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第2番:アリア Nr.2:Arie
第1幕。大きな鳥かごを背負い、奇妙な羽毛の服を着た鳥刺しパパゲーノが自己紹介を歌って登場する愉快な民謡調のアリア。
もとは当時流行した歌だった。途中にパパゲーノが吹くパンの笛の音が入る。
Der Vogelfänger bin ich ja | <日本語歌詞 1> | <日本語歌詞 2> |
(PAPAGENO) | (パパゲーノ) | (パパゲーノ) |
デア フォーゲルフェンガー ビン イッヒ ヤー Der Vogelfänger bin ich ja, |
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シュテーツ ルスティッヒ ハイザ ホプサッサ stets lustig heißa, hopsassa! |
名物だよ ホイサッサッ | 名物だよ ホイサッサッ |
イッヒ フォーゲルフェンガー ビン ベカント Ich Vogelfänger bin bekannt |
誰にでも知られた | 誰にでも知られた |
バイ アルト ウント ユング イム ガンツェン ラント bei alt und jung im ganzen Land. |
鳥を捕る名人だ | 鳥刺しの名人だ |
ヴァイス ミット デム ロッケン ウムツーゲーン Weiß mit dem Locken umzugehn |
あみをかけておいて | 鳥をおびきよせるのも |
und mich aufs Pfeifen zu verstehn. |
口笛を吹くのがうまい | 笛を吹くのも得意 |
ドゥルム カン イッヒ フロー ウント ルスティッヒ ザイン Drum kann ich froh und lustig sein, |
ゆかいな仕事だ | ほんに楽しい暮らしだ |
デン アッレ フェーゲル ズィント ヤー マイン denn alle Vögel sind ja mein. |
みな鳥はわしのもの | みな鳥はわしのもの |
デア フォーゲルフェンガー ビン イッヒ ヤー Der Vogelfänger bin ich ja, |
はいわっしゃ ちょいとこのへんで | はいわっしゃ ちょいとこのへんで |
シュテーツ ルスティッヒ ハイザ ホプサッサ stets lustig, heißa, hopsassa! |
名物だよ ホイサッサッ | 名物だよ ホイサッサッ |
イッヒ フォーゲルフェンガー ビン ベカント Ich Vogelfänger bin bekannt |
誰にでも知られた | 誰にでも知られた |
バイ アルト ウント ユング イム ガンツェン ラント bei Alt und Jung im ganzen Land. |
鳥を捕る名人だ | 鳥を捕る名人だ |
アイン ネッツ フューア メートヒェン メヒテ イッヒ Ein Netz für Mädchen möchte ich, |
娘をかけるあみをはって | 娘をかけるあみがありゃ |
イッヒ フィング ズィー ドゥッツェントヴァイス フューア ミッヒ ich fing' sie dutzendweis' für mich! |
捕らえてみたいな | いちダースほどつかまえて |
ダン シュペルテ イッヒ ズィー バイ ミーア アイン Dann sperrte ich sie bei mir ein, |
生け捕りにできれば | おのが小屋に囲えば |
ウント アッレ メートヒェン ヴェーレン マイン und alle Mädchen wären mein. |
その娘はわしのもの | みな娘はわしのもの |
ヴェン アッレ メートヒェン ヴェーレン マイン Wenn alle Mädchen wären mein, |
どのこでもよりどり | みな娘がわしのもの |
ゾー タウシュテ イッヒ ブラーフ ツッカー アイン so tauschte ich brav Zucker ein: |
ということになったら | ならば砂糖にとりかえて |
ディー ヴェルヒェ ミーア アム リープステン ヴェール die, welche mir am liebsten wär', |
お砂糖どっさりためといて | いちばん好きなかわいこに |
デーア ゲーブ イッヒ グライヒ デン ツッカー ヘーア der gäb' ich gleich den Zucker her. |
かわいいこにあげよう | その砂糖をやるぞ |
ウント キュステ ズィー ミッヒ ツェーアトリッヒ ダン Und küßte sie mich zärtlich dann, |
嫁にもらうとなれば | そのこがキスしてくれる |
ヴェール ズィー マイン ヴァイプ ウント イッヒ イーア マン wär' sie mein Weib und ich ihr Mann. |
嬉しい亭主でござる | うれしや 女房に亭主 |
ズィー シュリーフ アン マイナー ザイテ アイン Sie schlief' an meiner Seite ein, |
そのこがねんねするとき | そのこがねんねするとき |
イッヒ ヴィークテ ヴィー アイン キント ズィー アイン ich wiegte wie ein Kind sie ein. |
そっと歌ってあげようよ | そっと歌ってあげようよ |
《直訳》
おれは鳥刺しだ
いつも陽気で ハイザ ホプササ!
