ジャコモ ・ プッチーニ 作曲

歌劇 ≪トゥーランドット≫ 第3幕 より

誰も寝てはならぬ

Giacomo Puccini
Nessun dorma!...  《TURANDOT》 ATTO TERZO QUADRO PRIMO

第3幕第1場で勝利を確信した王子が歌うアリア。
プッチーニがテノールのために書いたアリアのなかでもっとも美しいといわれています。
トリノ五輪の開会式のフィナーレに当時の世界三大テノールのひとりであるルチアーノ・パヴァロッティが歌いましたが、
これは最後に、「私は勝つ!」 と高らかに歌うのが、勝利をめざす選手達にふさわしかったからだと思われます。
そして観衆には寝ずに応援しろ、ということでしょうか。

 Nessun dorma!...

(Il Principe ignoto)
<直訳> 誰も寝てはならぬ

(名を秘めた王子)
ネッスン  ドルマ
Nessun dorma!...
誰も眠ってはならぬか!・・・
トゥッ プーレ オ プリンチペッサ
Tu pure, o Principessa,
貴女自身もですよ 姫君
ネッラ トゥア フレッダ スタンツァ グァルディ レ ステッレ
nella tua fredda stanza guardi le stelle
貴女の冷たき部屋で、星々をご覧であろう
ケッ  トレーマノ ダモーレ エッディ スペランツァ
che tremano d'amore e di speranza!
あれが愛と希望にまたたくのを!
   
マ イル ミオ ミステーロ エッ キゥーゾ イン メ
Ma il mio mistero è chiuso in me,
だが私の秘密は私のうちにあり
イル ノーメ ミオ ネッスン サプラ
il nome mio nessun saprà!
何人も私の名を知ることにはならない!
ノ   ノ  スッラ トゥア ボッカ ロ ディロ
No, no, sulla tua bocca lo dirò,
いや、いいや、あなたの唇にそれを告げよう
クァンド ラ ルーチェ スプレンデラ
quando la luce splenderà!
朝の光が輝く時に!
   
エディル ミオ バーチォ ショッリェラ イル スィレンツィオ
Ed il mio bacio scioglierà il silenzio
そして私の口づけは沈黙を解くだろう
ケッ ティ ファッ ミーア
che ti fa mia!
あなたを私のものにする沈黙を!
   
(Voci di donne) (女たちの声)
イル ノーメ スオ ネッスン サプラ
Il nome suo nessun saprà...
あの人の名は誰も分からないままに・・・
エッ ノイ ドゥレム アイメェ モリル  モリル
E noi dovrem ahimè, morir morir!...
そしたら私たち、悲しいことに、ああ、死ななければ!・・・
   
(Il Principe ignoto) (名を秘めた王子)
ディレーグォ オ ノッテ   トラモンターテ オ ステッレ
Dilegua, o notte!... tramontate, o stelle!
夜よ、失せよ!・・・ 星よ、没せよ!
アッラルバ ヴィンチェロ
All'alba vincerò!
夜明けになれば私の勝ちだ!
ヴィンチェロ ヴィンチェロ
Vincerò! Vincerò!
私は勝つ! 勝つことになる!


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スケールの大きな絢爛豪華な作品で、プッチーニの集大成ともいえる未完の遺作です。
プッチーニは、1924年11月29日、第3幕第1場 「リューの死」 まで作曲したところで亡くなったので、 残りは彼の草稿をもとに弟子のアルファーノが完成させました。
初演は1926年4月25日、ミラノのスカラ座。
プッチーニは亡くなるまえ、もし自分が完成する前に死んだら、指揮者はたぶん、ここまでプッチーニは書いたといって 指揮棒を置くだろうと冗談まじりに話していましたが、その予想どおり、指揮者のトスカニーニは、初日のさい、 リューの自殺の場面まで演奏すると、「マエストロはここで筆を断たれました」 といって演奏を終え、幕をおろしました。
2日目から全曲が演奏されましたが、トスカニーニはアルファーノの補作を長すぎると判断し、大幅にカット。
当然アルファーノは激怒し、激論が交わされましたが、ミラノ・スカラ座の音楽監督であるトスカニーニの力は絶大で、 削除を認めざるを得なかったと伝えられています。

