― 第8話 顕 現 ―
「はあ・・・
はあ・・・」
「どうしたボウズ!
へばって来たか?」
唇の端を上げて振り向いたレオンだが、彼自身、その顔をすぐにしかめてみせた。
「ま この暑さじゃなあ。
正直言うと おれもけっこうだりぃぜ」
うつむいているフィールからあたりの風景へと金色の視線が動く。
草木ひとつないごつごつとした地面に、ところどころオレンジ色に熱をもった溶岩が溜まっている殺風景な眺めが延々と続き、
地面からたちのぼる熱もあって、空気は息苦しいほどだった。
「気温が高いと体力の消耗も早い。
今のうちに休憩を取っておいた方がいいだろう」
ふたりに合わせるかたちで足を止めたアルミラは暑さなど微塵も感じさせないクールな表情を向けた。
「え・・・でも・・・」
早くドロシーを助けないと・・・ だが、その言葉が声になって出ることはなかった。
腕を組んだアルミラは正面からじっとフィールをみつめ、きっぱりと言った。
「休める時に休んでおかないと体がもたなくなるぞ。
妹を助け出す前に おまえが倒れてしまったらどうなる?」
「わ・・・わかった・・・」
アルミラの言うとおりだ・・・。
フィールは横をむいてうつむいた。
「んじゃ 最初は おれが見張りに立ってやる。
後で代われよ!」
「ああ すまんな」
アルミラとの軽いやりとりのあと、背を向けて去っていくらしいレオンの足音を追って、トトの羽音がついていくのが聞こえた。
「待て おれサマも行こう。
単細胞一人では不安だ」
「どういう意味だ!?
クソネコ!!」
にぎやかな一人と一匹のやりとりが遠ざかると、フィールは深くうなだれた。
「ふーっ・・・」
「やはり疲れているようだな。
気を張り続けていたんだから無理もないが・・・」
うつむくフィールにかけるアルミラの声はさきほどまでとは違う、気遣う色を帯びていた。
顔を見なくても、体調を気にして、心配してくれているのが分かる。
「レオンも私もいる。
今だけは力を抜け」
「アルミラ・・・
ありがとう・・・」
顔を上げたフィールはかすかに微笑んだ。
「・・・どうした? 急に・・・」
「ぼくはドロシーの事や その・・・自分の事だけで せいいっぱいで・・・
気持ちが焦るだけで どうすればいいのか 全然わからない事ばっかりだった。
アルミラがいつも冷静に導いてくれたから ここまで来れたんだよ」
「冷静・・・か」
アルミラは視線を伏せた。
「望んでそうなったわけではないんだが・・・」
「え?」
思わず聞き返したフィールにアルミラは淡々と言った。
「OZに列せられた者は皆 神々によって何らかの能力を増幅されている。
レオンは闘争本能。
カインはエテリアとの共感能力。
私は・・・思考能力を」
「・・・・・・・・・」
話している間、フィールは瞬きもせずアルミラを見つめていた。
すぐ近くにある端正な、美しい横顔は深い思慮のベールにおおわれ、本心をのぞき見ることは難しい。
「だから私の頭の中では 意識しなくとも状況把握と推論が優先的に実行される。
慌てたり取り乱したりしたくても できないようになっているんだ」
「そんな・・・神は・・・
そんな事まで・・・!?」
視線をそらしたフィールに目をやったアルミラはほんの少しだけ口元に微笑みをうかべてみせた。
「だが・・・神々の呪いとは違って この能力は悪くないと思っている。
私自身や私のまわりの者たちのために役立つのならそれでいい。
たとえ神々に与えられた 忌まわしき能力であってもな」
「・・・アルミラは・・・ 強いな・・・」
半ばつぶやくように声を漏らしたフィールの目が苦しげに閉じられた。
「ぼくも そんなふうに思えればいいんだけど・・・」
「フィール・・・」
「おい もうよかろう。
そろそろ先へ進もうではないか」
呼びかける声に目を向ければ、トトが少し離れたところに浮いていて、こちらを見ていた。
「ああ・・・
いいか フィール?」
「大丈夫・・・行こう!」
