― 第4話 御使いの長 ―

「なんだろう・・・
 このあたりはエテリアの流れが不自然だ・・・」

フィールはうつむいた。
あたりを包む風景はたいして変わらなくても、頬に触れる風は輝きを失い、わずかなエテリアたちはよどんでいる。

「この先は聖地だからな」

おもしろくなさそうな顔でレオンは荒れ果てた大地の向こうに視線を投げた。

「聖地・・・?」

「神々の猟場・・・とでも言えばいいか」

アルミラも彼方へ目をやる。

「周囲からエテリアを吸い上げて テオロギアへ送るような仕掛けが いくつも配置されている」

「え・・・
 じゃあ この土地が こんなに荒れているのは・・・」

「・・・そういう事だ」

アルミラの表情は変わらなかった。

「万物の源であるエテリアを奪われれば 大地は死んで行くしかあるまい・・・」

トトの言葉が胸に重く響く。

「・・・そんな・・・
 ひどい事を・・・」

灰色の瞳が砂と岩ばかりの枯れた世界を映した。
急に耐え切れないように目をつむって顔を背けてしまう。

「・・・・・・・・・」

そんなフィールをレオンはしばらくの間見下ろしていたが、やがていつもの調子で言った。

「感傷に浸ってるヒマはねえぞ ボウズ!
 どうすんだ?」

「え? どうする・・・って?」

レオンの顔に、にやりと挑戦的な笑みが浮かんだ。

「テオロギアへ行くにゃ この聖地を突っ切るのが一番の近道だ。
 それでいいのかって 聞いてんだよ!」

「ちょっと待ってくれ」

ひっかかるものを感じて、フィールはレオンの顔を見上げた。

「わざわざ聞くって事は 何か問題があるんだろ?」

「・・・っち!
 カンのいいガキだ・・・」

金色の髪が揺れ、ふいとそっぽを向いた。
・・・なんとなく分かってきたような気がする。
おもしろくないことや都合が悪くなるとレオンはすぐ顔をそらす。
それっきり話す気配がないのを悟り、かわりにアルミラが説明した。

「聖地にはエテリアを逃がさないために一種の結界が張られている。
 その結界を作り出している仕掛けを全て破壊しなければ 我々も通り抜ける事はできない。
 迂回した方が早いという事も十分ありうるが・・・
 それでも突破を選ぶか?」

「・・・・・・・・・。
 その・・・結界を造ってる仕掛けっていうのがなくなれば エテリアも奪われずにすむのか?」

「・・・ああ。
 仕掛けの本体はオルドと呼ばれるしもべだ。
 こいつが エテリアを吸い上げる能力と結界を張る能力の両方を持っている」

話しながらも、彼女の強化された思考能力は無意識にフィールを分析している。
レオンの挑発にのらなかったところをみると、それなりの思慮分別を備えているようだ。
そしておそらく我々カテナ以上にエテリアたちの苦しみを理解し、心を痛めている。
エテリアたちと語り、レクスを扱う者・・・だが、そんな人間が本当に存在するのだろうか。

「つまり オルドとやらをブチ壊せば
 結界は消え エテリアの略奪も止まるわけだな?」

「じゃあ 何も迷う事はないよ。
 テオロギアへの道を開く事が エテリアたちを救う事にもなるんだ。
 突破しよう!」

思慮をたたえるアルミラの眼差しの先でトトとフィールの会話は進み、あっさりと結論が出ていた。
最後の一言を言い切ったフィールの表情からは強い意思がうかがえた。

「・・・了解した」

やはり目の前で苦しむエテリアたちを見過ごしにはできないか・・・。
アルミラは反論しなかった。
そしてもうひとり、

「へへっ!
 やっぱ そう来ねえとな!!」

結果的に思い通りになったレオンはうってかわってゴキゲンだった。

「さっきも言ったように 聖地には何体かのオルドが配置されている。
 だが おそらく単体でも聖地の結界を維持するだけの能力はあるはずだ」

「要するに 一つ残らずブチ壊せという事よな」

「ああ わかった!」

アルミラとトトに力強く答えて、フィールは足を踏みだした。
静かに、だが確実に滅びへと沈みゆく大地は砂と岩ばかりで草一本生えていなかった。
そのかわり、フィールの倍ほどの丈がある大きなサナギのようなものがところどころに立っていて、
近づくと、青や赤にほんのり光る先端がぴりぴりとあたりの空気を震わせた。
これがオルド・・・ ふいにフィールは足元の砂地がうごめいているのに気がついた。
砂の下に何かいる。
それもひとつじゃない。見回せばあちこちで、もぞもぞと地面の下を這いまわっている。
フィールが見守るなか、突然近づいていたきたひとつが砂を破って襲い掛かってきた。
かわすと、またすばやく砂にもぐって隠れてしまう。

