― 第7話 テオロギア ―
雷鳴が轟き、細く尖った頂きを中心にわきたつ黒雲が渦巻いていた。
上空に絶え間なく走る雷が、大きく目を見開くフィールの顔を時折激しく照らし出す。
地に沿って荒々しい風が流れ、その上に君臨するかのように空に浮いた巨大な岩山がそびえていた。
「これが・・・・・・テオロギア・・・・・・」
「そうだ・・・・・・
神々の城だ・・・・・・」
フィールのつぶやきにアルミラが低く答えた。
無数のエテリアが仄暗い空に舞いあがり、城に吸い込まれていく、この世のものとは思われない光景を
灰色の瞳がまばたきもせずに凝視していた。
「エテリアたちが・・・・・・
苦しんでる・・・・・・」
!? こちらを見ているレオンが映り、アルミラもそばにいる。
その視界がぶれた。
不意に光がいくつも走り抜け、キーンとした甲高い音が頭をしめつける。
『ただの人間がエテリアやレクスを使えるわけないでしょ』
残響のなか、ジュジュの声がこだまする。
これ・は・・・? 錯綜する映像が次々と浮かんでは消えてゆく。
せわしなく左右を流れる無数の人影のなか、孤独に歩く翼持つ者。
宙に浮かぶ球体をとりまくエテリアたちと、舞う白い羽根。
かすかに聞こえる無邪気な笑い声。 命が息づく鼓動。
っ! 小さな叫びがもれた。
「あん? どうした?」
レオンが横目でフィールをみやった。
「何を考えておるか知らぬが・・・・・・」 トトの声が響く。
「そもそもの目的を忘れてはおるまいな?」
「わかってるよ・・・・・・」
答えつつも、フィールの意識はふたたび現実と幻覚のはざまにたたずんでいた。
一輪のつぼみがほころんでゆき、開いた花からふわりふわりとエテリアたちが空中に舞い上がっていく。
歌う声が聞こえる。
「おい ボウズ!
おれの目的も忘れんなよ!」
突然、レオンのぶっきらぼうな声が意識に割り込んだ。
歌とは違う方向から聞こえた声が頭の片隅で響き、それを聞いている、そんな感じだった。
「たまたま行き先が一緒だから つきあってやってんだぜ!」
「あ ああ
それもわかってるって!」
エテリアをすべて放出してしまった花はしおれてゆく。
「なら いい!」
レオンは挑むかのようにテオロギアへと両腕を大きく広げた。
「じゃ 行くぜ!」
「ふっ・・・・・・不器用な奴だ・・・・・・」
ちらりとレオンを見やったアルミラは赤い唇の端をわずかにつり上げた。
「ああ・・・・・・」
フィールの剣を握る手に力がこもる。
凛として上げた顔は眼前にせまる現実をしっかりと受け止めていた。
「行こう!」
フィールは駆け出した。
・・ここがテオロギアの中?
足を踏み入れたフィールは戸惑っていた。
目の前に広がっているのは、城の、いわゆる建物の内部ではない。
転送されたエテリアを受け取るためなのか、あちこちにオルドが乱立しているそこは
マグマが噴き出し、大気を赤く染める火山帯を思わせる灼熱の大地が広がっていた。
城といっても、人が考えているようなものではない。
フィールの思いを見透かしたのか、アルミラが教えてくれた。
テオロギアとは、神々の居城であると同時に、世界の極点にある巨大なエテリア集積場であり、
内部は5柱の神がそれぞれの好む属性のエテリアで形成した支配領域が階層状に広がっている。
ここは火の属性を好む神の階層。
そのせいか、しもべも今までと変わっていた。
攻撃すると、頭にはえた導火線に火がつき、パチパチと火花を上げながら短くなっていく。
・・・イヤな予感がする。 距離をとって様子を見ると、導火線が燃え尽きた瞬間、しもべは爆発した。
!? 爆風と同時に黒い煙がたちこめ、視界を奪ってしまう。
その間にも他のしもべたちが襲いかかってくる。
くっ とっさに剣を振りぬこうとした手を、フィールはしかし急に思いとどめた。
むやみに攻撃できない。 爆弾に取り囲まれているのと同じだ。
いったん導火線が火がついてしまえば、燃え尽きる前に倒さないと自爆に巻き込まれてしまう。
狙いを絞ってすばやく倒していかないと。
しもべたちが追ってこないマグマの海の通路を横切るときも油断できなかった。
鋭い牙をむいて、マグマの海から飛び出した魚が襲いかかってくる。
魚の群れをよけ、自爆するしもべたちと戦い、時折爆風に吹かれながらも、オルドをすべて壊し進んでいくと、
黒々とした洞窟の入り口が口をあけていた。
駆け込んだフィールの足が急に速度を落とした。 アルミラとレオンも足を止める。
中は広い空洞になっており、腕組みをした人物がひとり、侵入者たちへ厳しい視線を向けていた。
「こんな所まで来おったか 痴れ者ども!」
「ガルムか・・・・・・」
アルミラがつぶやいた。
洞穴の隅を小川のように流れている溶岩から白い煙が立ち上っている。
「これ以上 神々の御座所を汚す事は許さん!」
組んでいた腕をといたガルムは己の胸を示した。
「この俺が神命を執行する!」
「おいおい 一人で大丈夫なのか?」
レオンが応じた。
「二人がかりでも シッポまいて逃げ出したクセによ!」
「なんだと!?」
思わず牙をむいたガルムだが、すぐに冷静さを取り戻した。
「・・・・・・ふん!
