ジャコモ ・ プッチーニ 作曲

歌劇 ≪トスカ≫ 第2幕 より

歌に生き 愛に生き


Giacomo Puccini
“Vissi d'arte, vissi d'amore”  《Tosca》  ATTO SECONDO

《トスカ》 のなかでもっとも有名なアリア。
曲のなかに激しくも切ないトスカの全人生が示され、数あるソプラノのアリアのなかでも屈指の名曲といわれています。
絶体絶命の窮地に陥ったトスカが、これまで深い信仰とともに芸術に生きてきたのに、
なぜこのようなつらい運命をお与えになるのですか、と神に苦しい胸のうちを切々と訴えかけます。

Vissi d'arte, vissi d'amore 歌に生き 愛に生き
(Tosca) (トスカ)
ヴィッスィ ダルテ ヴィッスィ ダモーレ
Vissi d'arte, vissi d'amore,
歌に生き 愛に生き
ノン フェーチ マーイ マーレ アダーニマ ヴィーヴァ
non feci mai male ad anima viva!
よこしまの道をあゆまず
コン マン フルティーヴァ
Con man furtiva
悩む人の
クワンテ ミゼーリエ  コノッビ アイウターイ
quante miserie conobbi, aiutai.
友とわれは呼ばれぬ

セムプレ コン フェ スィンチェーラ
Sempre con fe' sincera
天にいます神の
ラ ミーア プレギエーラ
la mia preghiera
みさかえを
アイ サンティ タベルナーコリ サリィ
ai santi Tabernacoli salì,
朝夕にほぎまつり
セムプレ コン フェ スィンチェーラ
Sempre con fe' sincera 
みのり背かず
ディエーディ フィオーリ アッリ アルタル
diedi fiori agli altar.
つかえまつるを
ネッローラ デル ドローレ
Nell'ora del dolore,
もだえ苦しむ
ペルケェ ペルケェッ スィニョーレ
perchè, perchè Signore,
此の身をなどて
ペルケェム メ ネ  リムーネリ  コズィ
perchè me ne remuneri così?
見棄てたまいし

ディエーディ ジョイエッリ
Diedi gioielli
かずかずの
デッラ  マドンナ  アル マント
della Madonna al manto,
貴きたまや
エッ ディエーディ イル カント
e diedi il canto
わがいのち
アッリ アストリ アル チェル
agli astri, al ciel,
こめたる
ケン ネ リデーアン ピュウッ ベッリ
che ne ridean più belli.
歌をみまえに
ネッローラ デル ドローレ
Nell'ora del dolore,
まいらせしを
ペルケェ ペルケェッ スィニョーレ
perchè, perchè Signore,
ああ などて神よ
ペルケェム メ ネ  リムーネリ  コズィ
Perchè me ne remuneri così?
ああ 見棄てたまいし神よ


《直訳》
わたしは歌に生き、恋に生き
人様に悪いことなど決してしませんでした!
貧しい人たちを知れば、
そっと手を差し伸べ みなお助けしました
いつでも心からの信仰こもる
わたしのお祈りは
ご聖像の壇にのぼり
いつでも心からの信仰こめて
祭壇に花を捧げました。
それを この苦しみのときに
なぜ なぜ 主よ
どうしてわたしにこのような報いをお与えになるのですか

わたしは聖母様のマントに宝石を捧げました
また星々に歌を捧げました
それで星々は天でいっそう美しく輝きました
それを この苦しみのときに
なぜ なぜ 主よ
どうしてわたしにこのような報いをお与えになるのですか

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

プッチーニ全12曲のオペラのうちの5番目で、《ボエーム》、《蝶々夫人》 と並んでプッチーニ作品のなかで上演される機会が多い作品です。
原作はヴィクトリアン・サルドゥ “Victorien Sardou” の同名の5幕の舞台劇 『ラ・トスカ』 で、当時のフランスの名女優サラ・ベルナールのために 書き下ろした7編の戯曲のうちのひとつであり、19世紀末のヨーロッパでは大変な評判を得ていました。
プッチーニは1890年ミラノでその劇をみて、フランス語に熟達していないにもかかわらず、場面を追っていけたこと、
当時流行していた、現実をありのままに、なまの感情を持った人間を描こうとするヴェリズモ・オペラに格好の題材だったこと、
そして尊敬するヴェルディがもしこれほど年をとりすぎていなければ自分が作曲したかったと言ったのを聞き、オペラ化の意欲を燃やしました。
しかしすでにオペラ化の権利はフランケッティがとっていたため、プッチーニが楽譜出版社の社長リコルディに頼み込んだところ、
リコルディはプッチーニのほうが良いと踏み、貴族でおっとりしたフランケッティに、あんな品の悪いオペラはおやめなさいと言って
了承を得て台本をもらいさげ、プッチーニに渡し、こうして 《トスカ》 は誕生しました。