「トゥーランドット」 の伝説は古くからヨーロッパに伝えられ、アラビアからペルシャにかけては 「謎かけ姫物語」 と 呼ばれて親しまれているようです。
原作は、「千一夜物語」 の第八百四十五夜から八百四十七夜にかけて物語られた 「九十九の晒し首の下での問答」 をもとに
劇作家カルロ・ゴッツィが書いた戯曲で、1762年に作られた 「寓話劇」 全10作シリーズのなかの 「トゥーランドット」。
プッチーニは1917年に初演されたブゾーニの 「トゥーランドット」 のオペラを見て、ヒントを得ましたが、 オペラの台本はゴッツィの原作ではなく、1801年にシラーがドイツ語に翻訳した戯曲の台本をイタリア語に再訳したものによっています。
同じ原作を使いながら内容はプゾーニのものと大きく変えており、原作で王子の名を明かす嫉妬深いダッタンの王女アデルマは登場せず、 かわりに準主役として、けなげな女奴隷リューを登場させています。
この奴隷女リューはプッチーニが怪我したときに献身的に看護し、後にプッチーニの妻エルヴィーラから事実無根の激しい嫉妬をうけて服毒自殺した、 小間使いドーリアに対する憐憫の思いがこめられているといわれています。
恋人を待ち続け自殺に追いこまれた蝶々夫人 、そして愛する王子のために死を選ぶリュー、一途で純粋な女性がプッチーニのオペラにはよく登場します。

トゥーランドットは超人的な高音を長時間にわたって歌い続けることが要求され、「歌い手殺し」 とも言われている難役です。
超ドラマティック・ソプラノと呼ばれ、オーケストラや合唱をも圧する劇的な力強い声と緊張感あふれる表現力が必要とされています。
カラフには、「ハイC」 と呼ばれるテノールの最高音を求められ、トゥーランドットと張り合う力強い声と叙情性が求められています。
そしてプッチーニの思い入れが強い女奴隷リューは、プッチーニ独特のリリカルでセンティメンタルな音楽が与えられ、 美しいアリア2曲を切々と聴かせるテクニックが必要です。
また歌の表現力とともに演技力も必要とされ、叙情的で甘美な響きが大切とされています。

 「トゥーランドット」 のあらすじ

第1幕 ATTO PRIMO
伝説の時代、古の中国の都、北京。真っ赤な夕日に照り映えている皇帝の居城前の広場に群集が集まっている。
一角獣、鳳凰などの彫刻がされた高楼の下に巨大な銅鑼があり、城壁の上に立てられた棒の先には処刑された王子たちの首が突き立っている。
高いところに立った役人が群集のまえで、おふれを読み上げる。
「トゥーランドット姫は王族の血筋を引くもので、姫が出す3つの謎をといた者の妃になられる。だが謎が解けなかったときは首を切る」
そしてペルシアの王子が謎解きに失敗し、月の出とともに処刑されることが告げられる。
役人が去ったあと群集は、死ぬがいい! と興奮し、衛士たちともみあいになり、それに巻き込まれて老人が倒れる。
老人と一緒にいた若い娘が手を貸してくださいと叫ぶ声に、若者が助けに駆け寄る。
助け起こした老人を見て、若者は、父上! と声をあげる。
老人の名はティムール、タタールの王だったが国を追われ、流浪の身になっていた。
思わぬ再会に喜びあうが、王子は父王に王座を簒奪しているものが追ってきているので騒がぬよう言う。
ティムールはこの娘が今まで助けてくれたとリューを紹介すると、王子は感謝の目をむけ、何者かと尋ねる。
奴隷だと答えるリューになぜこれほどの苦労を引き受けたかと重ねて尋ねると、それは王宮で昔、あなたがわたしに微笑みかけてくださったからと答える。
謎が3つで、死が1つ。早く月が出てきてくれ! と群集は騒ぐが、月が出て、処刑台へ導かれるペルシアの王子を見ると、群集の残忍さは同情に変わり、 慈悲を求める声があがる。
王子も慈悲を求めて叫び、こんな残忍なことをする姫を非難したいと興味をそそられる。
やがて高楼にトゥーランドット姫が姿をあらわすと、その神々しいまでの美しさに王子はすっかり魅了されてしまう。
ティムールとリューは引き止めようとするが、王子は耳をかさない。
そのときペルシアの王子の崇高な祈りのように姫の名を呼ぶ最期の声が聞こえ、老王ティムールは息子にあのようになりたいのかというが、 王子は求婚の合図の銅鑼を鳴らそうとする。
大臣のピン(宰相)、パン(用度頭)、ポン(大膳職)が現れ、ここはすべての墓場がふさがっている。
女と縁を切れ、さもなくば百人の嫁をとれ、などといって、止めようとするが、なおも王子は銅鑼のほうへ行こうとする。
ティムールは必死に思いとどまるよう哀願し、リューもあなた様の微笑みを失うのは耐えられないと涙ながらに崩れ落ちる。
「泣かないでくれ、リュー」 と王子はけなげな様子に心を動かされるが、大臣たちの止める言葉も聞かず、ついに三度、銅鑼を打ち鳴らす。

