― 第14話 迷 宮 ―

ジュジュとガルムを気にかけながらもフィールは子供たちがいると教えられた階層の奥を目指していた。
遺跡という名の広大な迷宮はまだ続いている。
やがて四隅と中央の五箇所にワープする仕掛けがある広い場所に出た。
しもべたちが襲いかかってくるが、あれほど行き交っていた亡霊はもう見当たらず、うるさく走り回っていたバイクもない。
今度こそ思いきり戦える、はずなのに・・・何だろう、何かイヤな予感がする。
うまく言い表せない不安をかかえたまま、それでもフィールは剣を構えた。

「なんだっ!?
 こいつら まるで手ごたえがねえぞ!」

レオンからあせった声が上がったのは、戦いが始まってすぐだった。
振り下ろした鋭い爪がしもべの体をすり抜け地面におち、勢いあまってつんのめるのをあやうく踏みとどまる。
アルミラも自らの杖が予想した衝撃もなく空を切ったことに目をみはった。

「これは・・・まさか、幻影か!?」

「幻影だぁ!?
 クッ! この痛みも幻だってのかよ!」

振り乱した金髪の下の浅黒い顔がゆがんだ。
痛み以上に、自分の攻撃は素通りするくせに、向こうからの攻撃はくらうという不条理が彼のなかに怒りをわかせている。
簡単に通してくれるわけはないか・・・一方アルミラはレオンの怒りをよそに、淡々とこの状況を分析していた。

「我々の精神に直接干渉する幻影だ。
 気をつけろ。
 幻の痛みだが心が死ねば肉体も死ぬぞ!」

「気をつけろったって これじゃやられる一方だぜ!
 どうすりゃいいんだよ!」

レオンとは対照的に、アルミラはどこまでも冷静に推測を導き出す。

「幻影は所詮実体あるものの影に過ぎん。
 実体となっている敵を倒せば消えるはずだが・・・」

「クソッ! いったいどいつが・・・!」

ぐるりと見渡したが、群れなすしもべたちはどれも同じに見える。

チッ! 細かいことを考えんのは、おれの性に合わねえぜ! レオンの切り替えは早かった。
左手を後ろに引いて構え、挑戦的な眼光をよぎらせる。
要するに全部倒しゃいいんだろ!
おらぁぁあ!  あたりを払う雄たけびをあげて、レオンはしもべたちのただ中へ突進していった。

しもべたちがエテリアに還ったあと、あらためて今いる広い場所を見渡した。
この広間は行き止まりになっていて、四隅にあるワープする仕掛けには光が満ちているが、中央の柱に囲まれた仕掛けの光は薄く、のってみても作動しない。
真ん中の仕掛けが気になるが、まずは四隅のひとつに乗ってみた。
一瞬にして違う場所に運ばれる。

やや開けた場所があって、その先にまた道が続いている。
あのオルドは何のためにあるんだろう・・・。フィールはわずかに首をかしげた。
隅のほうに水晶球を思わせる丸型のオルドがある。
近づこうとしたが、しもべたちが次々と現れた。
ここでも幻影が混じっているのだろう。 同じ種類のしもべの数がいつにも増して多い。

ダメか! しもべをすり抜けた剣が空しく空を切る。
一方的にやられるだけじゃ、分が悪すぎる。
必ず実体が混じっているはずだ。何か・・・見分ける方法は!

!? 何気なく地面を見たフィールは、はっと目を見開いた。
もしかして・・・。 すぐに行動で試してみる。
そして自らの予想が当たっていると確信した瞬間、フィールは戦っているアルミラとレオンを振り向き、叫んでいた。

「わかったぞ! 2人とも 影だ!
 影のあるヤツが実体だ!」

「なるほど そういうことか!」

アルミラが得心したようにうなずく。
レオンの顔に、みるみる笑みが広がっていった。

「はっはぁ!
 冴えてるな ボウズ!」

幻影の見破り方は分かった。
あと気になるのは隅にある丸型オルド・・・
見たかぎり結界らしきものはないけど、今までのことから考えて、必ず何かあるはずだ。
とにかく壊しておくに越したことはない。

「こっちだ」

オルドの近くまで退き、隙をみて攻撃してみるが、なかなか壊れない。
そうこうしているうちにしもべたちが追いついてきて、乱戦がはじまった。
見分け方は分かっていても数は多い。 隅のせまい場所は逃げ場がないぶん、こっちが不利だ。

「危険だ、フィール!」

アルミラの声が壁に反響した。
オルドを攻撃しているフィールの背後で、数にまかせて押し寄せた幻影のしもべが武器を振りかぶっていた。
くっ とっさにアルミラが地を蹴って飛ぶが間に合わない。

カシャーン!

