第7話 タクティシャン
豊臣軍を厳島から撤退させてから、しばらくたった。
血で穢された厳島を浄める間も、神子探しは続けられていた。
しかし、島内はもちろん、本土や領地外である四国の海辺までも捜索の手は及んだものの見つからず、
何の手掛かりもないまま、捜索は終了した。
戦によって失った兵の補充も終わり、戻りつつある日常は、何者かの襲撃により突如破られた。
「元就様! 敵襲、敵襲にござりまする!」
「慌てるでない。皆の者、防衛戦を展開する」
「そ、それが」
言い淀む兵に目を向けた。
「狼狽えずに申せ」
「はっ。爆発音がしたので確認したところ、大筒を引っ提げた南蛮の大男が一人立っておりまして」
「…それで?」
「訳のわからぬ事を喚いております。どうやら元就様に謁見したい様子」
「追い払え」 即答で切り捨てた。
「狼藉を働かんとする者ならば、問答無用で討ち果たして構わぬ」
「はっ。承知つかまつりましてございます」
しかし爆発音が連続して聞こえたかと思うと、ふたたび兵が駆け込んできた。
「元就様! 畏れながら、我々では歯が立ちませぬ」
報告している間にも騒ぎは近づいており、異国の風貌をした巨漢があらわれた。
両手にひとつずつバズーカ砲を持ち、遠慮なくぶっぱなしている。
元就を認めるなり、侵入者は両腕を広げ、ダミ声で叫んだ。
「今日はアナタにトテモいい話持って来まシタ。
ザビー教がタクテイシャンを募集してるヨ!」
「何だ貴様は! この厳島から即刻立ち去るがいい!」
「アナタこそが日本一の戦略家デース! 何がナンデモ入信させマース!
アナタに会えたこの幸せッ! ザビー感激ッ!
さア、入信の血判状へ、サインサイン!」
「じょ、冗談じゃない! 見苦しい南蛮人よ、立ち去るがよい!」
「アラヤダ照れてるのネ、このヒト。賢いアナタ、ザビー教にぜひ欲しいネ
アナタを改心させる作戦を練って来マシタ」
「作戦だと? ふん、見せてみるがいい」
意想外の出来事に動揺しながらも、作戦には興味をひかれたようだ。
「アナタには足りないものがあるヨ それは愛、これも愛、スベテ愛ッ!
アナタに教えてあげマス! 必殺愛の方程式!」
「ほう…それは我の知らぬ計算式だ」
「愛はイレギュラー! 愛は計算外! アナタの智略も、コレでパーフェクトッ!」
「フッ…愛とはなんであろうな…」
「これから聞かせるのはアナタを許す愛の歌!
知略を越えた愛の奇跡を起こすのデス」
「愛で我を侵食するのか…! 愚劣な…!
なんだこの歌は…頭が痛い…」
「グフフ…いい調子ネ
アナタ、長い間大声出していなかったネ? ワタシと一緒に歌いまショウ」
「なぜこんなにも懐かしい…?」
「タクティシャン、これでアナタも幹部デス」
「我を幹部に…? フ、見る目はあるようだな」
「アナタ、今日からサンデー毛利ネ 第二の人生は指揮者デス」
「いいだろう…貴様の歌、我が整えてやる」
やがて歌の力で愛を広めるべく、ザビーは去っていき、
元就が平静を取り戻した頃、全国各地でのリサイタルショーを終えたザビーが、何の前触れもなく再び現れた。
「会いたかったヨ、タクティシャーン!」
「わ、我に半径五尺以上近づくな…!」
「ソンナ…! ワタシとの事は遊びだったノ!?」
「我は…我は愛など、貴様など知らぬ…!
この感覚は…なにやら寒気が、うっ」
「グフフ…アナタの名前を言ってミテ?」
「わが名はサン…否、毛利元就…!
わが胸の内で何かが開く。
ならぬぞっ! この扉を開けてはならぬ。
わが名はサンデー ちがう、毛利元就!
れっきとした日輪の申し子なり!」
「ワタシの歌を、聞きなサ〜〜イ!」
ザビーは大きなダミ声で高らかに歌い始めた。
「くうっ、頭蓋に反響する…っ!」
「そろそろ歌うの飽きてきまシタ…
もう満足したカラ、お家に帰りマース」
ザビーが去って、数か月後・・・
平穏な厳島にその少年は突然やってきた。
「伝説のタクティシャン、迎えに参りました!」
「タクティシャンだと…? 何だ、それは…」
「ザビー教の伝説の信者! その名はサンデー、太陽を背負いし者。
何をしているのです、コーラスの準備を!
あなた〜の居場所はそこじゃない。僕ら〜と〜 …行きましょう〜♪」
・・何だあれは…我すら及ばぬ未知の策か?
この身を貫く寒々しさは何だというのだ。
「ザビー教…知らぬな、欠片の興味も湧かぬ」
「そんな…あなたほどのお方がなぜ…!
