― 第12話 仲 間 ―
戻ってこれたんだ・・・。
フィールの視界には以前見た溶岩の洞窟が広がっていた。
ただひとつ違うのは、中央の地面が大きく抜けて黒々とした闇がのぞいていること。
「穴に近よりすぎて また落ちるんじゃねえぞ ボウズ!」
穴に目をやったフィールを見て、レオンが軽口を飛ばす。
溶岩が流れる灼熱の洞窟は、地面から吹き上げる火柱や噴き出すマグマがいたるところで道を阻んでいた。
おのずと戦える場所は限られてくる。
やっと溶岩や火柱のない開けた場所に出て、これで思い切り戦えると思ったのも束の間、
「なにっ!」 突然、ガルムが大きく飛びのいた。
それと入れ替わるように、さっきまでガルムがいた場所に砲弾が落ち、爆発が起こる。
火山弾は戦っているしもべたちを巻き込むのも構わず、次々とフィールたちを狙って飛んできた。
これじゃ、まともに戦えない。
飛んでくる方向を振り仰ぐと、奥の高台が光った。
「こっちだ!」 とっさに体を反転させ、入り口へ駆け戻る。
入り口の左右の壁際は、奥へ向かってゆるやかなカーブを描く上り坂になっていた。
あそこからなら砲台のある奥の高台へたどり着けるかもしれない。
しかし途中、淡い光の幕が道幅いっぱいにたちのぼり、行く手をさえぎっていた。
オルドの結界だ。
結界のすぐ手前にオルドはたっていたが、中型のしもべがぴったりと守りにつき、向こう側からは、
遠距離攻撃を持つしもべたちがこれ以上近寄らせまいとレーザーや砲弾を浴びせかけた。
「こいつを狙うぞ!」
フィールの決断は素早かった。
背後からは下のフロアで戦っていたしもべたちがせまってきている。
手間取ってはいられない。火山弾が飛んでこないのを幸いに砲弾やレーザーの嵐をかいくぐり、中型のしもべをオルドもろとも一気に吹き飛ばす。
結界がなくなってしまえば、その向こうがわにいる遠距離系のしもべはもはや脅威ではなく、
奥の岩陰に隠れるように2台設置されていた火山弾の砲台を破壊し、ふたたび下のフロアへ戻った。
しもべたちを退けつつ、短いトンネルを抜けると、溶岩の海に面した高い崖に出た。
切り立った崖にへばりつくように細く、急な上り坂が続いている。
しばらくして上のほうからごろごろと何か転がってくる音が近づいてきた。
「バカな!?」
!! ぎょっとしたガルムの声に何気なく視線を上げたフィールは目を疑った。
巨大な丸い岩が猛烈な勢いで坂道を転がり落ちてくる。
あんなのにつぶされたらぺしゃんこだ。
あわてて壁際のくぼんだところに駆け込んだフィールの背後で、追ってきたしもべが岩に跳ね飛ばされ、煮えたぎる溶岩の海へ落ちていった。
岩が転がってこないのを確認して、一気に次の壁際のくぼんでいるところまで走りきる。
運よく溶岩行きをまぬがれたしもべたちが執拗に背後にせまってきていた。
「やべぇぞ、ボウズ!」
振り向いたフィールの表情が一瞬にしてこわばった。
戦いに気をとられすぎて、転がってくる岩がせまっているのに気づかなかった。
よけきれない! 無意識にフィールは視界を覆ってくる岩へ剣を振り下ろした。
鈍い音がして、ぱらぱらと破片が顔に当たる。岩は剣戟で跡形もなく吹き飛ばされていた。
た、助かった・・・。 ほっと息をつくかたわらで
「やるではないか」 通りすがりに一言、はじめてガルムがほめてくれた。
ようやく坂の頂上が見えた。
大型のしもべが岩を生み出しては、転がしている。
あのしもべを倒せば転がってくる岩は止むだろう。
坂の上を一気に狙おうとしたが、ほかのしもべたちが間に割り込み、細い道に双方入り乱れた。
「チェストォ!」
ガルムが力任せに群がるしもべたちをなぎ飛ばす。
乱戦を切り抜け、坂をのぼりきり、その先に口をあけている洞窟へ駆け込む。
短い洞窟から広い場所へ飛び出したとたん、逆巻く熱気とボーッと燃えさかる音が耳にとびこんだ。
巨大な火の玉が宙に浮かんでいる。急に立ち止まった3人の足元で乾ききった砂埃が小さく舞った。
「へへっ! やっぱ 通るなら力づくって事かよ!」
巨大な火炎を見上げるレオンから不敵な声が漏れる。
「大丈夫・・・・・・
もう間違わない!」
フィールも火球を見つめ、剣を構えた。
「くっ・・・・・・バカな・・・・・・」
ガルムだけが無意識にあとずさっていた。
「俺が・・・・・・この俺がっ!