鳥刺しならおれのこと
老いも若きも 国中じゅう誰もが知っている
鳥のおびきよせ方も知ってるし 5本の笛で有名だ
いつも楽しく 陽気に暮らしてる
なにしろ鳥はみんなおれのものだ
おれは鳥刺しだ
いつも陽気で ハイザ ホプササ!
鳥刺しならおれのこと
老いも若きも 国じゅう誰もが知っている
女の子を捕まえる網がほしい
仕掛けたら 1ダースほどつかまえられるかな
そいつを籠に入れたら 女の子はみんなおれのもの
もし女の子がみんなおれのものなら 砂糖どっさりととっかえて
一番可愛い女の子には 砂糖をくれてやる
するとその子はやさしくキスして
おれの女房になり おれは亭主になる
その子はおれのとなりで眠るだろう
おれは子守唄をうたって寝かしつけてやるんだ
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モーツァルトが晩年に情熱を傾け作曲し、最後の歌劇上演作になったオペラ 《魔笛》。
1791年、モーツァルトの以前からの友人であった興行師エマヌエル・シカネーダーが、自分の劇場で一般受けしそうな民俗劇を上演しようと
自分で台本を書き、モーツァルトに作曲を依頼しました。
台本は、リーベスキントの童話 <ルル、あるいは魔笛>、そして、クリストフ・マルティン・ヴィーラントの <賢い童子たち> を主な題材とし、
そのほかいくつかの童話や、自分の劇場で上演された作品や自作から発想を得ています。
《魔笛》 にはフライマウラー(フリーメーソン)思想の影響が見受けられ、ザラストロの教えはフリーメイソンの目的と同じだといわれています。
このことは、シカネーダーとモーツァルトがフリーメーソンの同じロッジの一員であり、モーツァルトが親方の位階にまで進んだのに対し、
シカネーダーは職人の位にとどまったうえ、破門された事実と無関係ではないでしょう。
モーツァルトは魔笛を作る7年前にフリーメイスン結社に入ることを許されており、いくつか結社のための曲をかいています。
魔笛のザラストロのモデルはロッジの支部長イグナーツ・フォン・ボルンという説もあり、ザラストロの持つ太陽の環は権力の象徴、
王子タミーノは、ミン(イシス)に使える男、パミーナはミンに使える女、パパゲーノ、パパゲーナはおしゃべり鳥のおうむ、
モノスタートスは孤独な人間を意味しています。
そして激しい雨(水)の夜、雷鳴がとどろき(大地)、稲妻(火)が光るなか、男性の息(大気)を吹き込んで作られた魔法の金(男性の象徴)のフルートもまた完全なものであり、
父(男性)の権力の象徴とみることができます。
さらにタミーノが受ける沈黙の試練は結社のなかで見聞したことを外にもらさないよう未来の徒弟に求められたことを示しており、
火と水の試練を受けるのもフリーメイスンの入信に際して行われる通過儀礼に基づいているようです。
初演は1791年9月30日、ウィーンのアウフ・デル・ヴィーデン劇場。
モーツァルトがチェンバロを弾きながら指揮をし、シカネーダーがパパゲーノを、モーツァルトの義姉ヨゼファー・ホーファが夜の女王を歌いました。
初日の反応は期待していたほどではなかったとされていますが、日を追うごとに好評を得ていき、モーツァルト自身は“静かな喝采”に満足していたようです。
ベートーヴェンはこの作品をモーツァルト最大の傑作とたたえ、みずから 「魔笛の主題による変奏曲」 をかきました。
またゲーテは、《魔笛第2部》 という未完の作品を、シカネーダー自身も続編 《迷宮あるいは諸要素との戦い》 を書いており、ほかにも何人か関連する作品を書いています。
《魔笛》 は当時の正統的なオペラではなく、ドイツの伝統的な歌芝居(ジングシュピール) の形式をとっていますが、
その枠を越え、台詞の入るドイツの民衆オペラであったジングシュピールに高い芸術性を与え、後のドイツ・オペラの原点になったとされています。
一説には途中で競争相手の劇場が魔笛とそっくりの作品を上演したため、急いで書き直し、結果として善と悪が入れ替わる矛盾がおこったとして、
《魔弾の射手》、《イル・トロバトーレ》 と並んで疑問が多い台本との酷評を受けていますが、幻想的で親しみやすく、現在でも大変人気のあるオペラです。