― 第2話  反逆の剣 ―

疾走するフィールの横に風の音とともにアルミラが降り立った。

「一人では危険だ。 援護する」

「すまない!」

声を返すときでさえ、フィールのスピードはいっこうにゆるまない。
村を包む火事の熱気から抜け出すと、風は湿り気を帯びたものに変わっていた。
雨の匂いをはらんでいる。

! 突然、木々の陰からいくつもの獣らしき影が飛び出してきて、道をふさいだ。
獣ではない。フィールの腰ぐらいまでしか身長がない、異形のものたち。
神々がエテリアから造りだした小型のしもべたちだ。

しもべたちは武器を振り上げ、問答無用でフィールに襲いかかってきた。
体が自然に攻撃をかわす。彼らを相手にするのは、さっきの戦いに比べれば、驚くほど容易なことだった。
しかも今はアルミラが力を貸してくれている。

間近で見て、あらためて彼女の強さを思い知らされる。
剣の届かない飛行型のしもべでさえ、華麗に空を舞い、いともたやすく撃ち落とす。
御使い最強と言われるOZ(オズ)の力、しかしそれだけではない。
少年! 時折声がかかる。
天賦の才に恵まれていても実戦の経験がまったくないフィールに彼女は歴戦の戦い方を示し、巧みに導いていた。

襲い来るしもべたちは倒すと、光の粒子にはじけ、元の存在であるエテリアへと還っていった。
命を奪うのではなく、あるべき姿へ解放する行為・・・その認識はフィールに勇気を与えた。
もし命あるものだったら、いくら敵でも、ためらいを覚えたに違いない。
ドロシーを救うために必要なことだと、どれほど自分に言い聞かせ正当化させたとしても、
本来争いを好まない心に罪悪感をつのらせただろう。

つり橋を渡り、森を抜ける。
風はますます湿り気を含み、雨の気配がすぐそこにまでせまっていた。
戦っては走り続け、さすがに息が荒くなってきたとき、ふいに視界が開けた。
滝の流れ落ちる音に混じって、ブーンという複数の振動音が響く。

「やめろ、やめろ!」
「放せ、放せよ!」

頭上から聞こえた男の子の声に顔を上げれば、子供たちをぶらさげた3体のしもべが空高く上昇していくのが目に入る。
見上げた灰色の空から、ぽつりぽつりと雨が落ちはじめる。
雨のなか、フィールは目を見開いたまま、しもべの一体がつかんでいる少女を凝視していた。
揺れる金色のおさげ髪、青い服に揺れる白い前掛け。

「ドロシーーーーーっ!!」

「お兄ちゃあああーーん!!」

空中から身をのりだして、小さな手が懸命に伸ばされる。
だがその距離は無情にも引き離されていった。

「待てっ!!」

駆け出したフィールの行く手に地響きをたてて新たな御使いが降り立った。
銀色のレクスに覆われた全身はがっしりとした獣を思わせる体躯で、降りてきたというより立ちはだかったという印象が強い。
いかにも屈強そうな体格だが、ドロシーを見失うまいと必死のフィールには相手がどのようであろうと関係なかった。

「どけえぇぇぇぇっ!!」

邪魔するな! そんな気迫がこもった剣は、しかしいとも簡単に黄色に輝く巨大な爪に受け止められた。

「なんだてめえ・・・・・・
 なんで人間がレクスなんぞ・・・・・・」

レクスに反響しているのか、低い声に金属的な響きが加わり、すごみを増している。
なんて力だ・・・。 フィールの剣を左手一本で受け止め、びくともしない。
その間にもドロシーとの距離はますます離れていく。
小さくなる姿を目で追いながら、フィールは必死に叫んだ。

