桶狭間から奥州に戻って以来、政宗さんは明けても暮れても剣の稽古にいそしむか、もの思いにふけるかしている。
長いこと軍議も開かれていない。
小十郎さんは畑にかかりっきりで、その間、私はひとりで稽古をしていた。
ふう・・・ 縁側に腰を下ろして、一息いれる。
戦のことを思い出すと、今でも不思議な気持ちになる。自分でも意外だった。
人が殺しあう・・・そんなところにいたら、怖くて逃げ出してしまうかもしれないと思っていたのに。
もしかしたら私の心は麻痺してしまったのだろうか。遠い空をぼんやり眺めていた。

「おい、なにボーッとしてやがる。小十郎はどこだ」  ふいに聞きなれた声がした。

「あ、政宗さん。小十郎さんなら畑です。呼んできましょうか」

「いや、いい」

「じゃあ、お茶入れてきますね」

いない間にどこかに行ってしまうかなと思ったけど、政宗さんは待っていてくれた。
ふたりで縁側に腰を下ろして、お茶を飲む。

「のどかですね。 桶狭間とは全然違う。
 こんなふうに穏やかに、みんな暮らせたらいいのに」

「・・・アンタは織田信長をどう見た」

なんか政宗さん、いつもと少し違う? かすかな違和感を覚えつつ、私は答えた。

「怖かったです。殺気というより、禍々しさの固まりみたいな感じでした」

「怖いか・・・正直だな」

「恐れを知らないのは勇気ではなくて、ただの無謀ですから」

冷たいあの目を思い出すだけで、ぞっとする。
織田信長は歴史でも有名だ。そばに控えていた少年は森蘭丸、女性は濃姫だろうか。
あの長髪の男の人は・・・誰だろう。そんなことを思いながら、話していた。

「今川義元を討って駿府を手に入れたのに、治める気はおろか、一向に東国を攻める気配もない。
 たぶん潰しあいをさせる気なんでしょうね。頃合いを見て一掃する気なのかも」

「へえ、やっぱり慧眼だな」

「そりゃ、天使ですから」  冗談っぽく笑った。

「以前は帰りたいと思ったときもあったけど、近頃はしばらくここにいるのも悪くないかなと思うようになったんですよ。
 池中深く潜んだ竜がどう動くか興味がありますし・・・天を翔けない竜は蛇と同じですから」

「言うねえ。アンタが、Angel じゃなくて、天女だったら羽衣を隠しちまうところだぜ」

「え?」  政宗さんを見たら目があって、しばらく見つめあってしまった。

先に視線を外したのは政宗さんのほうだった。

「Just kidding. そんな顔をすんな。天使は天に帰る、そういうことだろ」

私の頭にぽんと手を置くと、背を向けて行ってしまう。
そうして稽古を始めた政宗さんの動きは無駄がなくて、自分の練習を再開することも忘れて見入ってしまうくらい綺麗だった。

晴れていた空が急に暗くなってきた。
雨が降りそうだ。

畑から帰ってきた小十郎さんは政宗さんが刀をふるっているのをしばらく見ていた。
雨が降ってきても、政宗さんはやめようとしない。何かを振り払うように刀は空を切り裂いていた。

「政宗様」

小十郎さんの声に振り返った政宗さんはわずかに目をふせたけど、それがふいに別のところへ向けられた。

「奥州名物、独眼竜ってのはあんたかい?」

場違いなほど飄々とした声。
赤い傘をさした、派手ないでたちの男の人がやってきた。

「ああん?」

もろに不機嫌そうな声を返す政宗さんに、男の人は愛想良く笑う。

「門番やっている連中にここだって聞いて」

「餅が食いたけりゃ、茶屋へ行きな」

取り付く島のない返事に男は苦笑いして頬をかく。肩には小さいサルがちょこんとのっていた。

「簡単にはくえそうもねえな。ま、覚悟の上さ」

「政宗様に何の用だ」  小十郎さんの目が厳しい。声色も今までと違って、ドスがきいている。

「仮にも奥州筆頭を前にした以上、まずてめえから名乗るのがスジってもんじゃねえのか」

「おおっとこいつぁ! 俺は前田慶次。以後お見知りおきを。こいつは夢吉」

「ウキーッ」  紹介されたのが分かるのか、小猿が両腕を上げた。

「大道芸人が来るところじゃねえ。帰んな」

すでに政宗さんはそっぽを向いている。前田慶次は軽くため息をついた。

「しっかし、男くさいところだねえ! 恋の花ひとつ咲かせるのもこれじゃ一苦労だ」

「どこの祭りにいった帰りだか知らねえが、やけに Happy な野郎だな」

政宗さん・・・もしかして、ものすごく機嫌悪い?
それでも話を聞くだけはしたみたい。

「ああ? 同盟だあ?」

「諸国の武将を結束させようと思ってる。尾張の第六天魔王さんと渡り合うために」

「Ha! 笑えない joke だ。大道芸人が武将を束ねようたぁ」

「政宗様」  何かを思い出したかのように、小十郎さんが口をはさんだ。

「あん?」

「そやつ、前田家の風来坊にございます」

「ああ? ふっ、そうかい。道理で酔狂が過ぎると思ったぜ」

「酔狂は百も承知。だが今はばらばらに小競り合いをしてるときじゃない。
 喧嘩ってのは大掛かりになるほど、蚊帳の外にいる奴のほうが見極めがきくもんだ。戦もそこは同じってね」

