― 第16話 報復と贖罪 ―

沈める石の迷宮を抜けたあとには広い洞窟が続いていた。
冷たい石壁とは違い、洞窟全体が淡い青一色に包まれ、幻想的な美しさに満ちている。
ふいにフィールは足をとめた。
澄んだ水面を通して下っていく道は見えるが、完全に水没してしまっている。

「どうやら水を止めなきゃ 先に進めねえようだぜ」

レオンの口元にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。
その挑戦的な眼光は、はやくもオルドの前にたちふさがるしもべたちをとらえている。
オルドは右端と左奥にひとつずつ。
台座にすえられた大きな水晶球から水がこぼれ落ち、周囲にはオルドを守るしもべたちが待ち構えていた。
大型のものはいないが、武器の扱いに長けた中型のしもべが何体かいる。
フィールが右端のオルドに足を向けたとたん、

「食らいやがれー!」  威勢のいい声がまっさきに響いた。
黄色いレクスの輝きが一閃し、しもべたちを次々と宙に弾き飛ばす。
小型のしもべだけではない。中型のしもべたちでさえ力任せになぎ払う。
ついでのようにオルドが澄んだ音をたてて、きらきらと散った。

「す、すごい」 フィールの声に気づいたかどうか・・・
勢いにのったレオンはくるりと向きを変えると、残るひとつのオルドを目指し、強敵が待ち構えるただなかに突っ込んでいった。
黄色いファーがゆれる背を追ってフィールも走り出す。
かけ声、呼び声がこだまし、奥に滝が流れ落ちている見事な景観の前で、必死の攻防が繰り広げられていた。
洞窟自体は広いが、オルドが安置されている場所は段差のある細い道の先で、そこに巨大なハンマーを振りまわすしもべが並ばれたら、どうしたってさけようがない。
ガードしようにも横からふっとばされてしまうし、やっと連携にもちこんでも、彼らは受身をとって巧みに追撃をかわしていく。

「ボウズ!」  連携が途切れたのを見たレオンから舌打ちがもれたが、すぐさま手近の小型のしもべをなぐり飛ばした。
苦戦しているはずなのに、こんなときのレオンは本当に生き生きしている。

神々に闘争本能を強化されたって以前アルミラが言っていたけど・・・
本当にレオンには恐れるものなど何もないんだろう。
どんな強いしもべたちにあっても、神に立ち向かうときでさえ笑っていたぐらいだから。
乱戦を制し、やっとふたつめのオルドを破壊するとみるみるうちに水がひいていった。

点在するオルドを壊しながら進んでいくと、やがて左右からの道があわさるところがいちだんと深くくぼみ、
そこからまた道が続いているところにでた。
くぼみに飛び降りた直後、地が揺らぐ重い音がして、岩がせりあがり、先に続く道をふさいでしまう。
しまった! 背後を振り返ったフィールの目に甲冑におおわれたベラトル系の一群が映った。
すぐに連携に持ち込めそうな小型のしもべは見当たらない。
逃げ場のないせまい穴の底で戦闘能力の高いベラトル系に囲まれるなんて。
苦戦を予感するフィールのかたわらで凛とした声が一言言った。

「一気に行く」

! 見上げたアルミラの横顔は冷静にしもべたちを見据えていて、少しも取り乱した様子はなかった。
フィールの瞳から次第に動揺の色が引いていく。

「分かった」 剣を握りなおし、フィールは駆け出した。

数の点ではこっちが不利だ。なら、速攻で決める。
完全に取り囲まれる前に一番弱い種類のベラトルを連携に持ち込み、受身をとる隙を与えず空中でも攻撃をたたみかける。
入り乱れる槍や大剣の攻撃をかいくぐり、剣をふるう。こんなところで倒れるわけにはいかない。

「絶対に倒す!」

フィールの気迫に応えるようにアルミラとレオンが同時に地を蹴った。
3人の攻撃のリズムがぴたりとあわさり、威力を増したレクスは強大な火柱をまきおこす。
逃げ場がないということはこちらだけの不利ではない。荒れ狂う炎はしもべたちをすべてのみこんだ。

