顔見知りになった幸村さんとはその後、顔をあわせれば声をかけるようになった。
今では時々、政宗さんの休んでいる鎧の間近くの庭に寄っては、私を見かけると話しかけてくれる。
「伊達殿の具合はいかがでござるか」
会話の内容はたいてい、というかいつも、政宗さんの様子についてだったけど。
「はい。だいぶ良いみたいです。これも家柄にとらわれず受け入れてくださった武田の方々のおかげ。
本当にありがとうございます」
「それは何度も聞き申した。此度のことはすべてお館様がなされたこと。
某に礼を言われても困るでござる。 ? どうかしたでござるか」
私が、くすっと笑ったのに気づいてたずねてくる。
「幸村さんが私に話しかけるのは、いつも政宗さんのことだなと思って」
「そうでござるか。いや、そんなつもりはなかったのでござるが・・・」
少し困ったような様子がまた笑みを誘った。
本当に素直な人なんだな。信玄公だけでなく、まわりの人みんなから愛されてそう。
「幸村さんはピュアで、まっすぐで、うらやましいくらいです」
「ぴゅあ? “ぴゅあ”とは、どのような意味でござるか」
「ああ、すみません。純真ってことです」
「うむぅ・・・、天使殿も伊達殿もたまに妙な言葉を使われる」
「幸村さんが政宗さんを気にかけるのは、ライバル・・・じゃなかった、好敵手だからですか」
「いかにも!」 幸村さんの目が輝いた。
「強き者とあいまみえてこそ、心がたぎるというもの。
伊達政宗殿ほど、戦っていて心がたぎった者はござらぬ!
今は第六天魔王たる織田信長を倒すことが、お館様のご意思に報いる道でござるが、某が本当に戦いたいのは」
目の前に持ってきた両のこぶしをぐっとにぎりしめる。
「独眼竜、伊達政宗。
魔王を打ち倒したのち、必ずや天下分け目の戦場にて」
・・・そういえば、政宗さんもそんなことを言ってたよな。
戦っていて、クールでいられなくなるのは、真田幸村ただひとりだと。
まるで両思いみたい。と、そんなこと思っても、戦場で殺しあうのを考えると、複雑な気持ちになる。
こんな戦国の世でなければ・・・。
「天使殿?」
はっと顔を上げた私は、そのまましばし固まってしまった。
幸村さんがすぐ目の前で私の顔をのぞきこんでいたから。
「な、なんでもありません。 ああ、そういえば、幸村さんって髪長いですよね」
思わず、一歩あとずさる。顔が熱くなってしまったのがバレないよう、幸村さんの髪をのぞきこむふりをして顔をかくした。
熱血ぶりに目がいきがちだけれど、幸村さんって何気に整った顔立ちしてんのよね。
いきなり至近距離で見つめられると、どきっとしてしまう。
「戦っているときにつかまれたりしないんですか。 長いはちまきもしてるし」
いっつもひとつに束ねているから前から見ると分からないけど、幸村さんの後ろ髪って腰ぐらいまである。
後ろだけ伸ばしているちょっと変わった髪形。三つ編みしてみたい気がする。
「ああ、そっか。 きっと槍だからそんな近くに入ってこれないんですね」
武器が槍じゃなくて刀だとしても、あの運動神経を考えたら、全然問題なさそうだけど。
話しかけたくせに、ひとりで結論を出した私を幸村さんは不思議そうに見ていた。
「そういうことは考えたこともござらんが・・・。 天使殿はおもしろいことを思いつくでござるな」
そう言って笑う。つられるように私も微笑んだ。この人の笑顔は優しいな。
「幸村さんはモテるんでしょうね」
「い、いきなり、なにを申されるか!? そそ、某はおなごの扱いに不慣れで、かたっくるしいゆえ・・・」
「ふふふっ」 真っ赤になって俯いてしまうのが、本当に
「おい」
「伊達殿!」
いつのまにか部屋の障子が開いていて、政宗さんが柱によりかかって、こちらを見ていた。
顔を見るまでもない、声だけですごく不機嫌なのが分かる。
「外に出てだいじょうぶなんですか」 政宗さんのほうに数歩歩き出す。
「そう思うんだったら、とっとと戻って来い。
アンタは鉄砲玉か。行ったきり戻ってこねえと思ったら、そんなところで道草食いやがって」
「すみません」
政宗さんは視線をめぐらせた。
「真田幸村、アンタもだ。 仲良くなる相手を選ぶこったな。
でなきゃ、肝心なときに槍が鈍ることになるぜ」
そういうと、政宗さんはくるりと背を向け、部屋に戻っていった。
振りかえって幸村さんに軽く頭を下げると、私は小走りに政宗さんのあとを追う。
政宗さんは、わき腹を押さえたまま壁に手をついていた。
さっきは平気な顔をしていたけど、本当はまだつらいのかもしれない。
「だいじょうぶですか」
体に手を添えると、倒れこむように重みがぐっと乗ってきてよろけた。でもなんとか踏みとどまる。
「政宗さん? ・・・すみません。休んでいたのにうるさくしてしまって。
いつから気づいていたんですか」
「アンタが真田幸村に見つめられて真っ赤になったところから」
「!? そ、そんなことは」
「おい」
すぐ耳元で声が聞こえた。
「アンタはオレの天下取りを見届けるんだろ。だったら、オレの目の届くところにいろ。
余計な世話かけさせんじゃねえ・・・」
背中にまわされた腕に力がこもって、私を引き寄せる。
つぶやくような声だったけど、はっきり聞こえた。
政宗さんの言いたいことはよく分かる。
私は伊達側の人間だ。仲良くなったら、もしかしたら、幸村さんは政宗さんと戦うときにためらってしまうかもしれない、そういうことなのだろう。
