― 第13話 崩れ行く幻 ―
支配する神が消滅した火の階層を抜け、フィールたちは次なる階層へやってきた。
足元は砂に覆われているが、立ち並んだ太い柱が、ところどころ欠落した天井からのぞく幾層にもそびえた壮大な遺跡を支えている。
そこかしこにむきだしになった水晶柱や鉱物の原石が静かに光を放ち、埋もれた遺跡を飾っていた。
「この人々は一体・・・」
アルミラはけげんそうにあたりを見渡した。
半透明の人々がふいに現れたり、消えたりしながら、遺跡のなかをたくさん行き交っている。
亡霊といえばいいのだろうか。
戦士というわけでもなく、町にいそうなごく普通の、さまざまな人々が、
まるでこちらの存在自体に気づいていないように平然と歩きまわっている。
「敵・・・ってわけじゃなさそうだな」
レオンも前を横切った人がすうっと消えていくのを不思議そうに眺めていた。
彼らは行き交うだけで、攻撃などなにひとつしてこない。ただ歩いているだけだ。
しもべたちが出現しても、亡霊たちを気に留めることなく、互いに関心はないようだった。
ただしもべたちは、こちらを狙って攻撃してくる。
「行くぞっ!」
アルミラが放った光弾が当たると、ほわんと、緊迫した戦闘になんとも不似合いなやわらかい音がして、
亡霊の頭上に光の輪が現れ、昇天していった。
彼らが消えたあとには、置き土産のように少量のエテリアが散る。
? 状況を把握すべく、フロアを見渡したアルミラの視界のなかに、
しもべを攻撃しようとして、亡霊を巻きこんでしまったレオンが映った。
ぐあっ! 倒れた亡霊が消えた直後、いきなりレオンの身体が弾かれ、アルミラの横にふっとんできた。
「な、なんだあ!?」 びっくりした顔で起き上がったレオンを隻眼が見下ろす。
「気をつけろ!
彼らを傷つけると 我々がダメージを受けるぞ!」
「そりゃいったい どういう仕組みだよ!」 疑問と怒りがないまぜになった目が頭上へ向けられた。
「私にも分からんが・・・彼らが消える瞬間、見えない魔法のようなものが放たれているようだ」
「ちっ 厄介な連中だぜ!」
・・正確に言えば、光弾や衝撃波なら昇天するが、直接攻撃をすると倒れて消える際に何らかの力を発生させるようだ。
だが、レオンにそこまで説明する必要はないとアルミラは判断した。
亡霊を攻撃してはいけないと知らせれば充分だ。
先へ進むと、けたたましい音がして、猛スピードで走り回る乗り物をしもべたちが乗りまわしていた。
「動きが速い! 突進に注意しろ!」
アルミラが油断なく身構える。
「ちくしょう! 当たらねぇ!」
イラついた声でレオンが叫んだ。
攻撃してはいけない亡霊に加え、ちょこまかと動きまわるバイクは相当彼の癇に障るようだ。
バイクは横からの衝撃に弱く、回りこんで攻撃すれば簡単に壊せるのだが、小回りが利いて、待ち伏せていると、すぐに向きを変えて走り去ってしまう。
かと言って、無視して他のしもべとの戦いに気をとられていると、猛スピードで突っ込んでくる。
なんとか全部破壊して先に進んだが、遺跡はすぐに行き止まりになっていた。
ただ行き止まりの壁際に四角い低い台があり、そこに大中小と3つの平たい光の円が重なって浮かび上がった上に小さな光球がのっている不思議なものがある。
その台に乗った瞬間、フィールたちは同じ遺跡の別の場所へ立っていた。
ワープした先での戦いは熾烈を極めた。
亡霊はいるものの、火の階層のように火柱や火山弾はなく、広いところで思い切り戦えるかわりに、しもべたちの数も増え、しかもより強くなっている。
「とどめだぁ! なにっ!」 思わぬ方向から攻撃をくらったのはレオンのほうだった。
「もっと慎重にいけ! レオン!」
すかさずアルミラがフォローに入る。
武器の扱いに長けた中型のしもべ、それにゴーレムのような大型のしもべたちがまとまって襲い掛かかってくる上、バイクが突っ込んでくる。
地上の戦いにばかり気をとられると、降り注ぐ砲弾のえじきになり、飛行型のしもべたちも空から急降下して襲ってきた。
