第8話 サンデー
旅はつつがなく進み、無事に大友宗麟の城に到着した。
門は開かれていて、信者らしき人が多く出入りしている。
城門の前で毛利の人たちは足を止めた。
「我らは城下町の宿に控えております故、どうかよろしくお願い申し上げまする」
え? ひとりで行くの?
ま、いっか。危険はなさそうだし。
空には虹がかかり、ちょうどその虹を城が背負っているように見えて、とても綺麗だった。
日本の城だけど、窓枠が飾られていて、洋風に見えなくもない。
信者らしき人たちにまぎれて、観光目的っぽい一般人の出入りも多くて、開放的だった。
城の1階部分はぐるりと巡れるようになっていた。
壁にはタペストリーや絵画かかかっていて、ちょっとした美術館のようだったし、あやしげなツボも陳列されていた。
途中には家庭菜園があって、ちょうど収穫しているところだった。
人面菜みたいな、人の顔っぽい形をした変わった野菜が籠に積まれている。
収穫してる人の視界の外からそっとやってきた女の人が、籠を持つと、一礼して小走りで去っていく。
その人とすれ違った際、籠から野菜が落ちたので、拾い上げて声を掛けようとしたとき、野菜を収穫している人と目があった。
「あれ? 待ちなさーい! この盗っ人!」
野菜を収穫していた人が走ってくる。
「こっちだ!」
ふいに腕をつかまれ、男の人に引っ張られるままに、走り出す。
誰?! このワイルドな人は。
毛皮の肩掛けを羽織っただけの上半身は、たくましい筋肉を惜しげもなくさらけ出している。
引き締まった体には傷の跡がたくさんあった。
「まつ、逃げるぞ!」
「はい、犬千代さま!」
いつのまにか、野菜の入った籠を持った女の人が一緒に走っていた。
「全力で逃げないと入信させられるぞ!」
外は目立ちすぎると判断したのか、城のなかへ逃げ込む。
え? これ、私はとばっちりでは?
でも絶対、盗んだ人たちの仲間だと誤解されているよね。
ふたりは道が分かっているのか、迷う風もなく城の中を駆け抜けていく。
「ザビー様」
行く手に壁に描かれた南蛮人の絵をうっとりと見上げている人がいた。
あの後ろ姿は!
「戦略情報部隊長、タクティシャン・サンデー! その愚か者共をひっとらえるのです!」
背後からの声に、その人は振り向きざま、輪刀を手にとった。
こちらを見据えて、高らかに名乗りを上げる。
「我が名はサンデー毛利! 跪くがよい!」
元就…さま?
元就さまはベールをした私には気づかず、一緒にいたふたりに目を向けた。
「我こそが戦略部隊長サンデー… そなたら、観念して大人しく捕らえられよ」
「も、毛利殿ー!? 毛利殿、なぜこんなところに!?」
私の手を引いていた男の人が驚いた声を上げる。
「それはこれこれこう…故に愛の存在を…」
「ふむふむ…なるほど…」
どうやらふたりは知り合いみたい。
「我は愛に目覚めし者…サンデー毛利! さあ、その野菜を返さぬか!」
「なりませぬ! 栄養満点にござりますれば!」」
女の人は持っていた籠を私に押し付け、かばうように薙刀を構えた。
「わからぬ奴らよ…我にかなうと思うてか」
「毛利殿! 部下はどうした!?」
「彼らもまた愛の伝道師として働いておる。力ではない、愛こそが勝利への一手なり」
・・ああ、だから一緒に来なかったのか。
「毛利殿が…目を疑いまする!」
「しかも幹部だ…すごいな…!」
このふたり、何者なんだろう。
元就さまが覚えているのだから、ただの野菜泥棒じゃないのは確か。
「これが新たなる我の胎動よ。
今なら入信を条件に許してやろう…」
「ふたりとも逃げるぞ!」
男の人が巨大な槍を振り回し、追っ手を威圧する。
「ふん、この城から抜け出すことは不可能。袋の鼠よ」
もうどこを走っているのか分からない。
