夜中に政宗さんはふいに目を覚ました。
起き上がった途端、わき腹を押さえてうめく

「アイツ・・・」  小十郎さんにやられたことを思い出したのだろう。

「手ひどくやられたのう」 

武田信玄が入り口に立って、外を眺めていた。
その背を政宗さんはじっと見ていた。

「竜の右目に右をとられたとあっては、独眼竜にとってこれ以上、手ごわい敵もあるまいて」

「笑い事じゃねえぜ」

武田信玄はわずかに顔を向けた。

「じゃが、銃創への直撃はわずかに避けておった。
 稀なる腹心を得たものよ」

「それより、真田幸村を行かせたのか。 ここにあった鎧は武田の・・・」

わき腹をおさえたまま、政宗さんは床の間に目をやった。
安置されていた立派な鎧がなくなっている。

「今のあれには必要なこと」  振り向いた武田信玄は腕組みをして政宗さんを見下ろした。

「もとより小事をおろそかとする者に、大事など為せぬでのう。
やがてこの戦国に終わりを告げ、次の世を担うは貴様たち若い者じゃ」

「フッ」

「ん?」 わずかな笑みをもらした政宗さんにけげんそうな目を向ける。

「そう言いながら、いつまでも世にはばかりそうなタイプだよな、アンタ」

「ふっ、分かっておるのう。ふっはっはっはっは!」

信玄公は再び背を向け、縁側に座り込んだ。高くのぼった月が静かな光を放っている。

「松永久秀はこれまで織田が相対したなかで、ただひとり、その命をとらなんだ武将。
 きゃつを魔王が支配下に置き、我らへの陽動を仕掛けさせたとみることもできようが・・・、おそらくそれはなかろう」

「なぜわかる」

「従うとは思わぬゆえじゃ」

「だったら魔王はなぜ生かした」

「分からぬが、そうよのう・・・めずらしきホトトギスを籠に飼うてみとうなったのやもしれぬ」

信玄公は立ち上がった。

「今は休め、独眼竜よ。 我らには貴様が必要じゃ」

「武田のオッサン」

「ん?」 去っていく足音が止まった。

「この礼は戦場で返す」  政宗さんはいつになく神妙な顔をしていた。

「魔王を倒したのち、上洛をかけて、あい戦おうぞ。
 あやつもそれを望んでおる」

「All right」  にやりと笑んだ信玄公に政宗さんも不敵な笑顔でこたえた。

       *       *       *       *       *

次の日、小十郎さんや真田幸村は伊達軍の人質を連れて、無事に戻ってきた。
小十郎さんに用事を言われて真田幸村のもとにいった私は、信玄公と面会中ということで、隣の間にて待たせてもらうことになった。
まわりは静かだし、ふたりの声はよく通るので、すぐそこにいるかのように会話が聞こえてくる。
とっても行儀が悪いとは思ったんだけど、ヒマだし、好奇心もあって、ついのぞいてしまった。
たぶんここ、何かがぶつかって、大きな穴が開いたのを修理したんだと思う。
覗くのにちょうどよい隙間を見つけてしまった。

「これは・・・!?」

箱におさめられた一振りの真新しい槍がふたりの間にあった。

「なんと素晴らしき拵え。ありがたき幸せにございます」

真田幸村は深々と頭を下げている。

「うむ! 時に幸村よ。
 先だっての一件にて、貴様なにをその胸に思うた」

「はっ! 松永久秀との戦いにて、某、お館様が折りにふれては申されるお言葉を思い出しましてございます。
人は石垣、人は城なり。 恐れながら、それを一言で申すならば、人こそが宝!
政宗殿が家臣を思う心、そして政宗殿を思う片倉殿、家臣たち。
主君のため身命を賭し、その天下を見届けるまで共に生き抜かんと誓い、またその礎となるためならば、いつでも死ぬる覚悟を秘めた、 我ら武田と違うことなきその姿に、宝の一文字が重なりましてございます。
家宝の鎧を無傷にて持ち帰ることは相成らず、遺憾ではありながら、お咎めなき故も拙者、それゆえなのではないかと」

「うむ」  武田信玄は立ち上がった。

そして真田幸村の方へ歩いていく。

「なっ」

ふたりはこぶしで熱く語り合っているらしいから、いつもの成り行きからいって、殴られると思ったのだろう。
けれど、かがんだ信玄公の大きな手は身を固くした真田幸村の頭をがしがしとなでていた。

「そのとおりじゃ」

「お館様」

「幸村よ。魔王を倒してのち、貴様はなんとする」

「はっ! いずこにて生まれ、いずこにて育まれようと、誰もが違わぬ人同士。
この幸村、お館様が治める日の本にて、皆が堅固な石垣と相成れるその日を目指し、賜った槍を携え、全力で戦う所存」