「エテリアに還れ」

フィールの全身が輝く炎に照らされる。
火柱がおさまると、そこにはもうしもべたちの姿はなく、ふわふわと浮いているエテリアの光に包まれていた。
重い音がして、道をふさいでいた岩が動く。
いまのうちにと足早に通り抜けた直後、ふいに視界が開けた。

明るい円形の広々とした空間で、地底湖のようにまわりの岸を残して一面に澄んだ水がひろがっている。
岸にはほぼ対角線上にふたつのオルドがあった。
オルドはしもべたちに守られており、なかには大型のものもいたが、広さがあるぶんだけ今までより楽に戦えた。
ふたつとも破壊すると水が一段分ひき、今まで水に沈んでいたオルドがふたつ現れ、それも壊すと水は完全にひいた。

フィールは一段低い岸の淵から水のすっかり引いた湖の底をのぞきこんだ。
地面は傾斜しているわけではなく、一気に落ち込み、かなりの深さがある。
底に降りてしまったら、卓越したアルミラのジャンプ力をもってしても戻ることはできないだろう。
だがフィールはためらうことなく飛び降りた。あとにアルミラ、レオンが続く。
底で待ち構えていたしもべたちを倒し、岩にくりぬかれた道をくぐりぬけたとたん、

「うわ・・・・・・」

フィールは立ち尽くした。
コポコポ・・・  
足元に水面が広がり、薄暗い空間に雫がいくつも浮き上がっている。

「す・・・・・・すごい・・・・・・」  あまりにも現実離れした様子に圧倒されてしまう。

「どういう仕掛けなんだ こりゃ?」

レオンがいぶかしげに視線を投げた。
浮かび上がったひとつの雫の表面に観察するかのような目を向けるアルミラが映っていた。

「これが・・・・・・
 神々の記録なのか・・・・・・?」

水の雫のなかにはいろいろなものが映っては、めまぐるしく変わっていく。
あるひとつの雫には宙に浮いた巨大な岩山が映っている。
その岩山のあちこちで爆発がおきた。
不意にその風景がフィールの瞳に吸い込まれ、はっとしたようにフィールは叫んだ。

「アルミラ! レオン!
 これを!」

フィールのうしろから、アルミラとレオンがそれを見つめる。
目の前でひときわ大きな水球となったそれは、巨大なスクリーンのように岩山が炎に包まれる様子を映していた。
爆風がいまにも吹いてきそうなほど臨場感にあふれている。

「・・・・・・今の・・・・・・
 テオロギアだよな・・・・・・」

映像から目を離さずにレオンが言った。

「どっかから追い出された・・・・・・みたいに見えなかったか?」

「ああ・・・・・・」  アルミラがうなずく。

「・・・・・・もしかしたら・・・・・・神々は・・・・・・」

アルミラの言葉を待って、レオンが目をやったとき、
ピチャン 雫がひとつ水面に落ちた。

! フィールが鋭く振り向く。

「あぶないっ!!」

振り向きざま、左右の腕で二人を押し倒すように倒れこんだ。
と同時に水があふれだし、3人の頭上すれすれを奔流となって流れていく。

「なっ・・・・・・!」  レオンが目を見開いた。

「神かっ!?」

アルミラの声に緊張が走る。奔流のむこうでただならぬ気配がふくれあがっていた。
どこかで聞いたようなあどけない歌声が聞こえる。
奔流がやんだ暗い水の底から仮面を思わせる白く、無表情な女性の顔が浮かび上がった。

光が走り、フィールたちの全身がレクスの装甲に包まれる。
現れたこの階層を支配する神、巨大な人魚をかたどった水神ウルトレス・スケロルムは、 美しい女性の顔に、
額から生えた珊瑚らしきものが頭上を飾り、今までの神とは違う優雅さすら感じさせた。
空中で体を一回転させると、水神はまるで水であるかのように地面にもぐった。
するとあたり一面に水が張り、霧をしたたらせる水球が4つ浮かび上がったかと思うと、ゆっくりと弧を描いて回りだした。

