「小十郎、アイツから目を離すな」

政宗さんの傷を癒すため、伊達軍は奥州に引き上げることになった。
甲斐から本能寺、そして安土と強行軍が続き、人も馬も疲れている。
信長との死闘のあと、手当てを受けた政宗さんは昏睡状態のように、ずっと目を開けなかった。

「政宗さん・・・お疲れさまでした。
 ・・・今までありがとう」

大きな手を優しく両手で握り締める。
そっと手を戻したけれど、心のどこかでは政宗さんが前みたいに目を覚ましてくれるのを期待していたのかもしれない。
なかなか手が離せなかった。
・・・政宗さんの寝顔、ほんとに見飽きないなあ。くすりとした笑みがもれる。
まだ今は心配だから。
もう少しだけ、そばにいさせてくださいね。

伊達軍はゆっくりと帰還を始めた。
政宗さんの傷に障らないよう、今までは一日で走破してきた距離を何日もかけて。
夜はみんなぐっすり眠っているようだった。

何日も過ぎたある夜、夜陰にまぎれて、私は馬に鞍をのせ、音を立てないよう静かに引いていった。
道は頭に入れたし、ちょっとばかり食料も頂いた。
よし、行こう。
・・・これ以上、ここにいたらいけない。
傍観者でいられるうちに去ろう。本能寺から安土へ向かうときにそう決めていた。
本当は織田信長を倒したときにどさくさにまぎれて消えるはずだった。
けれど、怪我を負った政宗さんが心配だったから。
ついずるずると今まで引き延ばしてしまったけれど、もう政宗さんは大丈夫。
突然、私が消えても、見届けて天に帰ったんだとあきらめてくれるだろう。

「さようなら」

私は一礼し、馬にまたがった。
疲れてるのにごめんね。心の中で謝りながら、夜通し馬を走らせる。
できるだけ早く、遠くに離れたかった。
心が変わらないうちに。

夜が明ける頃、私は街道から少し外れた川のほとりにしゃがみこんでいた。
ここまで来れば、仮に街道を追ってきたとしても見つからない。
はあ・・・。 ひざをかかえこんだ両腕のなかに顔をうずめる。
自分で決めたはずなのに、ため息が止まらないのはなぜだろう。

「ずいぶんとまあ、遠い散歩だな。 水をくれ」

「はい、えっ?」

思わず返事をした直後、心臓が跳ね上がった。とっさに振り返る。

「嘘! どうして・・・」

見開いた視線の先には、あきれたようにこちらを見下ろしている政宗さんがいた。

「んなもん、アンタを見てりゃ分かる。そんなに思い込んだ目をしてればな」

「っ! ごめんなさい!」  一目散に逃げ出す。

「おい、待てっ! ぐっ!」

苦しげな声に振り向くと、政宗さんがわき腹を押さえてうずくまっていた。

「! だいじょうぶですかっ」

考えるより先に足が動いていた。疾走する馬に乗って傷口が開いてしまったのかもしれない。
駆け寄ってうつむいている肩に手を添えると、手が伸びて、引っ張りこまれた。

「まさ、むねさん?」  私の体は政宗さんの腕のなかにすっぽりおさめられていた。

「Gotcha」

・・・頭をかかえたくなった。
こんな古典的な手にひっかかるなんて。

「ったく、手間かけさせやがって」

政宗さんはぎゅっと私を抱きしめた。
心臓がどきどきして、顔が熱くなる。
でも私だけじゃない。政宗さんの心臓もどきどきして、いる?

「本当にイヤなら逃げてもいいんだぜ」

政宗さんは腕をゆるめた。
・・・・・・。いや、じゃない。でもだめだと声が響く。特別な感情を持ったらいけない。
私は傍観者だから。いつか帰る人間だから。
身を固くしたままの私に政宗さんは軽く息をついた。

「Be youeself. アンタ、オレが好きなんだろ」

体がびくっと震えたのが分かった。
それを認めてしまったら、私は帰れなくなる。

「おい。オレの目を見な・・・そらさずに見てみな!」

そう言われても顔を上げる勇気がなかった。
今、政宗さんの目を見たら平静を装えない。きっと簡単に心を見抜かれてしまう。

「なら、オレが言ってやる。オレはアンタが」

「! だめっ!!」

とっさに政宗さんの口を押さえようとした。
その先の言葉を聞いてはいけない。
この気持ちに気がつかなかったら、いっそ片思いだったら。
自分の意志とは無関係に涙があふれ出た。

「・・・オレの前で泣いたな」

政宗さんは言葉の続きを言わなかった。
そのかわり、大きな手で私の頬を包んで涙をぬぐったあと、覆いかぶさるように・・・キスをした。
今度は頬ではなく、唇に。

「!!」 抗うことを許さない強引な口づけ。言葉を使わなくても想いが伝わってくる。

崩れ落ちそうになる私を、政宗さんは抱きとめた。

「Time's up. 覚悟を決めろ。 オレはおまえを失えねえ。
 これからはオレを見届けなくていい、オレの左目が見るものと同じものを見ていけ」

Loving is not just looking at each other, it's looking in the same direction.

