― 第9話 煉獄の彷徨 ―

「う・・・
 ああ・・・」

みじろぎした影がゆっくりと起き上がった。

「あ・・・
 こ ここは・・・」

おぼろげだった風景が次第に定まってくる。
視界の先にはずっと、うすぐらい洞窟が続いていた。
見上げた頭上は闇にとけこんでいて外の光は一切ないが、壁の一部がところどころ光っているおかげで視界には困らない。
普通の洞窟とはどこか違う感じのする不思議な場所だった。

「気がついたか?」

「え?」

「・・・・・・」   腕組みをした赤猫がこちらを見下ろしていた。

「トト・・・」

さっきまでの明るい様子とは違う。
爽やかだったレオンやアルミラはいないし、ドロシーも見当たらない。
みんなと眺めた海に沈む鮮やかな夕日だって、どう考えてもこことは無縁そうだった。

「・・・あ・・・?
 今のは・・・夢?」

ぼうぜんとつぶやくフィールのなかで少しずつ記憶がよみがえっていく。

「・・・ぼくは・・・ 神と戦って・・・」

瞬間、うつむいていた顔をはっと上げた。

「そうだ!
 アルミラは!? レオンは!?」

「・・・わからん」

「!!」

目を見開いたフィールは言葉を失い、うなだれた。

「そんな・・・」

「・・・・・・・・・。
 なぜこんな事になったのか・・・
 わかっておるか?」

「え・・・?」

見上げた視線が力なく地に落ちる。

「わからない・・・」

「やれやれ・・・ 不甲斐ない事よ」

ため息にも似た声が降ってくる。
腕組みを解いたトトはフィールをじっと見つめた。

「あの時 おまえの心は 神を殺したいという意志だけで、いっぱいになっておった。
 だからエテリアたちに見捨てられたのだ」

「・・・・・・・・・
 ・・・そう・・・か・・・」

フィールの横顔に影が落ちる。
うつむいたまま話す声は、どこか痛々しくもあった。

「ぼくは・・・
 神々の子なんかじゃないって 証明したかったんだ・・・
 それには神を倒すしかないと思い込んでた・・・
 そんな事したって、なんの意味もないのに・・・」

「・・・わかっておるのならば エテリアたちは再び力を貸してくれよう。
 だが 今度神の前に出た時にも また同じ事になりはせんか・・・」

「大丈夫・・・だと思う・・・」

「どうだかな・・・」

トトは背を向けた。
やがて振り返って言った言葉は淡々としていたが、現実をさす、厳しい指摘だった。

「おまえは今 理屈で 「あれはまずかった」 と考えておるだけだ。
 それでは気持ちは抑えられまい」

「そんな・・・
 じゃあ どうすれば・・・」

すがる視線を振り払うかのようにトトは冷たくそっぽを向いた。

「そこまでおれサマが知るか。
 自分で考えろ」

「・・・・・・・・・」

沈黙に落ちたフィールにふたたびトトは視線をやった。

「どうした?
 まさか もうわかったなどと、ぬかすのではあるまいな?」

「わからないよ」

やっとフィールは顔を上げた。
言葉とはうらはらに、その表情はなにかをふっきったようだった。
力なくうつむいてばかりだった瞳には意思の光が戻り、今やるべきことをはっきりと見つけていた。

「でも 今はまず、アルミラとレオンを探さなきゃ!」

「ほお・・・」

力強く言い切った様子に、腕組みしたトトから驚きとおもしろさがないまぜになった声がもれる。

「トト・・・
 手伝ってくれるか?」

「ふ・・・
 まあ よかろう!」

フィールの眼差しに、あいかわらず偉そうだが、どこか愉快げにトトは答えた。


レクスの剣を手に、あらためてフィールはあたりを見回した。
目の前に両開きの扉があるが、固く閉じられていてあけられそうもない。
そこはあきらめ、行けるところから探してみることにした。
洞窟は奥まで続いている。

「ん? あのフワフワしてるヤツはなんだ?
 敵じゃないみたいだけど・・・」

青緑色の薄い光の切れ端みたいなものが、あちこちでひらひらと舞っている。
しばらく足をとめて見てみたが、襲ってくるわけでもなく、ただ宙を漂っているだけだった。
それより気になるのは壁がときおりうごめいていること。
ところどころ、壁の上のほうにぱっくりと開いている穴は鋭い牙が並んだ口のように見える。
いずれにせよ、居心地がいい場所とは決していえない洞窟だった。

