「クックックックックック」

鉄砲から白い煙がたなびく、その前で明智光秀はわらっていた。
目の前には背後から撃たれた浅井軍の兵がたくさん倒れている。

「・・・っ!」  歯を噛み、政宗さんは明智光秀をにらみつけた。

「長政さま! あ・・・長政さま。 長政さま・・・」

駆け出したお市さんは何度も名を呼びながら浅井長政を抱き起こした。

「市・・・ここは戦場だ。貴様の来るところでは・・・ない」

苦しげに話す浅井長政をぎゅっと抱きしめる。
たぶんお市さんは人質にとられていたのだろう。だから浅井長政は・・・。
背後では鉄砲隊が入れ替わり、いつでも発砲できる構えをとっていた。

「クックックック。お役目ご苦労さまでした。お市さん。
もっとも期待した働きはなにひとつしていただけませんでしたが・・・結果よしとしましょう」

明智光秀がゆらゆらとやってくる。

「浅井への市さまの輿入れは、もともと朝倉攻めの布石だったのですよ。
貴方のことはもちろん、浅井の主だった武将たちを惑わし、戦力をそぐのがそのお役目、だったはずなのですが、お市さまは何もなせぬ宙ぶらりんの人形になってしまわれた。
愚かにも貴方を愛してしまい、自らの正体を明かすことも出来ず、さりとて織田の密命をまっとうするわけでもない。
なまじ夫婦の絆などはぐくんだがために、より残酷な結果を招いてしまった。
周りの者すべてを欺き、不幸に陥れる。
見目麗しくもおぞましく、そして罪深い魔王の妹」

「市、貴様ずっと私を欺き続けていたのか」

「ごめんなさい、長政さま」  お市さんの目から涙がこぼれおちる。

「市は長政さまを、浅井の人々を・・・みんな、市のせい。
 ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・!」

目の前に出された浅井長政の手にお市さんはびくっと身をすくめたけれど、その手は顔を逸らせていたお市さんの頬をやさしく包み、自分のほうへと向けた。

「つらかったであろう。 もうめそめそと泣くな」

親指でやさしく涙をぬぐってやる。

「長政さまっ!」

お市さんは頬に添えられた手にいとおしそうに自分の手を重ねた。
ふいに浅井長政は苦しげに息をはく。

「理の兵たちよ、許せ。
ここに倒れ朽ちることは無念だが、この長政、命ある限り信じる正義をまっとうした。
市、私はまちがっていなかったと言ってくれ」

「長政さまは間違ってない、間違ってないよ」

お市さんの言葉に浅井長政は満足げにうなずいた。

「礼を、言うぞ・・・市」

目を閉じた直後、体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。
腕のなかからすり抜けていく体をお市さんはぎゅっと抱き寄せた。

「長政さま? 長政さま!? 長政さま・・・ あ、あ、あ・・・」

「クックック いい鳴き声です、お市さま。 おいしくいただきましたよ」

一部始終を見ていた政宗さんは地面に転がっていた浅井長政の兜を拾い上げた。

「小十郎」

「はっ」

手にした兜を小十郎さんに渡すと、政宗さんは歩きだした。

「政宗様?」

「また、てめえか!」  声には激しい怒りがこもっている。

「フッフッフッフ。戦場への乱入は貴方の専売特許でしたね。
 それにしても、一発も当たりませんでしたか。 並外れた悪運をお持ちのようだ」

「魔王の手先が・・・」

「お待ちください、政宗様!」  小十郎さんが制するけど、もう止めようがない。

「てめえらの楯になって戦った人間を敵もろとも背中から狙いやがるとは、やっていいことと悪いことがあるぜ!」

「フッフッフッフ。怒っていますね、独眼竜。 少しだけ、遊びましょうか」  巨大な鎌を振り上げた。

「OK,Lots of luck!」

激しい斬り合いが始まった。刃がぶつかるたびに明智光秀から奇声が上がる。

「てめえ、なに酔っ払ったみてえなツラしてやがる」

「決まっているでしょう。余韻にひたっているのですよ」

「はぁ?」

「愛し合う者たちの断ちがたい絆を踏みにじるほど、楽しいことはありません。
 それに勝る喜びがあるとすれば」

政宗さんの刀をはじいて大きく後ろに飛んだ。

「強き者が血と涙にまみれ、この足元を這いずり、命乞いする姿」 

「っ!」 

「さあ、宴と参りましょう」  奇声を上げて、政宗さんに襲い掛かる。

あちら側、長篠では追い詰められた徳川軍が撤退を始めていた。
鉄砲隊は本来、徳川の援軍だったはずだ。
なのに明智光秀は伊達軍の足止めとして使い、織田のために戦っている浅井軍を背後から撃った。
結果的にそれが織田方の浅井、徳川の敗北を招いたことになる。
いったいなにを考えているんだろう、明智光秀は。 織田軍の勝利をのぞんでいない?

