断 章 『 カ イ ン 』
―― 12年前 ――
「あ〜あ
全然 歯ごたえないわね」
薄暗い、陰鬱な空気とはおよそ場違いな、あきれかえったジュジュの声が谷間にこだました。
「我等を前にすれば 逃げるしかない人間どもが!
よくも神々に楯突こうなどと考えたものだ!」
獣頭をめぐらし、ガルムは厳しい視線を奥へと転じた。
数百年前に降臨した神々にいまだに反抗する人間ども。
一時期頻発したそれはことごとく御使いたちにより鎮圧されながらも完全についえてはいない。
薄暗く深い谷間には、人間には見えない、ほのかな光を放つエテリアが漂っていたが
神々により長年搾取され激減しているとは思えぬほど、その数は多かった。
「ねえ あたし もう帰っていい?
こんなつまんないシゴトに 3人もいらないでしょ」
「貴様あっ!!」
少女の聞き捨てならない発言にすかさずガルムが牙を剥いた。
「神命の執行こそ 俺たちの喜びであり存在意義であろう!
つまらんとは何事かっ!!」
だがジュジュはそんなガルムの剣幕にたじろぐ様子もなく、むしろめんどくさそうに一瞥しただけだった。
「あ〜 はいはい
そんなにシゴトが好きなら 譲ってあげるわよ。
あとは あんた一人でやれば?」
「残念ながら それは許可できない」
凛とした声に険悪な雰囲気が漂い始めていたふたりが同時に振り返った。
ジュジュとガルムの視線の先には彼らのリーダーであるヴィティスがいる。
残念だとはみじんも思っていない口調で、至極冷静にヴィティスは理由を付け加えた。
「まだカインも神々の子も発見していないからな」
“カイン” の名を耳にするなり、ガルムの口元がゆがむ。
「ふン! OZ(オズ)の称号を得ながら 神々を裏切ったクズなど!
それこそ この俺一人で葬り去ってくれるわ!」
「ねえ・・・・・・
気になってたんだけど」
一目置いているのか、ジュジュのヴィティスに対する態度はガルムのときとは一変している。
大きな目がさぐるようにヴィティスを見上げた。
「その 神々の子・・・・・・って いったい なんなの?」
「・・・・・・我々が知る必要はない」
うつむき、軽く目をつむったヴィティスはつと顔を上げ、谷間の奥をみやった。
ほのかな光を放つエテリアたちはゆっくりと奥にむかって漂っていく。
「エテリアの流れが あちらに集中しているようだ。
続け!」
それぞれのレクスが放つ光輪が走り、3人の全身がレクスの装甲に包まれた。
高い岩壁にはさまれた、うねったせまい道にさしかかろうとしたとき、突然
頭上から小型の影がいくつも飛び降り、道をふさぐ。
薄暗いなかで見えるそれらは神が作り出したしもべとそっくり同じ姿をしているが、もちろん神の力によるものではない。
エテリアたちが自ら実体化して、この姿をとっているのだ。
個々の意思をもたないはずのエテリアが実体化するなど、本来ならありえないことだが、
3年前、カインが消えたときも同じ事例が報告されていた。
現在カインが連れて逃げている神々の子と何らかの関与があるとみてまず間違いないだろう。
別の言い方をすれば、それだけ神々の子とカインが近くにいる証になる。
いずれにせよ問題はない。我らは神命を執行するのみ。
「ゆくぞ」
「おっけ〜! いけ! あたしのレクスたち!」
退屈していたのか、嬉々とした声が応じた。
軽やかに飛びあがった少女の翼が開き、羽根を思わせる6振りのレクスの剣が勢いよく飛び出す。
「そこっ! 犬っコロ!」
光をひいて空を自在に舞うレクスが容赦なくしもべたちに襲いかかり、次々とはじき飛ばす
そのただなかに小娘に負けてられんとばかりにガルムが走りこんだ。
「やるぞ ヴィティス!」
「よし」
「でやぁ」
拳を強く地面に打ちつけるガルム、ヴィティスを中心に大地と空を揺るがす衝撃が広がり、小さな稲妻が周囲にいくつも走った。
盾を持っているとはいえ、小型のしもべの体では到底耐え切れない。
一瞬にして実体化が解かれ、彼らはエテリアに還っていった。
谷間の細い道を抜けた先は少し場所が開け、そのたびにしもべたちが立ちふさがっていた。
進むたびにエテリアがとるしもべの姿は手ごわく強大なものになっていた。
小型のしもべしかいなかった入り口付近と比べ、今、目の前に見えるのは、見上げんばかりの体躯のしもべ。
さらにその後ろに小型のしもべたちと、もう一体、銀色に輝く巨大なしもべが完全に道をふさいでいた。
「消え失せるがいい」
ヴィティスの声が冷たく響く。
剣の先から放たれた光球が小型のしもべたちを次々と吹き飛ばし、通り過ぎたあとに道ができた。