元就さまが気になるけど、野菜の籠を持っているのを見られた時点で、無罪を主張しても信じてもらえないだろう。
幸いにも顔を見られていないし、また出直すことにしよう。
今はこの城から無事に抜け出すのが先決。
「ザッビー! これが愛の合言葉」
城を抜け、開けたところに出たとたん、声が響いた。
金ぴかの、ガタイの良い西洋人の大きな像の前で、先回りをした元就さまが少年とともに待ち構えていた。
この派手な像はさっき元就さまが見ていた絵と同じ人だ。
これがザビー様…神々しいといえば聞こえはいいけれど、正直趣味が悪い。
「ザビー教、愛の集いへ…」
「よ・う・こ・そ♪」
「よ・う・こ・そ♪」
元就さまと少年…大友宗麟は、二人揃って歌い、踊り始めた。
レ〜ッツエンジョイ〜♪
ザッビ♪ ザッビ♪ ザッビ♪ ザッビ♪ ザッビ♪ ザーーーッ♪
息ぴったりにステップを踏み、ポーズも決まる。
・・録画したい。
元就さまは…極端だよね。ある意味、純粋で一途なのかもしれない。
「さすが伝説のタクティシャン! サンデーのエスコートのおかげで息ぴったりです」
「我は考えていた…この手に握られた日輪の意味を…
これは天使の輪…我は乱世を救う、愛の使徒…!」
「なんと! サンデーがあのエンゼルに覚醒するとは! 救世主の天使! まさに救ピット!」
「時は来た! 天使の輪に集いし愛の騎士達よ… 我とともに、ワ、われと、ともに…
サンデーだと…? く、頭が痛む、ここは何処だ…?
我は何故こんな所で貴様と手をとりあっている…!?」
宗麟は元就さまの手をとり、歌いかけた。
「あぁ〜♪ サンデ〜あなたは〜神の子〜♪
思〜い出せ〜愛の〜合言葉〜♪ ザアァーー…♪」
「ビィィーーーーー♪ 我が名はサンデー! 天使の輪を携えしえんぜるなり!
ザビザビザビザビザビザビザ〜♪
貴様らはここで・・・我らの愛に出会う運命だったのだ…」
晴れ晴れとした顔で、元就さまは宗麟の後を継いで歌いだした。
「サンデー、あなたは歩くレジェンドです!」
「そろそろ終いの頃合いよ。ザビー教団戦略情報部隊長サンデー、参る!
夫婦共々、野菜畑の肥になるがよい」
「なんかすごいな…」
呟くように言った男の人の言葉以外に言いようがない。
以前の元就さまを知っているだけに、あまりの変貌ぶりに硬直してしまった。
野菜泥棒の男の人は元就さまと、女の人は宗麟と対峙し、私はまた野菜の籠を渡された。
「この前田利家のー! 天下一の豪槍! 受けてみろぉ!」
巨大な槍を振りかぶって、勢いよく薙ぎ払う。
前田利家? 加賀の大名の? そういえば奥さんは「まつ」という人だった気がする。
加賀は石川県のあたりのはず。どうして九州で夫婦そろって野菜泥棒を・・・
いや、ぼんやり立っている場合じゃなかった。
大将同士の戦いなら、巻き添えを食わないよう逃げないと。
かくして、元就さまと前田利家、大友宗麟とまつの二組の戦いが開幕した。
ザビーの顔を模した怪しげな乗り物に乗る宗麟に、まつは薙刀で応戦している。
「僕とザビー様の愛について語らいましょう。三日三晩、不眠不休で!」
「愛とは語るものではござりませぬ!
大切な誰かと心で育むものでありまする!」
一方、元就さまと前田利家の戦いも熾烈になっていった。
「洗礼名なくして、我にかなうと思うな!
愛の光に溺れるがいい!」
輪刀が陽の光を受けて煌めく。
「うおおお、やられるかあー!」
前田利家の槍が炎をまとい、真正面から輪刀の攻撃を受け止めた。
っ! 突風が巻き起こり、顔を覆っていたベールが風に煽られ、吹き飛ばされた。
こちらを見た元就さまと目が合った次の瞬間、
「うおぉぉぉぉぉ! これが槍の又左の技ぁ!」
前田利家の技をまともにくらい、細身の体が吹き飛ぶ。
弧を描いて、受け身をとることもなく、地面に叩きつけられた。
元就さまっ!!