「気をつけろ。
 大地のエテリアが枯れたために原住生物が凶暴化しているようだ」

「要するに腹が減って気が立ってるってわけか」

「そういうことだ」

アルミラとレオンは戦いながらやりとりしているが、フィールにはとてもそんな余裕はなかった。
エテリアを転送しているからか、これも結界のひとつなのか、
オルドの周囲には明らかに自然のものとは違う風が逆巻いていた。
吹き荒れる風は体が押し流されるほど強い。しかも巻き上がる砂塵が視界を奪う。
そのなかでいきなり飛び出して来る原住生物の攻撃をかわすだけでも困難だった。

さらに侵入者に気づいて、飛行型のしもべが小型のしもべを次々と運んできていた。
襲いかかってくるしもべと凶暴化した原住生物を同時に退けつつ、オルドをひとつひとつ破壊していく。
オルドが砕けると、あれほど荒れ狂っていた風はぴたりとやんだ。

これでいくつめだろう。
目の前のオルドが崩れおち、先へ進もうとしたフィールの体が急に止まった。
道が見えているのに前に進めない。

「まだオルドが残っているようだな」

アルミラの声によくよく目をこらすと、薄い光がたちのぼり、壁となっていた。
オルドが作り出す結界がある限り、この先へは行けない。
あきらめて反対側に伸びている道をゆく。
高低差がある台地をめぐったとき、いきなりオルドの下の地面が盛り上がり、原住生物のとんでもなく大きいのが姿を現した。

「な なんだこいつぁ!?」

「原住生物たちの親か・・・
 あるいは女王といったところだろうな」

レオンの声にアルミラが至極冷静にこたえる。
フィールがあまりの大きさに驚いている間にそれはすばやく砂をかき、もぐっていってしまった。
それきり姿を現す気配はない。
逃げてくれるのならそれでいい。フィールは少しほっとしていた。
しもべたちと違って、彼らには命がある。
エテリアが解放されればきっともとに戻るだろうから。
足元に注意しつつ通り過ぎ、行き止まりにあるオルドを破壊すると、空気が変わった。
オルドがなくなり、自由になった。 そう、あたりを漂うエテリアが教えてくれた。
結界が解け、新たな道が開ける。
さっき通れなかったところへ戻ると、行く手をはばんでいた光が消えていた。
巨大な骨が左右にそびえる化石の荒野を駆けてゆく。

「うわあ!?」

ふいに行く手にすさまじい勢いで何かが落ちてきた。
轟音とともにもうもうと砂煙が巻き上がり、とっさに腕で顔を覆う。

「なんだ!?」

レオンが腕越しに砂にけむる影に目をこらした。
視線が集中する先でゆっくりと体を起こした、その姿をまっさきに認めたのはアルミラだった。

「ヴィティス!」

「てめえか!!」  レオンも叫ぶ。

「ヴィティス・・・・・・?」

フィールは腕をおろして、砂塵にかすむ人影を見つめた。
砂煙のおさまった中心に立っているのは、レクスの甲冑に覆われた騎士、そんな風貌の新たな御使いだった。
ヴィティスと呼ばれた御使いはアルミラとレオンを見据え、落ち着き払った口調で告げた。

「残念だが すでに神命は下った。
 私は反逆者であるきみたちを処分しなければならない」

「ふっ・・・・・・反逆者か・・・・・・
 短絡的だな」

アルミラの言葉を一蹴するかのようにヴィティスは剣を振った。

「きみたちの言い分を聞く必要はない。
 私は神々の御命令に従うだけだ」

冷淡な声がレクスの鎧に反響する。
かつての御使いに注ぐ眼差しは厳しく、議論を許さない。
あたりを払う立ち姿は相手を黙らせるのに十分だったが、それでもフィールは口をはさまずにはいられなかった。

