鐘の音? いえ、違う。
これは・・・。
・・・。
・・・・・・・・・。
!!
「きゃー! 寝過ごした!」
わたしはベッドから飛び起きた。
今日から学校だ。朝食もそこそこに家を飛び出る。
「ほら、早く! 気合い入れて走らないと遅刻するわよ!」
「待って・・・ はあっ はあっ はあっ」
待ってくれていた友人にせかされて、大通りを走る。
学園に続く通りには、わたしたち以外の生徒の姿はなかった。
それがあせりに拍車をかける。
(えっ!?)
突然、勢いよく肩が何かにぶつかって、大きくよろめいた。
「だいじょうぶ? ああ、ケガはないみたいね。よかった」
あわてて友人がかけよってきてくれる。
その頭上に男の人の声が降ってきた。
「愚か者が! どこを見て走ってるんだ。
我は女でも容赦はしないぞ」
「!」 見上げた瞬間、心臓が、はねあがった。
「すみません、急いでいたので」
私をかばうように友人が間に入ってくれる。
「急いでいようが、前を見て走るぐらいできるだろうが」
「ごめんなさい。本当に急いでいるので。失礼します」
素早く一礼すると、友人は私の手をとって、走り出した。
「あ、あの・・・ ごめんなさい」
手をひっぱられて駆け出しながら、私も頭をさげた。
もう一度、顔を見ようと振り返ったのだけれど、よく見ることはできなかった。
「ふん、あの女・・・エーデルブルーメ学園か。
では我もいくか」
はあ、なんとか間に合った。
教室にかけこむと同時に先生が入ってくる。
「今日はみんなに転校生を紹介する。さあ、入って」
教室内がざわめく。
友人がわたしの服を軽くひっぱった。
「さっき、あなたがぶつかった人じゃない。転入生だったのね。
ちょっと怖そうな感じ」
(あの人だったんだ・・・)
教室に入ってくる彼をまじまじと見つめた。
背が高くて、人を近づけない、威圧するような雰囲気を漂わせている。
浅黒い肌にシルバーアッシュの髪が派手なほど目立って、人目を引いた。
「なんかヤバそうなやつだな」
「あれ、染めてんじゃねえの」
そんなひそひそ声が聞こえてくる。
「わけあって東のほうから転校してきた。ま、よろしく頼む」
そんな空気をまったく気にせず、鷹揚に彼は教室を見渡した。
「転校したばかりで分からないことも多いだろうから、みんないろいろ教えてやってほしい。
君の席は・・・あそこがあいている席だから、とりあえずあそこに・・・」
先生の話が終わらないうちに、彼は歩き出した。
皆が注目するなか、わたしの席の近くで、ぴたりと止まる。
「どけ」
「ぼく? ぼくに言ったの」
きょとんとしたのは、となりの席の男子だった。
「そうだ貴様だ。ほかに誰がいる?
我がそこに座る」
「ここはぼくの席なんだけど」
「だから、どけといっているだろう。
貴様には理解力というものがないのか。愚か者が」
教室内が大きくざわついた。
「君、言われた席につきたまえ」
先生に注意されても、悠然としている。
「我はここが気に入った。眺めもよい。この席にするぞ」
「私が言ったのは向こうの・・・」
「問題ない。貴様の言ったとおり、この席はあいているようだ。そうだろ」
紫の瞳が、席にいる男子を見下ろした。
「は、はい! そうです、そうです、空いてます。
ぼくは、あ、あそこの席に行こうかな」
ガタガタとあわただしく男子生徒が席を立ったあと、さも当然というふうにそこにすわり、外に目をやる。
ふいにその目がわたしに向いた。
「なんだ女、我の顔になにかついているのか。
そういえば見たことがある。どこかで会ったか。
ああ、思い出したぞ。今日の朝、不届きにも道でぶつかってきた女だ」
「・・・・・・」 こういう場合、なんとこたえればいいのだろう。
「授業を始めるぞ」
先生の言葉に、ようやくみんな、我にかえり、いつもの雰囲気に戻っていった。
「教科書、24ページを開いて」
ふと彼が教科書を持っていないことに気づいた。
横から遠慮がちに差し出す。
「なんだ、我に教科書をみせてくれるのか。
ふん、それで恩を売るつもりか。そう簡単に手なずけられたりはせぬぞ」
彼は口調こそ、ぞんざいだったけれど、なかなか面白い人だった。
余裕たっぷりな態度なのに、真面目にノートをとっている。
「おい、なぜ笑う? おかしい? 我がか。
本気で言っているのか」
わたしがうなずくと、意外にも楽しそうな声がかえってきた。
「ほう。 フッ、そうか。
まったく度胸があるのか愚かなのか、分からぬ女だ」
「そこ、おしゃべりしない!」
先生から注意されるほど、いつのまにかわたしたちは打ち解けていた。
数ケ月後・・・
課外授業の日。
集合場所の駅でわたしと友人は待っていた。
すぐそばをたくさんの人が行き来している。
「そういえばあなた、最近、人ごみできょろきょろしなくなったのね」
「うん、もういいの」
「そうなの?」
「あ、来た!」
不思議そうな顔をする友人の横で、わたしは人ごみのなか、誰よりも早く彼を見つけていた。
そう。だって、わたしはもう見つけたから。
ずっと探していた、彼の魂(ゼーレ)を。
The End