― 第6話 新たなる頂点 ―

「ふむ・・・
 これだけ駆けずり回ったというのに ご主人は見つからんな・・・」

先を見やってつぶやくトトにレオンがにやりと笑った。

「どうしたクソネコ!
 もう飽きたのか?
 まだ部屋は残ってるぜ!」

「誰もそんな事は言っておらんわ!」

「・・・・・・・・・」

ふたり、正確には一人と一匹のにぎやかなやりとりをよそに、
フィールはひとり浮かない表情で今来た方を振り返っていた。

「どうした? フィール」

声に気づいて、いったんアルミラを見上げたものの、すぐに視線を落としてしまう。

「いや・・・
 助けた子供たち・・・ 大丈夫かなって・・・」

「・・・そうだな・・・
 心配なのは確かだが・・・」

アルミラもまた考えるふうに言葉をきった。

「一番近くの村までの道は教えたし、あとは自力で逃げてもらうしかない」

「ああ・・・
 無事に家族の所まで帰れればいいけど・・・」

・・本当に優しい心根の持ち主なのだな。
アルミラはなおも心配気な表情をしているフィールを見つめた。
エテリアたちに慕われるのも無理はない。

「・・・そう言えばフィール。
 おまえの家族は・・・?」

「え?」

突然の質問にフィールは一瞬目を見開いたが、いつもの調子で答えた。

「さあ・・・
 ものごころついた時には ドロシーとトトの3人だけだったよ。
 両親はぼくが小さいころに死んだって聞いてる。
 村のみんなが親代わりになって ぼくたちを育ててくれたんだ」

「そうか・・・」

「急にどうして?」

灰色の瞳がアルミラを見上げた。

「・・・いや・・・ 何でもない・・・」

「?」

「おい そこの二人!
 何をモタモタしておる!」

レオンと一緒に先に行っているトトの声がふたりの間に割りこんだ。

「おまえの妹 探すんじゃねえのかよ!?」

レオンもあきれぎみに振り返る。

「ああ! いま行く!」

フィールはすぐに駆け出したが、

「・・・・・・・・・」

アルミラは何か考えているようだった。


分岐した通路は薄暗い部屋に続いており、一番奥に上へ向かう階段を守るしもべが立ちはだかっている。
彼らを倒し、階段をかけのぼると小さな部屋に出た。
部屋は扉のないアーチ型の出入り口を通して、大きな広間につながっていた。

・・・・。
足を止めたフィールから静かなため息がこぼれた。
アーチ状に切り取られた空間から見える範囲だけでも、広間はしもべたちであふれかえっているのが分かる。
しばらく様子を見ていたフィールは、やがて思い切ったように広間へ飛びだしていった。

「ははっ、やるじゃねぇか!」

フィールの戦いぶりを横目に、レオンが楽しげに叫ぶ。
・・たいした野郎だぜ。
自らもしもべを粉砕したレオンの顔には自然と笑みがこみあげてきていた。
村を出たときはド素人だったのによ! どんどん戦い慣れしていきやがる。

しもべたちがすべてエテリアへと還ったあと、ようやく落ち着いて、がらんとした広間を見回せた。
二階は中央広間と、それに接した小さな部屋がいくつかあるだけの、いたってシンプルなつくりで
広大だった一階部分と比べると、子供たちを捜すのはさほど苦労しなさそうだった。
向こうがわにゆるやかなカーブを描いてのぼる幅広い階段がある。

それより上の階はすべて2階部分と似たような感じのつくりだった。
小部屋もすべてのぞいて見たが、子供たちの姿は見当たらない。

何度目かの薄暗い階段をかけのぼると、今度は今までと違い、ぴったりとしまった扉がそびえていた。
押しあける音とともにまぶしい光がさしこみ、思わず目を背けてしまう。
明るい陽光に照らされたそこは最上階の広間で、大きな窓が周囲をとりまき、
高いドームをおもわせる、つくりかけのぽっかりとあいた天井から太陽がのぞいていた。
! 広間の中央へ駆けこんだフィールの足が急に止まった。

「あらあら 来たのね。
 ノコノコと」

小馬鹿にした少女の声が広間全体に反響する。
見上げれば、壁にそって、高いところに通路がめぐらしてあり、上から広間を見下ろせるようになっていた。
通路の手すりは長い年月に朽ちて、ところどころ折れたり、欠け落ちたりしているが、
その手すりの上に翼の生えた少女が腰掛けて、こちらを見下ろしていた。

年の頃は人間で言えば15歳ぐらいだろうか、フィールとたいして変わらないように見える。
背中にはえた翼はほのかなピンク色の光を発していたが、よく見るとそれは
空を飛ぶためのものではなく、6本の剣状のレクスを格納したものだった。