「よう言うた、幸村」  信玄公は立ち上がった。

「お館様!」  真田幸村も立ち上がる。

「幸村ッ!」

「お館さまっ!」

「幸村ーッ!」

「ぅお館さまっっ!」

・・・結局、この流れになるのね。
でもいいなあ。この師弟関係。政宗さんと小十郎さんみたいに信頼しあっているのがすごくよく分かる。
っと、マズイマズイ、ちゃんと座ってないと。
やがて真田幸村がやってきた。

「お待たせしたでござる。えっと・・・」

「天使と呼んでください。 私のほうは、幸村さん・・・とお呼びしてもいいですか」

「構わないでござる。で、天使殿、用向きとは」

用はあっさりすんだ。それほどたいしたことでもなかったし。
一呼吸おいて、私は別の話を切り出した。

「あの、幸村さん。昨晩は本当にありがとうございました。
幸村さんが鎧を持っていってくれなかったら、小十郎さんや人質になっていた伊達軍の人たちはどうなっていたか」

深々と頭を下げる。みんな無事で本当に良かった。

「礼には及ばないでござる。ところで失礼ながら、天使殿はどういう者であらせられるか。
ほかの者とは違い、つねに伊達殿に付き従っているようにお見受けいたすが」

「小十郎さんの遠縁です。見習いなので、そばにおいてもらっているんです」

本当は違うけど、伊達軍のなかでも私はそういうことで通っていた。

「なんと、片倉殿の」 

「はい。それでもしよろしければ昨晩のことを聞かせてくれませんか。
小十郎さんは寡黙な人なので」

「お安い御用でござる。
某が佐助とともに着いたのは・・・」

時に身振り手振りを交えて、幸村さんは話してくれた。
松永久秀が待っていたのは、大仏殿の跡地。

「これは・・・」 

門をくぐった先で、幸村さんは立ち尽くした。
薄紫の幻惑香の煙がうっすらと漂うなか、三人の死神部隊が倒れている。

「三好の三人衆か」

空気をかいだ猿飛佐助は手で口と鼻を覆った。

「竜の右目に姑息な手は通じなかった、てところだな」

「身代の品を携えやって来た者を討たんといたすとは」

「少なからず毒を吸わされている。松永と事に及んだら不利だ。急ごう、旦那」

「うむ」

長い階段をのぼり、大仏殿に進むと、柱に人質が縛りつけられ、小十郎さんと松永久秀が対峙していた。

「ごきげんよう。卿を待っていたよ。
屍として運ばれてくるかと思ったが、侮ってはならないようだ」

「この片倉小十郎、伊達に竜の右目と呼ばれちゃいねえ!」

唇の端を少しだけつりあげて笑った松永久秀は驚いたような色を浮かべた。

「これは意外。本当に竜の爪を携えてきたのか」

「欲しがりやがったのは、てめえだろうが!」

「独眼竜も奇特な男だ。たかが雑兵3人ごときにたやすく宝刀を差し出そうとは」

「そこらの軍と一緒にするんじゃねえ!
 伊達には雑兵なんざ、ひとりもいねえんだよっ!!」

人質にされた3人が息を飲むのが分かった。

「だからこそ覚悟ができているものとして時には見捨てもする」

「そうか。ではなぜ天下の趨勢危うき今、このような瑣末にとらわれ、のこのことやってきたのかね。
今こそ末端の一兵卒など見捨てるときだと理解するが」

「知れたこと。ここはそいつらの死に場所じゃねえ!
この戦国の世に徒党を組み、打って出た以上、最後まで誰一人かけずにいられるとは思っちゃいねえ。
ただ! ひとりたりとも無駄死にはさせねえ!
それが伊達の流儀。そして政宗様のご意思!」

小十郎さんは抱えていた竜の爪を空へ投げた。
六振りの刀が次々と地面に突き立つ。

「そいつは一度くれてやる。そのうえで俺と勝負しろ!
 俺が勝ったら、人質と刀、あらためて両方返してもらう。てめえも武士なら・・・」

六爪と幸村さんが持ってきた楯無しの鎧を眺め、松永久秀は目を細めた。

「よもや、これほどたやすく二つの宝がそろうとは。
頂いたからには、以上で終わりだ」

頭上に上げた指をパチンと鳴らした瞬間、あたりは爆音と劫火に包まれた。
約束通り伊達の宝刀と武田の楯無しの鎧を持ってきたのに、こともあろうに松永久秀は大仏殿を人質もろとも爆破してしまった。
そして爆発は小十郎さんと幸村さんがいるところにも及ぶ。