初演は1900年1月14日。
ローマのコンスタンツィ歌劇場で行われましたが、プッチーニに反感を持つ者の爆弾予告のうわさがあり、場内はざわついていました。
そんななか、遅れてきた観客がきっかけで、舞台は途中で幕をおろさざるを得ないほど混乱し、10分後に再開されたものの
場内は騒然として演奏もうまくいかず、幕間に女王が臨席してからやっと落ち着きました。
初演の批評はさまざまでしたが、同年3月にミラノ・スカラ座でトスカニーニの指揮によって再演されたときは文句なしの大成功をおさめました。
初演以来ドラマティック・ソプラノ憧れの役となったトスカを演じるには、高音域をいつも楽々と出し、堂々と歌えるドラマティックな声だけでなく、
美しい弱声をこなせる器用さ、さらに立ち居振る舞いに信仰心のあつさを感じさせる悲劇の舞台を支えるだけの演技力が必要とされています。
テノールのカヴァラドッシにはリリコ・スピントの張りのある声が、スカルピア役のバリトンには劇的表現力のドラマティック・バリトンが要求されており、
プッチーニのオペラではかなり重量級のものです。
背景になっているのは、ナポレオンを中心とする政治革命劇ですが、原作ではかなり濃厚に描かれているこの政治的背景が オペラのなかではかなり薄められており、結果として劇的構成の巧みなメロドラマに仕上がっています。
主要人物の3人がすべて死んでしまうという、プッチーニのオペラのなかでもドラマティックな力にあふれた作品のひとつです。

 「トスカ」 のあらすじ

1800年6月17日から18日の明け方までの出来事。
舞台はローマのテベレ川をはさんだ実在の場所で、第一幕の教会と、その裏手約300メートルのところにある第2幕のファルネーゼ館(現フランス大使館兼大使公邸)はテベレ川の東岸に、
第3幕の聖天使(サンタンジェロ)城はそこから1キロばかり離れたテベレ川の右岸にあります。
フランス王妃マリー・アントワネットが処刑されたフランス革命の影響を受けて、自由主義的、共和主義的な思想がイタリアにも広がっていましたが、 ナポリ王国がフランスに宣戦布告したあとは、そのような主義主張は反逆罪に値しました。
ローマを占領したフランスは、法皇領を解消し、チェザーレ・アンジェロッティを領事とする<ローマ共和国>を宣言。
シチリアに逃げたナポリ王妃マリア・カロリーナ(マリー・アントワネットの姉)はオーストリアらの援助を得て進軍すると、 ヴィテッリオ・スカルピア男爵が警視総監として密偵と刑事とで支えられた秘密警察機構を築き上げていたローマにうつり、革命派を厳しく弾圧しました。
オペラはナポレオン率いるフランス軍がオーストリア軍に歴史的大勝利をおさめたマレンゴの戦いを背景に、
ローマ共和国崩壊後、反逆罪のかどで投獄されていたアンジェロッティが、聖天使城から脱獄してきたところからはじまります。

第1幕 ATTO PRIMO
1800年6月17日、昼下がり。ローマの聖アンドレーア・デッラ・ヴァッレ教会のなか。
ぼろぼろの囚人服をきて、疲れ果て、恐怖におののきながらアンジェロッティが入ってくる。
アンジェロッティが妹が嫁いだ家の礼拝堂に身をかくすと、マグダラのマリアの絵の続きを描くためにカヴァラドッシが教会に入ってくる。
絵を描き始めたその背後で、人がいなくなったと思ったアンジェロッティが礼拝堂から出てこようとし、その音にカヴァラドッシが気づき振り返る。
アンジェロッティは驚き、身を隠そうとするが、目を上げた途端、友人だと気づき、喜びの声をあげようとして慌てておさえ、助けを求めるように両腕をさしのべる。
ローマ共和国の執政官だったアンジェロッティは政治犯として捕らえられ、聖天使城から逃げてきたところだった。
そのとき恋人の名を呼ぶ歌姫トスカの声が聞こえ、カヴァラドッシはアンジェロッティに隠れているよう言う。
トスカはカヴァラドッシの描いているマリアの絵が、アンジェロッティの妹アッタヴァンティ伯爵夫人をモデルにしていることに嫉妬して、
空色の瞳を自分と同じ黒い瞳にするように言うが、カヴァラドッシの愛の言葉に機嫌をなおし、出て行く。
アンジェロッティに自分の別荘の鍵を渡しているとき、脱獄を知らせる城の大砲の音が鳴り、二人は慌てて別荘に急ぐ。
入れ違いに聖歌隊や司祭たちが入ってきて、ナポレオンがオーストリア軍に敗北し、ファルネーゼ館で開かれる戦勝大夜会で、
フローリア・トスカがそのために書かれたカンタータを歌うと、にぎやかに話している。
そこへローマの警視総監スカルピアが脱獄したアンジェロッティを追ってやってきた。
礼拝堂にアッタヴァンティ伯爵家の紋章が入った扇を見つけ、雑用係の男の話から、スカルピアはカヴァラドッシが脱獄囚を助けているのを察する。
そこへ今晩の夜会で歌うため、会うことができないことを伝えようとトスカがやってくる。
トスカに横恋慕しているスカルピアが、紋章入りの扇を見せると、トスカはカヴァラドッシがアッタヴァンティ伯爵夫人と浮気をしていると思いこみ、
激しい嫉妬にかられ、ふたりの逢引を邪魔しようと別荘に向かう。
スカルピアは部下にトスカのあとをつけさせ、カヴァラドッシを絞首台に、トスカを自分の腕のなかにと一石二鳥を狙い、ほくそ笑む