「ま・・・・・・待ってくれ!
 あなたもカテナなんだろう!?
 仲間どうしでそんな・・・・・・」

「やめとけ ボウズ!」

レオンは数歩前に歩みでると、ヴィティスをにらみつけた。

「おれもそうだったからわかるけどよ。
 今のこいつになに言ってもムダだぜ」

「それは・・・・・・
 そうかもしれないけど・・・・・・」

「いっぺんブチのめさなきゃ どうにもならねえんだよ!!」

前に構えた左手のレクスが強く輝きはじめた。

「レオン 待て」

振り向いたアルミラが制したが遅かった。
すでに闘争本能に火がついたレオンの耳には入らない。

「本気で行くぜ! ヴィティス!!」

「!! うっ ぐわぁっーーー!!」

急にレオンが胸を押さえて倒れこんだ。
地面に手をつくレオンの背中からレクスと同じ、羽状の突起が伸びてゆく。

「レオン!?」

駆けよったフィールが手をかざすと周囲のエテリアがあたたかい光を放ち、レオンの背に生えた支配の翼がとけるように消えていった。

「・・・・・・まさか・・・・・・」

ヴィティスの口から初めて感情らしきものがこぼれた。
御使いの頂点に立つヴィティスだが、今回のアルミラとレオンが派遣された件は神々の独断であるため、一切関知していない。
もしやふたりが襲撃した村は・・・
冷徹な目が鎧の奥から一部始終をじっと見守っていた。

「レオン・・・・・・
 大丈夫かい?」

のぞきこんだフィールの声に苦しそうにうめきながらもレオンは起き上がった。
ひざに手をつき、倒れそうになる体を支え、顔を上げる。

「ち・・・・・・ ちくしょう・・・・・・
 また・・・・・・頭ン中に 手ぇ突っ込まれた気分だぜ・・・・・・」

「レオン・・・・・・レクスを最大限に使うのはまずい。
 抑え気味に行け。
 理由はあとで説明してやる」

ヴィティスを見すえたまま、背後で立ち上がったレオンに向けて、アルミラは言った。
顔を見なくとも、荒い息遣いが彼の受けた苦痛の大きさを物語っている。

「ああ・・・・・・ 言われなくてもそうするけどよ・・・・・・
 それでこいつの相手は ちいっと骨だぜ・・・・・・」

そのときヴィティスに走った光輪が小さくなって薄紫の光がはじけた。

「そうでもない」

シュンという短い音と共にレクスの装甲が解除され、吸着していたエテリアが散った。
紫のラインが入った純白の服に身を包み、豪奢な金色の髪をきっちりと後ろに流した男がそこに立っていた。
切れ長の目は冷たく、素顔が露わになっても仮面のような無表情の下の感情は読み取れない。
アルミラやレオンと何か違うと感じたのは単に服の色のせいかもしれない。
ヴィティスの服が白を基調としているのに対し、アルミラとレオンは己のレクスの色を模したラインとファー以外黒づくめで
対照的な印象を受けた。

「なに!?
 てめえ・・・・・・ 手加減しようってのか!?」

ふいに今まで苦しげだったレオンが一転して気色ばんだ。苛立たしげに腕を振る。
彼にとって戦いで手抜きされること、それ以上の屈辱はない。
しかしヴィティスはレオンの激昂を前にしても、眉ひとつ動かさず、冷静に一言返しただけだった。

