― 第3話 聖域 ―
「なんだか・・・
エテリアたちの気配が荒れてる・・・」
灰色の瞳が荒涼とした風景を見渡した。
神々の居城テオロギアの入り口がある聖地へとつながる道。
しかしフィールの足が踏みしめているのは、聖地に向かっているというイメージからはほど遠い、荒れた大地だった。
取り巻いていた緑はいつしか赤茶けた岩と砂ばかりの殺風景な景色に変わり、
それにつれてエテリアの数は明らかに少なくなっていった。
フィールには残されたエテリアたちが大気自体を震わせている、そんなふうに感じられた。
「いよいよ神々の制圧圏に近づいたわけだな」
耳元でトトの声が聞こえる。
「この先には 神々のしもべどもがゾロゾロいるぜ!
気合入れろよ! ボウズ!」
「あ ああ・・・」
レオンの声だけが楽しげだった。
不敵な表情は戦いを前に沸き立つ心をありありと物語っている。
彼にとっては、相手が強大なほど心が躍りはするものの、恐れることなど決してないのだろう。
つとレオンと反対側に立っていたアルミラが顔を向けた。
「フィール・・・ 今のうちに一つ言っておく。
神々のしもべは おそらく おまえを狙って来るぞ」
「え!?」
アルミラの隻眼がフィールの周囲を一瞥した。
「カテナである私から見ても おまえのまわりに集まるエテリアは桁違いに多い。
神々のしもべは本能的に おまえを脅威だと感じるだろう。
当然 真っ先に狙われる事になる。
それなりの覚悟はしておいてくれ」
「・・・そうか・・・」
真顔でうなずくフィールをアルミラの瞳が静かに映しだしていた。
闘争本能を強化されたレオンと違い、この心穏やかな少年は戦いを好まない。
おそらく妹がさらわれていなければ、神々に立ち向かうこともなく、平穏に暮らしていったのだろう。
その優しさを慕い、エテリアたちが寄り添うのだろうが、それゆえにこれからの戦いは荷が重いかもしれん・・・
アルミラは口を開いた。
「もっとも おまえが一人で相手をする事はない。
私ができるだけ引き受けよう」
だが予測に反し、まだ幼さが残る少年はまっすぐ顔を上げ、はっきりと言いきった。
「いや 大丈夫。 自分で頑張ってみる」
「フィール・・・」
「へっ! 言うじゃねえか!」
レオンが唇の端を上げる。
トトも相変わらず尊大な態度だが、満足げな様子だった。
「このおれサマがおまえの剣になってやるのだからな。
おれサマに恥をかかせるなよ?」
「ああ わかってる!」
力強く答えたフィールを見て、ふせたアルミラの口元からわずかな微笑がもれた。
杞憂だったか。
私が思うよりずっと、この少年は強い心を持っている。
あたり一帯は古い地層がむき出しになっていて、化石らしいものが岩盤にときおり見える。
それは村を出たことのないフィールにとって興味をひくものだったが、じっくり眺めている余裕はなかった。
アルミラの言葉どおり、新手のしもべたちが次々と襲いかかってくる。
すごい・・・ これがOZ(オズ)の力か。
間近で繰り広げられるアルミラとレオンの戦いぶりにフィールは時折目を奪われた。
御使い最強と謳われるOZの強さをまざまざと見せつけられる。
仲間がいることで、ひとりのときでも十分だった彼らの強さはさらに増し、うわさに聞く以上だった、が、
それだけではない。
「アルミラ!」
「承知。 レオン!」
「おうよ! ボウズ!」
アルミラはもちろんだが、レオンですら何気なくフィールをサポートしてくれる。
フィールがしもべのひとりに手間取っているあいだに、どんどん進路を切り開いていく
ふたりの連携攻撃は見事というよりほかなく、
襲いかかってくるしもべたちを片っ端からエテリアに還していった。
もちろんフィールは動きについていけなくて、ミスすることがたくさんある。
それでもふたりは何でもない様子で、先へ先へと導いていた。
巨大な骨を思わせる化石がそそりたつ荒野を突き進む。
