― 第11話 甦る意思 ―

「これは・・・?」

フィールは広い部屋のなかをぐるりと見回した。
3つのゲートがある円形の大きな広間で、ドーム型の天井はとても高い。
そして部屋のなかには4基、四角形をつくる形で、炎を吹き出す小さな灯台が建っていた。

「神々のからくりの一つだ。
 どういう仕組みかは知らんが これを使えば上の階層に戻れる」

「上というと・・・
 あのクソ暑い所か」

ガルムの説明にトトがつぶやいた。
・・・。
フィールの胸には地上への道筋が見えた安堵と、このまま進んでだいじょうぶなのかという不安が渦巻いていた。
地上に戻れば、また火神とあいまみえることになる。
そのときぼくは同じ過ちを繰り返してしまわないだろうか。
正直に言えば自信がない。考えれば考えるほど迷うばかりだった。

「気は進まねえけどよ。
 いったん上がってみっか?」

「ダメだ!」

物思いにふけっていたフィールは、はっと顔を上げ、声の主に目を向けた。

「まだアルミラを見つけてないのに!」

レオンはふいと視線をそらせる。

「こんだけ探し回っても見つからねえんだ。
 もう近くにゃいねえと思うぜ。
 上を探してみた方がいいんじゃねえのか?」

「・・・確かにな。
 彼女なら自力で上に戻っていてもおかしくはない。
 では このからくりを動かす。
 少し待て」

めずらしくガルムがレオンに同意し、やがてウイーンと何かが動く音がした。
だが変化はいっこうに訪れない。

「・・・おい。
 音がするだけで動かんではないか」

腕組みをして、じりじりし始めたトトがせかすが、ガルムは平然と答えた。

「少し待てと言ったはずだ。
 それほど便利なからくりではない」

「・・・そうのんびり構えちゃいられねえみてえだぜ!」

レオンが薄くわらう。

「なに?」

「・・・来る!」

ガルムがレオンを振り向いた直後、意図するものに気づいたフィールは厳しい表情になった。

「しもべども・・・であろうな」

トトが体をひねって背後を振り返る。
視線を追うようにガルムもまた見えぬ通路の先をうかがった。

「まずいな。
 このからくりを壊されると面倒だぞ」

「この場に近寄らせなければいいんだな!?」

「そうだが・・・
 貴様は奴等と戦えるのか?」

「・・・・・・」

問いかけるガルムにこたえられず、フィールはうつむいた。
ここにいるしもべたちは皆、もとはカテナや人間たちなんだ。
もし彼らを元に戻せる方法があるんだったら・・・

「おい ボウズ!」

「レオン・・・?」

心を見透かしたような、まっすぐな視線がフィールを射た。

「あいつらはもう神々のしもべなんだぜ!
 おまえが同情したって救われやしねえんだ!
 そこんとこ勘違いするんじゃねえぞ!」

「・・・・・・・・・」

フィールはつらそうに視線を伏せた。
助けられるものならば助けたい。その気持ちはレオンやガルムだって同じはずだ。
でも二人は知ってるんだ。彼らはもう・・・しもべとなった彼らは二度と元には戻れないことを。
そして戦いにおいて迷いは自分ばかりか仲間を巻き込む危険につながる。
・・・。やがてフィールは顔を上げた。

「わかってる!」

剣を握る手に力をこめる。
ゲートの奥から押し寄せるしもべたちの気配が近づいていた。
上に戻るためにはなんとしてでも仕掛けが発動するまで、灯台を守りぬかなければならない。

「いくぞっ!」

フィールは駆け出した。
赤い剣の輝きが一閃し、灯台に群がろうとするしもべたちを吹き飛ばす。
部隊を組んだしもべたちはフィールたちではなく、明らかに灯台の破壊を狙っていた。
まずは自分たちに注意をひきつけ、破壊行動をやめさせなければ。

