― 第5話 忘れられた祈り ―
「こ ここは・・・?」
フィールの声が静寂にこだました。
完全に外と隔絶された空気は凛としていて思わず足を止めてしまう。
ぐるりと見渡せば天井は高く、幅広い通路はまっすぐに奥の広間へとつながっていた。
頑健な石造りの建物全体から崇高なものがあふれ、空間を満たしている。
この建築物の外観は幾重にも階を重ね、威容を誇るものだったが、未完成なのか
屋根がなく、最上部はぽっかりと穴があいたまま陽にさらされていた。
人の記憶から消え去って、かなりの年月がたっているはずなのに
差し込む光に浮かび上がる幻想的な美しさは損なわれることなく、入るものを出迎える。
聖地と呼ばれる不毛の領域で、唯一、人が作り出したもの。
時を経てもなお、いや、時を経たからこそ増したのかもしれない、
荘厳な雰囲気がたちこめる、この建物は・・・
「神殿・・・ってヤツだな」
レオンが単刀直入に言った。
一応、奥を見やってはいるが、たいして興味はないようだった。
アルミラが説明を補足してくれる。
「神々が降臨したばかりのころは 神々をありがたがって崇拝する人間も大勢いた。
そんな人間たちが信仰の証として建てたのが この神殿だ」
「ふん・・・
愚かな話よな・・・
神は神でも 最悪の疫病神だったというのに」
隻眼が軽蔑しきった声を漏らす赤猫をちらりと見たが、また淡々と言葉を続けた。
「人間たちもそれに気づいたから この神殿は造りかけの状態で放棄された。
・・・今は別の目的に使用されているが」
「え・・・?」
暗に匂わせる言い方に気づいたフィールに、レオンが声を荒げて言った。
「閉じ込めてやがんのさ!
あっちこっちの村から さらって来たガキどもをな!」
「なんだって!?」
思わず奥へ目をやったが、年月を帯びた石の間が広がっているだけだった。
耳をすませても、子供の声はおろか、物音ひとつ聞こえない。
「では・・・ご主人もここに閉じ込められておるのか?」
声の調子が変わったのに気づき、アルミラはトトへ顔を向けた。
「その可能性は高いな・・・」 客観的な見解のみを口にする。
「助けよう!」
無意識にフィールは叫んでいた。
ここにドロシーがいるかもしれない。そう思うと、今すぐにでもかけだしたくなる。
が、レオンの声がフィールを引きとどめた。
「ちょっと待て!
おれは神々をブチのめしに来たんだぜ!
ガキなんか助けてられっか!」
「レオン・・・」
フィールの視線をさけるようにレオンは顔をそらし、乱暴に言葉をつけ足した。
「・・・と言いたいとこだが 今回はボウズにつきあってやる!
ありがたく思えよ!」
「・・・・・・・・・。
どうしたんだ? レオン」
浅黒い横顔をまじまじと見つめた目は感謝より驚きに見開かれている。
「別にどうもしねえよ」
よほど居心地が悪いのか、横顔すら背けてぼさぼさの髪にかわってしまった。
「でも・・・」
どうしたんだろう。
なおも気遣わしげな視線を向けるフィールにトトはにやりと笑って教えてやった。
「なあに。 そう驚く事でもないぞ。
この単細胞め レクスに呑まれそうになった時 おまえに助けられただろう?
その事でおまえに恩義を感じておるのさ」
「ばっバカ野郎!!
そんなんじゃねえよっ!!」
そっぽを向いていたレオンがあわてて振り向く。
「レオン・・・」
ばつが悪そうにフィールをちらっと見たレオンは半ばやけくそぎみに言い放った。
「いいかっ!
ただの気まぐれだからな!?
カン違いすんなよっ!」
「ああ・・・わかったよ。
ありがとう」
微笑んだフィールに、ますますレオンは憮然とする。
「いいや わかってねぇ!
そのツラはカン違いしてるツラだっ!!」
なおも言いたげだったが、アルミラの声がさえぎった。
「レオン。
そのくらいにしておけ。
それよりも 子供たちの救出を急ごう」
「ああ!」 フィールの顔からすっと笑みが消え、真剣な面差しに変わる。
「おそらく子供たちは 何人かずつ別々の部屋に監禁されているだろうが・・・」
アルミラはこの神殿のなかを知っているかのように広間の先へ目をやった。
「これだけの広さだ。
フィールの妹たちがどこに捕らわれているかわからん」
「片っ端から探して行くしかねえだろ」
レオンの声にフィールはうなずいた。
「ああ。
それでいいよ。ドロシーたちだけじゃなく 全員助けるつもりだから」
「・・・やれやれ」 トトがため息まじりにつぶやく。
「おまえなら そう言うと思ったぜ」
レオンがふっと笑った。
アルミラがフィールに目を向ける。
「では・・・いくか?」
「ああ!」
ちょうどそのときだった。
通路の先の広間を子供をかかえたしもべが横切っていった。
「むっ 子どもを…待て!」
いち早く気づいたアルミラが駆け出す。
思ったよりすばやかったのか、通路を抜けて広間に出たときにはもうしもべも子供の姿も見当たらなかった。
広間からは左右に広い通路が伸びている。
しもべが去った方向へ進み、角を折れると、左側に大きな空間があり、その左右に扉が並んでいた。
扉の前に番人のごとく立っていた中型のしもべたちが、侵入者に気づき、いっせいに駆け寄ってくる。
彼らの攻撃を防ぎつつ、扉を力づくでやぶる。
「早く逃げるんだ!」
