カイルとレイル
〜精霊物語・外伝〜
CHAPTER 1 精霊使い
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「レイル、来てごらん!」
よく通る声が青空に響く。
ゆるやかな丘の上から金髪の青年が手招きして呼んでいて、
自然と少女の足は早くなった。
「わあ!」
丘の頂上で待つカイルのとなりに駆け寄ったレイルは、
自分が呼ばれたわけを知り大きな瞳を輝かせた。
「すごい・・」
ふたりが立つ丘の頂上からは
圧倒されそうなほど素晴らしい風景が広がっていた。
高い空の下、丘のふもとから続く草原は
色とりどりの花々で覆いつくされ、
うららかな春の風にパステルカラーの波が伝わっていく。
両脇は高い山々が連なり、
正面には緑にかすむ森と
その先に小さな村らしきものが望めた。
かたわらに立つカイルに話しかけようとして、
ふと視線を向けたレイルは
けげんそうに横顔を見つめたきり、言葉を飲みこんだ。
カイルは目の前の風景に見入っていたが、
それはレイルのようにきれいだからという
純粋な感動からではなかった。
真剣に景色を凝視し、
ときおり考えこむように目を閉じては、
また食い入るように見つめている。
「どうしたの?」
遠慮がちにレイルはカイルの袖をつんつんと引っ張った。
「え? ああ。
なんだかこの景色、どっかで見たことあるような気がして」
「それって、デジャ・ビュ っていうやつじゃない?」
「デジャ・ビュ?」
レイルはうなずいた。
「既視感っていって、一度も経験したことがないのに
知ってると思う一種の錯覚のことよ。
だけど原因が分かってみれば
けっこう単純なものが多いのよ。
例えば、この風景とよく似た絵を見たことがある、とかね」
「へえ。じゃあ、僕のもそんなものなのかな」
カイルは微笑った。
屈託のない笑顔。
レイルはこの笑顔が大好きだった。
春の陽だまりのように穏やかで優しい。
見ているこっちまであたたかい気持ちになる。
「もしかして小さい頃ここら辺に住んでたんじゃないの?」
丘をくだりながらもしきりに
首をかしげるカイルを見かねて、
レイルは言った。
「いや、そんなハズはないんだけど・・」
よほど気になるらしい。
カイルの声は半ば独り言のようだった。
「そういえば私、あなたが両親を探して
旅をしているってこと以外、知らないのよね」
思い出したように、レイルが言葉を漏らす。
ふたりが出会ったのはほんの1ケ月ほど前。
ひとりで旅をしていたカイルが
盗賊のアジトとは知らず迷い込んだ廃墟で
偶然、旅の途中で盗賊にさらわれたレイルと
鉢合わせしたのがきっかけだった。
結局、盗賊たちは捕まり、
その後またひとりで旅を続けるというレイルを
放っておけなくなったカイルは、
お互いの目的地が分かれるまではと一緒に旅を続けている。
「それはお互いさまだよ」
カイルは荷物を持ち直しながら、わずかに微笑んだ。
「僕だって、レイルが時の神殿を探して
旅してるってことしか知らないし。
だいたい初めて会った時、
僕のこと盗賊の仲間だと思ってただろ?」
「あのときは状況が状況だったもの。
でもすぐに勘違いだって気づいたじゃない」
「まあね。 だけどなんで分かったの?」
「そんなの簡単よ」
くすりとレイルは微笑った。
「精霊使いに悪人はいないもの」
「・・・」
カイルはまじまじと目の前の少女を見つめた。
そこにいるのは、ごく普通の可愛らしい金髪の少女。
時がたてば、かなりの美人になるだろうことは
容易に予想できる。
「何?」
大きなクリアブルーの瞳がまっすぐカイルを映す。
「いや。陽が暮れる前に村にたどりつけるかな」
カイルは視線をはずすと、少し足早に歩き出した。
春の草原は穏やかな光に包まれている。
こうして実際に歩いていると、
丘の上で感じたものがより強くよみがえってくる。
何なんだろう、この感じ。
祝福されたような春の息吹き。
確かにこの草原は大地の精霊の力がとても強い。
だから魅きつけられるのだろうか。
来たはずもないのに、なつかしささえ感じていた。
「‥イル。ねえったら! カイル!」
突然、苛立ったような声が耳に飛び込み、 カイルは慌てて歩みをとめた。
振り返ると、腰に手をあてて、
ふくれっつらでにらんでいるレイルが目に入る。
「もう、さっきからずっと無視して」
「ご、ごめん」
「ま、いいわ。このきれいな草原に免じて許してあげる」
ため息ひとつついたレイルはあらためて草原を見渡した。
「それにしても、ここらへんて昔何かあったのかしらね」
「! なんでそう思うの?」
心の中を見透かされたようで、一瞬びくっとしたが、
レイルはそれに気付いた様子もなく、こともなげに答えた。
「だってこんなに大地の精霊の力が満ちているなんて
いまどきめずらしいじゃない?
