「キミはこの村の教会で暮らしているそうですね?」
そのあたりのことは途中まで同行したダニエラさんが、わたしに代わって説明してくれていた。
「はい。生まれてすぐこの村に来て、それからずっと。
バージニア様が母親代わりで・・・・・・
何年か前にダニエラさんがいらしてからは、わたしを妹のようにかわいがってくださいました」
「なるほど。では、キミも将来は彼女たちのように?」
「はい。正式に教会に所属することができたらいいと思っています」
「『貴族』 の花嫁に選ばれたのは、なぜだと思いますか?
この村には他にもキミと同年代の子はいるのでしょう?」
「はい、います」
辺境の村だから、子供の数はそれほど多くはない。
それでもイリヤを始めとして、わたしと近い歳の子は何人かいる。
「わたしが選ばれた理由は・・・・・・思い当たりません」
「では 『貴族』 のことをキミはどう考えていますか?」
「あの、どう・・・・・・というと?」
「好きか、嫌いか。恐怖を感じるのか、親しみを感じるのか・・・・・・ そういったことです」
「『貴族』 というか・・・・・・わたしたちは、『領主様』
と呼んでいます」
「『貴族』 は、実体的にこの村を統治しているのですか?
いえ、つまり・・・・・・」
わたしがぽかんとしていたからか、コンラッドさんは少し戸惑ったような表情をみせた。
「すみません。もう少し、わかりやすい言い方をするべきでしたね」
驚いたことにコンラッドさんは軽く頭を下げた。
「い、いえ、こちらこそ!」 わたしも頭を下げ返す。
(口調もそうだけど、少しも偉ぶったところがないのね。
異端審問官って、もっと恐い人なのかと思っていた・・・・・・)
「これまで、『貴族』 が村に対して、生け贄を要求してきたことは?」
「ない、と思います。わたしの知る限りは」
「では、逆に村のほうから『貴族』に対して、貢ぎ物を差し出しているようなことは?」
「よくわかりません。
村のことは、あの・・・・・・村長さんのお仕事ですから。
ですから村長さんに聞かれたほうが・・・・・・」
「なるほど。それもそうですね」
「いままで、『領主様』 は村に来ることなんてなかったんです。
それどころか、はっきり姿をみたことがある人も、少なくて・・・・・・
村の人のほとんどが、お城には本当は誰も住んでいないんじゃないかって、そう噂していたくらいです」
「その『貴族』 が突然村に現れて、キミを花嫁に望んだ・・・・・・と」
「はい。 いったいどうしてなんでしょう?」
聞きたいのはむしろ、わたしのほうだった。
「『貴族』 が人間の若い女性を狙うことはよくあります。
ですが、今回のように待つことはしません。一方的に奪うだけです。
どんな意図での行動なのか。それはこれから調査することになりますが・・・・・・
このような事例はまれです。中央教会も関心を持つでしょう」
「そうですか・・・・・・」
要するに、コンラッドさんにも事情はわからないということだ。
「では、最後に・・・・・・」
「は、はい?」
「キミの身体を調べさせてもらいます」
(ええっ!?)
「緊張する必要はありません。そのままじっとしていてください」
(そう言われても・・・・・・)
身体を調べるなんて言われたら、緊張しないほうがどうかしている。
(もし、ヘンなことをしようとしたら、大声を出して暴れてやるんだから!)
「・・・・・・誤解です」
「は、はい?」
「私はキミに指一本触れたりしません。神の力を少しお借りして、それで確かめるだけです」
「・・・・・・」 コンラッドさんは眼を閉じると、短くなにか呟いた。額の前に右をあげ、印を切る。
(・・・・・・ええっ!?)
瞬間、コンラッドさんの体の輪郭にそって、彼の全身をまばゆい光が包み込んだ。
「・・・・・・」
やがて、光が消えていき・・・・・・コンラッドさんは目を開けた。
「なるほど、よくわかりました。質問は以上で終了です」
「あの・・・・・・」
なにがわかったのか不思議だったけれど、しかしコンラッドさんには答える気はなさそうだった。
「広場で話したとおり、今夜はここに泊まってください。食事はあとで運ばせます」
「はい・・・・・・」
「それと、鍵はかけません。いまのところキミは罪人ではありませんから」
「・・・・・・もし逃げたら、どうするんですか?」
「キミはそんなことはしないと思います」
そう言うと、コンラッドさんは部屋を出ていった。
「・・・・・・」
『しないと思います』って、どういう意味だろう・・・・・・?
どうせできはしないと、たかをくくっているのか、それとも・・・・・・わたしのことを信用してくれているのかしら?
「本当にいろいろあった一日ね」
わたしは床にすわりこんだ。でも心のどこかではほっとしていた。
この展開は夢でみたのとは違う。
夢のような悲劇が起きなくて、本当に良かった。
「もしかすると・・・・・・コンラッドさんのおかげなのかしら?」
途中までは夢とそっくりだったのだ。コンラッドさんが来るまでは。
「もしかしたら神様がコンラッドさんを遣わしてくださったのかもしれないわ」
(・・・・・・ん?)
