「政宗様」 小十郎さんが政宗さんの近くへ馬を寄せた。
「あん?」
「前田の風来坊ですが・・・今ひとつ腑に落ちません」
「体よく魔王のもとへとおびき出されているとでも?」
「ありえぬことでは。
家の束縛を受けぬ身とはいえ、前田の姓を名乗る者、前田利家は織田に与し、先だっては加賀の国を与えられたと聞き及びますれば」
「ふっ、オレの邪魔さえしなけりゃ、それでいい」
! 突然わきおこった鬨の声に皆が振り向いた。
川向こうの長篠では、武田、上杉の連合軍と徳川軍がぶつかっていた。
小十郎さんの予測どおり、徳川は織田を裏切れなかったんだ。
「武田と上杉は徳川が阻んでおります」 状況を見てとった小十郎さんが報告する。
「小競り合いだ。魔王をぶっ倒したら、取って返してなだれこむ。
信濃ごといただくぜ」
・・・政宗さんって、ほんとしたたかだよね。
ふと、派手な土煙が上がった先を見た私は目を疑った。
あれは、ガンダム? ・・・。 やっぱり私は長い夢を見ている途中なんだろうか。
目をこらして、よくよく見てみると、厳密に言えば、こぶりな和風ガンダムって感じだった。
けど、たくさんの人が刃を交えている戦国時代に、少なくとも私の知識では、アレはないと思う。
もしかして彼も私と同じく、時空を越えてきてしまった、とか。
「小十郎さん」
「なんだ」
「あの、ロボットみたいなのはなんですか」 川向こうを指差した。
「ろぼっと? あれは、本多忠勝だな。徳川軍の武将だ」
「本多忠勝? ああ、そういえば、徳川にはクソ強ええ武人がいるとか」
政宗さんも目を向けた。
武人・・・あれは本当に人なのだろうか。
装甲の奥の、目が光っているように見えるのは気のせい?
本多忠勝の名は知っている。幾多の戦を無傷でくぐり抜けて、戦国最強と呼ばれた武将だ。
確かにあの装甲なら、普通の人はおろか、鉄砲だって歯が立たないかもしれない。
あぜんとしている私とは対照的に、少し離れたところにいる前田慶次は思いつめたような顔で、槍を振り回している本多忠勝を見つめて呟いた。
「甲斐の虎にも説得ならずか」
長篠の西方、設楽原で行く手をはばむ新たな軍勢を認め、伊達軍は急停止した。
ヒュー♪ 政宗さんが口笛を吹く。
「オレの前に立ちふさがるとはいい度胸だ。アンタ、どこのどいつだ」
白馬に乗った若い武将が、こちらをビシっと指差して叫んだ。
「刮目せよ! 我こそは浅井備前守長政! 貴殿をここから先へゆかせるわけにはいかぬ!」
「浅井長政・・・?」 政宗さんがつぶやく。
「正義の名において、貴殿を削除する!」
一方的に言い放つと、浅井長政は刀の切っ先を政宗さんに突きつけた。
あの人が浅井長政か・・・。「アサイ」
じゃなくて、「アザイ」 って読むんだよね。
読み方が変わっているから覚えている。あの人の奥さんは織田信長の妹のお市の方。
「浅井長政・・・魔王の弟。 織田が差し向けたのかもしれません」
「ふっ」 小十郎さんの言葉を聞いても、政宗さんの不敵な眼差しは変わらない。
「どこから見ている? 魔王さん」
その間、手でひさしを作り、あたりを見回していた前田慶次は、連なる山の頂のひとつに何かを見つけたのか、急に馬を駆って、離れていった。
険しい頂に暗雲が集まり、雷光がひらめく。
織田信長が、伊達軍と浅井軍、武田・上杉連合軍と徳川軍の戦を高みから見物していた。
「あの野郎」 信長のもとへまっすぐ向かう前田慶次を見て、小次郎さんが毒づいた。
「前田慶次はお膳立てを終えて、本隊へ戻ったようです。
織田は我々と武田、上杉をこの長篠で一度にねじふせるつもりかと」
「上等だ。 Party が派手になるってもんだぜ」
「理の兵たちよ、いざ進め! 悪の軍団を滅ぼすのだ!」
浅井長政は高々と刀を掲げた。そして自ら先頭に立って向かってくる。
・・・思い込みが激しそうだけど、今のやりとりだけで、あの人がまっすぐな気性なんだなって分かる。