派手な朱色の鞘がドンと地面を突いた。
鞘の先から柄までが長身の前田慶次と同じぐらいだから、ものすごく巨大な剣だ。

「奥州の伊達に、甲斐の武田、越後の上杉、三河の徳川で東の布陣を固める。
 そこに近江の浅井、越前の朝倉、さらに西国の武将とも手を取り合って織田を包囲したい。
 及ばずながら、この俺も」

「よくしゃべる野郎だな。
 織田信長・・・確かにあれは単なるオッサンじゃねえ」

「魔王さんに会ったのかい!? だったら分かるだろう、あんたほどの・・・」

「生憎だが、オレは人の下につく気はねえ」

「上とか下ってんじゃない。俺が言いたいのはさあ・・・」

「どうしてもってんなら」  政宗さんは刀を構えた。

「力づくでねじふせな!」

「ふう・・・俺はあんたとやりあいに来たんじゃねえんだ。
 喧嘩なら太平になった花街でいくらでも相手になるぜ」

「Shut up!」  叫ぶと同時に地面を蹴った。

早い! 気がついたら、すでに前田慶次の横にいて脇腹めがけて斬り上げている。
朱色の傘が薄暗い空に鮮やかに舞った。地面に落ちた傘はまっぷたつになって転がる。

「分かったよ。独眼竜」

「なんの真似だ」

前田慶次は剣を鞘から抜かず、そのまま構えた。

「すごい技の使い手だと聞いてるんでね。抜かないくらいがちょうどいいと思ってさ」

「あんまりオレを怒らせるなよ」

「まだ怒ってなかったのかい?」

前田慶次・・・そんな無邪気に火に油を注ぐような真似を・・・。 

「小十郎」

「承知しております。 ご存分に」

戦いが始まった。
あの派手な人、見掛け倒しじゃない。言うだけあって、確かに強い。
政宗さんと五分に渡り合いながらも、懸命に説得していた。

「人が幸せになってこその天下だろっ
 戦場で血を流して死ぬより、好きな人に看取られたいと思わないか!?
 俺はトシとまつ姉ちゃんが悲しんでいる姿だけは・・・」

前田慶次は鞘を抜いた。

「絶対に見たくねえんだ!!!」

刃同士が激しくぶつかって、火花を散らす。

「あんたにとっちゃ小さいことかも知れないがっ!
 天下取りってのは、みんなが恋して喧嘩して、笑って泣いて楽しく暮らせる、そんな世のためにっ!」

その言葉を境に政宗さんが攻撃に転じた。
六爪がうなり、大地を天をゆらす。
竜の復活。そんな言葉が浮かぶほど、何かが吹っ切れた感じがした。

「いっててて」

前田慶次は壁にたたきつけられ、小さくうめいた。
巨大な剣は近くに転がっている。

「他を当たりな。優男の兄ちゃん」

雨はやみ、雲間から光が差していた。

「ああっ!」  思わず手を伸ばしたが、政宗さんと小十郎さんは去っていく。

「ああ、ほんと、くえないねえ」  伸ばした手で頬づえをついて、前田慶次はつぶやいた。

館に戻った頃にはきれいな夕焼けが広がっていた。
回廊の障子によりかかって政宗さんが外を眺めている。そばに控えているのは小十郎さん。
ふたりが話しているのはいつもここだった。

「この小十郎、安堵いたしました」

「何の話だ?」

「桶狭間にて、あなた様が魔王に臆されたことにございます」

「てめえ・・・皮肉もいい加減に・・・」

「政宗様ご自身もお気づきになられたはず。
 あれは・・・あなた様が死ねない、決して死んではならないお立場にあられることを全身全霊をもって実感した瞬間に他なりません。
 あれこそ、民の命、その誇り、明日を一身に背負う者。一国の主の姿にございます。
 この小十郎が諭す前に、あの風来坊が気づかせてくれ申した。
 しかしながら、挑まずにはおられますまい。
 奥州の民も、そして兵たちも、一蓮托生の覚悟は出来ております」

「小十郎・・・」

無言で夕焼けを見ていた政宗さんは振り向いた。

「初陣の時以来、片時も離れたことのない右目も、ここにおりますれば」

すっとひざを立てる。

「もっとも近頃はあなた様をお諌めするばかりでしたが」

「そうだったな」  政宗さんは立ち上がって外を見つめた。
 
「誰かがやらなきゃなんねえ。だったらやるのはこのオレだ。 Go straight」

いつもの不敵な笑みが戻っていた。

「背中は預けたぜ、小十郎」

「承知」

そして晴れた日。

「Are you ready, guys!」

「Yeah!!」

「目指すは尾張! 魔王の首を取りに行くぜっ!!」

「筆頭ーっ!!!」

「OK! Let's get serious!」

伊達軍は出陣した。そのなかには前田慶次の姿もあった。

「丁か半か。奥州の御輿で天下の運試しだ」


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<おまけ・・・伊達政宗の英語セリフの訳や意味など。前回までにのせたものは除きます>

Just kidding.   (冗談だ)
※ これはオリジナルの主人公に言っているので分かるかと思いますが、アニメでは言っていません。

Shut up! ・・・ うるせえ! 黙れ!

Go straight. (つき進むぜ)

Let's get serious! (本気になろうぜ)