「政宗さん」

「なんだ?」

「本能寺のことを話してくれませんか」

「お、おまえ、今、それを言うのか」

「はい。・・・ダメでしょうか」

「あー! わかったよ! 分かったから、そんな顔をするな」

「ありがとうございます」 

政宗さんはあぐらをかいて座ると、武田屋敷を出てからあとのことを話してくれた。

  *     *     *     *     *     *     *

森の中を砂煙をあげて二頭の馬が駆けていく。

「特別招待の party だ、気合入れていくぜ! 真田幸村」

「我が心、熱く燃える! いざ本能寺へ、全力で赴かん!」

「武田のオッサン、死ぬんじゃねえぜ。
あんたらと取り合う天下をまずは守ってみせる。お楽しみはそれからだ」

「お館様! お館様の目指される平和な天下を築くため、某は政宗殿と運命を共にいたす所存。
お館様の後ろ盾あらずとも、必ずや魔王を討ち果たしてごらんにいれまする!」

本能寺ではかがり火かいくつも焚かれ、兵が厳重に警備していた。

「見えてきたぜ。真田幸村! Are you ready?」

「たとえ百の矢を浴びようとも、止まりはいたさぬ!」

「上等!」   政宗さんは刀を抜いた。

異変に気づいて、本能寺の門兵たちが集まる。

「やつらに用はねえ! 一気にいくぜっ!」

「心得申した!」

「Here we go!」

馬が大きく跳躍し、門を飛び越えた。
中庭に着地したとき、政宗さんたちの姿は馬上にはなかった。
空中で馬から飛び出し、そこからさらに遠くへ降り立つ。

「奥州筆頭、伊達政宗! 魔王の首をもらいに来た!」

「某は武田の将、真田源次郎幸村! 出でよ、織田信長!
そして卑劣なる武将どもよ。 いざ、尋常に勝負!」

戸が開き、待ち構えていた織田の兵がいっせいに襲いかかる。
六爪がうなり、二槍が風を切る。雑兵たちがいくらかかろうとも、ふたりの敵ではない。

「出てこねえなら・・・」  政宗さんは不敵な表情を本堂に向けた。

「こっちから行くぜ!」
「こちらから参る!」

中門のあたりで戦いが繰り広げられる。

「織田一党! 貴殿らも武人ならば、この勝負、受けられよ!」

「どこにいやがる、第六天魔王! 明智光秀!」

畳敷きの大広間にかけこんだが、そこはもぬけのから。

「どこにもおらぬ!」

「Shit! どうなってやがる」

「ふっふっふっふ。そうでしたか」

! 聞き覚えのある声に、ふたりはほぼ同時に振り返った。
ゆっくりと広間に足を踏みいれた人物を見て、幸村さんが怒りに目を見開く。

「明智光秀!」

「ずいぶんと待たせるじゃねえか。
魔王のオッサンはどこでくつろいでやがる」

「どうやら、ハメられたのは私のほうだったようですね」

明智光秀の背後で扉がしまり、火矢がいっせいに放たれた。

「てめえ・・・見限られたな」

「ま、政宗殿・・・?」  なんのことだか分からない幸村さんが目で問いかける。

明智光秀を見据えたまま、政宗さんは言った。

「ここへ向かった信長は影武者だ。この寺に魔王はいねえ。
織田信長はヤツとオレたちを、この本能寺で心中させる気だ」

「帰蝶・・・私は貴方を甘くみていたようです。
最高のご馳走を食べ損ねた気分というのは、最悪なものですね」

帰蝶とは濃姫のことだ。濃姫は明智光秀の謀反に気づいて、逆にそれを利用したってことだろうか。

「オレたちもろとも魔王を倒して、てめえが天下を取ろうってハラだったのか」

「天下に興味などありません。
第六天魔王を名乗る不世出の武将が、報仇の軍勢に大挙して襲われ、泣き叫び、命乞いする姿を見たかった。
そして最後にその息の根を、この手で」

淡々と政宗さんの言葉に答えていた明智光秀は、織田信長を討ち取る話になると、自分を抱きしめ、恍惚とした表情を浮かべていた。

「なんたること! 主君を殺めんと望む武将がおろうとは!」

「その主君もこいつを殺そうとした。
So crazy. どっちもどっちってやつさ。・・・来るぜ」

「このやり場のない昂ぶり、貴方がたで晴らさせてもらいますよ」

奇声を上げて、2本の鎌を振り回す。
ゆらゆらと踊るように動く独特の鎌裁きは、政宗さん、幸村さん、ふたりを同時に相手しても一歩も退かない。
ふたりの前後からの攻撃を鎌で受け止めた明智光秀は、うつむいていた顔を上げた。

