小十郎さんがお酒を持って、のぼってくるのが見えた。
別に居てもかまわないふうだったけど、なんとなくその場を離れ、少し離れたところにすわって桜を眺めていることにした。
政宗さんの声が聞こえてくる。
「越後の軍神とも甲斐の虎ともやれずじまい。すっかり、あてが外れちまった」
小十郎さんは政宗さんのとなりに腰を下ろした。
「申されようの割に、あまり残念そうにはお見受けいたしません」
「だったらなぜ止めた。
オレが負けると思ったか」
「いいえ。武田の忍を名乗るものの申したことが誠であった場合を危惧したまで。
いずれにせよ、あのまま戦い続けていればどちらか、あるいは、双方が・・・」
小十郎さんは政宗さんに酒をつぐ。
しばしの沈黙が流れた。
「ちょいと heat up しすぎた。Cool にいかねえとな」
「奥州へは明日発ちますか」
「いや。物見遊山のために武蔵国へ流れてきたわけじゃねえ」
「では先んじて放った斥侯が戻り次第、軍議を。
周辺諸国からの重圧に耐えかねた今川が、たまらず兵を挙げる頃合いかと」
「フッ、分かってるじゃねえか」
一陣の夜風が吹いて、桜の花びらをいっそう散らせた。
「しかし、武田がいち早くその足元をすくわんとするものと踏んでもおります」
「武田は上杉とやりあったばかりだろ」
「おそらく、川中島で両軍は刃を交えてはおりますまい。
我々の奇襲を知った時点で、双方の大将は日を改めようと決めたはず」
「この野郎」
「甲斐の虎を出し抜いて、今川を落とすのも一興かと」
「どんな手を使う?」
「ほかならぬ武田を模倣いたします。名づけるとすれば、啄木鳥(きつつき)の戦法」
「おもしろそうな game だ。乗ったぜ、小十郎」
政宗さんは桜の花びらが浮いた酒を飲み干した。
翌日、伊達軍は北条氏政のいる小田原城へ攻め込んだ。
「派手に行くぜ! Let's party!」
いつもは先頭を切る政宗さんが、後方で高みの見物をしている。
やがて城から迎え撃つべく北条の騎馬隊が飛び出してきた。
「我こそは! あ?」
名乗らせるいとまもなく、伊達軍は向きを変えて逃げ出した。
「なんと! 戦わずして敵に背を向けるとは! 全軍、追撃せよ!」
「おおーっ!!」
伊達軍が山間の道に飛び出したとき、別の軍の前に出た。
あの菱形の紋は・・・武田軍だ。走り抜けざま、ちらっと見た。
先頭には先日、政宗さんと死闘を繰り広げた真田幸村がいた。だとすれば、隣にいる、あの風格ある人が武田信玄だろうか。
伊達軍は向きを変えると、武田軍に背を向けて走り去っていく。
「伊達政宗!」 真田幸村の声に、政宗さんは振り返り、挑発的に笑った。
追ってきた北条軍は武田軍がいることに明らかに動揺していた。
「おのれ独眼竜! 武田と同盟しておったとは!
もはや後へは退けぬ! 打ち破れえ!!」
逃げる伊達軍ではなく、通りがかった武田軍にいっせいに襲いかかる。
「伊達の小倅め、謀りおって! 幸村よ、この場はよい!
