明智光秀率いる鉄砲隊によって重傷を負った政宗さんは、甲斐の武田屋敷へ運ばれ、手当てを受けたものの、ずっと意識が戻らない。
信玄公は立派な鎧が安置された間を政宗さんのために使わせてくれた。
命はとりとめたけど、汗をかいて、とても苦しそう。

「!」  夜、突然響いた爆発音に私は障子を開けた。

かなり離れた西の方角に黒煙があがっている。
月に照らされた庭では小十郎さんが刀をふるっていた。

「政宗様・・・」

小十郎さんは自分を責めているみたいだった。

「この小十郎・・・お諌めすることもお守りすることも相成らず。
その思いを常に重んじることは・・・」

刀を振り上げたときに月明かりに照らされた横顔は、今までに見たことがないくらい、怖い表情をしていた。
月の光を受けた刃が宵闇に閃くたびに、剣圧で木の葉が散り、石灯篭が袈裟切りにされた。

「っ!」  ふと我に返ったかのように、小十郎さんの顔から険が消えた。

「まだ若いあなた様を死にはやらせるだけなのかもしれませぬ」

「片倉殿」

小十郎さんの様子をどこからか見ていたのだろう。庭におりてきた真田幸村が声をかけた。

「今しがた西のほうから妙な物音が聞こえたようだが」 

背を向けたまま、ちらっと視線だけ向ける。

「それなら配下の忍び隊が確かめに向かっている頃合いにござる」

「そうか」  刀を鞘におさめ、小十郎さんは真田幸村のほうへ向き直った。

「心中、お察しいたす。 某とて、もしも目の前でお館さまを・・・
 相手は無数の飛び道具。伊達殿の負傷、片倉殿に責めはないと存じまする。
 むしろ、伊達殿は我らの代わりに種子島を受けられたようなもの。
 織田の鉄砲隊は徳川を支援する手はずであったとのことにござれば」

「そんなものは敵の腹ひとつでどうとでも変わる。 戦場の常だ。 ただ・・・」

小十郎さんはそのときのことを思い出したのか、目つきが険しくなった。

「あの明智って野郎、戦を遊んでいやがるように見えた。
 どのみち、まわりすべてをぶっ潰すつもりだとしても、織田にとって、今この時期に味方の浅井を屠り、徳川を欺くことが得策だったとは思えねえ」

「それは確かに」

「野郎。 魔王の子飼いでありながら、その実、異端なのかもしれねえ」

「明智、光秀・・・」

「真田の旦那!」  そのとき風の音とともに、人の声が聞こえた。

「佐助。その者は」  庭に現れた猿飛佐助はぐったりとした伊達軍の兵士をかかえていた。

「文七!」  小十郎さんが駆け寄る。

「片倉・・・様」

「おい、何があった!?」

「片倉・・・様、良直たち、が・・・」

伊達軍の兵士4人は小十郎さんに言われたとおり、厄介になっている礼として、半ば強制的に西方の物見を代わったらしい。
その直後、見知らぬ者に巨大な爆弾を投げつけられた。

「俺様が駆けつけたときには、この兄さんひとりが倒れていた」

「他の者たちは?」  真田幸村が尋ねる。

「連れ去られたらしい。こいつがその場に」  猿飛佐助は懐から書状を取り出した。

「片倉殿!」  ぱらりと開いた書状にすばやく目を通した真田幸村が、小十郎さんに渡す。

「さらった者たちと引き換えに、武田の楯無しの鎧、伊達の竜の刀をそろえて差し出せと申しております。
しかも刻限は明朝」

「松永弾正久秀」  署名に目を留めた小十郎さんは書状を握りしめた。

「松永っていやあ・・・」  猿飛佐助の声に顔を向ける。

「戦国の梟雄といわれながら、天下取りに名乗りを上げず、今は庵にこもって骨董品集めに精を出してるっていう・・・」

「・・・。真田、楯無しの鎧とは何だ」  小十郎さんは考え込む素振りを見せる猿飛佐助から視線を移した。

「武田の家宝にござる。
大事を為さんといたすとき、お館様はその鎧と御旗の前に重臣たちを集め、武田の総意を決される。
そこで立てられた誓いは決してくつがえることはない。
あの鎧は我らの揺るぎなき意思を支えるよすが、文字通りの宝にござる。
いかなる武具をもってしても貫くことはできぬ鎧といわれておるゆえ、転じて深手を負った者の治癒を願うとき、鎧の間に床をのべることがあり申す。
ゆえに此度は伊達殿を・・・」

