(声が聞こえる・・・・・・)
その瞬間、視界が渦を巻いた。

(この感じは・・・・・・そうだわ、夢を見る時と同じような・・・・・・)

視界がぼやけ、人や物が意味を持たない形へと変貌していく。
溶けて流れていく・・・・・・わたしの記憶。

「あぁ・・・・・・」

「・・・・・・メアリ!? どうしたんですか!?」

コンラッドさんの声もどこか遠い世界の出来事のよう。

「キャアアアアアァァァーーーーーッ!!」

(悲鳴? ・・・・・・いったい、誰の?)

「た、助けてっ! 死にたくない・・・・・・!! イヤアアアアアァァァーーーーーッ!!」

(誰かの恐怖・・・・・・苦痛・・・・・・ わたしの知っている人。
 そう・・・・・・よく知っている女の人の声・・・・・・ ああ、彼女が・・・・・・彼女が危ない。
 助けなきゃ・・・・・・ 助けなきゃ・・・・・・)

「助けなきゃ。わたしの大切な人・・・・・・」

「大切な人?」

「思い出したか、アルトメイデン」

「・・・・・・」

「おまえの夢は、おまえの記憶。かつて辿った道を繰り返す道しるべ。
 本当の自分を取り戻すための準備のようなものだ」

「あぁ・・・・・・あぁ・・・・・・」

「さあ、思い出せ。誰だ? オマエが救いたい者は。その者の名を我に告げるがいい」

「あぁ・・・・・・ああ、それは・・・・・・」

「それは誰だ? オマエは思い出せるはずだ。
 その者がオマエにとって、真に大切な者であるなら」

「・・・・・・ああぁっ!?」

頭の中でなにかが弾け、一瞬だけ人の顔が見えた。
いま一番知りたかった人の顔。わたしにとって大切な親友の顔。

「イリヤ・・・・・・ イリヤをっ! わたしの親友を助けてくださいっ!!」

「メアリ、なにを・・・・・・!?」

コンラッドさんの横をすり抜け、ダンケルハイトの腕にすがりついて、わたしは思い切り叫んでいた。

「イリヤ・・・・・・フム、村長の娘か」

「明日の朝、イリヤが・・・・・・ 彼女が、外の森で見つかるんです!」

「見えたのか」

「はい! わたし、それを夢で見て・・・・・・」

「夢?」

「・・・・・・なるほどな」

「お願いです、彼女を助けて」

「いいだろう、承知した」

ダンケルハイトはニヤリと笑った。

「報酬はいらん。すでに受け取っているからな。
 オマエの友達は、我が助けてやる」

そう言い残して、ダンケルハイトは闇の中へと消えた。

「あ・・・・・・」

身体から力が抜ける。

「だいじょうぶですか!?」

崩れかけたわたしを支えてくれたのは、コンラッドさんだった。

「コンラッドさん・・・・・・ ごめんなさい、勝手なことをして」

「・・・・・・キミが無事だったのですから、それはかまいません。
 ですが、さきほどの話はどういうことですか? イリヤさんに危険が迫っているのですか?」

「たぶん・・・・・・」

「夢で見たことだ、と言いましたね?」

「そうです、夢を見たんです。でも放っておいたら、必ず起きてしまうんです」

「どういうことですか?」

「わたしにもよくわからないんです。ごめんなさい・・・・・・」

「・・・・・・。とにかく教会に戻りましょう」

コンラッドさんはイリヤのことが気になるみたいだったけど、わたしを一人残しておくことはできないと判断したようだった。

(あぁ、神様・・・・・・ お願いです、神様・・・・・・ どうか、彼女を・・・・・・
 イリヤをお守りください。お願いしますっ)

教会に戻っても、わたしは礼拝堂で一晩中、神に祈り続けていた。
彼女が無事でいてほしい。ただそれだけを願いながら。

(どうか無事でいて・・・・・・どうか・・・・・・ イリヤ!)