「悪くありません。楽しめそうですね」

垂れ下がった長い髪のあいだから、狂気が見え隠れする。
炎に包まれた広間を抜け、中庭に出た。

「明智光秀! 甲斐の民を巻き込んだお館様への卑劣な不意打ち、断じて許さん! てやあ!」

すぐさま追って出た幸村さんの2本の槍を2本の鎌が受け止める。
激しい刃の応酬のなか、明智光秀は槍を鎌にからめとると、その勢いを利用して、槍を持った幸村さんごと投げ飛ばした。

「ぬおっ!」  ぶつかった石灯篭が砕け、なおも土煙をあげて寺を囲む石壁付近までふっとばされる。

「愚直なる若き虎。甲斐の虎と違って貴方には何の策も要りませんね」

「アツくなりすぎるな、真田幸村」   明智光秀の背後に政宗さんがあらわれた。

「Cool にいこうぜ」

「かっ、かたじけのうござる」

「ふっふっふっふ」  明智光秀は政宗さんを振り向いた。

「この火のなかで、難しい相談かもしれません」

今度は政宗さんと明智光秀の戦いが始まった。

「ああ、痛い。さすがは独眼竜。 骨の髄がわななくようです」

! いったん距離をとったふたりの間の地面に、突然、無数の矢が突き立った。

「よっと」  弓を持った少年が明智光秀の隣に降り立つ。

「蘭丸?」  思いもよらぬ者の登場に、明智光秀からかすかな驚きの声がもれた。

弓に矢をつがえながら、蘭丸は言った。

「おまえのことはあんまり好きじゃないけど、かわいそうだから助けてやる。
だから、信長様に謝れ」

「フン、しおらしいこと言ってくれるぜ」

政宗さんは自分に矢を向ける小さな乱入者を見据えた。

「な、なにやら複雑な気持ちになるでござる」

「だからアンタはしんどくなるんだよ」

飛んできた矢を一刀両断にする。
次々と放たれる矢を刀でことごとく叩き落していく。

「そもそも、こっちが全部正しいわけじゃねえ。
先を見据えていればこそ、非道も道のうちになるのがこの戦国だ」

しばらく無言だった明智光秀が口を開いた。

「ふっ、落ちたものですね。子供の憐れみを受けようとは。
分かりました。信長公に心よりお詫びすることにします」

今度は政宗さんと蘭丸の戦いになっていた。
空高く飛び上がった蘭丸から無数の矢が降り注ぐ。

「子供が邪魔すんじゃねえ!」

「蘭丸は子供じゃないっ!」

しかし着地したとたん、容赦ない政宗さんの一撃を受けて、小さな体は本殿のなかにふっとんだ。

「うう、いっつっ・・・、あっ、ああ」

のど元に突きつけられた刀の切っ先に、おびえた色がよぎる。

「とっとと終わらせねえとな」

冷たい目で見下ろしたまま、ゆっくりと刀を上げ、頭上でぴたりと手を止める。
あわてて逃げていく蘭丸を政宗さんは追わなかった。

炎に包まれた大広間では、幸村さんと明智光秀が戦っていた。

「痛いですね・・・」

血が流れた頬を快楽の笑みに歪ませる。

「そろそろ決めるか」   槍を構える幸村さんのそばに政宗さんがやってきた。

「政宗殿、この勝負、やはり某に・・・」

「政宗様!」

「小十郎、来やがったか」  駆け込んできた姿を認めて、ニヤリとした笑みが浮かぶ。

「魔王は安土山に。越後の忍による確かな情報」

小十郎さんは明智光秀に目を向けた。
髪で目が隠れているのもあるが、押し黙ったままの今の明智光秀の表情からは何も読み取れない。

「禍雲に覆われし山頂に築かれた大城塞にて、天下布武の総仕上げにかからんとしております。
今をおいて、時はございませぬ。表に待つ軍を率いて魔王のもとへ」

明智光秀のほうへ歩をすすめた小十郎さんは幸村さんを振り返った。

「おめえもだ、真田幸村」

「しかしっ! この者との決着を!」

「ここは俺に任せろ!
私怨にかられて大儀を忘れるんじゃねえ。
てめえが甲斐の虎に誓ったのは、しみったれた仕返しなんかじゃねえはずだ」

「ぬぅ・・・いかにも」 

もっともな言葉に幸村さんは目をふせた。
政宗さんも刀をおさめる。

「OK, ここは任せたぜ、小十郎」

「お預けいたす、片倉殿」

ふたりは走り出ていった。

「安土城、落成していましたか。
最後の宴にはそちらが似合いかもしれません」

明智光秀は薄い笑みを浮かべていた。

「あいにくだが・・・」   小十郎さんは刀を抜いて身構えた。

「てめえはお呼びじゃねえ」


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<おまけ・・・伊達政宗の英語セリフの訳や意味など>

Are you ready?   (準備はいいか)

Here we go! ・・・ 行くぜっ! 始めるぜ!

Shit!  (くそっ!)

So crazy. (いかれてやがる)