「レオン!」

「任せろ! オラオラオラオラァ!  ガルム!」

「おう! やるぞ、小僧!」

ガルムのレクスから放たれた稲妻がうなりをあげ、そばにいたしもべたちは一掃できた。 が、息つくひまはない。

「こっちだ!」

周囲の状況をすばやく見てとったフィールが叫ぶ。
その足はすでに駆け出している。
別の灯台に新たに現れたしもべたちが群がっていた。

「よっしゃあ! 行くぜっ ボウズ! うぉりゃあ! 」

戦いの最中、突然けたたましい音が鳴り響いた。
顔を向けたフィールの視界に、しもべたちの攻撃に耐え切れず崩れ落ちる灯台が映る。

「ちっ さすがに全部は守りきれねえか・・・」

レオンの声が聞こえる。

っ! 崩れた灯台に気をとられている間にも攻撃がやむことはない。
壊れてしまったものを気にするより、今は残っている灯台を守りきるほうに集中しないと。
灯台仕掛けの防衛戦は熾烈を極めた。
砲弾は飛んでくる、飛空型のしもべは爆弾をふらす、
灯台を破壊する小型のしもべたちを守るかのように剣や斧を振り回す中型のしもべたちや大型のしもべも出てくる。
最後は敵味方入り乱れての乱戦状態になっていた。
ふたたび警報がフロア中に鳴り響く。

「おいおい これ以上はまずいぜ!」

髪を振り乱し、奮戦しているであろうレオンがあせった声を上げる。
もう30部隊以上と戦っただろうか。
そのときだった。突如、広間の中央に大きな光の円が浮かび上がった。
光の円に乗ると、足元の地面が四角く持ち上がり、高くのぼっていく。
ガルムは平然と腕組みをしていたが、フィールとレオンは近づいてくる天井を興味深そうに見上げていた。
高い高いドームのてっぺんには穴があいていて、3人をのせた床はそこにむかっていた。

せりあがった床が止まったのは上層の、壁に近い少し盛り上がったところだった。
ドームの頂上にあいた穴はフィールたちが乗っていた床とちょうど同じ大きさで、傾斜している地面をすべりおり、先を急ぐ。
!? フィールはふいに足を止めた。

「・・・・・・なんだ?
 なぜ仕掛けて来ん?」

ガルムがけげんそうに見上げる。
いままでのしもべとは比べ物にならない、巨大な異形のものが正面に立ちふさがっていた。

「に・・・・・・
 ・・・・・・ニンゲン・・・・・・
 人間・・・・・・だ・・・・・・」

「こ 言葉を!?」

ガルムの目が驚きに見開かれる。
それ・・・第四階位被造物<デスペラビリス>は、口からよだれをたらし、懸命に訴えていた。

「た・・・・・・助け・・・・・・
 助け・・・・・・てくれ・・・・・・」

「こいつ!
 てめえの事がわかるのか!?」

レオンもまばたきすら忘れ、異形のものを凝視している。

「助けてくれえぇぇ・・・・・・
 こんなのはイヤだあぁぁ!
 村に・・・・・・ 村に帰してくれえぇぇ!」

デスペラビリスは左右の手を巨大な杭で壁に打ち付けられ、自由を奪われていた。
地響きがする。
ガルムは慎重にあたりをうかがった。

「気をつけろ
 様子がおかしい!」

「イヤだぁぁ・・・・・・
 もうイヤだああぁぁぁ!」

嘆き、もがくデスペラビリスは、ついに壁に突き刺さった杭から強引に手を引きはがした。
手に穴があいたが、背中に生えている3本の水晶柱が光ると、傷口がふさがってゆく。
両手で頭を抱え、見えぬ天を仰いで絶叫する声がフロアの隅々までこだました。

「いっそ 殺して・・・・・・
 殺してくれええぇぇぇ!!」

悲痛な叫びが壁を震わせ、天井が崩れ落ちる。
自由になった両手を地面に打ちつけ、醜い化け物と化した全身でもだえ苦しんでいた。

「こ・・・・・・こんな・・・・・・
 こんなっ!!」

目の前の光景に言葉が出てこない。
ショックのあまり立ち尽くすフィールに暴れるデスペラビリスの手がせまる。
叩きつけられる寸前、レオンが飛び出してフィールを横っ飛びにさらっていった。

「えげつねえ・・・・・・」

フィールをかばったレオンはじっとうつむいていた。
レクスのこぶしが固く握りしめられる。
ゆっくりと立ち上がったレオンは、怒り、哀しみ、すべてをふりしぼって叫んだ。

「神々ってのは ここまでやりやがんのかよ!!」

「・・・・・・レオン・・・・・・」

力なくすわりこんだまま、フィールはすがるように視線を向けた。

「この人を・・・・・・
 元に戻す方法は・・・・・・」

「てめえは まだそんな事 言ってんのか!?」

叫んだ声は聞く者の胸に突き刺さるほど、やるせない思いに満ちていた。
思いを断ち切るように腕を振りはらう。

「ねえんだよっ!
 そんなのはっ!!」

どうして・・・。 頭の奥がじんじんする。
・・・・・・。 剣を握る手に力をこめ、フィールはゆるゆると立ち上がった。
数歩、デスペラビリスに向かって歩みをすすめる。
灰色の瞳が異形と化した、かつての人をみつめた。

