小十郎さんがひとり、炎に包まれた本能寺に入っていってから、だいぶたつ。
炎はますます勢いを増していた。
なかには政宗さんと幸村さんもいるはずだ。
着いたときにはあたりに人影はなく、織田の軍勢がひそんでいる気配もない。
いったいどうなっているんだろう。
ただ待っているだけがこんなにつらいなんて。

なんだろう、この気持ち。

甲斐からここに来るまで、馬を走らせながら、ずっと考えていた。
一言で言えば、落ち着かない。
不安、怯え、焦り・・・どれもそうとも言えそうで、違う気もする。

小十郎さんは私が本能寺のなかまでついていくのを許さなかった。
当たり前といえば、当たり前なんだけど。。。
突然起こったどよめきに、とっさに本能寺の奥に目をこらした。
中門に人影が見える。あれは・・・!

「筆頭!」
「幸村殿!」

伊達軍、武田軍双方から声が上がる。
政宗さんと幸村さんのふたりが炎のなかから姿を現した。

「これほどとは・・・」  幸村さんは表で待つ連合軍を見て、驚きの声をもらした。

一方、政宗さんは幸村さんの横からすっと離れると、唇の端に笑みを浮かべ、私に言った。

「Long time no see. やっとお目覚めか。
ん? どうしたそんな顔して。オレに会えなくて淋しかったか」

からかうように隻眼がのぞきこむ。
私はどんな表情をしていたんだろう。
でも・・・本当にさびしかった、のかもしれない。
会えてうれしい。心からそう思う。
甲斐を出てからずっとつきまとっていた重苦しさはいつのまにか消えていた。
久しぶりっていうほど長く離れていたわけではないけれど、でも政宗さんがいない時間は長く感じた。
伊達軍のみんなと同じく、私もいつのまにか政宗さんを心の拠り所にしていたみたい。
戦場が怖くなかったのも、きっと政宗さんがそばにいたからだったのだろう。

「はい」  無意識にそう答えていた。

「っと。そんなに素直だと調子狂うぜ」

つと、政宗さんは私の耳に口をよせてささやいた。

「・・・オレもだ」

「え?」

「アンタがまわりをうろちょろしてねえと落ちつかねえ」

! 思わず間近で見つめてしまった政宗さんの目は思いのほか優しくて、こんな表情をするときもあるんだ、と意外に思った。

「筆頭、片倉様は・・・」

伊達軍の人の声に振り返ったときは、すでにいつもの挑戦的な眼差しに戻っていたけど。

「ああ、小十郎ならちっとばかし野暮用があってな。
片付けてから来ることになってる」

猿飛佐助をつれて、幸村さんがやってくる。

「政宗殿、安土への進路でござるが、佐助の報告によると・・・」

幸村さんたちと安土へのルートを決めている政宗さんのそばに立ち尽くしたまま、私は胸を押さえていた。
心臓がどきどきしている。さっきの政宗さんの声と眼差しが頭から離れない。
・・小十郎さん、どうしたんだろう。
もてあます思いを振り切るように、私は炎に包まれた本能寺の奥へ目を向けた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「右目を名乗るなら、その左目はいりませんね」

炎に包まれた広間で明智光秀と小十郎さんが対峙している。

「覚悟はできてるぜ。
この片倉小十郎、たとえ両の目を抉られようと、竜の右目の二つ名を捨てるつもりはねえ!」

奇声をあげ、明智光秀が襲いかかる。
寺を焼く炎のなかで、さらに刃がぶつかりあう火花がとんでいた。

「貴方の血と涙で癒してください。この魂の渇きを」

「唸れ、鳴神!」

勢いよく突き出された刀から放たれた衝撃波が明智光秀を直撃した。
炎でもろくなった柱が崩れ落ちる。

「すごく痛いですね。それに熱い」

明智光秀は戦いを、痛みすら愉しんでいる。

「心配いらねえ。俺がてめえの火を消してやる」

「熱い・・・熱いよ・・・信長様・・・濃、姫さま・・・」

刀を手に、蘭丸がふらふらと中に入ってきた。
だけどひどく衰弱しているようで、ばったりと倒れてしまう。
それを見て取った明智光秀は素早く駆け寄ると、蘭丸の服を鎌にひっかけてぶらさげた。

「てめえ!」

「心ゆくまで楽しみましょう」  狂気の笑みが浮かぶ。

「貴方に子供は殺せませんよね。フッフッフッフッフ。
どうします? 弱っていますよ。
早く助けないと死んでしまいます。ふっふっふっふ・・・は?」

笑みが驚きに変わる。
小十郎さんは蘭丸に構わず、つかつかと寄っていった。

「そいつはただの餓鬼じゃねえ。
散々、人を殺めてきた、織田の武将だ!」

ぐったりとしていたはずの蘭丸が驚きに目を見開く。
小十郎さんはいったん刀を床に突き刺すと、すぐに引き抜き、躊躇なくなぎ払った。

「うわあ!」

最初の一撃で、蘭丸の体が大きく外にはね飛ばされる。
続けざま、怒涛の連続攻撃が明智光秀に襲いかかった。
普段、政宗さんを諌めている冷静な小十郎さんからは想像できない苛烈さだ。
これは・・・もしかして、キレちゃってる?

「痛い、痛・・・ああ、痛い・・・」

言葉とはうらはらに明智光秀は恍惚とした表情を見せていた。

「明智光秀、てめえのやり口、ひとつ残らず許せねえ!」

小十郎さんの剣圧で壁に叩きつけられた体は、同じく壁に突き立った自らの鎌に衣服のひもがひっかかり宙吊りになった。

「おや、足がつきませんねえ。あ、ああ。ぞくぞくします」

明智光秀の前に立った小十郎さんは両手で乱れた髪を後ろに撫でつけた。

「あの世で政宗様の天下取りを見物してな」

くるりと背中を向ける。

「あ、ああ・・・もっと、あ、ああ、もっと・・・遊んでくださいよ」

伸ばされた手にこたえることなく、小十郎さんは炎の向こうに消えてゆく。

「あ、ああ、足りません。
もっと現を味わい尽くしたい、もっと!
あ、ああ、これが煉獄・・・ ああ、いい、もっと・・・!」

屋根が焼き落ち、本能寺は炎のなかに崩れ落ちた。

「はあっ、はあっ、はあっ」

地面に手をついて、苦しそうに肩で息をしている蘭丸に、小十郎さんは籾米がつまった小さな袋を差し出した。

「織田は俺たちが滅ぼす。おまえの帰る場所はもうなくなる。
これからはひとりだ。どこへなりと仕官して、自分の力で生きていくんだな」

手の平の上にのせられた袋を見つめている蘭丸を残し、小十郎さんは去っていった。


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<おまけ・・・このページに出てきた伊達政宗の英語セリフの訳や意味など>

Long time no see.  (久しぶりだな)
ここではオリジナルですが、戦国BASARA3の武将選択でこのセリフを言っています。