― 第10話 造られしもの ―

自然のものではない洞窟がどこまでも続いている。
陽が差し込まない地の底にもかかわらず、進むのに困らない程度に視界がきくのはエテリアの光のおかげだった。
やがて出たところは、洞窟というにはあまりにも整然としていて、部屋は切り取ったように四角く区切られていた。

「何やら・・・ イヤな気配のする所だな・・・」

トトが首をのばして、はるか奥まで見やる。

「誰かが泣いてるみたいだ・・・」

フィールもまた行く手に目をやり、つぶやいた。
ここに満ちている空気全体が重く、よどんでいる。

「おい ガルム。
 てめえ ここが何だか知ってんのか?」

レオンの声にガルムは苦々しげに答えた。

「ああ・・・ 不本意ながら知っている。
 ここは神々の実験場兼、実験結果の廃棄場・・・とでも呼ぶしかあるまいな」

「実験だぁ?」

いぶかしげな声をあげるレオンを横目に、ガルムは厳しい目をフィールに向けた。

「・・・俺の口から聞くよりも 現物を見た方が早いだろう。
 それよりもこのあたりには 胡乱(うろん)な仕掛けが多い。
 惑わされんように気をつけろ。
 暗闇に見える所にも 光を呼ぶ仕掛けがある。
 探索を怠るな」

「ああ・・・わかった」

ここは神々の居城、テオロギアの一部。
何がまちかまえているか分からない。
フィールは表情をひきしめ、うなずいた。

あれは・・・?
四角い部屋のまんなかに、赤い壺のようなものがひとつ、ぽつんと立っていた。
なんだろう。 植物、かな?
気になりながらも、そばを通り過ぎようとしたとき、それは下のほうから急に丸くふくらんだ。

「毒の霧だ。近づくな!」

ガルムが叫んでくれなかったら、あぶなかったかもしれない。
中身を押し出すような動きのあと、壷の口にあたる部分から霧のようなものが噴き出し、あたりに広がった。

っ! 吸わないようにとっさに離れたが、今度は頭上から消化液らしきものが降ってくる。

一見植物のようなカプセルはあちこちに配置されていて、近くを通るたびに反応して毒を撒き散らす。
そしてここでもしもべたちが襲い掛かってきた。
時間をおいて繰り返し毒を噴霧するカプセルの近くで、毒をまったく気にせず襲ってくるしもべたちと戦うのは不利だ。
それなら。 フィールは振り返った。
状況を判断して的確な指示を出してくれるアルミラをずっと間近で見てきたからか、それともここまで厳しい戦いをくぐりぬけた経験ゆえか、
いつのまにか最適解を探しながら戦うのがフィールにとって、あたりまえのことになっていた。

「ガルム!」

「おう! やるぞ、小僧!」

意図を察し、ガルムが吼えた。
背中あわせに立った緑色のレクスがひときわ強く輝く。
地面に叩きつけられた拳圧はフィールの赤いレクスの輝きを巻き込み、空気を震わす稲妻となって周囲を荒れ狂う。
エネルギーが凝縮された衝撃波は、しもべはもちろん、あたりをただよっていた毒霧まで吹き散らした。
へなへなとしおれた毒霧カプセルの中には、しもべが一体入っていて、今目覚めたかのように飛び出して戦いに加わる。
しもべと、この毒霧カプセルは何か関係があるのだろうか。

「なんだ!? 急に暗くなりやがったぞ!」

先をふさぐ扉をぶちやぶったレオンが急に足を止め、あたりを見回した。
しもべたちがまちかまえているであろう気配がたちこめる空間は、ほとんど視界のきかない闇におおわれていた。

「ふむ 闇のエテリアという奴か。
 どこかに仕掛けがあるに違いないな」

すぐ後ろからガルムの声が響く。
視界をめぐらせれば、闇のなかに何かがうごめく濃い影の向こう、奥のほうにぼんやりと赤い光を放つ大きな水晶球が見てとれた。
暗がりのなかで、まっさきに目がいく。
台座にはめられた水晶球は、対のように反対側にも同じものがある。
今までにも結界を解く、こんな仕掛けがあった。
それと同じなら、まず破壊するのはあれだ! 思うより早く、フィールは走り出ていた。

「こっちだ!」

「おうっ!」

「了解だ!」

レオンとガルムが続く。
しもべたちは闇のなかでも容赦なく襲い掛かってくる。
その攻撃をかいくぐり、水晶球だけを狙う。
ふたつめの水晶球が音を立てて砕け散ったとき、部屋に明るさが戻った。

「よっしゃあ!! 行くぜっ、ボウズ!」

視界さえきけばこっちのものとばかりに、レオンがまっさきに敵の群れのなかへ飛び込んでいった。
負けじとガルムが後を追う。このふたりは戦うスタイルがよく似ている。
強靭な体にめぐまれた彼らにかかれば、巨大なしもべすらひるませることができた。

幾度も戦いを繰り広げて、しもべたちを倒し進んだ通路の先には、大きな両開きの扉がたちふさがっていた。
押し開けると、今までと雰囲気が違う。
暗い空間に白い霧がたちこめていて、視界がぼんやりとしていた。
広い部屋の奥に誰かいる。
目をこらすと、おぼろな人影が霧の向こうにたたずんで、こちらを見ていた。

「ア・・・・・・アルミラ!?」

黒いすらりとした容姿に、ひざから下が青いレクスにおおわれ、淡く輝いていた。
よかった。無事だったんだ!

