(あぁ、帰ってきたんだ・・・・・・)

教会。わたしの家。
わずかな時間、留守にしていただけでも、とても懐かしく感じられた。

(またここで暮らせるんだわ)

ダニエラさんと共に教会の中に入る。

「お帰りなさい!」

「えっ? イリヤ!?」

出迎えてくれたのは、親友のイリヤだった。

「どうして・・・・・・」

「あなたが戻ってくるって聞いて、駆けつけてきたのよ。
 お帰りなさい、メアリ」

「・・・ただいま」

「メアリ・・・・・・わたしはなにがあっても、あなたの味方だからね。
 あなたが悪いんじゃないって、わたしはわかってるから」

「イリヤ・・・・・・ありがとう」

「ボクだってそうさ!」

「リチャードも!?」

「あなたのところへ行くって言ったら、お兄ちゃんもついてきちゃって。ゴメンね」

「え、ええ・・・・・・」

「大変だったねメアリ。ボクはずっと心配していたよ。
 一晩中、キミのことを思って、一睡もできなかった。本当だよ?
 キミは心優しく気高い人だ。そんなキミが魔物と関係あるはずがないじゃないか。
 ボクはキミを信じている。他の誰が何と言おうとも」

「リチャード・・・・・・」

彼がわたしを信じるといってくれたことは、素直にうれしかった。

「ありがとう、リチャード」

「ああ、メアリ。キミのその笑顔を見られただけで、ボクの心の痛みも癒されたよ。
 キミは天使だ。本当に、天使そのものだね」

「それにしても、どうしてみんなわかってくれないのかしら。ホント、頭にきちゃうわっ」

イリヤは憤慨していた。

「ええ・・・・・・」

「学校のみんなもね、オーギュスト先生が注意したから、おおっぴらに悪口言ったりはしなくなったんだけど・・・
 陰でこそこそ噂してるみたいなの」

「そう、なんだ・・・・・・」

「今度見つけたら、全員ひっぱたいてやるんだからっ」

「ダメよ、イリヤ。あんまり無茶しないでね」

「だって、みんな、あんまりわからず屋なんだもの」

「そうさ! ボクたち兄妹以外のほとんどの連中は、非常識なわからず屋なんだよ」

「ありがとう、イリヤ。 リチャードも」

村長の子供だからといって、いや、だからこそ、いまわたしの味方をすることが他の村の人たちからどう見られるか。
ふたりはそれをわかったうえで、わたしのために駆けつけてきてくれたのだ。

(わたしを信じるって、そう言ってくれた・・・・・・)

「お兄ちゃん。わたしたちだけでも彼女の味方でいましょうね」

「もちろんさ、我が妹よ。このボクがついているんだから、大船に乗った気でいてくれ」

「それが一番不安なんだけどねー」

「こらこら」

(そうだ、イリヤは・・・・・・ あのことを彼女にいっておかなきゃ。
 おかしなことを言ってるって、そう思われてもいい。
 あれがもし本当にただの夢だったとしたら、笑い話ですむ。でも、そうじゃなかったとしたら・・・・・・
 前もって知っていて、それで彼女がそんな目に遭ってしまったら、自分を許すことができない。
 やっぱりイリヤに伝えておこう)

「イリヤ、ちょっと」

「えっ、なに? どうかしたの?」

「理由は言えないんだけど、しばらくの間、夜は家から出ないようにして」

「なにか特別な用でもない限り、ふだんから夜は出歩いたりしないけど・・・・・・。でも、どうして?」

「ゴメン、詳しい理由は言わないの。わたしにも、ハッキリしたことはわからなくて・・・・・・」

本当のことは言えなかった。
あなたは魔物に殺されるの。わたし、夢で見たわ。
そんなことを言われたら、ショックを受けるか、怒るか、呆れるかするだろう。
だいいち、警告をまともに信じてはもらえない。

「とにかく、なにがあっても家から出ちゃダメ。イリヤの命にかかわることなんだから」

「うん・・・・・・わかった」

「メアリ。わたしは授業があるから、そろそろ学校に行かなくてはいけないの」

「ダニエラさん、わたしなら、だいじょうぶです」

「そうね。教会の外にも、あなたの味方はいるんですものね」

「はい! じゃあ、わたしは教会のお掃除をしますね」

「そう? よろしくね」

「はい。いってらっしゃい」

学校へ行くダニエラさんを見送るわたしをイリヤは心配そうに見ていた。

「働いて、だいじょうぶ?」

「ええ、心配しないで。イリヤたちのおかげで、元気が出てきたの」

「そう・・・・・・。じゃあ、わたしたちは帰るね」

「ええ。いろいろありがとう」

「うーん、ボクはまだ心配だなあ。キミを一人にするのは。
 そうだ! ボクも掃除を手伝おうかな」

「えっ!?」 (リチャードがお掃除・・・・・・?)

「お兄ちゃんっ!」  イリヤがリチャードの長い金髪をぐいっとつかむ。

「痛てててっ。 なにをするんだ、妹よ」

「いいから、行くわよっ」

「わっ!? うわわっ!?」

「せっかく彼女が元の生活に戻ろうとしているんだから、邪魔しちゃダメでしょ」

「わ、わかった。わかったから、髪の毛を離してくれっ」

(・・・・・・くすっ。 ・・・・・・よし、やろう!)

わたしは教会の前を掃き清め始めた。
余計なことを考えるのはやめにして、しばらく掃除に没頭する。冬だというのに、額に汗が滲んできた。

「・・・・・・悩んでいるのですか?」

「あっ、バージニア様。おはようございます」

「おはよう」

バージニア様の穏やかな微笑み。いままで何度救われたことだろう。

「あなたは昔から、困ったり迷ったりした時は必ずここで掃除をしていますからね。すぐに分かります」

「・・・・・・」

「悩むな、と言っても無理でしょうね。
 どうでしたか、昨日の審問は」

「はい、最初は不安だったんですけど、コンラッドさんが誠実に調べてくれましたから」

「コンラッド殿は歳こそ若いですが、道理をわきまえた人物のようです。
 彼ならば、一方的な審問をおこなうことはないでしょう。
 問題は他の審問官の方々ですが・・・・・・」

「まだお見えになっていませんね。もうじき、でしょうか?」

「首都の生活が長くて、旅慣れぬ方々なのでしょう。数日中には到着すると思いますが」

「はい」

「彼らもコンラッド殿のような人物だと良いのですが・・・・・・」

「わたしはわたしの思うままを述べさせていただくだけです」

「そうですね。正邪を判断するのは神のお仕事です。
 あなたなら、神も恩寵を与えてくださるでしょう」

数日が過ぎた・・・・・・。
コンラッドさんの審問と、教会でのおつとめ。それがわたしの毎日だった。
村の人たちのわたしに対する反応は相変わらずだった。
味方といえば、バージニア様とダニエラさん。イリヤとリチャード。
それから、オーギュストとヴィクトルくらいのものだった。
でもわたしは気にしなかった。
自警団の人たちになにを言われても、村の人たちからどんな視線を向けられても、気にせずに変わらない毎日を過ごしていた。
異端審問の日を待ちながら。

(そこで身の潔白を証明するんだ)

けれど・・・・・・コンラッドさん以外の異端審問官は、一向に到着する気配がなかった。