突然、川向こうで耳をつんざく爆発が起こり、爆風がこちらにまで押し寄せた。
あれは濃姫? 土煙がもうもうと立ちのぼって、よくわからないけど、バズーカ砲みたいなもので本多忠勝を爆破したらしい。
・・・徳川軍は援軍をよこさず見殺しにした織田との同盟を破棄したってこと?
徳川が織田と敵対するなら、戦国最強と呼ばれる本多忠勝の存在は織田軍にとって、邪魔以外の何者でもない。

「クックックック。これで東国も満身創痍。
 いつでもどこからでも滅ぼせますね」

「でいやーっ!!」  頭上から斬りこんだ政宗さんの一撃を軽くかわす。

「どうしました、独眼竜。思ったより切れがない。
 さて、そろそろ踊ってもらいましょうか」

明智光秀の背後にはいつでも発砲できる態勢を整えた鉄砲隊が控えている。

「チッ、てめえには地獄の門番が似合いだぜ」

「政宗様、撤退のご指示を」  小十郎さんが政宗さんをかばうように前に立ちはだかった。

「なっ!?」

「あれだけの数の飛び道具。まともに相対せば全滅は必定。
 屈辱はこの小十郎が分かち合いまする」

「フッフッフッフ」  明智光秀はこの状況を愉しんでいる。

歯をくいしばり、眉間にしわを寄せ・・・政宗さんは抜きかけた六爪をおさめた。

「撤退だ、小十郎」

「撤収! 撤収だ!」  ほら貝が吹き鳴らされる。

明智光秀は横に掲げた鎌を下ろした。
それを見て、鉄砲隊も構えていた銃をおろす。

「クックックック。ここは撃たないでおきましょう。
そのほうが楽しめそうです」

伊達軍は逃げるようにその場を去っていった。
振り返ると、お市さんは浅井長政の遺体を抱き、泣きぬれていた。
戦場にはたくさんの死体が横たわっている。
これが戦なんだ。

前の今川のときとは全然違う光景。
望んで戦をした人たちがどれくらいいたんだろう。そう思わずにはいられない。
死んでしまった人も、残された人も・・・やりきれない思いだけが重くのしかかった。

「政宗様」  小十郎さんの声にふっと我に返る、と同時に、背後から別の声が聞こえた。

「待たれよ、独眼竜! 伊達政宗殿!」

あの声は真田幸村だ。馬に乗って追ってくる。

「奥州は遠うござる! 我らとともに甲斐へ参られよ!」

「政宗様、ここは武田の申し出を受けましょう。
傷ついた者も多くおります」

政宗さんは無反応だった。

「政宗様?」

なんの前触れもなく、腕組みしたままの状態で、政宗さんの体が後ろに倒れ、馬から投げ出された。
兜が飛び、地面に大の字になって倒れる。

「政宗様!」  小十郎さんが馬から飛び降り、駆け寄った。

「筆頭!?」

「伊達殿、いかがなされた!?」  追いついた真田幸村も馬を急停止させる。

「あっ!」  政宗さんに触れた小十郎さんの手にはべったりと血がついていた。

       *       *       *        *

甲斐の武田信玄は怪我したものを家名を問わず、手を差し伸べ、受け入れてくれた。
手当てされ、甲斐の屋敷に寝かされた政宗さんを小十郎さんはじっと見つめていた。

「種子島に御身を貫かれておろうとは。
 察せられぬまま、明智との戦いも止められず。この小十郎、一生の不覚」

! 小十郎さんは障子をいきなり開けた。
そこには伊達軍の人たちが心配そうな顔で立っていた。

「政宗様なら大丈夫だ。
 てめえら、そんなところでがん首そろえてねえで、動ける奴は武田の皆さんの役に立って来い」

追い払うように腕を振る。

「里の者総出で、他所の怪我人まで面倒みてくださってるんだ」

「は、はい!」

走り去っていく彼らと入れ違うように武田信玄と真田幸村が様子を見にやって来た。

「手厚い処遇、感謝申し上げる」  小十郎さんは両手をついて、武田信玄に頭を下げた。

「命は取り留めたようじゃな。じゃが、かなりの血を失のうておる。
 口から流し込めるものを支度させておるゆえ、とらせてやるがよい」

「恩にきまする」  もう一度、深く頭を下げた。

「竜の右目よ、伊達を織田攻めの先鋒に見立てた我らを恨むか」

「我々は独自に動いたまで。 此度の武田、上杉の挙兵とはもとより関わりなきこと」

「目先の国取りに固執する武将たちは、我らが織田を倒し、また同時に倒れることを望んでおる。
 かと思えば、武将にあらざる者が一人、毛利と長宗我部への使者として瀬戸内へ向かった」

「・・・前田慶次」  思い当たったかのように小十郎さんは名をあげた。

「同盟した我らをせなに魔王と単身あいまみえ、片をつける腹積もりであったらしい。
 まことおもしろき風来坊としておくにはもったいない男よ」

「真逆のたくらみでありましたか」

「魔王を倒しても消耗しきっていては、後の祭り。
 事態は急を要するが、次こそ万全の包囲陣をもってあたりたい」

「毛利、長宗我部を味方につけることは至難の業。
 また他国と共闘しての囲み討ちは、伊達の流儀にも反しまする、が」

小十郎さんは眠っている政宗さんを見た。

「背に腹は変えられますまい」

武田信玄は帰っていった。
障子の外で控えていた真田幸村も一礼して立ち上がった。

「独眼竜、伊達政宗殿。魔王を打ち倒したのち、天下分け目の戦場にて、某との決着をつけましょうぞ」

この戦ののち、徳川も武田、上杉軍の同盟に加わった。


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<おまけ・・・伊達政宗の英語セリフの訳や意味など。前回までにのせたものは除きます>

Lots of luck  (せいぜい頑張りな)
直訳は、ご多幸を祈る。 good luck (幸運を) と同じ感じですが、明智光秀にそんなことを言うわけないので、
到底無理なことに対して、皮肉の意味で、そうなるにはたくさんの運が必要だ、みたいな感じだと思います。
その前に明智光秀が言った、並外れた悪運、と関係があるようなないような。。。