少なくとも悪人には思えない。
小十郎さんも正義感が強いらしいと言っていたし、敵視しているというよりは、どこか切羽詰っている感じがする。
魔王の手先に等しいこの戦いは、本当に浅井長政の意思なのだろうか。
戦場では正義も悪もなく、勝つか負けるか、それだけだっていうのは分かるけど・・・。
でも、そんな私の疑問を無視して、否応なく戦いは始まった。
「政宗様、兵隊どもはお任せを!」
「OK! 任せたぜ、小十郎! はあっ!」
政宗さんも馬を駆って、浅井長政を迎え撃つ。
「筆頭!」
「くぅー 久しぶり!」
伊達軍のなかから歓声が上がる。
そういえば政宗さんのこんな姿を見るのは、桶狭間以来。
みんなが政宗さんに心酔してるのがよく分かる。
「とうっ!」 浅井長政は駆ける馬の背から大きく飛び上がった。
「Cool に行こうぜ! Ya-Ha!」 政宗さんも馬の上に立ち上がり、空中に飛び込んでいく。
政宗さんといい、浅井長政といい、あらためて、大将格の人たちの運動神経は半端じゃない。
正直、大将同士で一騎打ちすればいいんじゃないか、とすら思える。
剣戟の音と刃が放つきらめきの残像が見えるだけで、刀の動きが全然目で追えない。
空中で刃を交わしたふたりが地面へ降り立つのが合図だったかのように、伊達、浅井、両軍が激突した。
「悪くねえ warming-up だ。
奥州筆頭、伊達政宗、推して参るっ!」
川を挟んで、伊達軍と浅井軍、武田、上杉同盟軍と徳川軍が真っ向からぶつかっている。
それを織田軍が見ている。前田慶次はどうやら織田信長のもとに向かったらしい。
長篠では、武田信玄、真田幸村、猿飛佐助の3人と本多忠勝が戦っていた。
戦国最強と謳われる本多忠勝も三人の連携によって動きが封じられ、押されている。
このまま何の策もなければ、数の少ない徳川軍が一番先に全滅するのは確実だろう。
「輝斬・十文字!」
「Hell Dragon!」
一方、政宗さんと浅井長政の一騎打ちは熾烈をきわめていた。
「All right. 竜の爪・・・とくと味わいなっ!」
政宗さんが六爪を抜く。
「死んでも退くわけにはいかぬ!」
やっぱり浅井長政には何か事情がありそうな気がする。
と、そのとき浅井軍の背後に増援が現れた。あれは鉄砲隊?!
鉄砲を構えながら、じりじりと隊形を整えている。
「天空・烈翔剣!」
浅井長政の技をモロにくらって空へ吹き飛ばされたかに見えた政宗さんは、空中で回転すると、油断した浅井長政にニヤリとした笑みを見せた。
「アンタ、上等だ。 JET-X!」 そのまま空中から息をつかせぬ連続攻撃を叩きこむ。
勝負あったかのように見えた。
派手な土煙が上がり、浅井長政は腕につけていた小さな楯を投げ捨てる。
「はあっはあっ・・・ 我が正義は、不撓不屈なり!
義の灯火に惹かるるままに、たとえ手足を失おうとも・・・ 私は、歩みを止めぬ!
無言・即殺!」
「長政さま!」
技の構えを見せたとき、女の人がこちらに駆けてきた。
「市!」
市と呼ばれた女の人は足がもつれて、転んでしまう。けれど、
「長政さま、逃げてーーっ!!」 身を起こして、懸命に叫んでいた。
その背後には、隊形を整えた鉄砲兵がずらりと並んでいた。
「クックックック・・・ さあ、仲良く踊っていただきましょう」
鉄砲隊を指揮しているのは、信長のそばに控えていた長髪の男の人、明智光秀だ。
巨大な鎌を持つ手を前に出すと、一斉に鉄砲が火をふいた。
お市さんが声にならない叫びをあげる。
幾発もの銃弾が浅井長政の体を貫き、政宗さんのかぶとをかすめていった。
「政宗様っ!」
小十郎さんが駆け出す。
「あ、あ・・・市・・・」
地面に突き立てた刀に鮮血が伝わり、流れ落ちていく。
その刀を支えに、浅井長政は懸命にお市さんに向けて手を差し出した。
しかしなおも発砲された銃弾を受け、ゆっくり倒れていく。
目を見開いたまま立ち尽くしている、お市さんの目の前で。