ジェラルド様が村を訪れてから、数日たった。
あの夜から教会の外には出ていない。
夜、部屋のドアがノックされた。
「・・・・・・メアリ? ちょっといい?」
「ダニエラさん? はい、どうぞ」
「あのね、メアリ。実はね・・・・・・」
「・・・・・・魔物が!?」 私は小さく問い返した。
「村のそばに魔物が出ているんですか?」
「ええ、そうなの。放してあった家畜が何頭か襲われたらしくてね・・・・・・」
「・・・・・・!」
「それ以外にも、井戸が急に枯れてしまったとか、大きな岩が真っ二つになったとか、ヘンなことばかり起きているらしいの」
「そんなことが・・・・・・」
「でもね、家畜の件は、獣のしわざだと思うわ」
「・・・・・・・・・」
年に何頭か、家畜が犠牲になることもあった。
そのたびに魔物が出たと騒ぎ立てる村人はいたけれど、
これまでは、よくよく調べてみると魔物の正体はたんなる野生の獣だったというのがほとんどだった。
(でも、今回は・・・・・・どうなの?)
予感。予知。予知夢。
やっぱり事態は思うとおりに、悪いほう悪いほうへと進んでいる。
「・・・・・・ほら、メアリ」
「は、はい?」
「だいじょうぶよ。そんなに思いつめないで」
ダニエラさんはそう言ってくれたけれど、不安はぬぐえなかった。
わたしは眠れぬまま、ベッドのなかでじっとしていた。
そして、次の朝を迎えた・・・・・・。
「バージニア様、ダニエラさん・・・・・・」
わたしの部屋まで、バージニア様とダニエラさんが訪ねてきた。
それだけでもなにか特別な話というのはわかったけれど、ふたりから告げられたのは予想を超えた内容だった。
「・・・・・・異端審問官?」
「そうです。あなたを調べるため、中央教会から派遣されてくるそうです」
「中央教会から・・・・・・」
それはわたしにとっては雲の上、別世界の存在だった。
わたしにとって、教会も神の教えも、この村の教会がすべてだったから。
「ずっと教会で生活してきたとはいえ、あなたが異端審問官についての知識がないのは当然ですね。
本来であれば、生涯関わることのない方たちなのですから」
「・・・・・・」
「ですが、バージニア様。
異端審問官は、正当から外れた信仰を裁くためのもののはず。
彼女のどこにそんな考えがあるというのですか?
この子の信仰に誤りはありません。わたしが保障します」
「ああ、ダニエラ。あなたはたしか、首都育ちでしたね」
「はい、ここに来るまではずっとあちらの教会におりました」
「では、辺境の異端審問官について知らないのも無理はありませんね。
辺境の地に派遣されてくる異端審問官は、邪な道に堕ちた宗徒を裁くのがその役目ではないのです。
彼らの目的は、その名のとおり 『異端』 を――つまり魔物や、それにつながりのある人間を裁くことなのですよ」
「魔物を・・・・・・」
「わたしが領主様の花嫁に選ばれたから・・・・・・?」
「そういうこと、なのですね」 ダニエラさんが確認するように尋ねた。
(わたしも魔物の仲間だと思われているんだわ・・・・・・)
「でも、安心して、メアリ。あなたの潔白はわたしが証言する」
「ダニエラさん・・・・・・」
「わたしもです。あなたはむしろ被害者なのですからね。
ただ、ひとつ不思議なのは・・・・・・」
「はい?」
「いいえ、なんでもありません。では、わたしは準備がありますから」
バージニア様はそう言うと、部屋を出ていった。
あとにはダニエラさんとわたしが残される。
「・・・・・・そうね。たしかに不思議ね」
「なんのことですか? バージニア様もダニエラさんも思わせぶりな言い方をなさって・・・・・・
なにか気づいたことがあるなら言ってください」
「いえ、べつにたいしたことじゃないのだけど。
いったい誰が異端審問官を呼んだのだろう・・・・・・と思ったの」
「誰が?」
「『貴族』 があらわれてから、まだ何日も経っていない。
村の誰かが中央教会に知らせたとしても、こんなに早く来られるはずがないのに」
「・・・・・・そう言われれば、そうですね」
そう答えたものの、わたしは興味を失っていた。
いまのわたしにとっては、この村に異端審問官が来るという事実、
そしてわたしが 『審問』 とやらを受けさせられることが一番重要で、誰が呼んだかは、さして問題ではない。
(異端審問官・・・・・・ 怖い・・・・・・。 いったい、なにを聞かれるんだろう・・・・・・?)
村長のような年齢の、教会の偉い方たちが居並ぶ場所。
そこに立たされて、厳しい質問をされるわたし・・・・・・。
そんな光景を想像するだけで、身体が震える。
「・・・・・・・・・・・・」
「メアリ、そんな顔をしないで。心配はいらないわ」
「あっ・・・・・・」
気がつくと、わたしはダニエラさんにぎゅっと抱きしめられていた。
「ダニエラさん・・・・・・」
温かい。お母さんに抱きしめられるのって、こんな感じなんだろうか。
「言ったでしょ? わたしたちがあなたを守るから。だから、ね?」
「はい、ダニエラさん。ありがとうございます」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
私は村の広場にいた。わたし以外にもたくさんの人がいた。
村長さんやバージニア様を始めとして、村の主立った人たちが勢ぞろいしていた。
異端審問官を迎えるためだ。
「・・・・・・」
わたしに対しては、まわりから視線が注がれ続けていた。
(なにか言ってくれたら、まだいいのに・・・・・・)
励ましでなくてもいい。嘲られてもいい。
けれど直接なにか言うことは禁じられているらしく、みんな、わたしに対してはなにも言わなかった。
黙って見ているだけだ。
好奇の視線はまだ我慢できる。つらいのは敵意や憎悪だった。
わたしの身体中に刃が突き刺さる。
(どうして、わたしがこんな目に遭わなきゃいけないの・・・・・・)
泣きたい気持ちでいっぱいだった。
けれど、わたしは泣かなかった。懸命に我慢していた。
泣けば同情してくれる人もいたかもしれないけど・・・
どうしてか、それは負けてしまうことだという気がしたのだ。
(わたしは魔物なんかじゃない。なにも悪いことはしていないもの・・・・・・
それに、わたしは一人じゃない・・・・・・)
そして・・・・・・。
「・・・・・・来たぞ、村長!」 クラウスが叫んだ。
「ふむ・・・・・・。到着されたか」
「・・・・・・・・・」
ついに異端審問官がやってきた。