第2幕 ATTO SECONDO
ピン、ポン、パンの3人の大臣が婚礼と葬儀の準備をしようと話している。
彼らは机にのっている巻き物を次々と取り上げ、過去の年ごとになくなった王子たちの数を数えている。
首切りの大臣となったことにすっかりいや気がさした3人は田舎に帰りたいとぼやき、トゥーランドット姫の婚礼の日をまちわびている。
そのとき寺院の大太鼓が鳴り、ラッパが響く。謎解きの儀式がはじまる合図に大臣たちはがっかりして部屋を去る。
王宮の広場には群集が押し寄せる。
8人の賢者が、トゥーランドット姫が出題する謎の答えが書かれている封印された3巻の絹の巻物を手に現れる。
象牙の玉座に座った皇帝アルトゥムは去るよう言うが、王子は決然と試練に挑むことをのぞむ。
冷ややかに王子を見下ろすトゥーランドット姫は、何千年も前に中国をおさめていたロウリン姫は異国の男に連れ去られ殺された。
その魂は私に宿り、私はその仇をうつ と謎かけの理由を語り、 何人も私を得ることはないと、「異国の者よ、謎が3つで死がひとつ」 と脅すが、王子は 「いや、違う。 謎が3つで命がひとつ」 と答える。
ラッパが響き、ついに謎かけ(※)が始まった。
ひとつめの謎、「闇の夜に舞う虹色の幻。それは高く舞い上がり、暗い無数の人々の上に翼を広げる。世の皆がそれを呼び、それを求める。 だがその幻は暁とともに消える、心のうちに甦るため! それは夜ごとに生まれ、日ごとに死にゆく」
王子は答える。 「そう! 甦る! 甦り、歓喜へと自ら伴い私を連れゆく、トゥーランドット姫、『希望』 が!」
賢者たちが一番目の巻物を広げ、そこに書かれている答え、『希望』 を三度叫ぶ。
姫は怒りをこめ、「いかにも! 常に落胆招く希望!」 そして階の中程まで降りる。
ふたつめの謎、「炎同様に跳ね飛ぶが炎ではない。ときに熱狂である! たぎる熱であり熱気である。 無気力はそれを淀みに変える。人が破れ、あるいは死ねば冷たくなり、人が征服を夢みれば燃え上がる。 人が不安のうちに耳を傾ける声を持ち、夕暮れの鮮やかな輝きをもつ」
皇帝、群集、リューが王子に声援をおくる。王子は二番目の謎に答える。
「いかにも、皇女よ! 燃え上がり、同時に憔悴する、貴女が私を見ると、血管の中で、『血潮』 が!」
二番目の巻物を開いた賢者たちが、『血潮』 と答えを三度叫ぶ。
トゥーランドット姫は階をおり、王子の上に身をかがめ、王子はひざまずく。
みっつめの謎、「人に火を与える氷。そしてその火によりいっそう冷たくなる。純白にして暗い! もし人を自由にと望めばいっそう僕となり、 人を僕として受け入れれば王者となす。さあ、異国の者よ、火を与える氷とは、何か?」
謎の解き手は勢いよく躍り上がり、叫ぶ。
「今や私の勝利が貴女を私に与えた! 私の火は貴女を溶かす、『トゥーランドット』 と!」
賢者たちは巻物を広げ、『トゥーランドット』 と三度叫ぶ。
群集は勝利者に祝福をおくり、トゥーランドット姫は王座に駆け寄り、異国の者に子を渡さないよう訴えるが、皇帝は厳粛に誓いは神聖であると言い切る。
すると姫は、いやがる私を望むかと王子に詰め寄るが、王子は、誇り高き姫よ、私は全身、愛に燃えるあなたが欲しいといい、その大胆な言葉に群集は喝采する。
王子は姫に謎をひとつ課し、夜明けまでに私の名を当てることができたら私は死のうといい、トゥーランドット姫はうなずく。
皇帝は明日王子が息子となることを祈ると言葉をかけ、群集は高らかに皇帝を賛美する。

※ 謎は、原作や他のオペラ化されたものそれぞれに問題と答えが違います。
   台本を書いたシモーニのアイディアを取り入れてプッチーニが考え出したものと思われるこの3つの謎は、
   希望は王子が持っているもの、血潮は王子が命の危険を賭したもの、トゥーランドットは王子が得たもの、を
   あらわしており、それが物語にさらなる深みを与えています。