「どいてくれ!
 ドロシーが・・・・・・っ!!」

瞬間、剣がはじかれた。

「へへへ・・・・・・てめえ・・・・・・いいツラしてやがんなあ、おい!」

フィールの気持ちなど気にもとめず、獲物を狙う獣の目が楽しげに細められる。

「てめえが何モンかなんてこたあ、とりあえずどうでもいい・・・・・・
 つまんねえシゴトでクサってたとこなんでな!
 ちょいと付き合えよ!」

巨大な爪がいきなり頭上から振り下ろされる。
一振り目で剣がはじかれ、次に繰り出された逆の手で突き飛ばされた。

「うおりゃー!」 かけ声とともに、しりもちをついたフィールにとどめの一撃が落ちてくる。

よけきれない! フィールが固く目をつぶった直後、

ビィーン!という音と同時に風圧が頬に当たり、地に軽い衝撃が走った。

? おそるおそる目を開けたフィールの前に、長い杖が攻撃をさえぎるように地面に突き立っていた。

「誰だっ!?」

邪魔され、怒号がとどろく。

「レオン 私の気配に気がつかなかったのか?」

巨木から張り出した枝の上から冷ややかに見下ろす目があった。

「あ・・・・・・ アルミラ!?」

レオンと呼ばれた御使いの声の調子ががらりと変わった。
明らかに動揺している。

「おまえがそれほど熱くなるとは
 ・・・・・・やはり大した少年だな」

強く降り出した雨が黒い服のへりを伝って流れ落ちていく。
軽やかに飛び降りると、アルミラは突き立った杖を手に、身をかがめ、フィールの顔をのぞきこんだ。

「無事か? 少年・・・・・・」

「だい・・・・・・じょうぶ・・・・・・
 ドロシー・・・・・・を・・・・・・」

「少年、今は目の前の敵に集中しろ」

呟くように言い聞かせ、アルミラは立ち上がった。

「こいつもOZだった男だ。 そのザマでは勝てん」

くっ 身をおこしたフィールは、御使いに向かい、剣を構えた。

「そうだ・・・・・・」

アルミラも御使いへと向きなおり、杖を構える。

「私が援護する。
 あとの事はこいつを倒してから考えろ」

“こいつ” と、あごでレオンを指す。
一方、レオンは目の前のやりとりについていけず、ただひとりおいてけぼりをくっていた。

「あ・・・・・・アルミラ・・・・・・
 何言ってんだよ おまえ・・・・・・」

手をぶんぶんと振り回しては、あせった声で次々と質問を飛ばす。

「なんでおまえが人間をかばうんだ?
 神々に逆らうってのか?
 どうしちまったんだよ!?」

言葉を断ち切るかのようにアルミラは杖を振り下ろした。
落ち着いた眼差しが仲間だった御使いを正視する。

「どうかしているのはおまえの方だ・・・・・・レオン。
 いや・・・・・・我々・・・・・・だったのだな」

「なんだよそりゃ!
 わけわかんねえぞ!!」

「ああ・・・・・・そうだろう
 今のおまえではわかるまい」

アルミラは少し声を落とした。

「頼む・・・・・・少年。
 こいつも私のように解放してやってくれ・・・・・・」

「ちっ・・・・・・何だってんだよ!!」

苛立たしげに尻尾が揺れた。
迷いをふっきったのか、左手の巨大な爪に周囲のエテリアが吸い寄せられていく。
金色の目がかつての仲間をとらえ、不敵な輝きを放った。

「けどな・・・・・・アルミラ! おまえと戦えるのは悪くねえ!
 来やがれ!!!」

黄金の輝きに包まれた爪を勢いよく振りおろす。

「来るぞ、少年!」

アルミラの声と同時に、オラオラオラオラオラァ! と威勢の良い声を発して金色の輝きをまとった体が突進してくる。
それを間一髪でかわした。
すれ違いざまに吹き抜けた一陣の風が威力のすごさを伝えてくる。
あんなのをまともにくらったらひとたまりもない。下手に受け止めようものなら、剣ごと粉砕されそうだ。
アルミラとの連携で少しずつ追い詰めていく。
そして・・・

「うわあぁぁぁー!」

銀色の体が大きく吹き飛んだ。
脳裏に落ちていく天使が映り、自分の姿と重なる。
支配の羽根が舞い、澄んだ音を響かせて砕け散った。

「ハァ・・・ ハァ・・・
 くっ・・・!!」

レクスの装甲が解けた男は金髪を乱し、やりきれない怒りを全身にみなぎらせていた。
浅黒い肌に挑戦的な眼光、大きくがっしりとした体躯は、レクスに覆われてなくとも 野生の獣を思わせた。