!?  隻眼が大きく見開かれた。
鈍く輝く刃がフィールに打ちおろされる、まさにその一瞬だけ早く、フィールの剣がオルドを砕いていた。
と同時に、いましも襲いかかろうとしたしもべの姿は武器もろともあとかたもなくかき消えていた。

そうか。 このオルドが幻影を作り出していたのか。
フィールの横に降り立ったアルミラは人知れず安堵の息をついた。
幻影さえ消えてしまえば、実体の数は多くない。
ここまで戦い抜けた彼らの勝利は見えていた。

それにしても・・・ アルミラは、早くも中央に戻りレオンと並んで戦うフィールを目で追った。
実体を見分けるだけに留まらず、幻影までも消し去ってしまうとは。
フッ、立場がないな・・・ 赤い唇の端がわずかにつりあがるその一方で、もっと自重してもらいたいな、とも思う。
おまえはひとりではない。レオンも私もともにいることを忘れるな。

ワープの先にはふたつずつ丸型のオルドがあり、それを破壊し、突き当たりにあるワープにのると、 共通してまた最初のフロアに戻ってきた。
それを繰り返し、最後である四つ目のワープ先から戻ってきたとき、真ん中の仕掛けに光がともった。
残された道はここしかない。 迷わず足を踏み入れる。
着いた先は、円形の大きなフロアだった。はっきり見えないほど、天井が高い。
あちこちに大きな金属の破片が瓦礫となって積み重なっている かなり風変わりな景観だったが、フィールの視線はそれらを無視して、奥に注がれていた。
ジュジュが言っていたとおり、フロアを抜けた先に短い道が伸び、高い天井まではまった頑丈な鉄格子の向こうに、 さらわれた村の子供たちの姿が小さく見えた。

あっ! 鉄格子の向こうで座り込んでいた女の子から小さな叫び声があがる。

「フィール兄ちゃん!」

鉄格子に駆け寄ったフィールに、男の子がうれしそうに身を乗り出した。

「みんな!
 大丈夫か!?」

っ?! 突然、フィールは素早く身をひるがえした。
厳しい眼差しで今通り抜けたばかりのフロアをじっと見つめている。

「どうした? ボウズ!」

けげんそうにレオンが目を向けるなか、

「まさか!」  アルミラも広間を振り返った。

「・・・・・・兄ちゃん?」

男の子が心配そうに見上げる先で、フィールは油断なく広間へ目をやりながら、低い声で子どもたちに言った。

「できるだけ奥にさがって じっとしてるんだ!」

言い終わるやいなや走り出す。 アルミラもすぐに後を追った。

「お おい! 待てよ!」

わけが分からないレオンだけがひとり、牢の前にとり残された。
・・・。 がしがしと右手で頭をかいて、ふたりを見送っていたが、結局あとを追って走り出す。
広間でフィールとアルミラが立ち止まっている横に追い付いたレオンは何かを見上げているふたりの視線を追って頭上へ目を向けた。

なっ!?  フロアの上空には、何か、薄い薄いもやよりももっと薄い、何かが漂っていた。

「はン・・・・・・
 なるほど!」

声と一緒に不敵な笑みがもれた。
どこからか碧色に光る仮面があらわれ、あちこちから立ちのぼる無数のエテリアたちを強引に融合していく。
仮面から伸びた稲妻のような光の束が、まわりの金属片を引き寄せ、前足のような腕の上にもう一対、 何かを発射するかのような筒状の腕をもつ巨人らしき姿になった。
顔に当たる部分に嵌めこなれた仮面の奥から碧色の光がもれている。
かくして三人のまえに、火の神に続く、2柱目の神、テオロギア地塊圏司裁神クリミナトレスが降臨した。

「アルミラ、 レオン・・・・・・」

神をみつめたまま、フィールが呼びかけた。

「わかっている・・・・・・」  静かだが、力強い声が返ってくる。

「子供たちの方には行かせんさ!」

「まかしとけよ!」

レオンが軽く腕を振った。

「ありがとう・・・・・・」

対峙した地神は威嚇するように両手を振り上げた。
3人とも身構える。 シュンと短い音がして、瞬時に3人は装甲形態に包まれた。

「奴の体は ガレキで作られた仮そめのものに過ぎん。
 どこかに隠されている核を叩くんだ!」

激しく打ちおろされる腕をかわしながら、アルミラが叫んだ。
大きく飛んで少し距離をとった地神は、筒状になった上部の腕を構え、棘に覆われた茶色い球体をいくつも撃ち出した。
まわりに散らばったそれは、しばらくして次々に弾け飛ぶ。

