こちらは、『謎かけ姫』 に出てきた問いの答えです。
できれば本編の問題を読んで答えを考えてみてから、お読みください。


      


「ところでルース、おまえはどんな謎かけされたんだ」

「ん? ああ」

風になびく前髪を邪魔そうにかきあげ、ウェルを振り返ったルースはしばらくして思い出したように言った。

「ふたつあった。解いてみるか?」

ぜひとも、と答える眼差しに、並走する馬の背で彼は言った。

「・・・気がついたら海賊の格好をしていた。
 俺は海賊の頭領で部下は9人、計10人で100枚の金貨を分ける。
 海賊には序列がはっきり決まっていて、上位の者、つまり頭領である俺から金貨の分配方法を提案する。
 その案の賛否を全員が投票し、半数以上の賛成が得られればそのとおりになるが、反対が多ければ提案者は殺され、次の上位者が変わって提案する。
 9人の部下は皆賢く、極めて論理的で、分け前を少しでも多くとりたいと思っているし、仲間が死ぬことなどなんとも思わない。
 あんたが頭領として、なるべく多くの金貨を得、かつ半数以上の賛成を得るには、どんな提案をする?」

「ひとり10枚ずつ平等に分配すれば賛成多数だろうが、それだとなるべく多くの金貨を得ることにはならない・・・
 そうだな、オレが提案するとすれば」

ウェルのつぶやきに、ルースの目に興味深げな光が宿った。

「頭領であるオレが96枚、次の2位の者が0、3位は1枚、4位は0、それから交互に5位は1、6位が0、7位が1、8位が0、9位が1、最下位が0ってところかな」

「理由は?」   

「半数の賛成が得られればいいんだろ?
 たとえば10人でなくて、ふたりだったときは自分が100枚、相手が0でも、自分が賛成に投票するから問題ないわけだ。
 それが3人になった場合、自分が100枚だと2位が反対、3位は提案者が殺されてもどうせ次に提案する2位が100枚とるから賛成でも反対でもいい。
 だが命がかかっている提案者とすれば、確実に賛成票を得たいから、1枚やれば、3位は何ももらえないよりは1枚でもと賛成にまわるだろう。
 4人以上の場合も考え方は同じだな。たとえ4番目が反対しても提案者と3位の者が賛成すれば、半数の賛成で提案は通る。だから4位は0でいい。
 こんなカンジじゃないかな。まあ、しかし実際にこんな分配を提案したら殺されそうだが」

「杞憂だ。あれは誰かがつくった思考の世界。
 その世界の住人に感情が入り込む余地はない」

「次の問題は?」

「椅子に縛り付けられている者が自分を含め3人いる。
 そこへ赤と青の染料が入った皿を持ったシスターが入ってきて、全員に目隠しをする。
 そしてこれから赤か青、どちらかの色で額に十字の印を描く。目隠しが外されたとき、 他の二人のどちらかにでも赤い十字が描かれていたら手をあげ、自分の額に描かれている色がわかったら手を下げるよう告げられる。
 言葉や身振りで教えるのは禁止だ。
 目隠しがとられたとき、他の二人の額には赤い十字が描かれていたから俺は手を上げた。
 ほぼ同時に他の二人も手を上げ、3人全員が上げていた。
 結論を言えば、俺は見えないにもかかわらず、自分の額に赤い十字が描かれているとわかった。
 なぜだか分かるか」

「2分の1の確率にかけた、なんてことは、・・・おまえにはないだろうな。
 赤い十字が見えたら手を上げる、そして3人とも手をあげた」

ウェルは考え込んだ。

「降参か?」

「ちょっと待てって。 ああ、そうか。仮定の問題だな」

満足げな笑みを浮かべ、ウェルは答えた。

「仮に自分の額に青の十字が描かれているとしよう。そうすると他のふたり、AとBのうちどちらか
 たとえばAは自分の額には赤い十字が描かれていると分かるだろう。
 そうしないと青い十字架がふたつになって、Bは手を上げられないはずだからな。
 だがBは手を上げている。だからAとBは自分の色を決められない。
 ということは、自分もまた赤い十字をつけられているってことを意味しているわけだ」

「正解。 俺のは以上だ。 で、あんたの時間がかかった謎解きは?」

「・・・その棘のある言い方、なんとかしたほうがいいぞ。
 オレは海賊の頭領になったおまえ以上にスリリングな幕開けだった。
 なにせ気がついたら、空から落ちている最中だったんだからな。
 それはともかく、オレの謎解きは簡単なものも含めてみっつだ。最初からいくぞ。
 完全な円形の湖のまんなかに浮いた船にいる。
 湖の岸には悪魔がいて、水には入れないが、岸についたオレたちを捕まえようとしている。
 だが悪魔が岸で待ち受けてさえいなければ、オレたちは無事に岸につき、そうすれば悪魔は手出しできなくなる。
 悪魔は船の最高速度の4倍の速さで移動する。どうすれば悪魔より先に岸につけるか」