「・・・・・・・・・・・・」 

「目がさめたか? レオン」

見守るフィールのかたわらで冷静なアルミラの声が響いた。

「ああ・・・さめたぜ・・・
 これ以上ねえくらいハッキリとな・・・
 くそぉっ!!  許せねえ!!」

言葉が終わるか終わらないかのうちに、足音も荒く、走り出す。

「待て! レオン!
 どこへ行くつもりだ!?」

鋭く呼び止めた声に男は怒りもあらわに振り向いた。

「テオロギアに決まってんだろ!!
 なにが神々だ!
 おれの頭ン中 勝手にいじくり回しやがって・・・
 ブチのめさねえと気がすまねえっ!!」

やはりな、というあきれ顔でアルミラはため息をついた。

「・・・カテナに戻っても闘争本能の強さは変わらんな・・・」

「止めるなよ! アルミラ!!」

「待ってくれ!」

不意に今まで黙っていたフィールが割って入った。

「あぁ?」

完全に眼中になかったのか、なんだコイツ、と言いたげな視線が向けられる。

「少年?」

アルミラも目を向けた。

「その…テオロギアっていうのは神々の城だろう?
 ドロシーたちもそこへ連れて行かれたのか?」

「ああ・・・そうだ」 アルミラはうなずいた。

「御使いがさらった子供たちはみなテオロギアに集められる」

「そうか・・・
 じゃあ・・・」

フィールはレオンを見上げ、きっぱりと言った。

「ぼくも連れて行ってくれ!」

「あぁ!?  なに言ってんだ てめえ・・・」

「正気か!? 少年!
 人が神に挑むと言うのか!?」

レオンの露骨な視線にも、アルミラの驚きの声にも、フィールの決意が揺らぐことはなかった。

「ああ! ぼくはドロシーたちを助けなきゃいけないんだ!」

「・・・少年・・・」

アルミラはフィールの横顔を見つめた。
少年のまっすぐな瞳がレオンを射る。

「たのむレオン!
 テオロギアに行くなら ぼくも連れて行ってほしい!」

「お・・・おいおい!  ちょっと待て!」

押し切られそうな勢いに、レオンがあわててさえぎった。

「冗談じゃねえ! こんなガキ!
 連れてったって足手まといになるだけだぜ!!」

それでもあきらめる気配のないフィールをアルミラの物言わぬ右目はずっと映していた。
まだあどけなさの残る少年。 しかし神々の呪縛を破るほど、エテリアに慕われた存在。
もしやこの少年は・・・。 この少年ならば・・・。
アルミラはレオンに視線をうつすと、一言言った。

「・・・そのガキに倒されたのは誰だ?」

「むぐっ!?」

言葉に詰まったレオンにさらにたたみかける。

「おまえを解放したのはまぎれもなくこの少年の力だ。
 足手まといどころか強力な味方になると思うが?」

「む・・・ぐぐぐぐ・・・
 あ〜あ〜! わかったよっ!
 勝手にしやがれ!!」

ふてくされたようにレオンはそっぽを向いた。
あっさり勝負はついた。というより、最初から意見の対立でレオンがアルミラに勝てるわけがなかったのだ。
論理的思考、アルミラがもっとも得意とするものがレオンにはもっとも苦手だったのだから。

「あ・・・」  状況を飲み込んで、フィールの表情がゆるんだ。

「ありがとう レオン!」

「けっ! 礼ならアルミラに言えよっ!」

完全にふてくされて、レオンはフィールのほうを見ようともしない。
言われた通り、礼を言おうと振り向いたフィールの機先を制して、彼女はこともなげに告げた。

「なに 気にする事はない。
 私も連れは一人より二人の方がいいからな」

「え・・・連れって・・・」

「まさか おまえまでついて来んのかよ!?」

「別におかしくはないだろう」

フィールに続いて、きょとんとした顔を向けたレオンに、さも当然だと言わんばかりにアルミラは目を向けた。

「神々は離反者を決して許さない。
 どこへ隠れようと必ず討伐の御使いを送り込んで来る。
 私一人で逃げ回るよりも、おまえたちと共に行動する方が生き延びられる確率は高い」