「なんだぁ あのタマは?」

「気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ」

アルミラの言葉が終わるやいなや、大きな水音とともに、4つの水球の中央にあたる場所から水の神が飛び出てきた。

「形が・・・変わりやがった!」

攻撃をしかけようとしたレオンが踏みとどまる。水神は分厚い水ですっぽりと全身を覆っていた。

「これが ヤツの真の姿か!」

まるで水の鎧だ。これではいかなる攻撃も通るまい。アルミラは素早く周囲へ視線を走らせた。
水神を取り巻くように4つの水球がゆっくりとめぐり、神の足元から水中に適応したしもべが次々と創り出されている。
走りだしたフィールをかたわらから乱暴な声が引き止めていた。

「バカ野郎!
 まずはヤツを 裸にひん剥くのが先だろうが!」

やはりあやしいのはアレだろうな。右足と一体化したアルミラのレクスが水面を蹴った。
走りながらふたりに指示をだす。

「今のヤツを攻撃しても無駄だ!
 あの水球を狙え!」

広がる水は浅く、ほとんど動きを阻害しない。
大きく跳び、ゆるゆると回転しながら漂う4つの水球のひとつに思いっきり杖を振り下ろす。
直撃をうけた水球は軌道をそれて転がったが、みかけとはうらはらに頑丈で、しばらくするとまた浮かび上がり、漂い出した。
フィールも水球へ向かおうと向きを変えたとき、水神の頭のあたりがちかっと光った。
次の瞬間、すさまじい水の噴射が正面をなぎはらう。
あわててとびのく間に水神は地面にもぐり、今度はフィールたちを狙って足元から飛び出してきた。

振り回す尾びれをかわし、しもべたちを退けつつ、4つの水球を全て壊すと、水が引いた。
身をひるがえして地面にとびこみ、ふたたびあらわれた水神だが、水の鎧が消え、最初に見た姿に戻っている。

チャンスだ! 駆け出したフィールを神が作り出したいくつもの大きなしゃぼん玉がはばんだ。
地面すれすれをふわふわと移動するそれを素早くすりぬけ、近くにうろつくしもべごと神を攻撃する。
今度は確かな手ごたえがあった。

うわっ! すぐ近くで何かがはじけた音に振り向く間もなくフィールの体は大きく吹き飛ばされた。
受身をとり顔をあげたフィールは目をみはった。
かわしたはずのしゃぼん玉は壁にはねかえってゆるゆると戻ってきていて、気がつけばまわりはしゃぼん玉だらけだった。
今、身をもってわかったが、見た目の美しさとはうらはらに、ぶつかったときの衝撃は、
まえの石造りの迷宮にあったしゃぼん玉の比ではない。
それがあちこちに、特に神の近くでは密集して漂っていた。下手すれば囲まれてしまう。

しゃぼん玉に阻まれ、近づきあぐねているうちに水の神は地面に飛び込んだ。
足元に水が広がっていき、4つの水球が浮かびあがる。
豪快な水音をあげて現れた神はふたたび水の鎧をまとっていた。
水球をこわし、水をひかせ、神の鎧をはがす。
今度はしゃぼん玉を拡散させるように距離をとり、正面をなぎ払う水鉄砲を気をつけながら、しもべたちで攻撃をつなぎ、チャンスを待った。
そして、

「今だ!」  フィールが水神にむかって一直線に走り出す。

「了解だ。 フィール!」  地を蹴ったアルミラから青いレクスの輝きが空に広がった。

「うおおおおー!」

高く飛び上がったフィールの一撃がアルミラのレクスが張った光に包まれて、神の頭上へ墜ちた。あとを追うように光弾が散る。
神の動きが止まり、あちこちで小さな爆発と水色の小さな稲妻が走った。
やがて地面をゆるがせて神の巨体が横倒しになった。
解放されたエテリアが舞う。