怯えているのかっ!?」
「ガルム! 集中するんだ!!」
「気合入れろ!
頭ン中 かき回されるぜ!!」
フィールとレオン、声をかけたふたりとも火神から視線をそらすことはできなかった。
燃えさかる炎から姿をあらわした巨大な竜、テオロギア炎熱圏司裁神、テンタトレス・マリゲニィが咆哮とともに強烈な支配の波動を放つ。
キィーン 思考を揺らす甲高い音が空気を震わした。
「ぐおおぉぉぉーーっ!!」 ガルムが頭を押さえ、うずくまる。
「言わんこっちゃねぇ!」
レオンが振り向いた。
「ガルムっ!」 フィールが駆け寄ろうとしたが、
「俺に構うなっ!!」
「えっ!?」
顔を上げたガルムの気迫に押され、足が止まった。
フィールとレオンが見つめるなか、ゆっくりとガルムは立ち上がった。
「お・・・・・・俺が・・・・・・ レオンに劣るというのかっ!?
そんな事はないっ!
あるはずがないのだっ!!」
不意に向きを変え、走り出すと、崖から溶岩の海へためらうことなく身を躍らせた。
「ガルムーーーっ!!」
フィールが駆けよったが、彼の姿はどこにもなく、鮮やかな溶岩がぐつぐつと煮立っているばかりだった。
その間にふたたび火神が咆哮し、支配の波動を放つ。
なにっ? あわててフィールは振り返った。
「よ よそ見してんじゃねえ!
このバカ!!」
右手を顔の前にかざし、支配の波動に耐えているレオンが怒鳴る。
「アイツが 何のために飛び降りたと思ってんだ!?」
「わ わかってる・・・・・・
けどっ!」
「アイツなら大丈夫だ!
あれでもOZ(オズ)だからなっ!」
「でもっ・・・・・・
これじゃあ・・・・・・」
押し寄せる波動が強すぎて、精神支配は受けなくとも、このままでは身動きがとれない。
そのときどこからか凛とした声が響いた。
「スキを作る!
反撃にそなえろ!」
この声は! 目を見開いたフィールは声の主を探した。
走り出していく黒い影が視界に映る。
黒い服をまとい、右足から青いレクスの輝きがこぼれる。あの姿は―――
「はぁぁぁぁ!!」
漆黒の鳥のごとく高々と舞いあがった体から強烈な蹴りが繰り出された。
低い咆哮をあげ、神の体が大きくかしぐ。
す、すごい・・・
「お互い 悪運は強いらしいな」
地面を削り、華麗に着地した後ろ姿に駆け寄るフィールとレオンに、その声は言った。
「あ アルミラ・・・・・・!」
「ホントか!?
ホントにアルミラかよ!?」
「話は後だ!」
仲間との再会に気をとられることなく、アルミラの隻眼は火神が体勢を立て直すのを油断なく見据えていた。
「今は・・・・・・
この神を!」
「お おう!」 レオンがこたえる。
「フィール!