なにかの気配を感じて、わたしは窓の外を見た。
「誰もいない・・・・・・」
(見られているような気配を感じたんだけど・・・・・・ 気のせい、だよね・・・・・・きっと。
いろいろあったから、神経がたかぶってるんだわ)
わたしは窓際からはなれ、横になった。
だからその後に起きた出来事には気づかなかった。
闇の中に浮かぶように現れた紫の輝き。それはその場に立っていた者の双眸だった。
「・・・・・・我の気配に気づいたか。
フン、さすがアルトメイデンといったところか」
輝きは闇に溶けるように消えていった。
(・・・・・・あっ、もう朝だわ)
窓から明るい日差しが差し込んでいた。
(こんな場所でも、ちゃんと眠れるものね)
「・・・・・・」 窓のほうに向かって、神への祈りを捧げる。
(誰か来たみたい・・・・・・)
コツコツと響く足音が止まり、きしんだ音をたてて扉が開く。
「おはよう、メアリ」
「おはようございます、コンラッドさん」
「よく眠れましたか?」
「ええ。まあそれなりに」
「けっこう。昨日のうちに質問は済みましたから、では、行きましょうか」
「行く?」
「教会です。もう帰ってもけっこうですよ」
(教会に帰れるんだ!)
たしかに最初からそういう話だった。けれど、本当に実現するかどうか不安もあったのだ。
「はい! いま支度します」
「ふう・・・・・・」
コンラッドさんに連れられて、わたしは牢屋から出た。
(・・・・・・あっ!?)
待ち構えていた自警団の人たちの視線が痛い。
「ちょっと! どいて!」
(えっ?)
自警団の人たちをかき分けるようにして姿を現したのは・・・・・・。
「ダニエラさん」
「ああっ、メアリ! 無事だったのね、良かった・・・・・・」
「・・・ご心配おかけしました」
「いいのよ。あなたさえ無事なら、それで。
さあ、帰りましょう。バージニア様も待っているわ」
「ちょっと待て! 異端審問官! そいつをどうするつもりだ?」
「どう、とは?」 クラウスの声にコンラッドさんは足を止めた。
「なぜ牢から出したのかってことだよ!
その女は魔物の仲間なんだぞ!? 野放しにしたら、なにをするか・・・・・・」
「無用の心配です」
「な、に・・・・・・?」
「私が見たところ、彼女の魂(ゼーレ)から 『異端』 は感じられませんでした。
つまり、魔物とは無関係ということです。
当面、夜間の拘束も必要ないでしょう。昼間と同様に教会で生活してください」
「本当ですか!?」
「なんだって!? それじゃ、話が違う!」
自警団の人たちが口々に叫びだす。
「アンタ、なに言ってるんだ? それでも異端審問官なのか!?」
「たいそうな肩書きを名乗ってるくせに、とんだまぬけ野郎だぜ」
「アイツも魔物に取り込まれちまったんじゃないのか?」
放っておいたら、コンラッドさんに手を出しそうな激しい勢いだ。
けれどコンラッドさんはまったく動じていなかった。
「落ち着いてください。私のことをどう思おうと、それはキミたちの勝手です。
しかし、教会の正式な職位である異端審問官を軽んじることは許されない。
それ以上、暴言を吐くというなら、私にも考えがあります」
「な、なんだよっ・・・・・・」
「やるっていうのか」
言葉では凄んでいたけれど、自警団の人たちは明らかにたじろいでいた。
「すまなかった」
「けど、そいつが無罪放免だなんて、納得できないぜ・・・・・・」
「そうだぜ。また魔物が出たらどうするつもりだ」
「魔物が出たなら、私が退治します。それが私の仕事ですから。
ああ、メアリ、私が行ったのは予備審問のようなもので、正式な審問は他の審問官たちが到着してから開かれることになります。
その点は、心得ておいてください」
「わかりました」
「さあ、メアリ。行きましょ」
「はい」
「おい! これで済んだと思うなよ」
冷たい言葉が背後からあびせかけられる。
「もうすぐ異端審問官の本隊が来るんだ。そうしたら、オマエは必ず裁かれることになる!
それまでの猶予だぜ」
「せいぜいいまのうち、好きにしておくんだな。魔女がっ」
「あななたち! これ以上言うなら、その舌を引っこ抜くわよ!」
ダニエラさんががまんできないふうに振り返って叫んだ。
「・・・・・・ふう。まったく、なんて連中なの」
「すみません、ダニエラさん。わたしのために・・・・・・」
「いいのよ、メアリ。言ったでしょ。あなたはなんにも悪くないんだから」
「はい・・・・・・」
「では、私もこれで。あとでまた、教会に伺います」
「さあ、帰りましょう。メアリ」
「はい!」