遠くからゆっくりと近づいてくる。
こちらに向かって歩いてくる。
(・・・・・・あっ)
銀色の人。
最初、その人はそう見えた。
太陽を背にしていたことで、まぶしい光の中からの登場だった、というのも理由の一つ。
しかしそう見えたなによりの原因は、その人の格好にあった。
異端審問官は真っ白だった。
真っ白。そう、その人は全身白ずくめだった。
純白の法衣。長い旅をしてきたはずなのに、少しの汚れも見つけることができない。
そして、特徴的な銀色の髪。
(この人が・・・・・・異端審問官)
想像していたのとは全然違っていた。
まだ若い男性。“眉目秀麗” という表現がぴったりの人だ。
けれど親しみを感じさせる雰囲気は皆無だった。
鋭い眼光。きっと引き結ばれた唇。どこをとっても、他人を寄せつけない雰囲気の塊だった。
「この村の村長を務めております」 村長さんが彼を見る。
「・・・・・・異端審問官殿、ですな?」
「はい、コンラッドと申します」 その人は右手を胸に当てて答えた。
感情を感じさせない低い声。
どちらかと言えば綺麗な声だと思うのに、冷たい感じがして一歩退いてしまう。
「宿を用意しましたので、まずはそちらに」
「いいえ、けっこうです。それよりも・・・・・・」
(・・・・・・あっ!?)
彼の視線が、わたしに向けられた。
「彼女、ですか? 異端の疑いのある娘、というのは」
「そのとおりです。『貴族』 から求婚された娘です」
「なるほど・・・・・・」
村長さんと会話しながら、彼の視線はずっとわたしに向けられたままだった。
値踏みしている、のとはまた違う。
決してジロジロ見ているわけじゃなくて、わたしの顔を、瞳を、その奥にある心を覗き見ようとしているかのようだ。
(こ、怖い・・・・・・)
わたしの身体は震えてしまう。
「キミの名前は?」
「は、はいっ、あの・・・・・・」
「怖がらなくてもいいんですよ」
(そ、そんなこと言われても・・・・・・)
「わたしの名前は・・・・・・メアリ・・・・・・です」
「では、メアリ。キミにいくつか質問をさせてもらいます」
「お待ちください」 鋭い声とともに誰かが私の横にすっと歩み出た。
「この村の教会を預かるバージニアと申します。よろしいでしょうか、異端審問官殿」
「コンラッド、でけっこうです」
「では、コンラッド殿。
わたしの記憶によれば、異端審問官は数人のグループで派遣されてくるはず。
もとよりあなたの身分を疑うわけではありませんが、なぜお一人でいらっしゃったのか、その理由をお聞かせ願えませんか?」
突然の質問に気を悪くしたふうもなく、コンラッドさんはバージニア様のほうへ向きを変えた。
「失礼しました。 理由、というほどのものはありません。
私はたまたまこの近くを旅している最中だったので、先に村を訪れたのです。
残りの者は、数日のうちには到着するでしょう」
「なるほど・・・・・・では、正式の審問はその方たちが着いてから、ということになりますね?」
「ええ。ですが、簡単な質問程度は済ませておきたいのです。
それと、あらかじめ申し上げておきますが・・・・・・」
と、コンラッドさんはまたわたしを見る。
「審問開始まで、彼女の身柄は拘束させていただきます」
「そんなっ・・・・・・」
詰め寄ろうとしたダニエラさんをバージニア様が制する。
「しかたありませんね。ただし、それに従うのは夜の間だけです。
昼間は、この子にはいままでどおり教会で生活してもらいます。かまいませんね?」
「けっこうです。村から出ないと約束してくれるなら」
コンラッドさんは意外にも承諾してくれた。
(よかった・・・・・・わたし、ずっと監視されたりするのかと思ってた)
「おい、ちょっと待てよ。オレたちは承知できないぜ」
「そうだ、教会に置いておくのは反対だ。
そいつを放っておいたら、またなにが起こるか・・・・・・」
クラウスとステファンをはじめとする自警団から不服の声があがる。
それをあおるようにレオやギルベルトが叫んだ。
「牢屋にぶち込め!」
「縛り首だ、縛り首」
「ちょっと、あなたたち!?」 ダニエラさんが語気を強める。
「静かにせんかっ!」
村長さんの一喝で、自警団のメンバーはかろうじて静まった。
「どうだろう、バージニア様。
ここは場所を移して、コンラッド殿から彼女に質問してもらっては?」
「ただ質問するだけというなら」
「それはお約束します」
「・・・・・・」
「それで、質問の場所だが・・・・・・」 沈黙を了承とみなして村長さんが話を切りだす。
「それなら自警団の本部を使ってくれ」
「ダメよ、そんなこと!」
クラウスの提案にダニエラさんが即座に反対したけれど、
「オレたちは立ち会わない。それならいいだろう?」
「・・・・・・わかったわ」 ステファンの言葉にしぶしぶ頷いた。
「では、いきましょうか。メアリ」
「は、はい・・・・・・」
* * *
「ここが自警団の本部だ」
クラウスの言葉はわたしにではなく、隣のコンラッドさんに向けられたものだった。
「案内、ご苦労さまでした。ここから先は私と彼女だけにしてください」
「いや、だけど・・・・・・!」
コンラッドさんは怜悧な眼差しを向けた。
「さきほどの約束を反故にするつもりですか?」
「わかった。審問は地下の部屋を使ってくれ」
「くっ・・・・・・。なにかあったら、必ず呼んでくれよ」
自警団の人たちは立ち去った。
「メアリ。では、中へ」
「はい・・・・・・」
自警団の人たちに指示されたとおり、地下に降りてみると、そこは薄暗い石造りの部屋が並んでいた。
「これは・・・・・・牢獄とほとんど変わりませんね」
(初めて自警団の建物に入ったけど、中はこんなふうになっていたのね)
「上に戻りますか? 審問はここでなくてもできますから」
「・・・・・・」
「どうしました? 緊張して喋れませんか?」
緊張するなというほうが無理だろう。
異端審問官・・・・・・わたしを取り調べに来た人と、ふたりきりで、こんな場所にいるのだから。
「・・・・・・いいえ、ここでかまいません。
わたしは、贅沢とは無縁の生活を送ってきましたから」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「困りましたね。私のことが信用できませんか?」
「信用、ですか・・・・・・?」
あらためて、コンラッドさんを見る。
(冷たい感じはするけど、少なくとも悪い人ではなさそうな・・・・・・
でも、会ったばかりで、そんな簡単に信じてしまってもいいのかしら?
本当はどんな人かなんて、すぐにわかるものではないし・・・・・・)
「・・・・・・」
コンラッドさんはじっとわたしを見つめていた。
碧色の瞳は澄んでいて、魅入られるような、どこか懐かしい感じさえする。
最初からわたしを敵視する様子はない。
そう、まずは事実をしっかり見て、真実を見極めようとしているかのような、そんな目だ。
慎重に行動するのは大切だけど・・・ 信用してみよう、この人を。
「・・・・・・わかりました。あなたのことを信用してみます」
「ありがとう。では、早速いくつか聞かせてください」
「はい」 こうして審問が始まった。