「Are you ready, guys?」 草原を疾駆する馬上で政宗さんが叫ぶ。
「Yeah!」 それに腕を突き上げてこたえる伊達軍のみんな。
「Put ya guns on!」
「Yeah!!」
「Got it! 派手に楽しめよ! Party の始まりだ!
Here we go!!」
政宗さんを先頭に、谷間を次々に馬が飛び越えていく。
「・・・・・・。 小十郎さん」 私は馬に乗りながら、併走する小十郎さんに声をかけた。
「なんだ」
「伊達軍って、いつもこんな感じなんですか」
「ああ」
「あの・・・ みんな、政宗さんがなんていってるか分かってるんでしょうか」
「いや、わかっちゃいねえだろ。単なるノリだな、きっと」
「はあ」
正直に言えばこれは・・・軍というよりバイクが馬に変わっただけの暴走族の集団?
政宗さんの馬には手綱の代わりに角のようなハンドルがついていて、鐙はバイクのマフラーみたいだった。
すごいのは普段ハンドル? を持たず、腕組みして騎乗していること。
やっぱりこれは夢なんだろうか。
手綱をゆるめて乗れる人はめずらしくもないけど、腕組みするなんて、なんつーバランス感覚の良さなんだか。
しかも政宗さんは片目だ。
私もケガで眼帯をして馬に乗った経験があるからよく分かる。片目だと距離感がつかめなくて、普段だとなんでもない障害でさえ飛ぶのが怖い。
幼い頃に失明したらしいから、もうその状態が当たり前なんだろうけど。
確か、昔見たドラマによると、伊達政宗は5歳ぐらいの時に疱瘡にかかって右目を失明したんだよね。
その後、失明した眼球が飛び出て、とても醜くなったのを気に病んで、無口になりふさぎ込んでしまったので、小十郎さんが小刀で右目を抉り出した。
それで快活な性格に戻った、とかだったっけ。
あー、戦国時代だけでも、もうちょっとまじめに勉強しとけば良かったな。日本史はやたら漢字が多くて。。。
上杉謙信が陣を張っているという妻女山に差しかかったとき、小十郎さんはすっと馬を前に出し、先頭を行く政宗さんの横に寄せた。
「政宗様!」
「あん? どうした、小十郎」
「全軍を止めて、今一度、妻女山へ斥侯を出しましょう」
「ああ?」
「不穏です。まるで我々を待ち受けているような」
「Ha! 上等じゃねえか。 気取られてもおかしくはねえ」
「しかしそれでは奇襲になりません!」
「No problem! 行くぜ、小十郎!」
「ああっ、ああ・・・」
思わず小十郎さんは手を伸ばしたけれど、政宗さんはさらに馬のスピードを上げて行ってしまった。
一瞬、仕方ないなというような苦笑を浮かべたあと、小十郎さんもあとを追う。
「武田のオッサンとの戦いに出向いちまったあとみたいだな」
「あるいは罠かもしれません」
上杉軍が陣を張っていたところはもぬけのからだった。
馬を止めてあたりを見回していたとき、威勢のいい掛け声とともに騎馬の一群が前方を横切った。
先頭を突進する赤い服の人がこちらに気づく。
「上杉軍ではない・・・?
全軍停止ー! 止まれーっ!!」
おおっ、すごい運動神経。
二本の朱色の槍を手に、急停止する馬上から飛び上がり、赤い服の人は華麗に身をひるがえして着地する。
政宗さんと同じ年くらいの、その人はこちらをじっと見つめた。
「弦月の前立てに隻眼・・・もしや奥州の独眼竜」
独眼竜政宗・・・ ささやきあう声が聞こえる。
政宗さんと小十郎さんは顔を見合わせて笑った。
「某は真田源次郎幸村! 奥州筆頭、伊達政宗殿とお見受けする。
なにゆえ貴殿がここに」
「ふっ 赤いの」
「赤っ!? 無礼な!」
「アンタ、さしづめ武田の捨て駒ってところだな」 政宗さんは馬から飛び降りて、刀の柄に手をかけた。
「オレは上杉を追って、川中島へ攻め込む」
「なっ!?」
「取って返すか、ここでオレを食い止めるか。どっちにしても伊達の一人勝ちは見えてるがな」
「貴殿が勝つと申す、その根拠が分からぬ」
「独眼竜は伊達じゃねえってことだ、you see?」
「お館様と謙信公の勝負に水を差させるわけには行かぬ!」
二本の槍を構えるのを見て取った政宗さんは満足げな笑みを見せた。
「上等。 小十郎! 誰にも手ぇ、出させるんじゃねえぜ!」
「承知」
政宗さんは腰に差す六本の刀のうち、一振りを抜き放つ。
「奥州筆頭、伊達政宗・・・」
「真田幸村、全力でお相手いたす! いざ、尋常に勝負!」
「推して参る!」
一瞬の静寂のあと、一対一の戦いの火蓋は切られた。
す、すごい・・・。 それしか言葉が出てこない。
先制攻撃をしかけた政宗さんの刃の切っ先は、真田幸村の喉元のほんの数センチ前で食い止められていた。
「筆頭の一撃を止めやがった」 どよめきが伊達軍から起こる。
「Ha! 槍使いが速攻で間合いに入られちゃ形無しだな」
「くっ! うおおおぉーーっ!」
政宗さんの言葉で火がついたのか、二槍での怒涛の突きが容赦なく襲いかかる。
ほとんどは完全に見切っていたけど、一撃がかぶとをえぐった。
してやったりと笑みが浮かんだ直後、真田幸村の顔に驚きと緊張が走る。