あれは!? 視界のはしにとらえた後ろ姿にフィールは駆け出した。

「!?」

気配を察し、振り向いた男は驚きの表情を浮かべていた。

「レオン!?」

「ボウズか!?」

聞きなれた声がとても懐かしかった。
こんなにすぐ見つけられるなんて。
真顔で尋ねるレオンは元気そうで、フィールの顔が自然とゆるんだ。

「無事だったのか・・・
 よかった・・・」

「おまえもな・・・」

一瞬表情を崩したものの、レオンはすぐに真面目な顔つきに戻って尋ねた。

「・・・アルミラは?」

「え・・・
 一緒じゃ・・・ないのか!?」

「この・・・っ!!」 

浅黒い顔が怒りにゆがみ、左手のレクスを大きく振り上げる。

「っ!!」

「・・・・・・・・・
 わりい・・・
 頭に血ィのぼっちまった・・・」

手をおろしたレオンはふいっと横を向いた。
深くうなだれたフィールからぽつりと言葉がもれる。

「・・・殴ってくれてもよかったのに・・・」

「バーカ!」

レオンはつまらなそうに頭上に視線をおよがせた。

「そしたらおまえ ハラん中でヘンな決着つけちまうだろ」

「え・・・」

顔を上げたフィールにレオンは横を向いたまま言った。

「それに 俺が左手で殴ったら
 頭 なくなっちまうぜ」

「そう・・・だな・・・」

かすかにフィールは微笑んだ。

「おら さっさと来い!
 アルミラ 探すぞ!」

「ああ・・・!」

表情を引き締め、歩き出したレオンの後を追う。
フィールをまともに見ようとはしなかったけれど、レオンなりに気にかけてくれているのが分かる。
迷いもなく先を行く後ろ姿に、フィールはひとりでいるときには気づいていなかった、
張りつめていた気持ちが溶けてゆくのを感じていた。

行き止まりに突き当たり、もときた道を引き返していく。
! 不意に頭上から液体が流れ落ち、あわてて横にとびのいた。
足元でじゅうじゅうと音をたてる液体は泡をふき、どうみても無害そうには見えない。
うごめく壁は白いガスのような煙を出すし、洞窟というより、巨大な生物の腸のなかをさまよっているというほうが近い。
ここはいったい・・・

だがゆっくり歩きながら考える余裕はなかった。
こんなところにもしもべたちはいて、彼らとの戦いは今まで以上に苛烈なものとなった。

アルミラがいないだけで、こんなに違ってしまうなんて・・・。
しもべたちと剣を交えながら、フィールは思い知らされていた。
いつのまにか3人での戦いに慣れきっていたようで、タイミングがずれてしまう。
剣を振ったあと、崩れた体勢を立て直す間がなく敵が返ってきて、全部を受け止めきれない。
壁際に落ちたしもべに追撃しようと足を踏み出したそのとき、

!? 目の前に突然壁が伸びてきて、とっさに飛びのいた。
頭上の壁がうごめき、次の瞬間、壁にあった口らしきものがチューブのようにのびて、倒れているしもべに襲い掛かった。
しもべを捕らえ、壁にもどった口はがりがりと獲物を噛み砕き、解放されたエテリアが空に散る。

「し しもべを食っちまいやがった・・・
 ヤツには近寄らねえ方がよさそうだな」

ぎょっとしたレオンが数歩、壁からあとずさった。
ひとり少ない連携に加え、壁で獲物を待ち構える口と頭上から不意に降ってくる消化液。
しかし戦いを厳しいものにした最大の理由は、さっきフィールが見たふわふわと宙を漂う、幽霊のようなものだった。
彼ら自身には何の害もない。
だが倒れたしもべにふわりと覆いかぶさると、しもべは青白い炎をまといふたたび起き上がった。

「なっ・・・生き返っただと!?」

驚きつつもレオンがすかさず追撃したが、倒すまえより強くなっている気がする。
しもべは次々と現れる。
そして倒したと思えば、幽霊にとりつかれ、さらに強くなって復活してしまう。
これじゃきりがない。 いつかやられてしまう。
戦いながら、壁にうごめく口を気にしていたフィールはあることに気がついた。
捕食するまえに壁の口は必ずもぞもぞ動く。