「狙うぞ!」

攻撃を振り払おうとするたびに離れては、また近づき、3人がかりで右腕に集中攻撃する。
レオンの爪が深々とえぐり、ついに腕の結合がゆるんだ。

「今だ! アルミラ!」 

「承知! はぁぁあ!」

高く舞ったアルミラの華麗な一撃に神の全身を形作る結合が崩れた。
仮面からはがれた碧色の玉が、飛び散る金属片に混じって、澄んだ音を立ててはじけ飛ぶ。

「くっ 核はどこだ!?」  アルミラがすばやく見回す。

多くの金属片の間にガラスを思わせるきれいな碧色の玉が転がっているのを まっさきに見つけたのはレオンだった。

「これでもッ 食らいやがれー!」

澄んだ音を立てて、勢いよくはね飛ぶが、核はひびひとつ入らない。
手間取っている間に、碧玉から長い光の筋がいくつも伸び、金属片を吸い寄せていった。

「こいつ 再生しやがった!?」

レオンの目の前で、みるみる金属片は結合し、ふたたび金属の瓦礫でできた神の姿が立ちふさがった。
その巨体がふいに高く飛び上がる。

「やべぇ! よけろ!」

頭上に大きな影がかぶさる。
あわてて逃れた背後でフィールたちを押し潰そうとした巨体の重い音が響き、空気が揺れる。
落下の衝撃で地神の体が分解しそうになったが、また光が伸びて引き寄せる。

こうなれば最初と同じだった。根気強く集中攻撃を繰り返し、ふたたび右腕を破壊する。
腕を壊せば足止めできる。そこから攻撃をつなげて、地神の全身が形作る金属片ごと核を吹き飛ばすことに成功した。

「ちっ どこに飛んでいきやがった!?」

「こっちだ! レオン!」

「よっしゃぁ! 行くぜ、ボウズ! うぉりゃああああああ!!!」

亡霊に幻・・・この階層でのうっぷんを一気に晴らすかのように、猛然とレオンは突進した。
ピシッ! ついになめらかだった核の表面に小さな亀裂が入る。
衝撃を与えるたび、亀裂は少しずつ広がり、ついに大きく割れた。
碧玉からふたたび幾条もの光が伸び、巨人の姿を再生したが、そこまでだった。
小さい爆発に続いて大きな爆発が起き、膨大な量のエテリアたちが解放され空間を光にそめる。