精鋭を率いて伊達を追うのじゃ! 今川義元の首、取らせるでない!!」
瞬時に状況を把握した武田信玄が命を下す。
「心得ましてございます、お館さまぁーっ!! えいやっ」
真田幸村率いる騎馬の一団が乱戦を抜け出し、追ってきた。
「これは啄木鳥の戦法。お館さまの軍略を模倣し我らにぶつけるとは・・・
不敵なりっ! 独眼竜、伊達政宗っ!!」
「今川の首、この独眼竜がもらったぜ! Got it!」
武田信玄が川中島で用いた啄木鳥の戦法とは、要するに、きつつきが木の反対側をつついて、驚いた虫が這い出てきたところを捕まえるように、機動力のある精鋭部隊を迂回進軍させ、敵軍がそれに気をとられているすきに本軍で一気にたたくというもの。
真田幸村が政宗さんと出会ったのも、その啄木鳥の作戦で迂回していたからだったみたい。
もっともあのときは、信玄公も謙信公も伊達の奇襲を読んでいて、わざと幸村さんをぶつけたみたいだったけど。
それにしても武田の足止めのために、他ならぬ武田の戦略を使って北条をぶつける奇策を思いつくなんて、小十郎さんはすごいな。
目の前に新たな軍勢が見えてきた。
たぶんあれが今川軍だ。
「Ya-Ha!!」
獲物を見つけ、政宗さんが叫ぶ。
「OK! Are you ready?」
「Yeah!!」
群がる今川軍を吹き散らす政宗さんを先頭に、伊達軍は怒涛のごとく突き進んでいく。
無茶苦茶強いのよね、政宗さんって。しかも派手。これだったら戦場で政宗さんを見失うことはまずなさそう。
「Here we go!」
「よし、続け!」 小十郎さんの合図で伊達軍は左右に別れ、今川軍を取り囲んだ。
馬から高く飛び上がった政宗さんに向けていっせいに矢が放たれたけど、刀ですべてたたき落とす。
敵のただなかへ飛び込んだその剣圧で爆風が巻き上がり、今川兵たちが吹っ飛んだ。
「み、み、み、皆の者、麻呂を囲むのじゃ。早く彼の者を討ち取ってたもーっ!」
あの輿から身を乗り出している、白粉を塗りたくった平安貴族みたいな人が今川義元っぽい。
どうみても武人には見えないけど、その号令に今川の兵たちが大挙して押し寄せてくる。
「はあーーっ!!!」
政宗さんの渾身の力をこめて振りぬかれた刃は波動をうみ、突風が戦場を駆け抜ける。
「お、お、お、おじゃ、おじゃ、おじゃ、おじゃ」
今川義元が乗っていた籠がひっくり返った。
「筆頭・・・容赦ねえ」 伊達軍のなかから驚きの声があがる。
「おじゃ! ん、んん、おっ!?」
横倒しになった輿の近くに放りだされた今川義元は土煙の向こうに現れた政宗さんを見て、あとずさりする。
「ち、近寄るでない。麻呂を誰と心得るおじゃ」
「今川のオッサンだろ。 オレは奥州筆頭、伊達政宗。
悪いがとらせてもらうぜ」
「うえーっ 皆のもの、ま、麻呂を守るおじゃ! は、はよう、この者を討ち取ってたもーっ!!」
そう言われても、圧倒的な強さを見せつけられた今、向かっていく者はいない。
倒れた輿のなかに逃げ込む義元に、ゆっくりと近づいた政宗さんは抜き放った刃の切っ先を向けた。
「大将なら・・・てめえがかかってきな!」
おびえているだけで向かってくる気配のない義元にチッと舌打ちをした政宗さんが斬りかかろうとしたとき、
「待たれよーっっ!!」
この声は・・・
「来たか」 政宗さんは振り返りもせず、つぶやいた。
馬のいななきと蹄の音がみるみる近づき、真田幸村がまた駆けてくる馬上から大きく飛び上がった。
政宗さんもそうだけど、やっぱ運動神経ハンパないわ、この人。
「お館さま御上洛のため、駿河は大切な足がかり。 貴殿に今川義元を討たせるわけにはゆかぬ!」
「Ha! 北条に横腹えぐられて味方が危ねえってときに、よくぞオレを追いかけてきた」
振り返った政宗さんは鋭い眼差しを向ける。
「あれしきのことで、武田はゆるがぬ!!」
「ふっ、だがいずれ甲斐の虎の首もオレがいただくことになるぜ、you see?」
「相手が如何な武人にあろうとも、お館様が敗れるなどありえぬこと!
この真田源次郎幸村とて、志半ばにして戦場に果てるつもりは皆目ござらぬ!」
熱く語る真田幸村と対照的に、政宗さんの表情は冷めていた。
真田幸村の熱血さとは違うんだけど、政宗さんって相当激しい気性の持ち主だと思う。
ただあの人みたいストレートじゃないんだよね。
一国を背負っている責任とか、統べる者としての立場とか、そういうのがあるからかもしれないけど。
「All right! 今川義元の首を賭けて勝負といこうぜ、真田幸村!」
「望むところ!」
「小十郎! 分かってるな!」
「はっ、一切、手出しはいたしません」
皆がこのふたりの一騎打ちに注目していた。
「独眼竜、伊達政宗! いざ、勝負!」
「癖になるなよ・・・」
政宗さんの先制攻撃を今度は槍を削られながらも完全に防いだ。
それどころか、切っ先が政宗さんに迫っている。
「ふっ、上出来だ」
返す刀で槍を跳ね上げ、剣戟の音が響く。
あたりをゆるがす激しい戦いが始まった。
小十郎さんに言わなくても、誰も手出しできない。それだけふたりの戦いはすさまじかった。
「お、おじゃ・・ 麻呂の命を座興の褒美にいたすとは、面目をつぶされたでおじゃ! かくなるうえは!!」
武器なのか、義元は巨大な扇を広げ、輿の上で身構えたけど、
「Death Fang!」
「火焔車!!」
ふたりの技の応酬で巻き起こる風に転げ落ちた。
あわてて近くに居る兵をつかまえて命令を出す。
「か、影武者を用意するおじゃ!」
戦いの決着はつかない。やがて雨が降ってきた。
「Way to go. 最高の party だ」
荒い息をつきながら、政宗さんと真田幸村はにらみあっている。
「お館さま・・・この幸村、戦場でこれほどまで熱くたぎったことはござりませぬ」
「政宗様!」 小十郎さんの声にふたりが振り向いた。
小十郎さんが目で示した先には、今川義元の乗っていた輿が3つに、増えている?
