(教会の周りが騒がしいみたいだけど・・・・・・?)

「まずいですね・・・・・・」

「・・・・・・コンラッドさん?」

「どうも、よくない方向に進展しているようですね」

「・・・・・・あっ!?」

窓から外を見ると、建物を取り囲むように村の人が集まっていた。
押し寄せていた、というほうが正確かもしれない。
みんな殺気だった様子で、手には棒やナイフ、剣まで待っている人もいる。

『メアリを出せっ!』 『犠牲になるのはゴメンだっ!』 そんな声が聞こえる。

「ど、どうして、こんなことに・・・・・・」

「イリヤさんのことを聞きつけたんでしょう。
 おそらくそれでパニックになってしまった・・・・・・」

「そんな・・・・・・」

「もっとも、そのパニックを煽るようなことをしている連中もいるみたいですが」

「・・・・・・あっ!?」

「死にたくないやつは武器をとれ!」

「魔女を血祭りにあげるんだっ!」

(あの人たち・・・・・・)

自警団のレオとギルベルトだ。彼らが村の人を煽動している。

「とにかくこのままじゃ大変なことになります! わたしが止めなきゃ!」

「待ってください、メアリ!?」

コンラッドさんの制止を振り切って、わたしは外に飛び出した。

「みなさん、落ち着いてください!」

「いたぞ、魔女だっ!」

「アイツだっ! みんな、あの魔女をやっつけろ!
 やらなきゃ今度はオレたちが殺されるぞっ!!」

「・・・・・・きゃっ!?」

飛んできた物が危うく身体に当たるところだった。

(・・・・・・石?)

地面に転がったそれは、石だった。
集まった人たちの誰かが投げた物だ。

「きゃっ!?」

わたしめがけて、次々と石が飛んでくる。

「やめて! みんな、やめてっ!!」

「やめるんだ、みんな!」

「オマエら、いいかげんにしろっ!」

人混みの中から飛び出してきたのは、オーギュストとヴィクトルだった。

「みんな! まずはこのふたりから血祭りに上げてやれ!!」

「やらなきゃ、次はオレたちの番だ。
 イリヤみたいになりたくなきゃ、やるしかねえっ!!」

群集を狂気が支配していた。
ギルベルトとレオを先頭に、村人たちがオーギュストとヴィクトルに押し寄せる。
人波を懸命に押し返しながら、ふたりが叫ぶ。

「みんなの狙いは君だ。は、早く・・・・・・メアリ」

「オレたちが時間を稼ぐ! だから、いまのうちに逃げろッ」

「そんな・・・・・・」

(わたしがいると、村の人たちをかえって興奮させてしまう?
 でも・・・・・・みんなを置いて、わたしだけが逃げるなんて・・・・・・)

「こっちよ!」

「えっ!?」

突然、腕を引かれた。

「あっ、ダニエラさん!?」

「グズグズしないで。 みんな、いまにも襲いかかってきそうだわ」

「さあ、早く!」  コンラッドさんも叫ぶ。

「で、でも・・・・・・」

「あなたにもしものことがあったら、みんなの行動がムダになるのよ!?」

「・・・・・・」   ダニエラさんの言うとおりだった。

(ここはとにかく一度身を隠して、村の人たちに冷静になってもらわなきゃ)

「わかりました、ダニエラさん。わたし・・・・・・」

そのとき、何かが風を切る音が聞こえた。

「危ない、メアリっ!」

「えっ!?」

次に起きた出来事は、わたしの目にはスローモーションのように見えた。
ダニエラさんが叫んで、わたしとくるっと身体を入れ替えたかと思うと、かばうように背を向けた。
腕を大きく広げたダニエラさんの向こう、こっちに向けて飛んでくる矢が見えて・・・・・・。
それはダニエラさんの胸の真ん中に突き刺さった。

「・・・・・・うっ!!」

「ダ、ダニエラさん!?」

すべては一瞬の出来事だった。

「ダニエラさんっ! ダニエラさんっっ!!」

くずおれた彼女の身体を抱き止める。

「メアリ・・・・・・あぁ、良かった・・・・・・」

「ダニエラさんッ・・・・・・いやぁ・・・・・・」

「泣かないで、メアリ・・・・・・ あなたは本当はとても・・・・・・強い子、でしょう」

「ダニエラさんっ。どうして、わたしなんかのために・・・・・・ ううっ」

周りは水を打ったように静まりかえっている。
わたしたち以外の時間が止まったみたいだった。

「こうならなきゃいけないのはわたしなのに・・・・・・ わたしがダニエラさんの代わりに・・・・・・
 なのに、どうして!?」

「あなた、には・・・・・・借りがあるの。だから・・・・・・」

「借り?」

「ええ、そう。だから・・・・・・ゴホゴホッ!」

「ダ、ダニエラさん!?」

「もう・・・・・・お別れ、みたい・・・・・・」

「そんなっ、いやっ! ダニエラさん、死なないでっ!!」

「ゴメンね、メアリ・・・・・・ あなたには・・・・・・謝らなきゃいけない、ことが・・・・・・いっぱい・・・・・・
 いっぱい・・・・・・ある・・・・・・ ゴメン、なさ・・・・・・い・・・・・・」