それなら・・・
フィールはあえて敵をひきつけながら、壁際で戦った。
戦いながら頭上に絶えず気を配っておく。
口が動いたのを見ると同時に、さっと壁から距離をとった。

狙い通り、壁際にかたまっていたしもべに壁から伸びた口が襲いかかる。
うっかりすると自分も犠牲になりかねない危険なやり方だが、ほかに方法がない。
そんなギリギリの戦いを繰り返し、やっと最初の場所まで戻ってくると、固くしまっていたはずの両開きの扉が開いていた。

「扉が開いてる・・・      
 さっきまで閉まってたのに・・・」

「へっ ぶち破る手間が省けたな。」

その先の通路全体にあわい光の幕がおりている手前で、レオンは立ち止まった。

「結界だな。
 そこらへんに仕掛けはねえか?」

見回すと、赤い水晶球がふたつ安置されていた。
水晶球を壊して結界を解き、襲い来るしもべたちを壁の捕食者を利用して倒していく。
あの壁からのびた口が岩のような巨大なしもべさえ、一撃で倒してしまうさまは壮観でもあった。

「アルミラ・・・
 どこにいるんだろう・・・」

しもべたちが出てこなくなって、やっと静寂が訪れると、フィールは息をついた。

「景気わりい声 出すな!
 まだ探してねえトコが残ってんだろうが!」

「そうだね・・・」

答えつつも、瞳がふせがちになる。
ぼくのせいだ。 ぼくが、エテリアたちに見捨てられてしまったから。
アルミラやレオンまで巻きこんでしまった。

「はあ・・・」

レオンががらにもなくため息をついた。いまいましげに今まで来たほうに目をやる。

「しっかし さっきからワラワラ出て来るバケモン!
 ありゃ 何なんだ?」

「え?」

顔をあげたフィールにレオンは向こうをみやったまま言った。

「俺も長い事OZ(オズ)やってたがよ
 あんなのは見た事もねえ。
 ヤツら 神々のしもべじゃねえのか?」

「そうかもしれん」

聞き覚えのある重々しい声が響き、奥から足音が近づいてきた。
目を向けた闇から影があらわれ、次第にはっきりと現れた輪郭にレオンが目をむく。

「ガルム!?」

「・・・・・・」

「ガルム・・・
 どうして・・・」

見上げるフィールにガルムは一瞥を投げた。

「どうしてもこうしてもあるか。
 貴様らを探しておったのだ」

「え?」

「なんだ 元気じゃねえか。
 吹っ切れたのか?」

獣の目がギロッと、笑みを含んだレオンの顔をにらみつける。

「そう簡単に割り切れるか!
 ・・・だが、それどころではなくなった」

「あぁ?」

レオンがけげんな顔をする。

「貴様ら・・・
 神と戦って敗れたな?」

「う・・・」

言葉につまり、うつむいたフィールをちらっと目をやって、ガルムは言った。

「貴様らが神に手もなくひねられたとあっては、この俺が困るのだ!
 貴様らに倒された俺は道化になってしまうではないか!」

「は・・・?」

思いがけない言葉に少々間抜けな声が出てしまった。
フィールは顔を上げ、ガルムの顔をまじまじと見た。

「おいおい・・・
 なに勝手な事ぬかしてやがる!」

レオンもあきれて口をはさむが、ガルムはまったく意に介さない。

「まさかくたばってはおるまいと思い 様子を見に来たが 意外に元気そうで安心した」

ふとガルムはあたりを見回した。

「・・・が、アルミラはどうしたのだ?」

「あ・・・
 アルミラは・・・まだ・・・」

「ちっ・・・」

急にくるりと背を向け、歩きだす。

「あっ! ガルム?」

呼び止めるフィールを振り返ったガルムは居丈高に言い放った。

「何をしている!
 早く来い! アルミラを探すのだろうが!」

「てめえ 待ちやがれ!
 なに仕切ってやがる!」

背を向けたガルムに、すかさずレオンの声がくってかかる。

「・・・・・・・・・」

先をゆく二人のやりとりを見るフィールの顔にはかすかにほっとした色が浮かんでいた。