わかっておらんようだな!」
自信に満ちた動作で両腕を広げてみせる。
「あの小娘はただ 邪魔をしておったに過ぎん。
本来は貴様らごとき 俺一人で十分なのだ」
ふたたび腕を組んだガルムは向かい合う3人をねめつけた。
「徒党を組まねば何もできぬ貴様らとは違う!」
「はン! てめえこそ わかっちゃいねえぜ!」
数歩前に歩み出たレオンは左手をガルムに向かって突き出した。
力強い声が洞窟内に響き渡る。
「なんで OZ(オズ)が三人なのかって事がな!」
突きつけた手を引き、身構えると同時に、フィール、アルミラも臨戦態勢に入る。
「ほざけっ!!」
ガルムが吼えた。
腕を振ると、光輪が走り、全身を覆うレクスが装甲形態へ変わっていく。
「OZの名をけがした反逆者に OZを語る資格などない!
その口 二度と開けぬよう 引き裂いてくれるっ!!」
緑に光る肩をいからせ、ガルムが突進した。
頑健な肉体から繰り出される格闘術の威力は神殿の最上階で一度見ているが、
レクスの出力を最大限にあげた今は以前のそれを遙かに上回り、破壊的ですらある。
不用意に近づけば命取りだ。 距離をつめすぎないよう気をつけながら、慎重に機会をうかがう。
「やべぇ!」
「危険だ! フィール!」
不意にガルムが飛び上がった瞬間、レオンとアルミラが同時に叫んだ。
「我が拳、とくと味わえィ!」
ガルムのレクスがひときわ強い輝きを放ち、地面にたたきつけた拳を中心に稲妻に似たエネルギーが走る。
衝撃が地を揺るがし、土煙が舞い上がった。
「今だ!」
ふたりの声のおかげで間一髪かわしたフィールは、大技のあとに生じた隙を見逃さなかった。
一気にガルムをおいつめていく。
そして、
うおおおお〜〜〜〜!!!
雄たけびが空気を震わせ、吹き飛ばされるガルムの脳裏に、支配の羽根が舞い落ち、カシャーンと砕ける音が響きわたった。
「お・・・ おおおお・・・」
茫然とガルムは立ち尽くしていた。
「正気に戻ったかよ・・・」
レオンの言葉にも反応しない。
ガルムの瞳は見開かれてはいたが、焦点はあっていなかった。
「な・・・なんと・・・
なんという事だ・・・
こんな・・・」
「ガルム・・・」 フィールがつぶやく。
「貴様ら・・・
知っていたのだな?」
急にガルムは激昂した。
「俺の忠誠がまやかしに過ぎん事を知っていて!
腹の底で嘲笑っていたのだな!?」
「え・・・!? ち・・・違う!」
「なに言ってんだ? おまえ・・・」
「黙れ!
黙れ! 黙れ! 黙れっ!!」
フィールの驚きも、レオンの問いかけも、すべて拒絶するようにガルムは絶叫した。
そむけた顔から、苦しげな声がしぼりだされる。
「・・・頼む・・・
笑っていたのだと言ってくれ・・・
同情されるくらいならば・・・
その方がまだ・・・っ!」
つと、ガルムはフィールたちに背を向け歩き出した。
「ガルムっ!?」
「来るなっ!!」
「っ!!」
あまりの剣幕にたじろぐフィールを厳しい目がにらみすえた。
「・・・追って来るならば 刺し違えてでも殺す!」
「ガルム・・・」
フィールはうつむいた。
「あの野郎・・・」
同じ経験をしたレオンたちには今のガルムの気持ちが痛いほど分かるに違いない。
アルミラが視線をふせて言った。
「真面目な奴だからな。
こたえたのだろう・・・」
「気にすんなよ、ボウズ」
レオンが声をかけた。
「アイツだってバカじゃねえ。
アタマが冷えりゃシャンとするぜ」
「・・・・・・・・・
わかってる・・・」 フィールの表情は晴れなかった。
『かつて、我々カテナは人間たちと共にあり、助け合って暮らしていた』
解放したときに語ってくれたアルミラの言葉がよみがえる。
いつも冷静沈着で、めったなことでは動揺しないアルミラがあのときだけは本当につらそうな表情をしていた。
カテナたちだって神々の被害者なんだ。
ぼくは・・・?
ふと浮かんだ疑問に、フィールは背筋が寒くなるのを感じた。
ぼくは・・神々のつくりもの、なのか・・・?