・・・・・・大丈夫なのか?」
杖を持ったアルミラは振り向くことなく背後に問いかけた。
「ああ!」
「そうか・・・・・・」
「助けるんだ・・・・・・
ドロシーを みんなを・・・・・・」
もう間違えない。ぼくが誰であろうと、今のこの気持ちに変わりはないんだ。
フィールのレクスにエテリアが集まり始めた。
「カテナやエテリアたちも・・・・・・
助けるんだ!」
エテリアが満ちて、金色に輝きだす。
周囲からだけではなく、強力につなぎとめているはずの火神からもエテリアが離反して集まりはじめた。
「フィール・・・・・・
おまえ・・・・・・!」
驚くアルミラの右足にもレクスが満ちていく。
「す・・・・・・すげえ! すげえぞ!!」
黄金に光り始める己のレクスを見つめるレオンの表情が驚きから興奮に変わっていく。
「ああ! これなら・・・・・・!」
シュン! アルミラの全身が一瞬にしてレクスの装甲に包まれ、青い光が表面を走った。
神がつくった武器であるレクスは出力を最大限まで高めると、使用者の全身を鎧状の装甲形態へと変化させることができる。
それは戦闘能力を飛躍的に向上させるが、同時に神の呪力の干渉が大きくなり、より強力な精神支配を受けてしまうため、
アルミラとレオンは今まで力をおさえて戦ってきた。
そうしなければ、以前ヴィティスに対してレクスを解放しようとしたレオンがそうなったように、ふたたび御使いに戻ってしまうから。
しかし今は違う。
エテリアたちが自らの意思で力を貸してくれているこの状態なら、
装甲形態になっても神の支配をはねつけ、最大限の力を発揮することができる。
「行くぜえっ!!」
装甲化したレオンの全身が金色の輝きを帯びる。
顔を上げたフィールは静かに剣を掲げた。
まばゆいひかりが剣に集い、広がり、はじけたあと、レクスの装甲が全身を包む。
はじめて見せるその姿は、アルミラ、レオンにある人物を思い出させずにはいられなかった。
消えた御使い・・・誰もに認められる実力を持ちながら、15年前、こつぜんと神々の子とともに姿を消したかつての仲間、カイン。
「ヤバい! よけろ!」
レオンが叫んだ直後、
ゴオオオオーッ 目前で空気を焦がす炎のブレスがうなりをあげた。
炎が届かない間合いをとれば、正面に走る超高速の弾が体をかすめる。
火神自体の隙は大きいのだが、岩盤のような硬い体が半端な攻撃を受けつけないうえ、振りまわす尾が強力で、うかつに近寄れない。
正面に立たないように気を配りつつ、射出する卵からあらわれたしもべたちを利用して、うまく攻撃に巻き込むことに成功したとき、
不意に火神は4つの噴射口を垂直に構え、轟音とともに高く上昇した。
「飛んだ!?
気をつけろ 上からの攻撃が来るぞ!」
噴射に巻き込まれぬよう距離を置きながら、アルミラが警告する。
断崖の上にそびえていた巨石が旋回する火神にぶつかり、粉々に砕け落ちた。
「撃って来るぞ! 止まるな!」
言葉が終わらぬうちに、流星のように火山弾が雨あられと降り注いだ。
あちこちで爆発が起こり、大地が揺れる。
ようやく止んだと思う間もなく、今度はレオンが叫んだ。
「野郎 突っ込む気だ! 逃げろ!」
フィールたちを狙って、上空からすべりこんだ火神は、鋭い咆哮のあと、ふたたび卵を射出した。
「オラァ! アルミラ!」
まっさきに突っ込んでいったレオンが、卵からかえったばかりのしもべを豪快に殴り飛ばした。
「了解だ。 フィール!」
「任せてくれ!」
・・・離れていた間に何があった? アルミラは戦いながらも、そんな思いでフィールを見ていた。
一時はエテリアに見放されたフィールが、今は神の干渉をはねのけるほど強く慕われている。
何より迷いがない。
「今だ!」
「わかった」 フィールの声にすばやくアルミラが反応した。 火神の頭上高く舞い上がる。
「イーヤッ! フィール!」
「うおお〜!」
とどめの一撃が堕ち、青い光弾が降り注ぐ。 断末魔の叫びをあげ、巨大な火竜は崩れ落ちた。
あちこちで小さな爆発が起こり、硬い体に光の亀裂がいくつも入る。
エテリアをとどめておけなくなった巨体はやがて大きな爆発音とともに弾け飛び、解放されたおびただしい数のエテリアたちが視界を真っ白な輝きに染めた。
「・・・おい・・・
おれたち・・・ 神に・・・勝っちまったな・・・」
神も消え、エテリアたちも還り、静寂が訪れた地で、呆然とレオンがつぶやいた。
「あ・・・ああ・・・」
答えるフィールも同じような表情をしている。
「し 信じられねえ・・・
冗談みてえだ・・・
神っていっても・・・ 無敵でも不滅でもねえんだな・・・」
アルミラだけが落ち着きはらっていて、いつもと同じ眼差しを向けた。
「意外に冷静だな レオン。
もっと喜ぶかと思っていたんだが・・・
おまえは神々を倒すためにここまで来たんだろう?」
「ああ・・・
確かに 最初はな」
レオンは視線をそらした。
「けど それはもう どうでもよくなったっつーか・・・
なあ」
フィールを見る。
「どうしたのだ 単細胞!