一種の聖地と言ってもいいんじゃないかしら」
「あ」 何かに気付いたようにポンと手を打つ。
「もしかしたら、あなたがいるからかもね。
ここの大地とあなたの精霊が共鳴しているのかも」
「君って・・・」
「え?」
「ううん。なんでもない」
カイルは以前から何度も口にしている質問を
また言いそうになり、言葉を飲み込んだ。
『彼女は何者なんだ?』
レイルにはたびたび驚かされる。
最初に会った時からそうだった。
初めて会ったとき、
彼女はすぐにカイルが 精霊使い だと見破ったのだった。
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〔精霊使い〕 とは、
生まれながらにして
精霊を己が身に宿した人間のこと。
これは遥か昔、
人と精霊が一体だった頃の名残りといわれている。
現在、一般の人が使う精霊魔法は
主人を持たない精霊との契約によって発動するが、
精霊使いは契約の必要なく、
自らに宿る精霊の力次第でどんなに強力な魔法でも
無制限に操ることができる。
専門に研究している学者の説によると、
精霊使いに宿る精霊は
大地、水、炎、風、光、闇の
いずれかの属性を持ち、
それぞれに異なる魔法体系を
持っているとされている。
精霊は宿主である精霊使いとともに成長していくが、
同じ属性の精霊でもランクがあり、力に差があるらしい。
ただ、昔はかなりの数の精霊使いがいたらしいが、
時の流れとともに激減し、今では非常に稀な存在のため、
どれほどのランクによる違いがあるのかは
残念ながらはっきりしていない。
しかし最低ランクの精霊使いでさえ、
今般の精霊魔法よりはるかに強大な魔法を
行使できるのは確実とされていた。
精霊使いといっても、
外見は普通の人間となんら変わりはない。
ゆえに魔法さえ使わなければ
まず気づかれることはないはずなのだが・・・
それなのにレイルにはすぐに分かってしまった。
彼女も精霊使いというなら話は分かる。
同じ精霊使いなら属性は違えど、
互いの精霊を感じられるから。
しかしカイルが見る限り、レイルは精霊使いではない。
それなのにカイルの精霊の属性が
大地であることまで見破ってしまうなんて。
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「あ、また考えごとしてるー」
レイルは下からじっとのぞきこんだ。
「そんなに気になるの?」
「うん・・あ、いや、ごめん。ちょっと・・ !!」
急にカイルはレイルに背を向けた。
パッと踵を返し、鋭く一点を見つめる。
穏やかな眼差しが厳しい戦士のそれに変わっていた。
突然の変化に驚きながらもレイルはカイルの横顔に少し見入っていた。
普段では見られないりりしい表情。
とてもそうは見えないけど、
カイルが相当な剣の使い手だということを思い出した。
「どうしたの?」
無意識にカイルの視線を追ってみたが、
別段変わったものは見えなかった。
見えるのはのどかな草原とさっきまでいた丘。
やがてカイルはふっと息を抜いた。
「なんか視線を感じたんだけど、気のせいかな」
首をすくめてみせる。
「行こっか」
ふたりはまた草原を歩きだした。
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さっきまでカイルたちがいた丘の上には
ローブに身を包んだ老人がたたずんでいた。
物静かな瞳に草原を横切るカイルたちが映っている。
『ついに運命が動きだした。
はたして大地が凍てついた氷をとかせるのか。
見届けて報告せねばなるまい』
杖をかかげた瞬間、老人の姿は跡形もなく消え失せた。
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---------CHAPTER:1「精霊使い」
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