やがて左右を高い岩壁にはさまれ、袋小路の先にアーチ型の岩をくぐる形で細い通路が続いている地点に差し掛かったとき、
ふいに足が止まった。
アーチを描く岩の上から、巨大な影が伸びている。
侵入者の姿を認めると、それは地響きを立てて飛び降り、進路を完全にふさいでしまった。
聖地守護使団基幹兵セルヴス・・・
今までのしもべとは違う、岩そのものでできたような巨体を前にフィールの足は完全に止まった。
3人が見守る前で、セルヴスは地面に手をつっこむと、勢いよく引き抜いた。
エテリアから造られたものだからこそできる技なのか。
大地が揺れ、はがれ落ちたかけらを散らしながら引き抜かれた手には岩でできた棍棒が握られていた。
先に進むためには倒すしかない、ふたりの眼差しに後押しされ、フィールは駆け出した。
アルミラとレオンもあとを追う。
「なんという装甲だ・・・
通常の攻撃ではまるで歯がたたんぞ」
空を切る棍棒をかわしながらアルミラが驚きの声をもらした。
確かに3人それぞれでかかっても、岩のような体は頑丈でレクスの武器も弾かれてしまう。
だが地面から引き抜いた棍棒は本体のような強度はなく、何度目かの攻撃を受けると
先端の丸い岩石の部分が付け根から折れ、ごとりと地面に落ちた。
「これは・・・そうか!
フィール 奴の武器の残骸を利用しろ!」
セルヴスの向こうからアルミラの声が響く。
転がった岩へ目をやった矢先、セルヴスが黄金の輝きに包まれて猛然と突進してきた。
! 岩石を追っていて、気づくのが遅れた。
うわあっ! 思いっきりふっとばされ、全身をたたきつけられる。
武器を折られたセルヴスはまた地面に手を突っこんだ。
地響きとともにさっきと同じ棍棒が地中から引き抜かれる。
「何っ 別の武器かっ!?」
「チッ! 用意のいいこったぜ!」
ふたりの声がすぐそばで聞こえる。
「くっ・・・ ま、まだ・・・まだやれる」
なんとか起き上がったものの、力が入らず、ひざをついてしまう。
地に突き立てた剣を支えにしゃがみこむフィールの頭上に棍棒を振りかぶる影が落ちる。
よけなきゃ・・・でも体が、動かない。
そのとき別の影がフィールの頭上をよぎった。
見上げた視界に大きく跳躍したアルミラが棍棒の柄を蹴り折るのが映る。落ちてきた棍棒の先端を
オラァ! フィールとセルヴスの間に立ちはだかった影が拳を突き上げて飛び上がり、高々と弾き飛ばした。
「おねんねするのはまだ早いぜ」
逆光となったレオンが上から見下ろしていた。
そうだ、あきらめてたまるか。 ドロシーを助けるんだ!
「ありがとう」 フィールは立ち上がった。
その間にも、レオンが弾き飛ばした岩石をアルミラが追撃していた。
「フィール!」
「おう!」
剣を振る。
だいぶ攻撃のタイミングがつかめてきた。
リズミカルに攻撃をつなげて気を高めていく。
「行くぞっ!」 気合いをこめたフィールの剣が一閃し、直撃を受けたセルヴスがぐらついた。
「その調子だ」
言葉を残し、空に舞ったアルミラがたたみかけて攻撃する。
よろめき、セルヴスの体勢が崩れた瞬間、
「行くぜ、ボウズ!
うぉりゃああああああ!!!」
レクスの輝きに包まれて、レオンとフィールは突進した。
相乗された力が爆発し、バラバラに攻撃していたときはびくともしなかったセルヴスの体が吹き飛ぶ。
跳ね飛ばされた体は大きくバウンドし、堅い装甲に小さな亀裂が入った。
亀裂からこぼれた一筋の光はみるみるうちに全身に広がり、
やがて内側からの力に耐え切れず、器を形作っていたものが爆発音を立てて、無数の破片に砕け散った。
縛られていたエテリアたちがいっせいに解放され、優しい光が荒野とフィールたちを少しの間だけ照らす。
エテリアたちが空に、大地に溶け込み、あたりに静寂が戻ると、フィールは大きく息をついた。
顔を上げて、先に広がるであろう聖地を見つめる。
道は続いている。 まだまだこれからだ。