おまえ なにか変だぞ?」
「いちいちうるせーな
このクソネコは・・・」
あいかわらずの言い草にレオンは顔をしかめたが、すぐにもとの表情に戻って言った。
「ま 自分でも変だとは思うんだけどよ。
もし おれが今でも神々をブッ飛ばす事しか考えてなかったとしたら・・・
また負けてたんじゃねえかって気がするぜ。
そうだろ? ボウズ!」
「・・・・・・・・・」
フィールは笑みを浮かべたレオンを少し驚いたように見ていたが、やがて穏やかにうなずいた。
「・・・ああ」
しかしトトにはまったく理解できないらしい。苛立たしげにうなった。
「むう・・・わからん。
神を倒す事でなければ 何を考えておるのだ?」
「てめえにゃ 教えねえ」
勝ち誇った笑顔のレオンにトトが食ってかかる。
「おのれ! 単細胞の分際で生意気な!」
「なんだとぉ!?」
以前と変わらぬにぎやかなやりとりに、アルミラが苦笑する。
「やれやれ・・・
やっと合流したと思ったら またこれか・・・」
「・・・・・・・・・」
「ん? どうした フィール」
なにかを気にして振り返っていたフィールはアルミラの声に心配げにうつむいた。
「ああ・・・
ガルムは大丈夫かな・・・」
ふっと優しい色がアルミラによぎった。
「ふう・・・
それがおまえの性格だから仕方がないのかもしれんが・・・
OZ(オズ)の実力というものを もう少し信じてもらいたいな。
それより おまえは妹の心配をするべきだろう?」
「もちろん ドロシーの心配もしてるよ」
「・・・・・・・・・」 隻眼に微笑んでみせるフィールが映る。
「ぼくは ドロシーと血がつながっていないどころか 人間でさえないのかもしれない。
それでも ドロシーは ぼくの妹だから」
「ふふ・・・
本当に変わったな・・・」
「え?」
「いや なんでもない」
・・・離れていた間に何があったか、あとでレオンに聞いてみるか。
問題はレオンが分かるように説明できるかだが・・・。
うつむいたアルミラはかすかに微笑んだ。
そこにはいつもの怜悧な笑みではなく、大きな壁を乗り越えた仲間を心から喜ぶアルミラの素顔があった。
《メモ》
・炎のブレス
アルミラ 「正面は危険だ! 回り込め!」
レオン 「ヤバい! よけろ!」
・飛ぶとき
アルミラ 「飛んだ!? 気をつけろ 上からの攻撃が来るぞ!」
レオン 「飛びやがった!? 野郎 逃げる気かよ!」
・メテオフォール
アルミラ 「撃って来るぞ! 止まるな!」
レオン 「飛び道具は食らうなよ! 吹っ飛ばされるぞ!」
・着地前
アルミラ 「突っ込んでくるぞ! よけろ!」
レオン 「野郎 突っ込む気だ! 逃げろ!」