「反逆者どもが!」

いかめしい声に視線をめぐらせれば、ヴィティスをはさんで反対側の柱に
腕を組んだ獣頭の男がよりかかっていて、厳しい視線を投げていた。
身長は2メートルはあるだろうか、がっしりした体躯で、装甲形態でないにもかかわらず、
ほぼ全身をレクスで覆い、カテナというより、獣人といったほうが近い。
肩の部分のレクスが緑色に発光しており、ヴィティスやさっきの少女と同様、
己のレクスが発する光と同じ色のラインが入った白地の服に身を包んでいた。

「ジュジュに・・・・・・
 ガルムか・・・・・・」

アルミラがつぶやく。

「現役OZ(オズ)がせいぞろいかよ・・・・・・
 ヒマだねえ・・・・・・」

首を振るレオンの横で、フィールは新たな御使いを交互に見つめていた。

「OZ・・・・・・
 この人たちも・・・・・・?」

「ここで待っていれば必ず来ると思っていた」

ヴィティスの落ち着きはらった声が響く。

「ここ・・・・・・?」

足もとを示す動作につられて視線を落とすと、大きな鉄格子があり、その向こうがわにうずくまっていた小さな影がこちらを見た。

「お お兄ちゃん!?」

「ドロシー!!」

ドロシーが鉄格子にかけよってくる。
一緒にさらわれた村の子供たちも何事かとドロシーのそばに集まってきた。

「お兄ちゃん!
 お兄ちゃーーん!!」

鉄格子をにぎりしめ、懸命に呼ぶドロシーの横で、村の男の子も興奮して叫ぶ。

「ほんとだ! フィール兄ちゃんだ!!」

「助けに来てくれたの!?」

涙声になっている女の子もいる。
フィールは頭上を振り仰いだ。

「妹と子供たちを返してくれ・・・・・・
 ぼくは・・・・・・あなたたちと戦いたくなんかない!」

「あははははっ! なに言ってんの!」

甲高い笑い声が一蹴した。
手すりに腰掛けたジュジュは楽しげに上半身をのりだし、大きな瞳でフィールを見た。

「ヴィティスと戦って生きてるヤツなんて久しぶりだもん!
 今度はあたしと遊んでくれなくちゃ!」

「不謹慎だぞ小娘。
 これは遊びなどではない!
 貴様 神命を何と心得るか!」

謹厳な声が叱責したが、ジュジュはひるむどころか、逆に苛立ちをあらわにガルムをにらみつけた。

「はン! うるっさいわねー この犬っコロ!
 やる事は結局 一緒じゃないの!」

「そうそう! 一緒なんだから さっさとやろうぜ!」

レオンが左腕を上げる。
ヤル気まんまんのレオンとは対照的に、フィールの表情は沈んでいた。

「それしか・・・・・・ ないのか・・・・・・」

「やれやれーー!  フィール兄ちゃん!!
 そんなヤツら ぶっ飛ばしちまえーー!!」

「お兄ちゃーーん!
 頑張れーー!!」

鉄格子の向こうから、子供たちやドロシーが応援する。

! 最初に異変に気づいたのはヴィティスだった。
まったくといっていいほど普段感情をあらわさないヴィティスがわずかに目をみはる。
フィールも手にしているレクスの剣に目を向けた。

「これは・・・・・・」

「なんだあ?」

アルミラとレオン、ふたりがほぼ同時につぶやき、アルミラは足元を、レオンは自らの左手をまじまじと見つめた。
フィール、アルミラ、レオンのレクスに周囲のエテリアが次々と集まってきている。