「こ・・・・・・コロシ・・・・・・
 殺シテエエェェェ!!」

「レオン! ガルム!!」

背後からふたりの視線が力強く応える。 フィールは剣を構えた。

「力を貸してくれっ!!」

  * * * * * * * * * * * * *

「コロシ・・・殺シテエエ!」

「なんてヤツだ!
 ちっとやそっとの攻撃じゃ すぐに再生しちまいやがる!」

振りまわす手をかわし、レオンがいまいましげに水晶柱に目をやった。
攻撃をしても、背中に3本生えている水晶柱が光ると、すぐに傷がふさがってしまう。

「さてはヤツの背中の妙な突起がこの力の源泉か!?」

「でもよ それを叩こうにも 今のままじゃ近づけやしねえぜ!」

「3ケ所を同時に攻めれば いかにヤツとて多少はひるむはず。
 その隙に賭けるしかあるまい!」

「チッ それで行くしかねえか!」

レオンとガルムが話している間にも、頭上から絶え間なく消化液が降り注いでくる。
両手を振り回すたび、傷口から緑色の液が飛び散った。

「ヤツの血を浴びるな!
 溶かされちまうぞ!」

レオンが叫ぶ。
振り回す腕が止まる一瞬の隙を狙って、3人で両手と頭を攻撃すると、どすんと重い音がして、頭が地面に倒れこんだ。

「しめた! 今ならヤツの頭に乗って コブまでいけるぜ!」

まっさきに向かうレオンに続き、倒れた頭に飛び乗り、長い首を伝って背中に生えた3本の水晶柱を目指す。
剣を思い切り叩きつけると澄んだ音を立てて、水晶柱は砕け散った。

「ぐわぁ!
 おれを・・・おれを、人間へ・・・」

悲鳴をあげながらも、救いをこいねがう声が止むことはなかった。
両手を叩きつけ、振り回し、口から毒の息を吐く。
頭部にダメージを与えると、毒が固まった岩のようなものを吐き出した。

「殺してぇ 殺してぇ」

これで終わらせる・・・
思いのこもった一撃がデスペラビリスに振り下ろされた。

「ありが・・・とう・・・」

最後に聞いたのは、悲鳴でも死への願いでもなく、感謝の言葉。
醜い化け物の体は無数のエテリアに散り、美しい光の渦となって空間を満たし、そして消えた。
デスペラビリスがいなくなった広い空間を静寂が包みこむ。

「はあ・・・ はあ・・・
 やっと・・・ わかったよ・・・」

「どうした?」

ガルムが振り向いた。

「ぼくは・・・ ドロシーたちを助けたい!
 アルミラを探したい!
 それから・・・こんな・・・こんなひどいことは許せない!!
 その気持ちに変わりはないんだ。
 たとえぼくが・・・神々の子だったとしても!」

「ボウズ・・・」

「やれやれ。
 やっと気づきおったか」

「このような者に解放された己が情けなくなるな」

仲間たち、それぞれの言葉にフィールは穏やかに微笑んだ。

「レオン、トト。それにガルムも・・・
 心配かけてごめん」

「へっ・・・ 誰も心配なんざしちゃいねえよ。
 おまえは大丈夫だと思ったから 連れて来てやったんだ。
 でなきゃとっくに見捨ててるぜ」

笑顔をみせたレオンと対照的にガルムは憮然としていた。

「まったくだ!
 誰も貴様の心配などしてはおらん!
 うぬぼれるのもたいがいにしろ!」

「なにをムキになっておるのだ?」

からかいを含んだトトの声にすかさず牙を剥く。

「だ 黙れ! ネコ風情が!」

そんなふたりのやりとりをさえぎったのはレオンだった。

「おいおい おまえら ジャレてんじゃねえぞ!
 ハラぁくくったんなら さっさと行こうぜ ボウズ!」

「ああ!」

行く手を見るフィールの目にもう迷いはなかった。



《メモ》
・灯台破壊時(レオン)
1台目 「ちっ さすがに全部は守りきれねえか・・・」
2台目 「おいおい これ以上はまずいぜ!」
3台目 「もう後がねえぜ!」
4台目(ゲームオーバー) 「ちっくしょう なんてこった!」