せまい部屋のなかで立ちすくむ子供を見つけ、フィールが叫んだ。
だが入り口には、しもべたちがせまっていて、子供は立ちすくんでしまう。
! フィールに向けて振られた剣が弾かれた弾みで、子供のほうに流れていった。
しまった! 振り向く先で子供が体をこわばらせるのが映る。
ガキン! にぶい衝突音が響いた。
「怪我はないか?」
標的を外した剣をアルミラの杖が受け止めていた。
子供の無事を確認すると、杖に力を込め、しもべを部屋の外へはじき出す。
と、黄色い光が一閃し、入り口に殺到していたしもべたちをまとめてなぎ払った。
「おら さっさと逃げな」
低くすごみのある声に、子供ははっと顔を上げた。
足を一歩踏み出し、それから思い切ったようにわき目もふらず駆けてゆく。
「ありがとう!」
声を残し、子供は部屋を飛び出していった。
通路はオブジェのある広間に続き、そこからまた通路が伸び、小部屋がならんだ間で行き止まりになっていた。
子供たちが残されていないのを確認すると、入り口の広間に戻って、今度は逆の通路を進んでいく。
どうやらこの神殿は左右対称になっているようだ。
そちらでも捕らえられている子供を見つけたが、ドロシーや村の子供たちの姿は見当たらない。
これで残すは・・・フィールは目の前の大きな扉を見つめた。
右側の通路だけにある神殿の中央部へと向かう扉、この先だけだ。
扉を開けると、十字路にぶつかった。
あたりはしんとしていて、しもべたちの姿はない。
左右の通路はすぐ行き止まりになり、通路にそって小部屋が3つずつ並んでいて、
全部確認してみたが、子供たちの姿はなかった。
残された正面の道を進むと、円形の薄暗い広間に出た。
広間を抜けた向こう側には小型のしもべがいて、様子をうかがうようにこちらを見ている。
その中間、広間の中央にはこれ以上の侵入をはばむべく、しもべたちが待ち構えていた。
・・・道はここしかない。
フィールは深く息を吐いて、剣を握る手に力をこめた。
「いくぞっ」 先頭をきるフィールに続いて、アルミラ、レオンも飛び出していった。
向こうがわに立っている小型のしもべは戦闘に参加することなく、じっと見守っていた。
戦っている仲間たちがエテリアに還り、侵入者が向かってくるのを察するとくるりと向きを変える。
「おっ…野郎 待ちやがれ!」
レオンの声を背に、しもべの姿は奥の間へ消えていった。
フィールたちがあとを追って駆け込むと、そこはさっきの円形の広間よりさらに広い部屋だった。
薄暗い部屋の奥にわずかな光さえさえぎるように、黒い塊がある。
聖地への道をふさいでいたしもべ、セルヴスに似た、ひときわ巨大なしもべ、
神都哨戒使団基幹兵ドゥムヴィルにさっきの小さいしもべがぴょんぴょんと飛び跳ね近づいていく。
遠目からは何か報告をしているように見えたが、いきなりドゥムヴィルはそのしもべをつかみあげると、
フィールたちのほうへむかって投げつけた。
?! とっさによける。
ぐわわっ まるで蛙のような悲鳴を発して、しもべは地面にたたきつけられた。
がたいの大きさに似合わぬ軽快な足取りでドゥムヴィルは駆け、それをすばやく拾い上げると、また投げつけてくる。
反射的にかわしたが、しばらくあと、不意に背後で鈍い音がした。
? 振り向くと、レオンが後頭部をおさえ、うずくまっており、近くには投げられたしもべが目を回して転がっていた。
状況から察するに、正面から飛んできたものはよけたものの、どうやらしもべはブーメランのように弧を描いて飛び戻ってきたらしい。
そのしもべをまたつかもうと、いつのまにかそばにきたドゥムヴィルが手を伸ばす。
「てめえ・・・」
頭を押さえたまま、レオンは顔を上げた。
乱れた金髪のすき間から、ギラリとした目が獲物を捕らえた。
「食らいやがれっ!!」
叫ぶと同時に目を回していたしもべがふっとんだ。
つかもうとしていたものが目の前で消え、ドゥムヴィルの手が空を切る。
「任せろ」 アルミラがすかさず落下地点へまわりこみ、連携に持ち込む。
だがレオンにまわる直前、ドゥムヴィルがしもべを奪い返した。
「野郎!」
しもべごとドゥムヴィルを攻撃するが、聖地を守護していたセルヴス同様、このタイプは装甲が固い。
振り払うはずみにしもべを取り落とせば、レオンがそれをふっとばすが、ドゥムヴィルも奪い返してはぶんなげる。
・・子供のおもちゃの取り合いのようだ。どんなときでも冷静なアルミラは頭の隅でそんなことを思っていた。
そして、この戦いに決して気が長くないレオンがキレるのは時間の問題だった。
「行くぞ、フィール」
タイミングをはかったかのように、フィールの耳にアルミラの声が届いた。
横からアルミラが飛び出し、床を蹴る。 フィールも駆け出した。
ふたりがしもべを奪い返したドゥムヴィルに攻撃を仕掛ける寸前、
「てめぇのツラは見飽きたぜ!」
まさしくぶちきれたレオンの怒号が響き渡り、くしくも3人の攻撃がぴたりと重なった。
3つのレクスの輝きが交錯し、何倍にも膨れ上がった力は天井めがけ吹き上がる。
「あばよ」
最後まで見届けることなくレオンは背を向けた。
背後で巨体が砕け、解放されたエテリアが薄暗い広間を舞う。
ほのかな光はさらに奥へと続く大きな扉を照らし出していた。