「アルミラ!
 アルミラなんだろう!?」

駆けだしかけたフィールを、背後から鋭い声がひきとどめた。

「待ちな! ボウズ!!」

「レオン・・・・・・?」

振り返って見たレオンは厳しい表情をしていた。
腕組みをして、いかめしく立つガルムもまた警告を発する。

「うかつだぞ! よく見ろ!」

? もう一度アルミラへと視線を転じたフィールは大きく目を見開いた。
霧の向こうの人影はアルミラ、ひとりだけではない。
ぼんやりとした人影がさらにふたつ、アルミラの横に進み出ていた。
がっしりとした体格の影は左手に黄金に輝くレクスを、それよりひとまわり小さい影は赤く輝くレクスの剣をさげている。
彼らの姿はあまりにも見覚えがあって・・・ にわかには信じられない。

「な・・・・・・なんだよ これ!?」

これじゃまるで・・・ フィールの戸惑いにガルムが至極冷静に答えた。

「考えるまでもない
 神が造ったまがいものだ」

「ま まがいものって・・・・・・!?」

霧が薄れてきて、彼らの輪郭がはっきり見えてきた。
アルミラとレオンとフィール、目の前に立ちふさがる3人は姿はそっくりだったが、表情のない人形のようだった。
色は浅黒く、よどんだ目をしている。

「貴様らは 神々にとって数百年ぶりの「敵」だ」

ガルムの声が響く。

「多少なりとも脅威を感じているのだろう」

「それでニセモノ造ったのか?
 なんでだよ?」

今までじっと彼らを見ていたレオンがガルムに顔を向けた。
理解不能と言いたげにわずかに肩をすくめてみせたが、腕組みをしたガルムは、敵をにらみすえたままそっけなく答えた。

「そのような事 俺が知るか!
 神に聞け!
 それよりレオン!」

にせもののレオンを拳で指し示したガルムはのどの奥に楽しげな響きをひそませた。

「貴様のまがいものは俺に任せろ。
 原形をとどめぬまでに叩き潰してくれる!」

のばした腕を振り下ろすと、両の拳を打ち合わせる。
うれしさをこらえきれない様子に、レオンが不機嫌そうにガルムに向き直った。

「てめえ・・・・・・おれになんか恨みでもあんのかよ!」

「何を言う! 奴等はただのまがいものではないか!」

「・・・・・・ちっ!」

これ以上言っても無駄だと悟ったのか、レオンはふたたび“まがいもの” へと視線を向けた。
戦いを前に瞳が不敵な輝きを帯びる。

「けど まあ そういうこった!
 ボウズ! おまえも遠慮はいらねえぜ!!」

「わ・・・・・・ わかってるっ!」

フィールたちが構えると、まがいものたちも戦いの姿勢に入った。
それもまた目の前にいる、フィール、レオンとまったく同じ構えだった。
厳しい戦いになるかもしれない、そんな予感をかかえ、戦いの火蓋は切って落とされた。

「まずは視界の確保だ!」

「そうだな」

ガルムの声にレオンが応じる。
たちこめていた霧はいつのまにかすっかり晴れてはいたが、かわりに闇のエテリアが広がっていた。
ガルムの助言どおり、明るさを取り戻すべく、最初は奥に安置されているふたつの水晶球の破壊をめざす。
暗闇だが、相手のレクスも光っているため、だいたいの位置は把握することができた。

カシャーンと派手な音を立てて、ほのかに赤く輝いていた水晶球が砕け散ったとたん、闇はとけた。
とはいっても、予想していたほど明るくはならず、薄暗いといった程度で、相手が薄闇にとけこんでしまいそうな
くすんだ色をしているせいもあって、認識しづらい。
それぞれのレクスが頼りだった。

うわっ!  ニセモノの攻撃に弾かれたフィールはとっさに受身をとって、崩れかけた体勢を立て直した。
強い・・・ 今までのしもべとは、けた違いだ。
姿を模しただけじゃない。
アルミラのすばやい動き、レオンの破壊力、そしてぼくの・・・ぼくはこんなに強いのか? 
不意に相手のレクスが光った。

「くそっ! この技まで真似られるなんて!」

間一髪かわした風圧に髪がなびく。技だけではない。きちんと連携までくんでくる。
まず一人。 最大の脅威である連携をさせないためにも、とにかく一角をくずさないと。
集中攻撃をかけると、“まがいもの”は耳に残る低いうめき声を発して倒れ、動かなくなった。
ひとりいなくなると、一気に戦いは有利に運び、やがて3人とも地に伏せて動かなくなった。