「あれがそうか。
 松永久秀・・・伊達の刀と武田の鎧を庵の床の間にでも飾ろうって腹か」

「某、お館様に知らせて参る」

「その必要はねえ」

「なんと!?」

「こいつはうちの不始末だ。これ以上、武田に迷惑をかけるわけにはいかねえ。
甲斐の虎に知らせたところで、どのみち家宝の鎧を持ち出すわけにもいくまい」

「か、片倉様」

小十郎さんは文七さんを見下ろした。

「政宗様の耳にも入れるんじゃねえ。
あいつらは長篠で討ち死にした。そう思うんだ、いいな!」

「そんな・・・」

「片倉殿!」

「旦那!」  身を乗り出しかけた真田幸村を鋭い声が制した。

「正しい判断だ」   猿飛佐助が静かに言う。

事の成り行きを見ていた私の近くで人の動く気配がした。

「ナメた真似されて through しようってのか、小十郎」

「筆頭!」

「伊達殿!」

障子にひじをついて、いつもの不敵な眼差しで政宗さんは庭を見下ろした。
月明かりのせいかもしれないけれど、余裕のある態度とはうらはらに顔色が悪い気がする。

「真田幸村、オレの馬はどこだ」

「政宗様!」

「Not to worry」

小十郎さんが諌めたけど、政宗さんは庭に下りて、皆の間を通り過ぎていく。

「人質にとられた連中を取り戻せばいいだけの話だろ。
 オレが行って助け出す。その松永って野郎はどこにいる」

「なりませぬ!」

「伊達軍は誰ひとり欠けちゃならねえ。You see?」

「行かせるわけには参りませぬ!」 

それでも小十郎さんはひかない。声には強い意志がこもっている。
左手は刀の柄にかかっていた。
その気配を察し、背を向けたまま、政宗さんは言った。

「小十郎、オレに刀を向ける気か」

「家臣は大事。しかしながら一番の大事は政宗様の御身」

「だったらついて来い。いつものようにオレの背中を守れ」

けれど、小十郎さんはゆっくりと刀を抜いた。

「片倉殿!」  真田幸村の声も耳に入らないようだ。

「何も恐れず、いつ如何なるときもただ前だけを見て進んでいただく。
そして、その背中はこの小十郎がお守りする。そう誓っておりましたが。
今、手負いのあなた様を出陣させることだけは、この命に代えても!」

小十郎さんは刀を下段に構えた。本気だ。 力ずくでも止める気なんだ。

「仕方ねえなあ」  政宗さんも刀を抜いた。

「遠慮はしねえぜ、小十郎!」  苦笑を浮かべた目がふいに鋭くなる。

周囲が固唾をのんで見守る中、澄んだ金属音が響いて、ふたりの刀がぶつかった。
小十郎さんは政宗さんの右に右に回りこんで、斬りかかる。
政宗さんは右目に眼帯をしているから、右側が死角になる。それを熟知してるんだ。

「片倉殿、伊達殿の右側ばかりを」 

「いちいち正しいね、あの旦那。 気に入ったよ」 

真剣に見守る真田幸村と違って、猿飛佐助の声はどこか楽しそうだ。

「っ!?」

後ろに大きく飛びのいて刀を構えた瞬間、目をわずかに見開き、脇腹に手をやったその隙を、小十郎さんは見逃さなかった。

「はあっ!」  すばやく距離を詰め、刀の柄で怪我をしている脇腹を突く。

「ぐっ! 小十郎・・・てめえ・・・」  動きの止まった政宗さんは峰打ちを受け、倒れた。

「ひ、筆頭ーっ!! 筆頭、筆頭!」  文七さんが駆け寄る。

「片倉様、卑怯です。怪我なさっている筆頭を、なんで! なん、で・・・」

私も駆け寄った。
振り返った小十郎さんは倒れている政宗さんを無言で見つめていた。
! その表情、その目は・・・。
やがて刀をおさめ、倒れている政宗さんのそばにひざをつく。

「承知いたしました、政宗様。
あの者たちは、この小十郎が必ず取り戻します」

「片倉殿・・・」

「しばし拝借いたします」  政宗さんの六爪、六本の刀を両手で捧げ持つ。

「小十郎さん・・・」

私に目を向けた小十郎さんは少しだけ表情をゆるめた。

「政宗様を頼む」

「はい・・・」 

本当は一緒についていきたかった。
でも私が行っても、足手まといにしかならないのは分かってる。
ふと顔を上げると、武田信玄がこちらをじっと見ていた。

「結局、自分で行っちゃうわけね」

猿飛佐助の声に、真田幸村ははっとしたように六爪を持って去っていった小十郎さんを振り返った。
小十郎さんは六爪をかかえ、ひとり、夜中に馬を走らせる。

「待ってろ、松永久秀」

政宗さんを鎧の間に運んだあと、私は水を汲みに庭を横切っていた。
月明かりがあるものの、広さに迷ってしまい、うろうろしていると、明かりがついた広間から声が聞こえてきた。
この声は、武田信玄と真田幸村? 思わず足を止めて耳をすませてしまう。
夜の静けさのせいか、離れていてもなにを話しているのか、はっきり聞こえた。