アルミラの声を受けて、フィールは気丈にうなずいた。
ここにもオルドが立っていた。
その向こうがわに薄い光の幕がおりている。
あちこちにオルドが作り出す結界が張りめぐらされていた。
侵入者を認めると、しもべたちはいっせいにオルドを守るべく近くに固まった。
さっきまでのしもべと違って、頭に導火線はついていないが、今度は全身が炎に包まれている。
「下手に触んなよ! 火が燃え移るぜ」
フィールのわきを駆けぬけざま、そう言ったレオンは、先頭をきってオルドを守るしもべたちに突っ込んでいった。
オルドが作り出す結界は、エテリアから造られているしもべたちには障害とならないらしく、
結界の向こうから、砲弾やレーザーの援護射撃が容赦なく飛んでくる。
戦いは一気に激しさを増していた。アルミラの忠告どおり、休んでいなかったら大変なことになっていたかもしれない。
オルドを倒し、結界をとき、しもべたちの攻撃を退け、道を切り開いていく。
灼熱の溶岩がむき出しになって流れる洞窟に入り、ひたすら奥を目指した。
曲がりくねった洞窟を進むと、まるで自然の造形のように柱が直線上に立ち、その上に橋を渡しているかっこうで、
オルドがいくつか配置されていた。
! あの高さじゃ届かない。
思わず足を止めたフィールにアルミラが素早く叫んだ。
「オルドを直接叩くのは無理だ。 橋を落とせ!」
とっさに橋を支える柱に目を転じる。
洞窟と同じ岩でできたそれは決して細いとはいえないが、3人でやれば破壊できるかもしれなかった。
「こっちだ!」
炎に包まれたしもべたちがいっせいに迫ってくるのを目ではかりながら、フィールは駆け出した。
手間取るわけにはいかない。 しもべたちに囲まれるまえに柱を壊していかなくては。
5本目の柱が白い土煙を上げて崩れ落ちたときだった。
支えを失った橋全体が崩壊し、上にのっていたオルドもろとも落下の衝撃で粉々に砕けた。
さらに溶岩が煮えたぎる淵をめぐり、今までと雰囲気が違う場所へ飛び出した。
外に出たのかと錯覚するほど広い空間で、頭上には灼熱の溶岩がたまり、
幾本かの目にも鮮やかなオレンジの柱となって地面に落ちている。
無数のエテリアが舞い、炎が激しくもえさかる音と、おそろしいほどの熱気が満ちていた。
!! 瞬間、フィールのなかで何かが鋭くはじけた。
うっ 足がよろける。
「フィール!?」 つんのめった体を支えるようにアルミラが横から手を伸ばした。
「な・・・・・・なんか変だ・・・・・・っ!
気持ち悪い・・・・・・」
ん? ああ? 無意識にフィールに手を差し出しかけていたレオンがふと上を見上げ、けげんな声をあげた。
「こ・・・・・・ これは・・・・・・」
アルミラに体を預けたまま、頭上を見上げたフィールも声を上げたきり、絶句した。
溶岩とは違う、ひときわ巨大な火の玉が宙に浮かび、燃え盛っていた。
乱舞するエテリアが炎にゆっくりと引き寄せられ、エテリアを吸収するごとに炎は激しく、勢いを強めていく。
「・・・・・・ひどい・・・・・・
エテリアを・・・・・・こんな・・・・・・」
低くうなりをあげる炎の音がフィールの耳にこびりつく。
業火は何か黒い巨大な影を包んでいた。
ふ、ふはははははは!
うつむいて、額に右手をやったレオンが突然笑いだし、ゆっくりと頭上を仰いだ。
手で額を押さえつけたまま、ぎらついたまなざしが炎のなかの竜を射る。
「出やがったな・・・・・・!」
押し殺した声のあと、手を振り下ろしたレオンは挑むように大きく叫んだ。
「神!!」
レオンの怒号に答えるかのように、炎が吹き飛び、咆哮が洞窟全体をゆるがした。
白い煙をなびかせたテオロギア炎熱圏司裁神、テンタトレス・マリゲニィが神たる姿をあらわにする。
「こ・・・・・・これが・・・・・・
・・・・・・神・・・・・・」
『あんた、神々につくられた人形なのよ』
不意にそう言い放ったジュジュの姿が脳裏に浮かんだ。
ぼくは・・・神々の、造り物?