「・・・・・・ダニエラさん!?」

「・・・・・・」

 *  *  *  *  *  *  *  *  *

カクンと頭が揺れて、眠りに落ちかけていたダニエラは目を開けた。

(ふう・・・) 小さく頭を振る。何か夢を見ていたようだけれど、思い出せなかった。

すでに外は夜のとばりに包まれ、しずまりかえっている。
自室で中央教会への報告書を書いているダニエラ以外、皆すでに休んでいることだろう。

貴族の城から生きて帰ってきた子供の追跡調査、それが私がこの村の教会に派遣された本当の理由・・・。
それなのに、ずっと監視されているのも知らず、あの子は私を慕ってくれている。
無邪気な笑顔を向けられるたびに、うしろめたさが心に重くのしかかっていた。
いましがた書き終えたばかりの報告書に目を落とす。

・・・・・・現在までのところ、村にその兆候は現れていない。
もたらされた情報が真実かどうか、引き続き観察する必要がある。


「・・・・・・」  静まりかえった部屋にふたたび書き物をする音が響いた。

追記
重大な事件がおこった。
満月の夜、山頂の城より貴族が舞い降り、例の娘、修道女メアリを花嫁として要求した。
以前の件との関連は不明。至急、異端審問官を派遣願う。


(これでいいわ) ダニエラは手紙に封をし、目を閉じた。


「ダニエラさんっ!? 死なないで、ダニエラさん!?
 ダメ、戻ってきて、ダニエラさんっ!?」

!? ダニエラはまばたきした。

一瞬、意識がとんでいた?
でも今はそんなことどうでもいい。一刻も早く、この子を安全なところに連れて行かなくては。

「メアリ、しっかりして!」  泣き叫ぶメアリをしかりつける。

「えっ?」

声に、わたしは我に返った。

「ダ、ダニエラさん!?」

そこには何事もなかったかのように、ダニエラさんが立っていた。

「どうしたの? ぼーっとしていたら、危ないわ!」

「えっ・・・・・・矢は・・・・・・?」

「矢? 飛んできた矢のことなら、ほら、そこに」

「・・・・・・」  足もとの地面に矢が刺さっていた。

(夢・・・・・・だったの?)

「さあ、メアリ。とにかく、教会へ! 急いで!」

「いったい、なんの騒ぎですか!?」

現れたのは、バージニア様だった。
敬愛すべき総長の姿を目にして、村人たちの間に動揺が広がる。

「くっ」  先頭をきっていた自警団のメンバーも足を止めた。

「そのようなものものしい出で立ちで教会に押しかけるとは・・・・・・」

レオとギルベルトに目を向ける。

「村長がこの場にいないことをいいことに、あなたたちは・・・・・・。恥を知りなさいっ!」

「・・・・・・」

「イリヤのことは聞きました。とても痛ましいことです。
 あなたたちが、『貴族』 のことでいろいろと心配する気持ちはわかります。ですが、安心なさい。
 教会はあなたたちの味方です。なにも心配することはありません。
 神は常にあなたたちと共にあります。皆、自分の家に帰りなさい。本来の仕事に戻るのです。さあ、早く」

完全に納得した、というわけではないみたいだけど、人の輪は徐々に崩れ始め・・・・・・。
最後は、自警団のメンバーを残すだけになった。

「・・・・・・くっ、これで済んだと思うなよ」

「村の連中はだませても、オレたちはだまされないからなっ」

「あなたたちも戻りなさい」

静かだが、有無を言わせない迫力に、

「・・・・・・行くぞ」

自警団のメンバーはしぶしぶ退散していった。

「さあ、教会に戻りましょう」

「はい」  礼拝堂の中にはいり、扉をしめると、ようやくほっとした。

「自警団が村人を扇動しているようですね」

コンラッドさんの言葉に、ダニエラさんは眉をひそめる。

「ええ、いつもそうなの。あの連中ったら」

「メアリ、ケガはないかい?」  オーギュストが振り向いた。

「ええ、だいじょうぶ」  

「あいつら・・・・・・いつまでこんなことを続ける気だっ」

ヴィクトルはまだ怒りがおさまらないみたいだった。

「まあ、とにかく全員無事で良かった」

「ええ。あなたたちのおかげよ」  ダニエラさんが微笑む。

「迷惑をかけましたね」

「いえ、バージニア様。そんな・・・・・・」

「オレはべつに・・・・・・まあ、いいけどよ。
 じゃあ、もう行くぜ」

「私も。学校の様子が心配だ」

ヴィクトルとオーギュストは教会を出ていった。

(ありがとう、みんな・・・・・・)

自らの危険もかえりみず、わたしをかばってくれたことがうれしかった。どれだけ感謝しても感謝したりない。
この人たちのためなら、わたしも自分の身を犠牲にしても悔いることはないだろう。

「ちょっと村の様子をみてきます」  コンラッドさんもきびすをかえす。

(・・・っ!)  瞬間、わたしは凍りついた。

「どうかしたの?」

傍らにいたダニエラさんが声をかけてくる。

「気分でも悪いの? 顔色が良くないけど」

自分でもよくわからない。
ただ、逆光のコンラッドさんを見たときに、ほんの一瞬、誰かの面影が心をよぎったのだ。

「いやっ・・・・・・」 思わず両手で顔を覆ってしまった。

「メアリ!? だいじょうぶ?」

ダニエラさんがわたしを支えてくれる。

「こんなに震えて・・・・・・。恐かったのね、わかるわ」

「ダニエラさん・・・・・・」

優しく包み込むように肩を抱いてくれる。

「さあ、わたしたちも行きましょう。教会でゆっくり休みなさい。
 あそこはあなたの家。悪く言う人は誰もいないわ」

「はい・・・・・・」