無意識に駆け出す。
元就さまは倒れたままぴくりとも動かない。
駆け寄ると、うすく目を開けた。
私の手をつかみ、口が動いたけれど、声は聞き取れなかった。
そしてがくりと頭を垂れる。
「!!」
「悪魔め! 野菜だけでなくサンデーも奪うつもりですか!
サンデーは今のままでいるのが一番幸せなのです」
徐々に劣勢に追い込まれた大友宗麟は、まつの薙刀の柄による一撃に倒れ、
やってきた大柄な家臣の人に抱え上げられて城へ運ばれていった。
「お前、毛利殿と知り合いだったのか。
すまん…それがし、手加減は苦手なんだ…」
前田利家がうなだれた。
「犬千代さまの一撃を受ける前、毛利殿は一瞬動きが止まっておりました。
何か…おそらくはあなた様に気を取られたのではないかと」
まつは私に目を向けた。
そして視線を元就さまに向け、かがんで様子を見てくれる。
「気を失っているだけにござりますれば、大事には至りませぬ。
とにかくお運びいたしましょう」
「わ、わかった」
前田利家は元就さまを慎重に背負った。
? なぜか手を引っ張られる。
「まあ、ほほほ」
私の手を握ったまま気絶している元就さまを見て、まつがわずかに目を見開いたものの、
すぐ察したように微笑む。
急に顔が熱くなって、思わずうつむいてしまった。
城を出て、毛利の人たちが待つ城下町の宿に向かった。
まつも野菜を持ち、一緒についてきてくれた。
「前田殿?! 元就様!」
毛利家の家臣の人たちは前田夫妻が元就さまを連れてきたことに驚いていたけれど、
すぐに元就さまが休めるよう、準備を整えた。
「前田様、ありがとうござりまする。我ら一同御礼申し上げます」
皆が前田夫妻に頭を下げるのに合わせて、私も深々とお辞儀をした。
「いやいや、礼には及ばないぞ。
それにしても、毛利殿は変わられたな」
「はぁ」 家臣たちの間に微妙な空気が漂う。
「ああ、ザビー教は関係ないぞ。
以前、守るべきものがないというのも、また強さかと思ったものでな。ちょっと驚いた」
そう言いながら、ちらっと私に目を向けた。
いまだに元就さまは私の手を放してくれない。
「では、それがしらはこれで失礼する」
去り際に、まつは私の手をとった。
「今度、前田が家に遊びにいらっしゃいませ。
歓迎いたしまする」
向けられた優しい笑顔につられるように微笑んで、ふたたびお辞儀した。
見送りのため、家臣たちは全員出ていき、ふたりきりになった。
大友宗麟の城での元就さまは、常軌を逸していたけれど、楽しそうで生き生きしていた。
宗麟が言っていた、今のままでいるのが元就さまは一番幸せ、という言葉が耳に残っている。
それは嘘ではないかもしれない。
国主としての責任がなければ、仲間に囲まれて笑い合う、そんな人生もあったんだろうな。
「……………」
それにしても、近くでまじまじと見ても、端正な顔立ちをしている。
かっこいいというより、綺麗というほうがぴったりくる。
人を突き放す冷たい眼光がない今のうちに、心ゆくまで鑑賞しよう。
綺麗な肌… 女装したら、すごい美人になりそう。
指先で頬をつんつんとつついてみた。
ここは…何処だ?
すぐ近くには驚いたように見つめる女がいた。
「日巫女…」
聞いたことがある。
黄泉の入り口は、先に逝った者のうち、最も大切に想う者が迎えにくると。
そうか。我は死んだのか。
ふっと微笑がもれた。
ならば、最後は思うままに動いても問題あるまい。
見つめる瞳を見つめ返す。
・・愛している。
驚く顔をする彼女を抱き寄せ、口づけた。
そして、意識は白い光に溶けていった。