「・・・・・・・・・」  フィールは少し首をかしげ、アルミラを見ていた。

「・・・おまえの計算高さも変わんねえな・・・」

ぼそっとレオンがつぶやく。

「・・・それに」  アルミラは視線をそらした。

「子供たちがさらわれたのは我々にも責任がある・・・」

「ま・・・まあ、 そりゃあ・・・な」

レオンもばつが悪そうに視線を泳がせた。

「アルミラが来てくれるのは心強いよ。
 ありがとう!」

「気にするなと言っただろう」

うつむいた顔がかすかに微笑んだ。

「そう言えば・・・ まだ名前を聞いていなかったな」

「ぼくの名前はフィール。
 フィールだ」

「そうか、よろしく頼む。 フィール」

「相談はまとまったか?」

「え?」

アルミラでもレオンでもない声にフィールはあたりを見回した。
ばさばさとした音に振り向けば、いつのまにか手にしていたレクスの剣が消え、赤い生き物が目の前に浮いている。

「うわぁっ!!  トト!?」

「なっ 何だコイツ?」

レオンも目を丸くして、宙に羽ばたいている不思議な生物を見つめていた。
そんな周囲の反応をまったく気にとめず、トトは尊大に言い放った。

「話がすんだのなら、ご主人を助けに行くぞ!
 さっさとせい!」

「・・・って おまえ・・・ 飛んだりしゃべったり剣になったり
 いったいどうなってるんだ!?」

フィールの混乱めいた声に、アルミラもトトのもたっとした容姿を眺め、言った。

「私も興味あるな。
 なぜレクスが自律行動をしている?」

「レクス・・・?」  聞きなれない言葉にフィールがおうむがえしに繰り返す。

「・・・・・・・・・」 

答える気配がないトトに代わってアルミラが説明した。

「私の右脚やレオンの左腕を覆っているのがレクスだ。
 神々が御使いに与えた武器だよ。
 エテリアを吸収して実体化させる能力がある」

「あ・・・じゃあ、ぼくが使った剣は・・・」

「そうだ。
 あれは間違いなくレクスの力で造られたものだった。
 しかし・・・レクスが単独で動くとか、意志を持ち言葉をしゃべるなどという話は聞いた事がない・・・
 どういう事なのだ?」

再度アルミラに問われて、トトはやっと口を開いた。

「・・・知らんな。
 おれサマは初めからこうだった。
 おれサマの正体など、おれサマにもわからんし、興味もない」

「は 初めからって おまえ・・・
 ずっと普通のネコだったじゃないか!」

フィールのあせった声を無視し、はばたいて宙に留まるトトの目はドロシーの行方を追って彼方を見ていた。

「そんな事よりも・・・だ。
 早くご主人を助け出さねばならん!
 先を急ぐぞ! グズども!」

やけに偉そうな言葉遣いにレオンの顔がぴくっとひきつった。

「誰がグズだ! このクソネコ!
 なんでてめえがシキんだよっ!!」

「わめくな単細胞」

「な・・・なんだとっ!?」

今にも噛み付かんばかりの形相を完全に無視し、トトは背を向けた。

「先を急ぐと言っておろうが。
 単細胞の相手をしているヒマはない」

「てっ・・・てめえ!
 待ちやがれっ!!」

ばさばさと飛んでいくトトを追いかけるレオン。

「・・・・・・・・・。 
 ・・・あの・・・」

フィールは遠慮がちに声をかけたが、先をゆく一匹と一人には届いていない。

「我々も行こう フィール。
 先を急ぐべきだという意見には私も賛成だ」

「・・・あ ああ!」

アルミラの声に、フィールは気を引き締め、力強くうなずいた。
いつしか雨はあがっていた。