「なんでえ 弱っちい!
 仮にもおれのニセモノなら もうちっと楽しませろよな!!」

レオンは不満げに、地面に倒れている自分と同じ姿のものを見下ろしたが、
フィールは戦いに勝ったことよりも別のことが気になっていた。

「でも・・・ ぼくたちが神に会ったのは ついさっきなのに・・・
 もうあんなものを造ってしまうなんて・・・」

「無から造り上げたのではない。
 人間かカテナを原型にして造り変えたのだ」

「なにっ!?」

「なん・・・だって!?」

驚くふたりを一瞥し、ガルムは変わらぬ調子で言葉を続けた。

「今のまがいものだけではないぞ。
 この階層のしもべはほぼ全てがそうだと思って間違いない」

「えっ!?」

「お おい 待てよ!」

めずらしく狼狽の声を出したレオンは顔を背けてつぶやいた。

「じゃあ神々の実験ってのは・・・
 まさか・・・」

「・・・そうだ。
 OZ(オズ)をも越える新たなしもべを産み出そうとしていたのだ。
 カテナや人間を造り変えてな!」

「っ!?」  いたましげにフィールは顔をそむけた。

「・・・なんてこった・・・」

レオンが小さくうめく。

「じゃあ ぼくたちは・・・
 人間やカテナと戦って・・・
 倒して来たのかっ!?」

「それは違う。
 奴等はもはや人間でもカテナでもない。
 しもべの失敗作にすぎん」

ガルムはきっぱりといったが、フィールは動揺を隠せなかった。
この洞窟に満ちる重たい空気、息苦しさは作り変えられた人間やカテナたちの嘆き?
ぼくは・・・何も知らずに神々の犠牲者を手にかけてきてしまったのか。
もしかしたら彼らを救う方法があったかもしれないのに・・・

「それにしたって・・・
 ひでえ話じゃねえか!」

レオンがぎりっと奥歯をかんだ。

「く・・・
 っ!?」

うつむいていたフィールはいきなり顔をあげた。

「造り変え・・・
 新しい・・・しもべ・・・?
 ・・・まさか・・・」

ぼうぜんとつぶやく。

「まさか 神々の子っていうのも・・・」

「ボウズ!?」

「ガルム! そうなんだな!?」

「・・・その通り」  ガルムはうなずいた。

「神々の子とは 15年前にここで造られた最初の実験体の事だ。
 その実験体は恐るべき性能を発揮したが 神々の支配を受け入れなかった。
 ゆえに失敗作として廃棄されたのだ。
 しかし実験体は不毛の谷の底に放置されても死ななかった。
 エテリアと交感する能力は神々の予想以上だったのだ。
 脅威を感じた神々は先代のOZ(オズ)に処分を命じた・・・」

「え・・・?」

処分した? それなら神々の子はもういないはず。

「そうか・・・
 アレがそうだったのか!」

はたと気づいたレオンだが、すぐに声を落として言った。

「確かにアレの力はものすごかったぜ。
 無敵のOZが初めてしくじったんだ。
 おまけにカインの奴はブツと一緒に消えちまった。
 おかげでおれとアルミラはOZから外されたってわけさ」

「・・・・・・・・・」  そういえば、ぼくが知っていたOZはカイン、アルミラ、レオンの3人だった。

『15年ほど前にちょいとヘマをやらかしてな。降格されたんだよ』
レオンが以前そう言っていたことを思い出す。
仲間を失ったとアルミラも言っていた。

ガルムはじっとフィールに目をやっていた。
行方不明となったカインは3年後に発見され粛正を受けたが、実験体は行方知れずのまま。
ヴィティスは断言をさけていたが・・・
神々が造った武器レクスを扱い、神々の支配を解き放つ力を持つものがただの人間であるはずがない。
それにレオンはともかく、アルミラが、聡い彼女が何の意味もなく、ともにいたとも思えなかった。

フィールは目を閉じ、静かにうつむいていた。

「その実験体が・・・
 ぼく・・・かもしれない?」

「俺はまず間違いないと確信している」

「レオンは・・・?」

目を開けたものの、フィールの声はかわらず静かだった。

「知らねえよ。
 そんな面倒な事 おれに聞くな」

ぷいっと横を向いたが、小さく付け足した。

「けど・・・アルミラはわかってたのかもしれねえな」

「そうか・・・」 ほとんどきこえないほどの小さな吐息がこぼれた。

「二人とも話してくれてありがとう」

そういったフィールの声はとても落ち着いていた。
目は閉じていたけれども、穏やかに微笑んでいる、そんなふうに見えた。

「・・・・・・・・・」

「ボウズ・・・」

「少しスッキリしたよ。
 なんだかわからないまま不安でいるよりはいい」

「やせ我慢ではないのか?」

「トト!?
 なんだよ いきなり・・・」

いつのまにかレクスの剣が消え、空とぶ赤猫がすぐ目の前にいた。

「おれサマは口を突っ込まん方が良いだろうと思って 黙って聞いておったのだ。
 ・・・で 大丈夫なのか?」

「まだ・・・わからない」

フィールは視線をふせた。

「・・・そうか」

トトはそれ以上何も言わなかった。



《メモ》
・ボス戦、レオンVer
レオン「とりあえず、この暗がりをなんとかしようぜ!」
ガルム「了解だ!」