「大変よ、メアリ!」

「ダニエラさん!?」

「あ、あの・・・・・・ね、メアリ。お、驚かないで・・・・・・」

ダニエラさんの慌てた様子からわかった。
イリヤのことを告げに来たのだと。

「あの、ダニエラさん? どうしたんですか・・・・・・」

「・・・・・・イリヤさんが・・・・・・」

「イリヤが?」

(お願いです、神様っ)

「イ、イリヤが・・・・・・。か、彼女がどうか、したんですか?」

「・・・・・・魔物に襲われて、ケガをしたの」

「ケガ!? じゃ、じゃあ、命は・・・・・・」

「命は・・・・・・取り留めたわ」

「良かった・・・・・・。
 ・・・・・・わたし、イリヤのところに行ってきます!」

「あっ、メアリ!」

わたしは駆け出していた。イリヤの家に向かって。

(助かったんだ! イリヤに・・・・・・早く彼女に会いたい!)

いつものように、屈託のない笑顔で、イリヤはわたしを迎えてくれるはずだ。

「そうだわ。きっとそう・・・・・・」

そうすれば、これもただの笑い話になる。
ふたりで紅茶でも飲みながら、笑顔で語り合うことができる。

「・・・・・・だよね。そうだよね、イリヤ?」

「イリヤっ!!」

わたしはお屋敷の人に案内されるようりも早く、彼女の元へと駆け込んだ。
そこでわたしを待っていたものは・・・・・・。

「イリヤ・・・・・・」

わたしの目の前に、イリヤが横たわっていた。

「・・・・・・・・・・・・」

(眠っているの? それとも、まさか・・・・・・)

わたしは、彼女の顔を見つめる。
青白く血の気を失った顔。ほつれた髪は額にかかっている。
来い紫色の唇が一直線に引き結ばれている。
ひと目で彼女が疲労していることがわかる。

「イリヤ・・・・・・」

わたしの指が吸い寄せられるように、イリヤの顔に触れていた。
彼女の頬は温かい。命がつなぎ止められていることの証しだ。

「イリヤ・・・・・・ゴメンね・・・・・・」

彼女の頬を指でなぞる。ほつれた髪を綺麗にかき上げてあげる。

「さっき眠ったばかりなんだ。それまでずっとうなされていてね」

「リチャード・・・・・・」

「いったい、どうしてこんなことに・・・・・・」

「ボクにもさっぱりわからない。 夜中に一人で屋敷を抜け出したらしい。
 朝になって、傷ついた身体で戻ってきたんだ。服はぼろぼろ、くつも履かずに裸足のままで」

「・・・・・・」

「森で魔物を見た。そう言っていたけれど・・・・・・
 いったい、なんで森になんか出かけたのか・・・・・・」

心に強いショックを受けているイリヤの治療は村ではなく、もっと大きな街で行われることになった。
身体の傷はともかく、イリヤが心に負った深い傷は、彼女が記憶が蘇らせずに済むような場所で治療するほうがいい。
それが最終的にまとまった意見だった。
イリヤと離れるのは寂しいし、彼女のことがとても心配だけれど、わたしもそれには賛成だった。

(そう・・・・・・ここはいろいろなことを思い出してしまうから)

家から一歩出れば、領主様の城がある。
彼女の身に起きたことをあれこれと噂する村の人たちは、悪意はないにしても、きっといるだろう。
けれど、たぶんなにより彼女を苦しめてしまうのは・・・・・・。

(それは・・・・・・わたしだ)

わたしの存在がイリヤを苦しめることになる。
きっと、わたしのせいでこんな目に遭ったと思ってしまうだろう。
出発!の声と共に、彼女の乗った馬車が村から出ていく・・・・・・。

「ゴメンね、イリヤ・・・・・・ゴメン・・・・・・」

物陰から見送りながら、わたしは何度も手を合わせて謝るのだった。