影武者だ。
「Shit!」
「今川殿が3人!?」
輿が三方向に分かれて走り出したのを見て、最初に動いたのは政宗さんだった。
「小十郎!」
「承知! 残りはおめえらに任せるぜ!」
この場を皆に託すと、政宗さんと小十郎さんはそれぞれ別の輿を追いかけてゆく。
真田幸村も残りひとつの輿を追って、馬で駆けていった。
・・・私はどうしよう。ここに残っても仕方ないし。
やっぱ行くしかないでしょ。政宗さんを追って、馬を走らせた。
森の中にだいぶ入ってから、ようやく政宗さんの背と逃げる輿が見えてきた。あれは・・・輿の上に誰か乗ってる?
「誰だ、てめえは・・・」 低くうなるような政宗さんの声。
「ふっふっふっふ。これが本物だったようですね。いただいて、いきます」
!! 輿の上に乗っている男の人は死神を思わせる巨大な鎌を持っていて、その長く鋭い刃は輿の中を貫き、血を滴らせていた。
「ナメた真似をしやがって! なっ!?」
その男の周囲から煙が噴きだし、視界をうばった。
「ふっふっふっふっふ」
「チッ! うおっ!」
ただの煙ではないのだろう。馬が激しくいななくと、急に暴れだし、政宗さんごともんどりうって倒れた。
「政宗さん!?」
「っ!! 追いかけて来やがったのか」
政宗さんにケガはないようだ。少し先に森が切れ、開けた場所があるのが分かる。
「! ここにいろ」 森に隠れているよう手で制すと、政宗さんはひとりで開けた場所に出て行った。
そこは切り立った崖下で、崖の上には新たな軍勢がひしめいていた。
深紅のマントをはためかせ、頂に立つ男がこちらを見下ろす。
政宗さんは刀の柄を手をやったけれど、その手がためらうように止まった。
「政宗様!」
別の方向から姿を見せた小十郎さんも政宗さんの様子に気づいて、頭上を見上げる。
「あれは・・・」
軍勢を率いる者らしき男のそばには弓矢を背負った少年と艶かしい女性、そしてさっき見た長髪の男が控えていた。
「おお、あれは、まさしく織田の軍勢」
馬に乗って現れた真田幸村が軍勢の持つ旗を見て言う。
どうやら分かれていた道は出るところは同じだったらしい。
「お、おい、旦那!」 真田幸村のあとを追ってきたのは、確か猿飛佐助とかいう忍だ。
「尾張の魔王こと、織田信長公とお見受けいたす。拙者は真田源次郎幸村。
甲斐の国は武田の家臣なり!」
「静かにしな。真田幸村」 いつもとは違う、ささやくような声に真田幸村はいぶかしげに政宗さんを見た。
「このオレを・・・射すくめやがった」
あれが織田信長・・・。
離れていてもわかる。冷たい、人を、命をなんとも思わない目。
長髪の男の人が、鎌の先に今川義元の服をひっかけ、高く掲げた。
ぐったりとしている今川義元のこめかみに織田信長がぴたりと銃口を押し当てる。
政宗さんは動かない。いや、動けないのかもしれない。
息詰まる静寂に一発の銃声が鳴り響き、今川義元の死体が落ちてきた。
「っ!!」 政宗さんは歯を噛んだ。空から冷たい雨が降り注いでいる。
「第六天魔王・・・織田、信長」
雨は強くなり、激しい稲光があたりを照らしていた。
<おまけ・・・伊達政宗の英語セリフの訳や意味など。前回のせたものは除きます>
heat up ・・・ 熱くなる。 興奮する。
Let's party! ・・・ 楽しもうぜ! 騒ごうぜ!
Got it! (いただきだっ!)
前回は 「分かった」 でしたが、今回は、やっつけるという意味だと思われます。
Way to go. (ほめてやるぜ)
直訳は、よくやった。いいぞ。その調子。えらいぞ。など。