ようやくこの激しい戦いに決着がつきかけたとき、突然、地響きとともに地面が揺れた。
「な なんだ? 地震か!?」
とっさに体勢を立て直したレオンがあたりを見渡す。
頭上からぱらぱらと砂が落ちてきた。
地響きは一定時間ごとに繰り返され、先に進むごとに大きくなっていった。
その理由は次のフロアで分かった。
銀色の巨大なしもべが大きく飛び上がり、着地するごとに地面がぐらぐらと揺れているのだった。
「おいおい・・・
ひょっとしてさっきの地震は・・・」
マジかよ・・・といった調子のレオンに、アルミラもしばらく巨体ではねるしもべを見て、言った。
「どうやらこいつが原因だったようだな」
ふたたび死闘がはじまった。
「甘い! こいつを仕留める!」
「任せろ! しゃぁ! ボウズ!」
しもべの攻撃をうまく弾き、ひるませたアルミラのあとにすかさずレオンが攻撃を叩き込み、高く放り投げた。
「みんなの力を貸してくれ!」
地面を蹴ったフィールがすれ違いざま、落ちてくるしもべを斜めに斬り上げる。
「いよっ」
「しゃあ!」
間髪を入れず、アルミラ、レオンが交差するように攻撃をしかけ、
「はっ!」
「オラァ!」
高く飛び上がった三人がいっせいに渾身の一撃を叩き込んだ。
強く輝いた3つのレクスが相乗しあい、周囲のしもべたちまで巻き込む巨大な火柱が立ちのぼる。
「還れ、エテリアの流れの中に!」
フィールの灰色の瞳はそびえる炎に赤く照らし出されていた。
銀色のしもべも周囲に群がるしもべたちもすべてが逆巻く炎に飲み込まれ、エテリアへと還っていく。
「すげぇな!」 レオンが思わず感嘆の声を漏らしたのも無理からぬ光景だった。
何度目かのワープのあと、床に不思議な文様が描かれた大きな円形のフロアに出た。
床は今までの砂に埋もれた場所とは違い、なにかの鉱石でできているようになめらかで、
全体にほりこまれた不可思議な文様に赤い光が満ちては消えていく。
周囲や中空には水晶や鉱石の結晶がそびえ、とてもきれいで不思議な場所だった。
中央に立つ見覚えのある姿に、フィールたちはつと足を止めた。
「来たわね・・・・・・」
腕組みをし、侵入者たちを見つめる少女の声が広い空間に吸い込まれていった。
白い服に身を包み、背中から生えた翼を思わせるレクスが息づいているかのようにピンク色の濃淡の光を発している。
「ジュジュ・・・・・・」 アルミラがつぶやく。
「なんなの? あんたたち!
できそこないと落ちこぼれのクセに 神を倒すなんて!」
言葉とはうらはらに、ジュジュの声はかつての蔑みが消え、迷いや戸惑いに満ちていた。
「あんたたち いったい何がしたいの!」
苛立ったように両手を振り回す。
「神になり代わろうとでも 思ってんの!?
なんとか言いなさいよっ!!」
「ぼくは・・・・・・
助けたいだけだ」
指を突きつけた先にいるフィールから強い意志を秘めた声がこぼれでた。
「妹を・・・・・・ 村のみんなを・・・・・・
カテナも エテリアたちも・・・・・・」
左手の皮のグローブがぎゅっと音をたてる。
力強く上げた灰色の瞳がまっすぐジュジュをとらえた。
「それに きみも!」
「あ あたしを・・・・・・助ける?
なに? なに言ってんの?」
真摯な眼差しにおされ、後ずさりしかけたのをかろうじてこらえた。
それでも狼狽は隠せず、自信なげにうつむき、視線をさまよわせる。
「わかんない・・・・・・
全然わかんないよっ!!」
「ジュジュ・・・・・・?」
両手で頭を抱えるジュジュを見つめるフィールに、今までなりゆきを見守っていたアルミラが静かに言った。
「神も不滅ではないと知って 疑問が芽生えたんだ。
それが神の支配力と拮抗して 心の安定を脅かしている。
哀れな・・・・・・」
「うるさい! うるさい!!
うるさいっ!!」
迷いを振り払うかのように、ジュジュは頭に手を当てたまま何度も大きくかぶりを振った。
なんであたしが哀れまれなきゃなんないの! あんな・・・できそこないとおばさんに!