「事の仔細はあい分かった。して、幸村よ」

「はっ!」

「わしに願い出たいこととはなんじゃ」

「はっ、お館様! 某・・・う、うう。某・・・」

「旦那、旦那、言うだけ言ってみなって」  言いよどむ真田幸村を猿飛佐助が後押ししている。

「では、わしから問おう。
 なにゆえ、竜の右目を一人で行かせた」

「はっ、松永久秀なる者が、伊達殿の刀と合わせて欲する楯無しの鎧は、我が武田に伝わる門外不出の家宝。
これを人質をとって奪おうなどといたす卑劣な輩の前に差し出すことは断じて出来ぬ、と。
また、片倉小十郎殿はこれ以上、武田に借りを作りたくないと申されており、その思い、尊重いたしたく、
さらには天下の趨勢危うき今、いつ魔王の手の者がこの甲斐に潜入し、お館様のお命を狙わぬとも限りませぬ。
ゆえに今、某が甲斐を離れることは・・・」

「ああ・・・」  猿飛佐助がもうダメだというように頭に手をやる。

「この・・・大馬鹿者めがぁぁぁー!!!」

「うがぁ!」

ゆらりと立ち上がった信玄公の右アッパーをもろにくらい、真田幸村の体は天井近くまでふっとんだ。
その後、頭から床に激突し、派手な音がして床板が砕け、大きな穴が開く。

「いてててて・・・」  破片の山がうごめいて、顔を出した真田幸村が穴のふちに手をかけた。

すごい。生きてる。いや、普通死なないまでも確実に気絶しそうな勢いだったけど。
いまや私は完全に、このやりとりに目を奪われていた。

「幸村よ、若い貴様がなぜ言わぬ。楯無しの鎧を差し出せ、と。
いや、言わずとも良い。なぜ、わしに黙ってでも楯無しの鎧を携え、竜の右目とともに出陣せなんだのじゃ」

「お館様・・・」

「松永の要求は独眼竜の刀のみに非ず。
我らが楯無しの鎧と双方あいそろわねば、戦国の梟雄の二つ名を持つ彼の者が取り合おうはずなきことは必定。
伊達筆頭、やがては天下をかけて戦う相手やも知れぬ。
じゃが今はこの武田に身を寄せる客人の身。
人を預かるとは、ただ寝食を供することのみに非ず」

「お、お館さまぁ!」  穴から進み出てきた真田幸村は深く頭を垂れた。

「此度のこと、伊達殿、片倉殿の心中を思えば、さしずめ我らがこの佐助を人質にとられたも同じ!」

「え?」  急に手で指し示された猿飛佐助はきょとんとして、俺? というふうに自分を指差した。

「断じて許すことできませぬ!」

「俺様、そんなヘマしないけどね」  佐助の言葉は、熱きふたりの耳には入らない。

「うむ」 

「さらに実を申せば、某、先だっての片倉殿の姿にお館様を!
お館様がこの幸村に注いでくださる熱き心、それと同じものを片倉殿のなかに見た気がいたしましたぁ!」

「ならば、なおのこと、楯無しの鎧、持って行くが良い」

「お館様!」

「伊達の人質を取り戻し、しかるのち、鎧も必ず持ち帰るのじゃ!」

「はっ! 心得ましてございます!」

「ぬかるでないぞ、幸村!」

「お館さまぁ!」

「幸村ァ!」

「ぅお館さまぁ!」

「ゆーきむらぁぁ!!」

「うおやかたさまぁぁ!!」

「さて、と」  師弟の熱いやりとりをよそに、猿飛佐助はつぶやいた。

夜中、門が開き、勢い良く鎧を背につんだ馬にまたがった真田幸村が飛び出していった。

「片倉殿! この幸村、加勢いたす! 片倉どのーっっっ!!」

猿飛佐助も夜風のように真田幸村のあとを追う。

「うおぉぉぉぉー 待っていてくだされ、片倉殿。
真田幸村、いざ、全力で参る!」


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<おまけ・・・伊達政宗の英語セリフの訳や意味など。前回までにのせたものは除きます>

Not to worry ・・・心配いらねえ。 心配ご無用。