乱世の波で歪んでしまったのですね? 僕があなたの真の姿を開放してあげます!」
「戯言を… 我が知略の前に尾を巻いて帰るがよかろう」
「築き上げた伝説を忘れてしまったのですか!」
「下らぬ…貴様ら相手に誇る功績などないわ」
「あなた〜は偉大なお方〜♪ ザビ〜様の〜お唄〜も整えた〜♪」
「何を喚いている…我にそんな記憶、は…」
「僕の…唄も〜整えて下さい〜♪」
「愚かな、我が整えるのはザビー…いや…」
「輝けるサンデー〜 マネージャーはサンデー♪」
「当然だ、我以外の誰に務ま…」
「あなた〜の心を救いたい、僕は〜宗麟〜♪」
「我に救いは要らぬ…我は惑わされぬっ…!」
「タクテイシャン、目覚めの時は今です!」
「黙れ…我はもう二度と白に染まらぬ…!」
「サンデー! 入信希望者が待ってます!」
「ああ…! 我の日輪で彼の者等の運命を照らさん!
…………待て。どうした我…正気を保て…!」
「ザビザビザビザビザビザビザ〜♪ ソリソリソリソリソリソリソ〜♪」
「あ、頭が! 頭が、歪む…!」
「僕と共にこの日ノ本を染めましょう! そう! ザビー教、教祖代理として!」
「我が、教祖…? 解っているようだな…!」
「全てはザビー様のお言葉を賜ってからです!
さあ、行きましょう、タクティシャン!」
「ぐっ…わ、我は…我は… 我は自由だ! 安芸などに縛られぬ!
真実への扉は、この胸の中に在ったのだ!」
「僕が鍵となりましょう、全ては愛ゆえに! 僕とあなたは友達です!
ザビザビザビザビザビザビザ〜♪」
「これぞ、我が望みしものよ…! ザビザビザビザビザビザビザ〜♪
我が名はサンデー毛利! ザビー様の愛を受け継ぎし者なり!」
「タクティシャン、いえ、サンデー毛利!」
「隣人よ! ああ、これが奇跡、これが愛!」
「というわけでございます。神子殿」
「…………」
「ザビーと申す南蛮の者が去った後、元就さまは何事もなかったかのように普段の様子に戻られたのですが…
つい先日、やってきた大友宗麟と共に豊後国へ旅立たれてしまわれました」
「どうか、元就様をお連れ戻しください!」
「安芸の国の安寧は元就様の御采配あってこそ」
毛利軍の将たちが切実に訴えてくる。
大掃除のときに見つけた采幣のおかげで、記憶と力を取り戻した私は、この時代に戻ってくることができた。
毛利軍の皆も私のことを覚えていてくれて、歓迎してくれた。
話を聞くに、元就さまは安芸の国を放って、豊後国に行ってしまったらしい。
にわかには信じられないけど、行かない選択肢はなかった。
大きくうなずいた。
「おお! 感謝いたしまする。
我らも随行いたしますれば、明日にでも発ちましょうぞ」
もちろん異論はない。
たしか…豊後国は九州だよね。前回勉強した甲斐があって、戦国時代の国の名前や場所も把握している。
旅のために用意されたのは、動きやすい身軽な服装だった。
戦場での元就さまの服に似ている。
頭巾と肩掛けが一体になったものに同じ色のフェイスベールがついていて、目だけを出すようになっていた。
毛利軍は水軍を持っているので、船を使い、海路で九州へと向かう。
航海は快適で、順調そのもの。
甲板の手すりに寄りかかり、ぼんやりと海を眺めながら、思い返していた。
・・私はいくの? またあの人を、残して…
目を開けると、白い天井と窓から差し込む光が映る。
自分の部屋のいつもの眺めだ。
起きなきゃ。学校に遅刻してしまう。
身を起こしたとき、ふと胸を押さえた。
…胸が痛い。どんな夢を見ていたんだろう。
長い夢を見ていた気がする。
最後に心残りがあったことは鮮明に覚えているけれど、理由も夢の内容も思い出せなかった。
毛利元就。授業でその名が聞き、どきっとした。
名前は知っている。日本史にも出てくる有名な戦国大名だ。
なんとなく気になって、調べてみた。
“戦国時代の武将で、中国地方を支配した大名。
5歳のときに母親が、10歳の時に父親が死亡し、家臣の裏切りにより所領を奪われ、城から追い出された。
その後、当主となった兄が死亡。家督を継ぐが、不満を持った異母弟が謀反を起こす。
後の禍根を断つため、異母弟一派を粛清。弟を自刃させ、名実ともに毛利家の当主になる。
知略・謀略を駆使する策略家として知られ、西日本最大の戦国大名となった。”
なるほど。人間不信になるのも分かる気がする。
両親と兄を亡くし、城を追い出され、弟と戦い、ひとりきりになってしまった。
あれ? どうして私、涙ぐんでるんだろう?
あれから平穏な、いつもの日々が続いているのに、ぼんやりしてしまう。
何か大切なことを忘れているような・・・
なんだろう、この気持ちは。