きゃああ!!  不意に聞こえた悲鳴にフィールははっと目を向けた。

!!  飛行型のしもべたちが子供たちをふたたび空へ運び去ろうとしている。

「ドロシーーーっ!!」

駆けだすフィールの行く手にガルムとジュジュが飛び降りた。

くっ! とっさにふみとどまったフィールの前で、ドロシーの姿はみるみる遠ざかっていく。

「ジュジュ ガルム あとは任せた」

ゆっくりと身を起こすふたりの背後にヴィティスの声が響いた。

「待て!  ドロシーをどこへ連れて行くんだ!?」

フィールの問いに答えることなく、ヴィティスは背を向け、去ろうとしたが、その足がつと止まった。

「その少年は神々の子かもしれない」

わずかに振り向き、顔横をのぞかせる。

「できれば捕獲しろ」

「はン!」

ヴィティスが姿を消したあと、ジュジュは明らかにさげすむ視線をフィールに投げつけた。

「できそこないのつくりモノを捕まえてどうするんだか!」

「つくりモノ・・・・・・?」

「あら あんた 知らなかったの?」

ジュジュは腰に手を当て、せせら笑う。

「ただの人間がエテリアやレクスを使えるわけないでしょ。
 あんた 神々に造られた人形なのよ!」

えっ? 戸惑うフィールにさらに軽蔑に満ちた声が突き刺さった。

「なのに神々に逆らってんだから 大したできそこないよね!」

「フィール! たわごとを真に受けるな」

強い声に振り返ると、アルミラの眼差しがまっすぐフィールをとらえていた。

「シャキッとしろよ、ボウズ!」

レオンもまた、ゆらぎのない表情をしていた。

「こいつらブッ飛ばして妹、追いかけんだろ!?」

「・・・・・・ああ!
 わかった!!」

フィールの顔から迷いが消えた。
新たなOZへ視線を戻すと、剣を構える。
ぴんとした緊張感が張り詰め、次の瞬間、新旧のOZを巻き込んだ戦いの幕が切っておとされた。


    * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


フィールは頭上を見上げていた。
乱戦のなか、分が悪いのをさとったジュジュとガルムはすばやく飛び上がり、
さっきまでフィールたちを見下ろしていた高い回廊に身を置いていた。

ヴィティスが抜けて、数のうえではこちらが有利だった。
それに周囲のエテリアたちが力を貸してくれたから、装甲形態はおろか、本来の力を出せなかったのかもしれない。
でもそれだけが原因じゃない。 フィールの瞳は現OZのふたりを映していた。
身構えているガルムの横で、ジュジュはがっくりとひざをつき、うつむいたまま肩で荒い息をしている。

遠隔操作が可能な6枚羽根のレクスで、完璧な防御と離れたところからでも攻撃が可能なジュジュ。
神々に強化された肉体を持ち、接近戦で抜群の破壊力を持つガルム。
OZに選ばれるだけあって彼らは確かに強い。
だけどバラバラだ。
アルミラとレオンは当たり前のように息のあった連携攻撃をみせていたから、みんなそういうものだと思っていたけど・・・
同じOZのメンバーなのに彼らは全然協力しようとしない。

「ふん、情けない!
 OZともあろうものが なんだ そのザマは」

一瞥をくれるガルムをジュジュはキッとにらみつけた。

「うるさい!
 あんたさえ邪魔しなければ こんなことにならなかったのよ!」

強気な言葉とはうらはらに、苦しそうに息をはきだす。
そして一瞬ののち、ふたりはぽっかりあいた穴から姿を消してしまった。

「ええい!不甲斐ない!
 目の前でご主人をかっさられるとは!
 フィール! 何とか言わんか!」

「・・・・・・・・・」

「ボウズ・・・?」

「え? あ、ああ・・・」

フィールは、今気づいたというふうに、はっと目を向けた。

「フィール・・・ ジュジュが言った事なら気にするな。
 あれは彼女の勝手な思い込みだ」

「い、いや 別に そうじゃないんだ・・・」

「・・・・・・・・・」

瞳を伏せたフィールを見つめたアルミラだが、それ以上何も言わなかった。
そんなふたりの様子を完全に無視して、トトはドロシーが連れ去られた空の向こうに視線をはせた。

「で、奴等 ご主人をどこへ連れて行きおったのだ?」

「へっ! こっから先って言やあ もう一つしかねえだろ」

金色の瞳が不敵な光を放つ。

「テオロギアの中・・・だな」

アルミラの言葉に、レオンは意気揚々とこぶしをにぎった。

「よーし! やっと神々のフトコロに殴り込めるってわけだ!」

「ありがとう・・・レオン」

「あぁ? 何だよ あらたまって」

きょとんとした顔がフィールを見た。

「本当は真っ直ぐテオロギアへ行きたかったんだろう?
 それなのにドロシー探すのを手伝ってくれたから・・・」

わずかに首をかしげてフィールは微笑んだ。
それを見て、レオンはぷいと顔をそむけてしまう。
ぶっきらぼうな声がぼさぼさの金髪の向こうから返ってきた。

「・・・礼はまだはえぇよ。
 妹、取り戻してからにしな」

「レオン・・・」

「それよりな!
 テオロギアん中は本気で危ねえぞ。
 しっかり根性すえとけよ!」

振り返ったレオンの表情は高揚感をおさえきれないかのように生き生きとしていて、
それはなによりもフィールにテオロギアでの戦いがこれまで以上に苛烈なものになることを予感させた。

「あ・・・ああ!」

神々の居城テオロギア・・・
フィールの顔にはかすかな緊張の色と、そして強い覚悟が宿っていた。