「独眼竜!!」  尾張へ向けての進軍のさなか、前田慶次が馬を飛ばして、そばにやってきた。

「どうした、色男」

「今頃、上杉の軍勢が信濃を抜けて甲斐へ向かっているはずだ」

「川中島の再戦でもやろうってのか」

「いや、武田と合流して尾張へ攻め込む。俺達を先鋒にしてな。
 悪く思わないでくれ。けどあんた、俺がけしかけなくても・・・」

「そんなことは小十郎がとっくにお見通しだ。
 たとえ百万の軍勢が追ってこようが、魔王の首をとるのはこのオレだ! You see?」

「へっ」  前田慶次も政宗さんの不敵な笑みにつられるように笑った。

「そのまま一気に天下を取る。
 まずは背中の武田と上杉から潰すことになるぜ。
 ・・・アイツとのお楽しみは最後までとっておきたいところだったが」

政宗さんは脳裏には、武田軍にいる真田幸村が浮かんだのだろう。
唇の端に笑みが浮かんでいた。

夜、野営地では、みんな思い思いにくつろいでいる。
一日中、馬に乗りっぱなしだから、早く寝ちゃう人もいるけど、私はたき火の近くで紙を広げ、日本地図を書いていた。
昼間の話を聞くに、いろいろとまわりが動いているらしい。状況を把握しておかないと。

えっと、まずは奥州の伊達軍が向かっているのは・・・あれ、奥州って何県だっけ?
仙台だから・・・宮城県か。 東北地方の太平洋側に「伊達」と書く。
甲斐は甲府だから山梨県だよね。山梨・・・山梨県ってどこ?
山があっても山なし県。海がなくて塩がとれないとかいう話を聞いたことがあるから内陸には違いない。
とりあえず本州の真ん中あたりに「武田」と書いた。
越後は新潟。尾張は愛知県。えーと、三河も愛知だっけ? ?? わかんなくなってきた。
近江は琵琶湖のある滋賀県。「上杉」「織田」「徳川」「浅井」と次々にかきこんでいく。

「何をしている」

「あ、小十郎さん。ちょっと今の状況を整理しておこうと思って」

「これは・・・何だ」  紙の上のほうに書いた歪んだ四角を指差した。

「北海道じゃないですか。ちょっとイビツですけど、一応日本地図です」

確かに北海道はひし形だし、九州と四国は、楕円形と四角だけど、だいたい分かればいいんだし。

「天から見た日ノ本か・・・」  小十郎さんは驚いているようだった。

「どうやら天使というのはまるっきりでたらめではねえようだな」

あ、そうか。 やっと小十郎さんが驚いている理由がわかった。
この時代にはまだ北海道はなかったんだっけ。

「小十郎さん、教えてほしいんですけど」

深く詮索されないうちに、話を切り出した。

「織田信長の周りにいたのは森蘭丸と濃姫と、あとひとり、長髪の男の人は誰ですか」

「あいつは明智光秀だ。
 奴には気をつけろよ。あれは尋常な目じゃねえ」

確かに。 あの人が明智光秀か。
織田信長と明智光秀・・・。少し考えたけど、また質問を続けた。

「伊達軍は尾張の織田を目指しているんですよね。
 その伊達軍を先鋒に見立てて、武田・上杉連合軍が後ろから来ている」

墨で伊達、武田、上杉から織田へそれぞれ矢印を引く。

「ああ。信長の掲げる天下布武とやらが殺戮と恐怖による支配を意味するものなら、天下を取り合う前に守らなきゃならねえ。
あの甲斐の虎や越後の軍神なら、政宗様のご気性からして、単身織田に切りこむと見越しているだろう。
ならば、伊達軍を先鋒として生かし、魔王の脅威を打ち払うため同盟を組んで、一気呵成に進軍しようとするだろうな」

「徳川はどう動くでしょうか」

小十郎さんは地図上の徳川を指し、なぞるように進軍ルートを示した。

「織田包囲網をなすには、徳川を味方につけ、浅井には織田の背後をおさえてほしいところだ。
 当然、話をもちかけてるだろうが、難しいだろうな」

「徳川は織田と同盟を結んでいるし、浅井は織田信長の妹を妻にしていて、信長とは義兄弟だからですか」

「そうだ。ただ、浅井長政は聞くところによると、正義感がやたら強えらしい。
自分から義理の兄を裏切ることはねえだろうが、浅井と親交の深い朝倉に、織田軍が侵攻する気配がある。
本当に攻め込んだら、浅井長政は義兄弟とはいえ、織田との盟約を破棄するに違いねえ。
徳川は織田との盟約で東国の監視をしている。今の状態では裏切ることはまずないだろうな」

「どうしてですか」

「それだけ織田が脅威だってことだ。
 徳川家康は趨勢の変化を待っている。それまではじっと耐えるつもりだ。
 一国の主には責任がある。人を束ね、守るものの責任がな」

「はぁ・・・ 小十郎さんはすごいですね。なんでもお見通しです」

歴史が大きく動き出そうとしているのが、私にもよく分かった。

「政宗さんにとって、小十郎さんの存在がとても大きいのもよく分かります。
 私のことはあまり眼中にないみたいですけど」

笑いながらそう言ったけど、小十郎さんは意外にも、まじめな目を向けた。

「本当にそう思っているのか」

「え・・・はい。だって、政宗さん、だいぶ前から私のこと、アンタとしか呼ばないですよ。
 小十郎さんの名はしょっちゅう呼ぶのに」

今度、政宗さんが一日に何回、小十郎さんの名前を呼ぶか数えてみよう。ふとそんなことを思いついた。

「・・・なぜ政宗様がおまえを名で呼ばないか分かるか?」

「さあ。アンタで十分だからじゃないですか」

「違う。おまえの呼び名が、「天使」 だからだ。
 名を呼ぶたびに、おまえがいつか帰ることに気づかされる。だから政宗様は名を呼びたくねえんだ」

「? そういうものでしょうか」

さびしがっている政宗さんなんて想像できない。
いぶかしげに首をひねる私を見て、小十郎さんは小さくため息をついた。

「かくも幼いとはな。政宗様の心中が察せられる」

「?」

「なんでもねえ。子供はとっとと寝ろ」  小十郎さんは行ってしまった。

翌日。

「なあ、独眼竜、このまえ言ってたあいつって誰のことだい。 おっと。」

政宗さんの真似をして、腕組みをして乗っていた前田慶次はバランスを崩しかけ、あわてて手綱をにぎった。

「魔王さんを倒したあと、やりあいたい奴がいるのかい」

「ああ、まあな」  政宗さんはあいかわらず腕組みしたまま乗っている。

「いい顔をしてたぜ」

「あん?」

「そいつのことを思うときのあんたさ」

「ああ?」  いぶかしげに政宗さんは振り返った。

「それが戦とケンカの違いってやつだよ」  前田慶次はにやりと笑う。

「ふっ」 政宗さんは少し笑って、また前を向いた。


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