第2幕 ATTO SECONDO
6月17日、夜11頃。ファルネーゼ館にあるスカルピアの居室。
スカルピアはカヴァラドッシを利用してトスカをものにしようと画策し、トスカに歌が終わったら来るように言伝と手紙を渡す。
部下がもどってきて、アンジェロッティには逃げられたが、マリオ・カヴァラドッシを捕まえたと報告する。
下で開催されている夜会ではトスカがカンタータを歌っている。それを聞きながらスコルピアにある考えがひらめき、
カヴァラドッシを連れてこさせ、死刑執行人のロベルティと検察庁判事を呼びよせる。
トスカの歌声が聞こえるなか、スカルピアは尋問をはじめるが、カヴァラドッシはきっぱりと否定する。
歌が終わり、トスカが部屋に入ってくる。カヴァラドッシは拷問室へ連れてゆかれ、スカルピアとトスカが部屋に残る。
何も知らないというトスカに、スカルピアは隣室でカヴァラドッシを拷問にかけさせ、ついにトスカからアンジェロッティの隠れ場所を聞き出す。
拷問に気を失ったカヴァラドッシは気がついたあと、トスカがしゃべってしまったのを知り、裏切り者と非難する。
そのときナポレオンが負けたのが誤報で、本当はオーストリア軍のメラス将軍が敗走したとの知らせが届く。
カヴァラドッシは喜び、怒ったスカルピアは彼を絞首刑のために連れ去るよう命じ、恋人にしがみつくトスカを押し返して扉を閉める。
スカルピアとふたりきりになったトスカはカヴァラドッシの助命を嘆願するが、スカルピアはその代償としてトスカ自身を要求する。
激怒し、逃げ回るトスカだが、死刑囚を護送する太鼓の音に、あと1時間の命だといわれ、絶望と苦悩にうちひしがれる。
ドアがノックされ、アンジェロッティが自殺したことが報告され、カヴァラドッシの死刑の準備も整った。
ついにトスカはスカルピアの要求にうなずき、スカルピアは以前やった見せかけの刑を執行するように意味ありげに指示する。
部下が去り、スカルピアはトスカに迫るが、トスカは先に自由通行許可証を発行するよう要求し、スカルピアが書いている間に
テーブルの上のナイフを見つけ、それを背後に隠す。
通行許可証を書き終わり、トスカを抱きしめようとせまったスカルピアだが、鋭い悲鳴をあげる。
「これがトスカのキスよ」 トスカはスカルピアの胸をナイフで刺して殺し、通行許可証を硬直した手から取る。
出て行こうとしたが、考え直し、スカルピアの頭の左右に火をともしたロウソクを置き、胸の上に十字架を置いて死者を祀ると用心深く出ていく。

第3幕 ATTO TERZO
6月18日、朝3時と4時の間。聖天使城。星がまたたいている。
警備の軍曹が指揮する小隊がカヴァラドッシをつれてやってくる。
死刑を前に、カヴァラドッシは大切な人に手紙を書き、看守に指輪を与えることと引き換えに届けてくれるように頼む。
そして手紙を書き始めるが、何行かを書くうちにいろいろな思い出がよみがえり、ついに手が止まって、激しくすすり泣く。
そこへトスカがやってきてこれまでの出来事を説明し、逃走する準備は整っていること、銃殺刑は見せかけだから、銃声がしたらうまく倒れるよう話す。
夜が明け、兵士の一隊がやってきた。並んだ兵士たちは銃を構え、将校がサーベルを振り下ろす合図とともに銃声が響き、カヴァラドッシは倒れる。
兵士たちが去り、処刑広場に人気がなくなるとトスカは倒れているカヴァラドッシにかけよる。
起き上がるのを助けようとかがみこむが、突然、恐怖と驚きの叫びを上げ、跳びあがった。
カヴァラドッシは死んでいた。ずる賢いスカルピアはトスカをだまし、本当の銃殺を命じていたのだ。
トスカはすすり泣きながら信じられないようにカヴァラドッシの上に身を投げる。
その間にスカルピアが殺されたことを知った兵士たちがトスカを捕らえにやってくる。
「彼の命にはたっぷり支払ってもらうからな」 という声に、トスカはぱっと立ち上がり、「私の命で」 と答えると、
手すりに走り、「スカルピアよ、神の御前で(裁きを受けましょう)!」 と叫び、空に身を投げる。

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