第3幕 ATTO TERZO
夜の街に、「今宵、北京にて何人も眠ってはならぬ! 身元知れぬ者の名、夜明け前に明かせなければ死を与える」 と、おふれを告げまわる伝令たちの声が聞こえる。
「誰も寝てはならぬか・・・」 勝利した流浪の王子は宮殿の庭園の階段に身をもたせかけながら、その言葉をひとり繰り返す。
そこへピン、パン、ポンの3人の大臣がやってくる。
名前が分からなければ死刑になってしまう彼らは美女、富、名誉など、あの手この手で名を聞きだそうとし、それが 無駄だとわかると、今度は姫の残酷さを訴え、わしらを死なせないで欲しいと哀願するが、王子はまったく揺るがない。
群集が王子のまわりに集まり、短剣で脅しながら名を教えるようせまる。
そこへ警吏たちが、あざができ、血まみれになったティムールとリューを引きずってくる。
王子はその者たちは私の名を知らぬと叫ぶが、ピンはこのふたりは昨日王子と話していたと、姿をあらわしたトゥーランドット姫に注進する。
それを聞いた姫は冷ややかに王子を見やる。
そのふたりを知らないと言い張る王子に姫は警吏に命じてティムールを捕らえさせる。
そのときリューが進み出て、若者の名は自分だけが知っているといい、それを聞いた群集は拷問にかけろと騒ぎ始める。
リューをかばおうとする王子の動きを封じると、警吏がリューの右手をねじあげる。リューは悲鳴をあげるが、決して名を明かそうとしない。
トゥーランドット姫はリューを放すよう命じ、「いずれの者がそれほどの力をそなたの心に与えたのか」 と問いかける。
「愛ゆえ」 と答えるリュー。「この責め苦ですら私には甘美なほど。黙っていればあの方にあなた様の愛を差し上げられますから。 あなた様をあのお方に捧げ、私はすべてを失います。もともと叶うことのない希望までも」
だがトゥーランドット姫は荒々しく、女から秘密を聞き出すよう命じる。
拷問に耐えられなくなることを恐れたリューはトゥーランドット姫に向かい、「氷に包まれた姫君の心も溶け、あの方を愛されましょう。
夜明け前、私は疲れて目を閉じます。あの方がまたお勝ちになるために・・・ もうあの方を見ずにすむように・・・」
そう言い残すと、兵士から短剣を奪い、自分の胸に突き刺す。そしてよろめきながら王子のそばへ行き、足元に息絶えて倒れる。
王子は嘆き、ティムールは恐ろしい罪に絶叫する。群集も憐れみに包まれ、大臣たちも悲痛な面持ちに沈む。
リューの小さな遺骸は持ち上げられ、ティムールはそれを運ぶ行列とともに去っていき、あとには姫と王子だけが残る。
「死の皇女、氷の皇女よ、目になさい、あなたゆえに流されたあの清い血を」 王子は姫のベールを剥ぎ取り、詰め寄るが、
トゥーランドット姫はゆるぎない厳かさで、「私はこの世のものではない、自由にして汚れなき天の乙女である。私を汚すでない」 と言い放つ。
「貴女の魂は高みにある、だが肉体は間近にある。貴女の氷は偽りだ!」
姫を腕のなかに倒れこませ、情熱のままに口づけしたそのとき、トゥーランドット姫のなかに変化が訪れた。
「いったいわたしに何が? もうおしまいです」 姫の頬に初めての涙が流れる。
「夜明けです! トゥーランドットは暮れてゆく。私の栄光は終わりました」
「違う、それは始まるのだ。貴女の栄光は輝いています」 しかしトゥーランドット姫は動揺を隠せない。
「初めてあなたを見たとき、不安のうちに私は感じました。この上ない禍いが避けられぬとのおののきを。
あなたの目には英雄の光と誇らしい確信があった。そのために私はあなたを憎み、そのために愛しました。
勝つか負けるか、同じほどの恐怖の間で身を引き裂かれ、そして私は負けました。それも至難の謎解きではなく、あなたの熱情によって」
姫はさらに大きな勝利を望むことなく謎とともに去るように言うが、王子は
「私の名と命、あなたに捧げよう。わたしはカラフ。ティムール王の息子」 と名を告げる。
「名が分かった!」 と叫ぶトゥーランドット。
夜明けを告げるラッパが鳴り響き、謎解きの時刻が訪れる。
ふたたび広場に群集が集まった。
トゥーランドットは父である皇帝の前に進み出て、この異国の者の名を知っていると言い、階の下にいるカラフを見つめる。
「このお方の名は、『愛』!」 その言葉にカラフは階を駆けのぼり、トゥーランドット姫と固く抱き合う。
「貴女様に栄光あれ!」 群集はふたりに花を投げ、喜ばしく歓呼する。

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