「ひとつ、ふたつ。人も物も生まれて壊れることの繰り返しだ」

爆発がおさまったあと、唯一無傷の松永久秀はゆっくりと歩を進めた。

「いつか壊れるものならば、欲しかる心に抗うことなく、奪い、愛で、そして好きなように壊せばいい」

「松永・・・!」  小十郎さんはよろけながら立ち上がろうとする。

「さあ、帰りたまえ。取り戻すべき人質はもういない。
私と戦っても無駄だ」

立ち上がって、松永久秀をにらみつける小十郎さんからは怒りが漲っていた。

「ずいぶんと機嫌が悪いようだが、何をそんなに怒っているのかね。
私は欲しいものを手に入れた。ただそれだけのことなのだが」

「てめえには地獄の扉の開き方を教えてやる」  刀を肩にかついだ小十郎さんの全身から闘気があふれている。

「卿は私の命を欲するか。
結構。欲望のまま奪うといい。それが世の真理」

松永久秀が腕を振って合図すると同時に、あらゆるところから巨大な爆弾を背負った兵たちが飛び出てきた。
けれど、所詮金で雇われた雑兵。敵にもならない。
刃が一閃し、なぎ払えば、背負っていた爆弾からガスが噴き出て、あたりに充満した。

「松永、てめえは駄々をこねる餓鬼と同じ。いや、ごみ以下だ!」

煙のなかを一直線に向かってくる小十郎さんに、松永久秀は余裕の笑みをみせた。

「まさかとは思うが、その体で私に勝てると思っているのかね」

「なに? ぐっ!」  のどを押さえ、小十郎さんはその場にひざをつく。

「ふふふふふ。悶死の香。卿がすでに吸っている毒と身のうちで致命的な相乗効果を生む秘薬だ。
 ふっ、卿らは勝てぬ!」

松永久秀は攻撃に転じた。戦国の梟雄の二つ名を持つだけあって、鋭い剣さばきだ。
小十郎さんは防戦一方。かろうじて、振り下ろされる刃を食い止めている。

「竜も、そして虎も尻尾の先を惜しんでいては、すべてを喰らわんとする魔物を相手に生き残ることは難しい。
まして天下などいわずもがな。そして厭世と物欲に生きる私にすら、決して勝てはしないだろう」

「てめえのごたくは聞き飽きた!」   押されながらも、小十郎さんは屈しない。

「ふっ。 !?」   ふいに松永久秀は飛びのいた。

猿飛佐助が炸裂弾を投げつけ、あたりにまた新たなガスが充満する。

「うおおおおおーーーっ!」  同時に幸村さんが槍をふりまわし、よどんでいる悶死香を吹き散らした。

「片倉の旦那!」   ガスを吸わないよう、口を押さえる小十郎さんに佐助が叫ぶ。

「毒消しの炸裂弾だ。深く息を吸え」

深呼吸をした小十郎さんは、再度打ちかかってきた松永久秀の刀をはじくと、ふうっと大きく息をついた。

「もらうぜ、松永久秀。 ぬばたまの闇に光ひとつ!」

小十郎さんの剣の直撃をくらい、石仏にたたきつけられた松永久秀はそれでも笑っていた。

「ふはは。気の毒だが、卿らもいつかは朽ちゆくのだ。
 所詮はすべて無に帰すもの」

「俺たちはただじゃ朽ちねえ。己が生きた証を必ず残す。
 たとえ、形などなくてもな」

「ふはははは。涅槃まで抱いていける宝などありはしない」

「心配ねえ。てめえが行くのは地獄だ。先に行って待ってな」

「心得た。しばしの別れだ。竜の右目!」

また大きな爆発が起こった。
小十郎さんの目の前で大仏殿が燃えている。

沈痛な面持ちで小十郎さんは大仏殿を包む炎を見ていた。

「恩に着るぜ」  それでも後ろからやってきた幸村さんに礼を言う。

「いや、さぞ無念であったかと。 !? あれは・・・?」  幸村さんは炎の中に浮かび上がった影を見た。

「ま〜つ〜な〜が〜〜」

その炎の中から出てきたのは・・・人質にとられていた伊達軍の3人だった。

「野郎、これしきでくたばると思うなよ」
「爆弾上等。いくらでもこいやぁ!」
「筆頭の刀は、渡さねえぞ!」

「おめえら」  小十郎さんは半分あきれたような、そんな顔をして、そして笑った。

「なんと・・・」

「うっそだろ?」  幸村さんも猿飛佐助もさすがに驚きを隠せない。

「すいやせんでした。片倉様。 面目ないっす」

「おめえら、よくぞ」  うなだれる3人にかける小十郎さんの声は優しかった。

「片倉様、言ったじゃないっすか」
「ここは俺たちの死に場所じゃねえって」
「死ねるわけねえっすよ。筆頭が天下とるまで」

「ああ・・・そうだな」

夜が明けて、青空の下、笑いあう小十郎さんと伊達軍の3人を見て、幸村さんもまた笑顔を見せた。

「ようござった。まことの宝とは・・・」


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