!? そこへ足を踏み出した直後、ヴィティスは素早く飛びのいた。
頭上から襲いかかったしもべが着地して道をふさぐ。
どうやら小型のしもべはいくら倒してもそのぶんすぐにエテリアから生成されているようだった。
「・・・」 戦いながらヴィティスは視線をめぐらせた。
「それそれ〜! ばっきゅーん!」
「やかましい! 小娘」
あいかわらずジュジュとガルムは好き勝手にやっている。
個々の能力は高いが、それゆえに協力しあわないのが彼らの欠点だ。
だがOZの真髄とは強固なる意思を持つ者が集い調和することによって、各個人の力量の総和を超えた能力を発揮すること。
そしてそれをなすことがOZの長たる自分の役目。
「ジュジュ!」
ヴィティスが跳躍した。
意図を察して高々と飛び上がったジュジュの翼に格納されていたレクスがひときわ強い輝きを帯びる。
「行くわよ、ヴィティス」
「よし」
「いっけー!」
高速の剣と化したレクスがヴィティスの力に導かれ、正確無比にしもべを粉砕した。
「ガルム!」
「おう!」
今やヴィティスによって、さっきまでバラバラだった攻撃が見事にまとまっていた。
彼の戦い方はチェスを思わせた。
敵の布陣を把握し、先の先まで見通した無駄のない指示によって、ジュジュとガルム、
ふたりを駒のごとく自在に動かし、その特性をいかんなく発揮させる。
無限に実体化する小型のしもべは目的を達成するための手段でしかない。
倒すべきはキング・・・ヴィティスの狙いは最初から一番奥で道をふさいでいた巨大な銀色のしもべだった。
中盤の攻防のなか、刻々とかわる戦況を見極めながら瞬時に判断をくだし、チェック・メイトへと追い詰める。
「・・・滅びよ」
宣告ともとれる声が鎧の奥から発せられた。
ヴィティス、ガルム、ジュジュ、三位一体となって繰り出した究極の一撃は、巻き上がる巨大な炎の渦となり、
小型のしもべも大型のしもべもすべてを飲みこむ。
「粛清、完了」
そう告げたヴィティスの前に、もはや視界をさえぎるしもべは一体もいなかった。
しんと静まりかえった薄闇に3人だけが取り残されたそのとき
「むうっ」
「ガルム!」
振り返ったヴィティスの前でかき消すようにガルムの姿が消えた。
「うぅっ!」
「ジュジュ!」
二人の姿はもうどこにも見当たらない。
「・・・・・・エテリアの結界か?
小賢しい・・・・・・」
悠然とヴィティスは歩き出した。
一瞬光に包まれ、ふいに風景が変わる。
「なっ」 めずらしく驚きの声がもれた。
あたりは薄暗い谷間から一転して、緑の淡い光がもれる広い洞窟に変わっていた。
!?
ヴィティスは立ち止まった。
少し先に彼と同じ年ぐらいの若い男が一人、出迎えるように立っていた。
「久しぶりだね ヴィティス
君なら ここまで来ると思っていたよ」
「カイン・・・・・・」
灰色の髪からのぞく優しげな眼差しや穏やかな口調はまったく変わっていない。
それでもかつて互いに友と認め合った男の姿は昔と比べると少しやつれたように思えた。
「よくぞ3年もの間 逃げおおせたものだ・・・・・・」
本心からの言葉だった。
行方知れずとされていたものの、実際には膨大な量のエテリアが神々の子に集まるため、
自ら光を放つ灯台のごとく彼らの所在は明らかだった。
神々が執拗に差し向ける追討の手を、そのたびにカインはひとりではなく、目印となる神々の子を連れて逃れていたのだ。
いくら最強の御使いとはいえ、今まで無事だったのはまさに奇跡としかいいようがなかった。
だがそれもここまで。
カインが神々の子を連れて逃げたことを知った神々は、同じOZのメンバーだったアルミラとレオンを一般兵に降格し、
代わりにヴィティス、ジュジュ、ガルムを新たなOZに任命した。
裏切り者には死あるのみ。 レクスの装甲をまとったままのヴィティスの瞳には冷たい光が宿っていた。
「一つだけ聞こう
なぜ神々を裏切った?」
「それは違うよ ヴィティス」
静かに否定したカインはどこか悲しげに、遠くを見るような目で言った。
「私も君もずっと裏切り続けていたんだ。
この世界をね・・・・・・」
「・・・・・・そんなたわごとなら 聞く必要はない
神命を・・・・・・執行する」
ヴィティスは剣を構えた。
レクスすらつけていない無防備のカインに対し、ためらいもなく、剣先から光弾を放つ。
カインもまた身構えると、両手から赤い光弾を放った。
ふたつの光は真ん中でぶつかりあい、すさまじいエネルギーが放出された。
閃光が広がり、あたりを包む。
うわああああー!