「何だよ。
 見てくれのワリに たいしたことなかったな」

「・・・いや・・・」

フィールは気をゆるめてはいなかった。
エテリアたちがざわついている。

「レオン!  後ろ!!」

はっと振り返ったレオンの背後に巨大な影がそびえた。

「か 神か!?」  アルミラがふりあおぐ。

「なんだコイツ!?」  レオンも慌てて向き直った。

「バカなっ!!
 不滅だとでも言うのか!?」

アルミラの視線の先にいるのは、まぎれもなく今倒したはずの神だった。

「冗談じゃねえ!
 つきあいきれねえぞ!!」

「落ち着け」

よく通る声がレオンを制した。
素早く振り返ったアルミラの隻眼が驚きに小さく見開かれる。

「ヴィティス!?」

「お おまえ なんで・・・!?」

ぽかんとヴィティスを見る、感情が顔に出るレオンとは対照的に、ヴィティスは冷静そのものだった。

「君たちは先に進むがいい。
 私がこの神の相手をする」

「そんなのダメだ!
 戦うならぼくたちも一緒に!」

だがヴィティスはフィールをちらっと見て言った。

「神々が君の妹を いつまでも生かしておく保証はない。
 急ぎたまえ!」

「・・・行くぜ ボウズ!」

レオンはふいと横をむいた。

「そんな!」

フィールはアルミラを見たが、彼女もうつむきがちに顔をそむけた。

「あいつの気持ちは私にもわかる。
 思い通りにさせてやってくれ・・・」

「・・・くっ!」

苦しげにうつむいたフィールはふいに踵を返し、走り出した。
アルミラとレオンも後に続く。足音は遅くなることも止まることもなく小さくなっていった。

「・・・行ったか」 

ヴィティスは顔をあげた。
そこには復活した水神、ウルトレス・スケロルムがいる。
白くおぼろに輝く風景の中に存在する姿は美しく威厳があり、かりそめの姿とはいえ、神の名にふさわしいものだった。

・・・12年もの間、身を焼かれる思いで、この時を待ち続けていた。
OZ(オズ)の長たる立場を利用し、神々の子の捜索をたくみにそらしていたヴィティスのあずかり知らぬうちに、
例の村へ派遣されたアルミラとレオンがほぼ同時に反逆。
しかもその変事の中心にレクスを使う謎の少年がいると聞いたとき、すぐさまヴィティスは彼らの討伐を神々に願い出た。
表向きは反逆者の粛清、しかし真実は一刻も早く自らの目で事の真相を確かめるため。
そしてフィールに会った。アルミラとレオン、OZだったふたりが彼とともにいるのは運命なのかもしれない。
それからひそかに見守り続けていた。
火神との戦いのさなか、エテリアに見放されたときは手荒な逃し方をしたが、それでも彼はさらなる成長をとげてかえってきた。
ガルムとジュジュを正気にもどし、二柱の神を倒し、3人の絆を力として示すまでに強くなった。
時は満ちた。今の彼なら自分の力で未来を拓いていけるだろう。かつての君の仲間とともに。
もはや偽る必要はない。ようやく長きにわたってかぶってきた神々の忠実なしもべという仮面を捨てさることが許される。

「さあ 神よ! 来るがいい!!
 我が身の内に封じて来た屈辱と怒り!
 わずかなりとも晴らさせてもらうぞっ!」

剣から放たれた無数の光弾が洞窟全体をゆるがせた。

「この程度の事で罪を償えたとは思わないが 他にしてやれる事がなくてな・・・」

崩壊をはじめた洞窟を瞳に映しながら、ヴィティスは12年前のあの日を思い出していた。
いや、思い出すとは忘れていた者がいう言葉だ。あのときのことは一日たりとも忘れたことなどない。
友と認め合った男の姿が脳裏に浮かぶ。
・・君はこのような方法は望んでいなかったかもしれないな。
ふと胸をよぎった思いにわずかに唇の端がゆがむ。轟音のなか、ヴィティスはそっとつぶやいた。

「私は最後まで君を裏切ってばかりだよ。
 ・・・カイン・・・」



《メモ》
・オルドがある部屋に入ったとき
レオン 「どうやら水を止めなきゃ 先に進めねえようだぜ」
アルミラ 「どうやら先に進むためには 水を止める必要がありそうだな」

・水神戦、4つの水球が浮かび上がったとき
レオン 「なんだぁ あのタマは?」
アルミラ 「気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ」

・水神戦、水の鎧をまとった姿をみたとき
レオン 「形が・・・変わりやがった!」
アルミラ 「これが ヤツの真の姿か!」

・水神戦、水球を壊す指示
レオン 「バカ野郎! まずはヤツを 裸にひん剥くのが先だろうが!」
アルミラ 「今のヤツを攻撃しても無駄だ! あの水球を狙え!」