「かすったくらいで気をゆるめるんじゃねえ!」
今度は政宗さんが攻撃に転じた。
山頂での激しい戦いは続き、ついに政宗さんは六本の刀すべてを抜いた。
片手に三本ずつの六刀流。日本の竜も片手に3本の爪を持っているというから、まさしく竜の爪そのものだ。
「筆頭が六爪を!」
「野郎! 抜かせやがった!」
伊達軍から声が上がる。武田軍も、皆がこの二人の戦いに目を奪われていた。
あの真田幸村っていう人、相当強い。政宗さんと対等に渡り合える人なんて、小十郎さん以外に初めて見た。
心配になって振りかえったけれど、小十郎さんは黙って見守っていた。
いつしか夜が明け、昇る朝日がふたりを照らしだす。
飛びすさり、いったん距離をとったふたりがまた刃を交えようとしたとき、
「待った!」 突然人影がふたりの間に割ってはいった。
「なんだ、てめえは!」 隻眼が邪魔者をにらみつける。
「そこまでにしといちゃくれないか、独眼竜の旦那。
武田軍真田忍隊、猿飛佐助。
俺様も野暮は好きじゃないんだけどさー うちの本隊と上杉がもうすぐここを包囲する。
三つ巴ならいざ知らず、両軍に足並みそろえて攻められちゃ、さすがに分が悪いと思うけど」
「ハッタリかましてんじゃねえ。
敵の忍の言うことを、はいそうですかと信じるヤツが・・・」
「政宗様!」 小十郎さんの声が政宗さんの言葉をさえぎった。
「ここは一度退かれるべきかと」
「小十郎」
「よしんば伍したとしても少なからぬ犠牲を出しましょう」
「チッ」 政宗さんは刀をおさめた。
「はあっ」 馬に飛び乗ると、駆け去っていく。 伊達軍があとに続いた。
「真田幸村・・・覚えとくぜ」 政宗さんは低く呟いた。
* * * * *
夜、満開の桜の下でみんな、宴会を楽しんでいる。
私は飲めないし、お世話になっている身だから、お酒や料理を運んだりしていた。
政宗さんは少し離れた一本の大きな桜の下で、ひとり静かに飲んでいた。
「・・・・・・」 私は少し首をかしげて政宗さんを見た。
「どうした?」
「なんかすごく穏やかな顔してるなと思って」
「そりゃあ、な。こんな月下の花見を楽しめねえヤツは野暮ってモンだ」
「そうですね」 私も空を見上げた。
桜の花が舞い散る空に浮かぶ月は静かに輝いていた。
「なつかしいな」
この世界に来る前に見ていた月もこんなふうだった。
静かで綺麗で。もうずいぶん経つんだな。
ここに来たのが夢じゃないと分かったときには泣いてしまったっけ。
政宗さんの目が問いかけているのに気づいて、私は言った。
「あ、えっと、ちょっとここにくる前のことを思い出して。
今でもここにいるのは夢なんじゃないかって思うときがあります。
目が覚めたら、いつもの生活に戻ってるんじゃないかって。
そのうち戻れるとは思いますけど・・・」
指先は無意識に首にかけているロザリオに触れていた。
夢でないとすれば、これが次に光ったとき、私は帰れるはず。
「あっちでは神隠しにあったって、ニュースになってるかもしれませんね。
心配してるかな・・・」
「おい」
えっ? 振り向いたとたん、いきなり腕を引っ張られた。
体勢を崩した私を引き寄せるように政宗さんの手が触れて・・・頬にキスされた。
「ま、ま、ま、政宗さんっ!?」
思わず飛びのいてしまった。もしかして酔っ払ってる?
「涙!」 手をぱっと離すと、政宗さんはそっぽを向いた。
あ、もしかして私、泣く寸前だった?
動いた拍子に涙がぽろりと流れおちて、自分でもびっくりした。
「いつか帰れるんだろ。だったら泣くんじゃねえ。
それまで竜の天下取りを見物してろ」
「そうですね。・・・ありがとう」
「次、オレの前で泣いたら頬じゃすまねえぜ」
なぜか一瞬とまどった表情を見せたけど、すぐにいつもの不敵な笑みがそれを覆い隠した。
「っ!? も、もう、からかわないでください!」
「アンタに涙は似合わねえ、そういうこった。You see?」
「I see... I'll see you through.」 涙をぬぐって、私は微笑んだ。
<おまけ・・・このページに出てきた伊達政宗の英語セリフの訳や意味など>
Are you ready, guys? (おめえら、準備はいいか!)
Put ya guns on!(Put your guns on!)
これが良く分からなかったんですよね。直訳すれば、銃を身につけろ! ですが、伊達軍、銃持ってないし。。。
臨戦態勢をとれ、という意味かとも思いましたが、シーン的に違う気がします。
gun を、揺ぎない自己とか主義の意味でとって、屈しない強い意志を持て、とか、本気になれ! みたいな感じですかね。
Got it! (分かった)
Here we go! (行くぜっ!)
No problem! (問題ねえ)
you see? (分かったか) 政宗が言うと、皮肉っぽく、「お分かり?」 みたいな感じがします。
I see... I'll see you through.
これは主人公の言葉ですが・・・「(ここにいる間)ずっとあなたを見ている」 という意味です。