「好きに解釈するがいい」

「ふざけんなよ! てめえ!!」

ますます怒り狂うレオンを無視して、静かだが、迫力を秘めた眼差しがフィールをとらえた。

「きみは・・・・・・ 神々の子なのか?」

「え・・・・・・?」

アルミラとレオンも思わずフィールを見つめる。

「・・・・・・まあいい・・・・・・」

答えを待つことなく、ヴィティスは視線をはずした。
3人を見渡したあと、神々の断罪人は胸の前に持ってきた右手を振り下ろし、凛とした声で宣告した。

「OZ(オズ)の名において 神命を執行する!」

OZ? フィールは内心首をかしげたが、

「野郎 そのすましたツラに 一発かましてやるぜ!」

かたわらで憤懣やるかたないレオンが吠え、いやおうなく戦いに巻き込まれていった。

「不用意な攻撃は危険だ。
 まずはヤツの出方を見ろ!」

今の頭に血がのぼった状態のレオンには何を言っても無駄だと分かっているのだろう。
アルミラは完全にフィールに向けて言った。

さすがにOZを名乗るだけあって、ヴィティスはレクスをまとっていなくても十分に強い。
装甲をはずした素手の状態でもうかつに近づくと一分の隙もない身のこなしで容赦ない連続攻撃をあびせてくる。
さらに護衛として周囲をかためる騎士のようなしもべは今までに戦ってきたものたちとは一線を画していて、
動きがすばやく、大きな剣を自在に操り、正面からの攻撃は盾によってすべて防がれてしまう。
彼らの猛攻をしのぎながらなんとか攻撃をつなぎ、少しずつヴィティスを追い詰めてゆく。
今だっ! そう思った瞬間、純白に包まれた体が大きく後ろに飛びのいた。

「ふむ・・・まずはこんなところか」

次の瞬間、ヴィティスの姿はかき消えていた。

「ちっ! 逃げやがったか!」

まだ怒りのおさまらない様子のレオンを視界に映しながら、フィールはぼんやりとつぶやいた。

「あれが・・・ もう一人のOZ・・・
 でも 変だな・・・
 ぼくが聞いた噂じゃ OZは アルミラ レオン カインの3人だって・・・」

「あ・・・」

思わず声をもらしたアルミラにレオンは目を向けた。

「なんだアルミラ。
 まだ言ってなかったのか?」

「え?」  フィールも振り向く。

「別に隠していたわけではないんだが・・・」

少々決まりが悪そうにそらした右目がフィールを見た。

「我々はもうOZではない」

「15年ほど前にちょいとヘマをやらかしてな。
 降格されたんだよ」

「ええ!?」

補足したレオンの言葉に予想以上に驚くフィールを見ながら、アルミラは続けて言った。

「その後 さっきのヴィティスと 別の2名に OZの称号が与えられている」

「ま 今にして思えば OZってのは神々お気に入りの手先って事だ。
 さっさとクビになって良かったぜ」

レオンは目を閉じて苦笑したが、

「負け惜しみを・・・」

いつのまにかトトが猫の姿に戻っていた。
耳ざとく聞きつけたレオンがギンとにらみつける。

「なんだと てめえ!!
 言っとくが 実力は今のOZより おれたちの方が上なんだからな!」

「・・・レクスを同じように使えればの話だが」

「う・・・」  さしものレオンも事実を端的に述べるアルミラには返す言葉がない。

「そうか!
 さっきレオンが・・・」

フィールの声にアルミラはうなずいた。

「レクスは神々の一部か・・・ 少なくとも何らかの形で 神々とつながっているんだろう。
 だから出力を上げ過ぎると 神々から大きな影響を受けてしまう・・・
 下手をすれば レオンは今ごろ 神々の使いに戻っていたかもしれん」

「・・・くそっ!!」  浅黒い顔がいまいましげに歪んだ。

「トトは?
 トトもそうなのか?」

「失敬な事を言うな。
 おれサマは今まで神々の影響なぞ感じた事はないぞ!」

顔を向けたフィールの前で、トトはあいかわらずえらそうに言い放った。
隻眼が空中でもふんぞりかえっている羽根の生えた赤猫をちらっと映す。

「トトに関しては何とも言えん。
 そもそもレクスなのかどうかもハッキリしない。
 まあ いずれにしても フィールが使うのだから問題ないと思うがな」

「ぼくが?」

「これは私の推測だが 神々の呪いは おそらくカテナにしかきかない。
 そうでないのなら 初めから人間も全てしもべに変えてしまっているはずだ」

アルミラの目が優しい光を浮かべて、かすかに微笑んだ。

「だから おまえは大丈夫だよ」

「・・・・・・・・・」

だがフィールの表情は明るくならなかった。
アルミラから笑みが消え、気遣う様子に変わる。

「・・・どうした?」

「アルミラ・・・
 もう一つ聞いていいかな?」

「なんだ?」

フィールはアルミラの顔を見上げた。

「ヴィティスが言ってた・・・
 神々の子・・・って何だ?」

「・・・・・・・・・」

思慮深い瞳に翳りが落ち、それを隠すかのように視線がわずかにそれた。

「・・・それは・・・
 私にもわからん」

「・・・そうか・・・」

ふとフィールは巨大な建造物らしきものに気がついた。
あれはなんだろう。