「そ そんなに・・・・・・
あたしを助けたいなら・・・・・・」
顔を上げたジュジュは、キッとフィールをにらみつけた。
「ここで死んでよ!」
っ! フィールがたじろぐ。
半ば自暴自棄のようにジュジュは指差して叫んだ。
「あ あんたたち見てると ムカついてたまんないのっ!
お願いだから死んで!
死んじゃってよぉっ!!」
小さく歩き始めた足は、不意に駆け出し、ジュジュの全身は一瞬にしてレクスの装甲に包まれた。
「切り裂け!」
容赦ない声が響く。
空を自在に飛び交う6振りのレクスの剣が、こちらが手出しできない遠い間合いから一方的に襲いかかってきた。
「たぁっ!」
「無駄よ!」
一気に間合いを詰めたが、素早く戻ってきたレクスが鉄壁の防御をつくりだす。
普通、横や後ろからの攻撃には弱いものだが、ジュジュのレクスは彼女をぐるりと取り巻く結界を作り、全方向からの攻撃を完全に遮断してしまう。
しかもレーザーを放つものと、武器の扱いに長けた中型のしもべが、彼女を護衛していた。
「こっちだ!」
フィールの決断は早かった。最初に倒すべきはレーザーを放つしもべ。
・・冷静な状況判断だ。 アルミラはフィールのあとを追いながら思いをよぎらせた。
村を出てからの目覚しい成長もあるが、フィールの戦闘センスは抜きんでている。
だが距離をおいても油断できない。ジュジュのレクスは離れていてこそ、その真価を発揮する。
「行けぇっ! あたしのレクスたち!!」
予測通り、反撃に転じたジュジュが高く飛び上がった。
結界を解いた6振りのレクスがきらめく剣となって、一直線に向かってくる。
「チャンスだ!」
ぎりぎりまで引き付けたレクスを大きくジャンプしてかわしつつ、フィールが目を向けた。
視線の先にはレオンがいる。
高い瞬発力を持つレオンなら、今の、ジュジュのレクスが戻るまでのわずかな隙をつける。
「ナイス! いくぜっ! アルミラ!」
「見事だな、フィール」 すぐさま思考を切り替えたアルミラの声だけが、その場に残っていた。
「きゃぁぁあ!」
レオンとアルミラの連携で吹き飛んだジュジュに赤いレクスの輝きが散り、高くはね飛ばされた少女の体が弧を描いて落ちていく。
そのなかでジュジュの意識は大きな渦に吸い込まれ、そして一気にはじけた。
闇にまばゆい白い羽根が舞い、澄んだ音を立てて、粉々に砕ける音が響きわたる。
「く・・・ ううぅ・・・」
「ジュジュ・・・」 心配するフィールの呼び声がすぐそばで聞こえる。
「・・・そう・・・ そういう事だったの・・・」
苦しげに目を開けたジュジュはうつむいた。
「ガルムまで裏切ったのかと思ってたけど・・・
おかしいのは あたしの方だったのね・・・」
「・・・・・・・・・」 すっかり意気消沈したジュジュをアルミラは無言で見つめていた。
「ふふふふ・・・
あはははははは・・・」
突然、ジュジュは声をあげて笑い出した。
「なんて惨めで・・・
なんて滑稽!!
こんなの笑うしかないじゃない・・・
あはははははは・・・」
「ジュジュ!」
「うるさいわねっ!!
あたしの事はほっといてよっ!!」
一瞬だけよみがえった強気な眼差しがフィールをはねつけた。
「・・・っ・・・」
言葉もなく視線をふせたフィールに、ジュジュは力なくうなだれて言った。
「・・・あんたの村の子供たちは この階層の奥にいるわ・・・
早く連れて帰んなさい・・・
ふふふふ・・・
あは・・・はははは・・・」
泣きそうな笑みを見せて、ジュジュは去っていった。
「ジュジュ・・・」
こうなることは分かっていた・・・ だけど、かける言葉が見つからない。
そんなフィールを慮るようにアルミラは口を開いた。
「今は・・・あいつが望む通り 放っておくしかないだろう」
「・・・だな。
行こうぜ」
レオンの目はすでに先を見ていた。
「・・・ああ」 フィールはようやく顔をあげた。
《メモ》
・バイク出現時
アルミラ 「動きが速い! 突進に注意しろ!」
レオン 「野郎 速ぇな!
正面には立たねえ方がいいぜ!」
・地響き
アルミラ 「な、なんだ この揺れは!?」
レオン 「な なんだ? 地震か!?」