でも私と幸村さんの間に限っては、友情こそあれ、愛情とか恋なんて類はまずないと思う。
だって幸村さん、私を男だと思ってるから。
* * * * * *
しばらくは平穏な日々が過ぎた。
政宗さんは順調に回復している。
「・・・・・・」
私は眠っている政宗さんをじっと見ていた。
目を閉じているとこんなに印象が違うなんて。すごく新鮮で、全然見飽きない。
普段は鋭い眼光ばかり意識してしまうから、この機会にじっくり観察してみるのもいいかも。
眠っている顔は素直にきれいだなと思った。
3本の刀を片手に持つ手も、ごついというより、大きくてしなやかだ。
指の間に刀をはさんで振り回してるんだから、力も強いだろうし、引き締まった美しい手。
触ってみたい。見ているうちに好奇心がむくむくとわいてきた。
・・眠っているし、気づかれないよね。
ちらっと顔を見て、眠っているのを確認すると、そろそろと手を伸ばして政宗さんの指に触れる。
両手ですくうように手をとると、重みと温かさを感じて、急にどきどきしてしまう。
「あんまり無茶しないでね」
ささやくようにつぶやいた。
わき腹を銃弾が貫通した状態で明智光秀と戦ったなんて・・・。ため息がでる。
小十郎さんが政宗さんのことを常に案ずる気持ちがやっと分かった。
戦の多い世の中だけど、せめて怪我がなおるまでは安らかに。
「Rest in peace」 包みこんだ手を置いて、そっと離そうとした瞬間、
「オレを殺す気か」
「?!」 眠っていたはずの政宗さんがこっちを見ていた。
とっさにひっこめようとした手は、逆に力強く握られて、びくともしない。
何かに気づいたのか、政宗さんは外にちらっと目を向けた。
私もつられて外を見た、と同時にいきなり手をひっぱられた。
体勢が崩れて・・・ 何がおこったのかよく分からない。
気がつくと、布団の上に仰向けに倒れこんだ私に覆いかぶさるようにして政宗さんがいた。
すぐ上から見下ろしている。
これはいったい・・・。状況を理解できない私を見て、ニヤっと笑った。
「寝込みを襲うなんて、fair じゃないねえ」
「なっ・・・」 急に顔が燃えるように熱くなるのが分かった。とにかく近い、近すぎる!
起きあがろうとしたけど、両方の手首を押さえられていて、全然動けない。
そのとき、
「真田幸村でござる。伊達殿、失礼いたす」
声のあと、しばらくして障子が開いた。
幸村さんも最初、この状況が理解できないようだった。
こちらを凝視して、数秒後、
「は、破廉恥でござるっ!!」
「幸村さんっ! 違っ!! 待って!」
はっと気づいた私が言い訳する間もなく、あっという間に走り去ってしまった。
「ぷっ くくくくくっ」
ふいに身を離した政宗さんは我慢できないように笑い出した。
「政宗さん? ・・・まさか」
やっと分かった。政宗さんは幸村さんが来るのに気づいて、私たちふたりをからかったんだ。
「政宗さんっ! 人が本気で心配してたのに!」
「アンタが油断するのがいけないんだぜ」
楽しそうに笑っているその横で、私は、すうっと血の気が引くのを感じていた。
布団の上に座り込んだまま動けない。
そんな私の様子に気づいた政宗さんから笑みが消える。
「どうした。そんなにショックだったのか」
「当たり前です! 幸村さん、絶対に誤解しましたよ。
どうしよう・・・。政宗さんはいいですけど、私はこれからいったいどんな顔して、幸村さんに会えば・・・」
「そうかい」 素っ気無い声がかえってくる。
「幸村さんは私を男だと思ってるのに。
衆道の関係なんて思われたら・・・! もう顔をあわせられません!」 両手のなかに顔をうずめる。
「何だ、そっちか・・・って、ちょっと待て。
オレはいい、とはどういう意味だ!」
「政宗さんは自業自得です!」
やれやれ、とでも言いたげに、政宗さんは小さく息を吐いた。
でもその表情はどこかほっとした色を浮かべている。
しばらく私を見下ろしていたけど、やがて、さばさばとした口調で言った。
「ま、誤解されたものは仕方ねえ。真田幸村に見る目がなかった。それだけのことだ。
それともアンタが女だって、アイツの目の前で証明するか」
私はあぜんとして、余裕めいた笑みを浮かべている声の主を見上げた。
なんという切り替えの早さ。
そもそも誤解を招いた原因は政宗さんにある。どうして私ひとりがここまで悩まなくてはならないのか。
なんかこう・・・・・・、理不尽な思いがわきあがってきた。
「政宗さん」 私はゆらりと立ち上がった。
「なんだ?」
「さっき、思いっきり笑ってましたよね。
良かったです。あれだけ笑っても平気なら、ずいぶん怪我は良くなったんですね」
「あ? ああ・・・」
もはや遠慮は無用ということでしょうか。
私は武器を構えた。
「っと、そうアツくなるなよ。 Cool にいこうぜ。話せば分かる・・・」
「No argument! からかうにもほどがあります!」
その後、騒ぎを聞きつけて戻ってきた幸村さんは私の様子を見て、あわてて仲裁に入った。
ものすごく混乱していたようだけど、そういうところは律儀だなと思う。
<おまけ・・・英語セリフの訳や意味>
Rest in peace. (安らかに眠れ) ・・・ 頭文字の 「RIP」 は墓石によく刻まれる文字です。
No argument! (問答無用!) ・・・五・一五事件で有名なやりとりですね。