う、うう・・・ うつむいたフィールからうめき声がもれた。
「フィール!?」
!! 横から顔をのぞきこんだアルミラを乱暴に突き飛ばし、フィールは神に向かって駆けだした。
「うおおおおおおおおお」
無我夢中だった。
「正面は危険だ! 回り込め!」
アルミラの声が聞こえた気がする。
直後、火神がはく、炎のブレスが大地をなめつくした。
炎と正面に撃ち出される衝撃弾を避け、岩でできたかのような固い皮膚に剣を振りかぶる。
巨体を回転させ、太い尾であたりをなぎはらった火神は不意に耳をつんざく噴射音とともに空に飛び上がった。
少し離れたところに着地し、鋭い咆哮とともに背中にある2本の筒の先から溶岩の塊をいくつも射出する。
「チッ ザコどもの卵かよ!」
重い音を立て、地に落ちたものを見て、レオンが毒づいた。
丸い溶岩の塊はしばらくするとふたつに割れ、なかから小型のしもべがあらわれた。
武器をふりかざし向かってくる彼らを吹き飛ばし、火神の正面に立たないよう注意しながら攻撃をつなげていく。
「アルミラ!」
「わかった」
フィールが剣を構え高くとびあがるのに続いてアルミラも空に舞った。
アルミラのレクスが造り出す青い光をまとい、渾身の力をこめたフィールの一撃が神に向かって落下する。
青い光弾が飛び散り、悲鳴にも似た甲高い一声をあげ、火神は空へ逃げた。
『あんた、神々に造られた人形なのよ』
唐突に、ジュジュの声がフィールの頭によみがえった。
「違う!
ぼくは違うっ!!」
疑惑を断ち切るようにフィールは大きく剣を振りかぶった。
エテリアやカテナたちを支配し、苦しめる神。
ぼくがそんな神々の造り物なんて・・・ 絶対に認めないっ!!
「ぬおおおおおおお!」
今まで感じたことのない感情が湧き上がり、それに突き動かされるまま、フィールは火神を追って地を蹴った。
カシャーン! 突然響いた、この場に不似合いな音にアルミラとレオンが目を見開いた。
ふたりの視線の先にいるフィールには何が起きたのかわからなかった。
理解する間もなく、背に構えたレクスの刃が粉々に砕け散り、失速した体は地面にたたきつけられた。
追い討ちをかけるかのように火神が炎の玉を吐いて派手な爆発が起こる。
「ボウズ!?」
両腕で爆風を避けながらレオンが懸命に目をこらす。
もうもうとたちこめた白い煙がうすらぐなか、フィールがうつぶせに倒れていた。
「フィールっ!!」
アルミラが駆け出すのとほぼ同時に火神は高く掲げた首を振り下ろし、強烈な支配の波動を飛ばした。
うおっ! ひざまずくレオンの背にレクスに似た御使いの翼が生えていく。
「くっ・・・フィ・・・ル・・・」
杖を支えに抗うが、アルミラも見えない力にひれ伏すように頭を垂れ、ひざをついた背から羽根が伸びていった。
「あ・・・・・・アルミラ・・・・・・
レオン!!」
なんとか体を起こしたものの、今のフィールにふたりを助けるすべはない。
そのとき火神の前の空間がゆがみ、両手の剣を胸の前で交差させた装甲状態のヴィティスが姿を現した。
「無様な・・・・・・」
地べたにひざまずく3人に冷たい声が降り注ぐ。
「この程度で神に挑もうなどと 愚かしいにもほどがある」
交差させていた腕を開くと、動きに合わせ、剣が放つ紫色の光がなめらかに尾を引いた。
「神々 おん自らのお手をわずらわせるまでもない!」
いったん頭上にかかげた剣を地面に向け構えると、剣の先からすさまじい勢いで光弾が連射された。
フィールの周囲で次々と爆発が起こり、けたたましい音と土煙が巻き起こる。
ゴゴゴゴゴ 爆発とは違う揺れを感じた次の瞬間、フィールの足元の地面が抜けた。
「うわあああああ」
叫び声を残し、フィールは奈落の闇に落ちていった。
《メモ》
・炎に包まれたしもべに向かっていくとき
アルミラ 「不用意に近づくな。 燃え移るぞ」
レオン 「下手に触んなよ! 火が燃え移るぜ」
・橋の上にあるオルド
アルミラ 「オルドを直接叩くのは無理だ。 橋を落とせ!」
レオン 「橋だ! 橋を落とせ!」
・火神が火をふく前
アルミラ 「正面は危険だ! 回り込め!」
レオン 「ヤバい! よけろ!」
・火神がしもべの卵を発射する時
アルミラ 「しもべの卵か!」
レオン 「チッ ザコどもの卵かよ!」