「みんな! 大丈夫か!?」

神を倒した余韻にひたる間もなく、フィールはすぐに牢へととって返した。

「フィール兄ちゃん!!」

「うえ〜〜〜ん!
 こわかったよぉ〜〜〜!!」

男の子のかたわらで、幼い女の子がふいに泣き出した。

「・・・ドロシーは?」 

フィールは牢の中を見回した。
ドロシーだけがいない。

「わかんね・・・」

少年はうつむいた。
泣き出した少女が言う。

「ドロシーちゃんだけ 別のとこに連れていかれたのぉ」

「なん・・・だって?」  フィールの表情がこわばった。

「・・・どういうこった?」

「人質というわけでもあるまいに・・・」

レオンが誰にともなくたずねたが、さすがのアルミラも考えあぐねている様子だった。

「ねえ フィール兄ちゃあん・・・
 村に帰りたいよぉ・・・
 ・・・ぐすっ・・・
 一緒に帰ろうよぉ・・・」

5人の子供たちのなかでも年上らしき少女が涙声でうったえた。

「・・・・・・・・・」  男の子も泣きはしなかったが、心細そうにこちらを見ている。

できることなら安全なところまで連れていってあげたい。
だけどぼくは・・・ フィールはうつむいて言った。

「・・・ごめん。
 ぼくは・・・ ドロシーを探さなきゃ・・・」

「どうしてっ!?
 ドロシーちゃんはフィール兄ちゃんの本当の妹じゃないのにっ!!」

「え・・・っ!?」

フィールは思わず女の子の顔をまじまじと見つめた。

「バカっ!
 言っちゃダメだろっ!!」

年長の男の子があわてて叫ぶが、もう遅い。女の子は開き直って言葉を返した。

「だって だって!
 もう怖いのヤなんだもんっ!!」

「・・・どうして・・・ 知ってるんだ・・・?」

うつむいたフィールに年長の男の子がばつが悪そうに視線をふせた。

「うちの・・・
 うちの母ちゃんが言ってたんだ・・・
 フィール兄ちゃんの母ちゃんは
 フィール兄ちゃんを産んだあと すぐ死んじゃったって・・・」

「っ!?」  フィールは息をのんだ。

「な・・・」  アルミラもこの言葉には相当驚いたらしい。目を見開いて少年を見ていた。

最初に泣いていた幼い女の子が付け加えるように言う。

「だから・・・だから ドロシーちゃんはフィール兄ちゃんの本当の妹じゃないの・・・」

「・・・どう・・・なってんだ?」

「わからん・・・」

レオンもアルミラも予想外のことに完全に戸惑っていた。
母親がいるのであれば、フィールは神々の子ではない。

「・・・いや・・・
 それでも・・・」

この場で一番冷静だったのはフィール本人だったかもしれない。
諭すように穏やかに、でもしっかりと子供たちを見つめてフィールは言った。

「本当の妹じゃなくても・・・
 ぼくはドロシーを探さなくちゃいけない。
 迎えに行くって約束したからね。
 わかってくれるかい?」

「フィール兄ちゃん・・・」

女の子はまた泣き出した。

「でも その子たち ほっとくわけにはいかないでしょ?」

!?  思わぬ声にフィールは振り返った。

「ジュジュ・・・」  アルミラがつぶやく。

全員をちらりと見やったあと、ジュジュはフィールへ目を向けた。

「あたしが その子たち テオロギアの外に連れ出してあげるわ」

「え? ・・・その・・・」

思いがけない申し出に、フィールは大きく目を見開いたまま、まばたきもせずジュジュの顔を見つめていた。
その視線を避けるかのように、ジュジュは顔をそらす。

「・・・なに?
 余計なお世話だっての?」

「そ そんな事はない!」

あわてて表情を戻す。

「すごくありがたいけど・・・
 頼んでいいのか?」

「いいわよ 別に。
 あたしには これくらいしかできそうにないから」

ジュジュは力なくうつむいた。

「いや・・・助かるよ。
 ありがとう」

「・・・ふん」  微笑んだフィールにジュジュはふいと横を向いた。

子供たちに向かい身をかがめたフィールは優しく言った。

「それじゃあ このお姉さんについて行くんだ。
 そしたら こんな怖い所からは すぐ出られるよ」

「うん・・・」

緊張した面持ちで年長の少年がうなずく。
年長の少女が申し訳なさそうに視線を落とした。

「フィール兄ちゃん・・・
 ひどいこと言っちゃって ごめんね・・・」

「いいんだ」  フィールは微笑んだ。

「ぼくの方こそ 村まで連れて帰ってあげられなくて ごめん・・・」

ほっとしたのか、女の子もすこしだけ微笑んだ。

「ううん・・・
 ドロシーちゃん 早く見つけてあげてね?」

「そんで 早く一緒に帰って来てよ!」

男の子が笑う。

「ああ わかったよ」

子供たちの足音が遠のいていく。

「・・・・・・・・・」  フィールはそれをしばらく見送っていた。

「行ったか・・・」

いつのまにかトトが空中に羽ばたいていた。
目は子供たちが立ち去った方向を追っている。

「なんだ てめえは
 今ごろ・・・」

レオンがバサバサと音を立てているトトを斜に見上げた。

「いたしかたあるまい。
 おれサマがガキどもの前でしゃべれば 話が面倒になるだけであろう。
 ・・・もっとも あのガキどもも面倒な話を置いて行ったようだが」

「ぼくの・・・母親・・・?」

「フィール・・・
 一つ おまえに 言っていない事がある」

考え込んでいた顔を上げたフィールをアルミラはまっすぐ見つめた。

「おまえは・・・
 カインによく似てるんだ」

「え・・・
 カイン・・・って もう一人の・・・OZ(オズ)の?」

「そうだ・・・
 神々の子と共に姿を消した あのカインだ・・・」

「・・・・・・・・・」

レオンも神妙な顔でフィールを見ていた。
アルミラは少しだけ視線を逸らす。

「今までは・・・
 神々の子がカインの姿を写したのだと思っていた。
 だが・・・ さっきの子供の話が本当だとすると・・・」

「いいんだ アルミラ」

「フィール・・・」

アルミラの真意を察したのか、フィールは微笑んで見せた。

「自分の事で迷うのは あとでいい。
 今はただ・・・ ドロシーを助けたい。
 それだけなんだ」

「・・・・・・・・・」 

強いな・・・ アルミラの瞳にはまだあどけなさが残る少年の横顔が映っていた。
千年の寿命を持つカテナにとって、15歳という年齢は赤子にも等しい。
だが、こんな状況のときにでも相手を気遣うことのできるフィールの心の強さをアルミラは素直に認めずにはいられなかった。



《メモ》
・実体の見分け方に気づかないまま、最初のワープ先から戻ってきたとき
アルミラ 「そうか 影だ!
       2人とも 影のある敵を狙え!
       そいつが実体だ!」
レオン 「よっしゃ!
      そうとわかればこっちのもんよ!」

・地神、ボディプレス前
アルミラ 「来るぞ!」
レオン 「やべぇ! よけろ!」

・地神戦、パーツがはがれたとき
アルミラ 「くっ 核はどこだ!?」
レオン 「ちっ どこに飛んでいきやがった!?」