王のささやけるを |
わが子よ おののきせそ 鳴るは 木(き)の葉ずれよ |
なあに あれは 枯葉のざわめきじゃ |
もだせ 静まれ 子よ 枯葉のざわめきぞ |
いとし子よ ゆかずや わがむすめらは待ちたり むすめら連れて舞い遊び 歌おもしろく 伽(とぎ)せん 歌おもしろく 伽(とぎ)せん |
坊や 一緒においでよ 用意はとうに出来てる 娘と踊って遊ぼうよ 歌っておねんねもさしたげる いいところじゃよ さぁおいで |
いとし子よ 行かずや わが娘らは迎え 夜ごとに舞い踊りつつ 汝(なれ)をばうたい慰めん 汝(なれ)をばうたい慰めん |
父よ 父よ 見ずや そこに 魔王のむすめらを |
お父さん お父さん それそこに 魔王の娘が |
父よ 父よ その闇に 魔王の娘みずや |
子よ 子よ いまそこに 立つは古き柳ぞ |
坊や 坊や ああそれは 枯れた柳の幹じゃ |
子よ 子よ 汝(な)が見しは 朽ちたる柳の木ぞ |
いとしや 世にうるわしき子 拒むとも われ連れゆかん |
かわいや いい子じゃのう坊や じたばたしてもさらってゆくぞ |
好まずとも 連れ去らん |
父よ 父よ 守りてよ 魔王 われを捕らう |
お父さん お父さん 魔王が今 坊やをつかんで連れてゆく |
父よ 父よ 魔王は今 われをば捕えたり |
父 奮い ひたばせぬ 悩める子を 抱(いだ)きつつ 家にわいたりぬ そが子はすでに死せり |
父も心 おののきつつ 喘ぐその子を抱(いだ)きしめ からくも宿に着きしが 子は既に息絶えぬ |
父恐れ 駒はやめ 喘ぐ子を抱(いだ)きしめ わが家に到れば 幼な子の息絶ゆ |