「ふーん、4倍か・・・」  ルースはわずかに唇の端をあげた。

「ああ、4倍だ」  意を察したのか、ウェルも笑みをうかべる。
  
「悪魔が移動しなければならない最大の距離は湖の半周分だから湖の半径を r として πr。
 悪魔はこちらの π 倍の距離を移動するから、3.14倍。
 要するに、3倍までならそのまま反対側に全速力で逃げれば間に合うってことだ」

「ならこうすればいい」  ルースは即答した。

「4倍の速さなら湖の半径の1/4の内側ぎりぎりまで船で円を描くように岸に向かう。 その範囲の円なら悪魔は追いつけない。
 そこで悪魔が180度遅れるまでまわり続ける。
 湖の中心から 1/4 近く離れたところで 180度反対側に悪魔がいれば、そこから一直線に岸に向かえば間に合うはずだ。
 つまり悪魔の移動する距離は変わらず πr で4倍の速さで移動するから、πr/4 だが、 船が進まなければならない距離は 湖の半径の 3/4 を少し越える程度、約 3r/4 に縮まる。
 悪魔はこれだけの距離を移動するのに π/3 倍かかる。
 π/3 は 1.046・・・で1よりわずかに大きいから、悪魔がたどりつくまえに岸につける・・・減速せずに突っこめばな」

「それはまあ、完全なる思考世界だから」  ウェルは苦笑した。

「次の問題いくぞ。これは気づけば簡単だ。
 ふたりの旅人と一緒に食事をした。オレが何も持ってないのを知ると、ひとりは5個のパン、もうひとりは4個のパンを出しあって3人で分けた。
 お礼に9枚の銅貨を渡すと、彼らは5枚と4枚に分けたから、オレは不思議に思った。
 おまえだったらどう分ける?」

「6枚と3枚」  あっさりとルースは答えた。

「9個のパンを3人で分ければ、ひとり3個だ。おまえはひとりから2個、もうひとりから1個もらったことになる。
 当然、9枚の銅貨の3分の2である6枚を5個のパンを提供したひとりに、3分の1にあたる3枚をもうひとりに渡すのが妥当だろうな」 

ウェルはうなずいて、話を続けた。

「次が最後だ。ふたまたに分かれた道の間に木が立っていて、それぞれの道の上にはりだした枝にオウムが一羽ずつ止まっている。
 木の前には看板があって、この木に止まっているオウムは一羽は真実のみ、もう一羽は偽りのみ答える。
 質問は一度、答えるのは一羽のみで、はい か いいえ しか言わない。されば問え、正しき道を知る問いを、てことで、 これがけっこう時間かかったんだよな。
 あ、一応言っておくが、どちらが真実を答えるオウムなのかは分からないぞ」

「当たり前だ。分かっていたら問題にならない」

反射的に答えつつ、ルースは考えていた。
もともとこういった謎ときの類が好きなのだろう。めずらしく楽しげな色が彼の横顔に浮かんでいた。
しばらくして顔を向けたルースはふいに一方を指差し、言った。

「この道が正しいかたずねたときに、おまえは はい と答えるか」

「すごいな、おまえ」

「アンタも解けたんだろ」

答えが分かった時点で興味を失ったのか、ルースはいつもの冷めた表情に戻っていた。

「おまえな、オウムには “おまえ” で、オレは “あんた” 呼ばわりか」

あきれつつも、ウェルは賞賛の目を向けた。

「二重に質問すれば、正しい道を指した場合、どちらのオウムも はい と答える。
 逆に間違った道を指した場合は、どちらのオウムも、いいえ と答える。
 はいと答えれば、その道を、いいえと答えたら、もう一方の道を行けばいいってことだ。
 ? どうした?」

ルースの口元が笑みを含んでいるのに気づき、ウェルは驚いて声をかけた。

「以前アルルと石取りゲームをしたことがある。
 100個の石を3つまで好きな数だけ取っていって、最後に石を取ったほうが負けだ」

「ああ、必勝法は4の倍数だけ残していくやつか」

「少し考えれば分かりそうなもんだが、気づかなくて、真剣に悩んでいたのを思い出した」

「教えてやればいいのに」

「自分で答えを見つけだした瞬間が面白いんだ。
 ろくに考えもせず、答えを知ってもつまらないだろう」

闇の帳がおりた巨大な都が近づいてくる。
都にともる明かりを見つめたまま、ルースはかすかにつぶやいた。

「まだ謎は残っている」

「・・・まあな」

本当に知りたいことはなにひとつ分かっていないかもしれない。
答えが出ぬまま、ふたりは馬に拍車をあて、都に駆けこんでいった。

    

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