誰かが残したそんな言葉がふと脳裏をよぎった。
もうダメだ。帰れない。深いため息がこぼれてしまったけれど、それでも今の私は幸せだった。

「はい・・・」

政宗さんの目を見上げた。強くて、優しい光が私をとらえている。

「いい返事だ。 っと、そうだ、名前は? 天使は本名じゃねえんだろ」

「私の名は・・・」

「OK、奥州に着いたら祝言だ。 帰るぞ」

政宗さんは初めて本当の私の名を呼んだ。


政宗さんに連れられて引き返すと、少し行ったところで小十郎さんが待っていた。

「やっと枷を外したようだな」

「はい。・・・え、あの、もしかして小十郎さん、ずっと見てました?」

「ああ。 おめでとうございまする、政宗様」

小十郎さんは政宗さんに向き直り、頭をさげた。

「Thanks. さあ、とっとと奥州に戻るぜ!」

政宗さんはこともなげに応えたけれど、私の顔はまた真っ赤になっていた。

その後の伊達軍の動きは今までの行軍とはうってかわって、早かった。
とんとん拍子に話も進み、私の知らない間に日取りまで決まっていた。
祝言の日、正装した政宗さんに見とれてしまったのはここだけの話。
まさかこの世界に来る前に口ずさんだ句が、元の世界での辞世の句になるなんて。
奇妙な縁もあるものだ。ふとそんなことを考えていた。
あの句を何気なくつぶやいたときに、ここに来るのが決まったのかもしれない。
祝宴もとどこおりなくすみ、夜。 ふたりっきりになったとき・・・

「政宗さん」  私は布団の上に正座して政宗さんに向き直った。

「なんだ?」

「本能寺のことを話してくれませんか」

「お、おまえ、今、それを言うのか」

政宗さんの目が信じられねえというふうに見開かれる。

「はい。ずっと気になっていて・・・ダメでしょうか」

「あー! わかったよ! 分かったから、そんな顔をするな」

「ありがとうございます」 

政宗さんはあぐらをかいて座ると、武田屋敷を出てからあとのことを話してくれた。

「そうだったんですか。それで・・・ !」

「Shut your mouth」

話が終わったあと、問いかけようと開いた唇を政宗さんは人差し指で軽く押さえた。
びっくりして口をつぐんだ私に言う。

「オレはおまえと一晩中おしゃべりする気はねえ。Now, it's my turn.
 このオレが散々待たされたんだ。 これ以上焦らすのは酷ってもんだぜ」

唇に触れた指先が頬をなぞる。

「待ってください。あとひとつだけ」

顔を寄せてくる政宗さんを押しとどめ、私は布に包んだロザリオを差し出した。
ずっと身につけていたけど、政宗さんと共にいると決めたときから外していたロザリオ。

「これを・・・」

「あん?」

「政宗さんに預かっていてほしいんです。私が元の世界に帰る気になるまで」

「ふっ、なるほど。 天女の羽衣ならぬ、天使のロザリオってわけだ。
OK.こいつはこの伊達政宗が預かった。ま、返すときはこねえだろうがな」

受け取ったロザリオを置き、政宗さんはふたたび私の頬に手をそえた。
のそきこむ隻眼が甘くゆらめく。

「もういいだろ。 ・・・好きだ。どうしようもねえくらいにな」

吐息のようなその言葉に身をゆだねるように私は目を閉じた。

遥かな時ののち、このロザリオは伊達政宗の遺品のなかから見つかることになる。
でもそれは遠い遠い未来の話。


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<おまけ・・・文中に出てきた英語の訳やセリフの意味など>

Time's up.   (時間切れだ)

Loving is not just looking at each other, it's looking in the same direction.
愛するということは、ただお互いを見つめあうことではなく、同じ方向をみつめることである(サン=テグジュペリ)

Thanks.   (感謝する)

「まさかこの世界に来る前に口ずさんだ句が、元の世界での辞世の句になるなんて」
  ※ 序章の冒頭の句は、伊達政宗の辞世の句です。

Shut your mouth. ・・・ 静かにしな。 直訳は、口を閉じろ。

Now, it's my turn.    (今度はオレの番だ)


<あとがき>
伊達政宗のセリフをとっておくために書き始めたら、途中で脚本全集なるものがあることを知り、ショック。
でもすでに数話アップしていたし、今さら全部消すのも・・・と思って、書きあげることにしました。
EDは迷っていて、仙台の七夕祭りを天に帰った主人公を想って始めたという帰還(悲恋)EDも考えましたが、
やっぱり最初の、伊達政宗の遺品のなかにロザリオがあったことから思いついたこのEDでいくことにしました。
楽しんでもらえたならうれしいです。最後まで読んでいただいてありがとうございました。  2010.1.3 るね