吹き飛ばされるヴィティスの脳裏に焼きついたのは、自分を見つめるカインのまっすぐな瞳。
暗い意識のなかに羽根が舞い散り、地面に落ちた瞬間、澄んだ音をたてて砕けた。
支配の鎖から意識が解き放たれる。
「カイン・・・・・・」
ヴィティスは倒れている友に向かって呼びかけた。
レクスの装甲はいつのまにか解除されていた。
「ヴィ・・・・・・ティス・・・・・・」
カインは弱々しく目を開けた。
「どうやら・・・・・・君を・・・・・・
解放できた・・・・・・ようだ・・・・・・」
すべてをさとったヴィティスは深くうなだれた。
「許してくれ・・・・・・カイン・・・・・・
私は・・・・・・」
「いい・・・・・・んだ・・・・・・
君のせい・・・・・・じゃない・・・・・・」
「カイン・・・・・・」
耐え切れないふうにヴィティスはうつむいた。
私は何をしてきた・・・?
世界や良き隣人だった人間たちを苦しめ、レクスを身につけていない友に剣を向け・・・。
「ヴィティス・・・・・・
君に・・・・・・頼みがある・・・・・・」
カインの瞳は光を失いかけていた。
「我々は・・・・・・ここで・・・・・・
希望を守って来た・・・・・・
その希望を・・・・・・
君に・・・・・・
きみ・・・・・・に・・・・・・」
「・・・・・・カイン?」
ヴィティスの目が一瞬見開かれ、苦しげに顔をそむける。
「・・・・・・くっ・・・・・・」
そのとき洞窟の奥からが光があふれているのに気がついた。
あたりが白い光に包まれる。
「なん・・・・・・だ・・・・・・?」
やわらかな光のなかには、大量のエテリアが漂い、宙に浮いている光る球体を守るように
小さな男の子が両手を広げて目の前に立ちふさがっていた。
少年の近くに翼のはえた赤猫が飛んでいる。
「これは・・・・・・」
ヴィティスは光の卵と、立ちはだかる男の子を見つめた。
「・・・・・・神々の子・・・・・・か?
・・・・・・この・・・・・・子供・・・・・・」
幼い子供はまっすぐヴィティスを見上げていた。
ゆるぎない意志を示す純粋な瞳、灰色の髪。それはまぎれもないひとつの事実を物語っていた。
「まさか・・・・・・
カインの・・・・・・!?」
敵意がないことを感じ取ったのか幼いフィールは、まだ卵の状態である神々の子をあやすように無邪気に笑いかけた。
トトもそばに浮いて卵を見つめている。
「そうか・・・・・・
・・・・・・これが・・・・・・」
ヴィティスは目を閉じ、そっと言葉をもらした。
「君の希望なのか・・・・・・
・・・・・・カイン・・・・・・」
うつむいた横顔は何かを考えていた。
「・・・・・・しかし・・・・・・
まだ早い・・・・・・
神々に抗うには もろ過ぎる・・・・・・」
なおもヴィティスは考えをめぐらせていたが、遠くから聞こえてきた人の声にふと顔を上げた。
「急げ! こっちだ!」
複数の声が近づいてくる。
「カインさんと子供を・・・・・・
早く!」
「カイン・・・・・・君の遺志に反するかもしれないが・・・・・・」
ヴィティスは背を向けた。
「子供たちは人間の手に託す・・・・・・」
光が走り、ヴィティスの全身をレクスの装甲が覆った。
カインは 「我々」 と言っていた。
ならば、やってくる人間たちはカインの仲間、おそらくカインや神々の子らをかくまっていたレジスタンスの者たちに違いない。
神々の力は強大であり、カインの残した希望はあまりにも幼すぎる。
今の私がなすべきことは彼らが成長し、神々に抵抗できる力を得るまで時間を稼ぐこと。
そのためにはここに留まって直接守るより、OZの長として神の側にもどり、探索の手をそらせるほうが得策だった。
神々の子が卵から孵り、エテリアを制御できるようになれば今までのように存在を感知されることもないだろう。
レクスの装甲時に背に生える突起物、御使いの証である羽根は神々の支配から解放されたことでなくなったが、
皮肉にもヴィティスがOZ昇格時に神々に強化されたレクス制御能力をもってすれば、偽装は容易なことだった。
人間たちが近づいてくる。その前にヴィティスは立ち去った。
友との約束を胸に秘め、心に逆巻く怒りと憎しみの上に忠実な御使いという決意の仮面をかぶって。
「私はあえて・・・・・・神々のしもべの身に甘んじよう
そして 時を待とう・・・・・・
君の希望が・・・・・・未来を拓く力をつけるまで・・・・・・!」