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「ぐあっ!?」

「えっ?」

ステファンは呻き声を上げ、そのまま地面にくずおれていった。

(いったいなにが・・・・・・あっ!)

「な、なんだ、オマエは!?」

「バラージュ!」

「フン・・・・・・」 

「オレたちの邪魔をする気が!? それなら容赦しないぞ!!」

「ン? なんと言った?」  バラージュの眉がピクリと動いた。

「不意打ちでステファンを倒したくらいで、いい気になるなよ。
 オレ以外の自警団のメンバーも、もうじきここに来る。
 そうしたらオマエも終わりだ」

「フン、下賎の輩が我を滅ぼすだと? フッハハハハ、笑止。
 『貴族』 に対する大言壮語の報い、その命で償え」

「『貴族』 だって!?」  クラウスが一歩あとずさる。

「おい、だいじょうぶか!?」

(・・・・・・あっ!)

タイミングがいいのか、悪いのか、ちょうどそこに他の自警団メンバーが駆けつけてきた。
ぜんぶで10人ぐらいはいるだろうか。

「・・・・・・クラウス!? おい、なにがあった!?」

「あ、ああ。そいつがやったんだ、みんな気をつけろ!」

「ふざけやがって。思い知らせてやるぜ!」

「貴様ら、バラバラにしてやるッ!!」

まわりを取り囲まれたバラージュは明らかに苛立っていた。

「フンッ!」

それは一方的な戦いだった。

「うおおおぉぉっ!」

クラウスが剣を振り下ろす。が、バラージュは事もなげにそれをかわして、クラウスの顔面に拳を叩き込む。

「がはっ!?」

剣を落としたクラウスが仰向けに倒れるまでの間に、別の自警団員が二人、地に倒れていた。

「・・・・・・くっ!? こいつ、やるぞ!」

「あ、ああ」

手強い相手だとわかったのか、自警団は左右からバラージュを挟みうちしようとする。
体制を整えるまでの間に、また別の自警団員が顔面をわしづかみにされて、そのまま身体ごと大木に叩きつけられる。

「はあッ!!」

(ああ・・・・・・これが 『貴族』 の力なの?)

「つまらぬッ! つまらぬぞ、貴様ら。
 力なき者に期待しても詮無きことだが・・・・・・もう少し、我を楽しませてもらいたいな。ン?」

「ば、化け物め・・・・・・っ」

自警団の意識は、もう完全にバラージュに向けられていた。
バラージュのほうも、この一方的な戦いだけが問題で、わたしのことなど眼中にないみたいだ。

「さあ、次はどいつだ?」

「くっ・・・・・・」

「まさか、これで終わりだと言うのではあるまいな?」

「ううっ・・・・・・」

「『貴族』 に剣を向けておいて、この程度で済むと思うな。
 貴様ら、命ある限り戦えっ!!」

「・・・・・・!」

ひるむ自警団のメンバーにバラージュは自らの左胸を指し示した。

「さあっ! 我の心臓はここだ! ここを狙え!!
 たとえ心臓を貫けずとも、髪の毛ほどでもいい、この我の身体に傷をつけることができたなら、褒めてやる。
 さあ、どうだ!? 我に立ち向かう者はおらぬのか!?
 こないと言うのなら、こちらからいくぞっ!」

「く、くそうっ。なんなんだ、こいつは・・・・・・」

「このままじゃマズイぜっ」

地面に立っている者は武器を構え、倒れている者のなかにはぴくりとも動かない者もいる。
うめき声が聞こえた。

(い、いや・・・) わたしは無意識に後退していた。一歩、二歩、三歩・・・・・・。
そして、くるりと向きを変えて走り出した。

(はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・えっ?)

不意にわたしの周りから一切の音が消えた。
草を踏みならす足音も、激しい息遣いも、なにも聞こえない。

(ど、どういうこと・・・・・・?)

恐慌をきたしかけたわたしの前に、闇の中から浮かび出たように人影が現れた。

「ジェ、ジェラルド様!?」

「ボクもいるよ」  場違いなほど、かわいらしい声が響く。

「レルムも!?  あ、あの、ジェラルド様? これはいったい・・・・・・?」

「驚かせてすまなかった」

「急に周りの音が聞こえなくなって・・・・・・」

「へへん! ここはジェラルド様が作り出した結界の中だよ」

「結界?」

「空間を隔てる境界を作ったのだ。あたりが少し騒がしかったのでな」

「は、はあ・・・・・・」

「とりあえず、ここにいれば安全ということだけ理解してほしい」

「は、はい」

(・・・・・・そ、そうだ、バラージュは!?)

ジェラルド様に会って、落ち着いたからかもしれない。
目の前の光景が恐ろしくて、思わず逃げ出してしまったけれど、やっぱり・・・・・・戻らなきゃ!

「あの、ジェラルド様、わたし、さっきのところに・・・・・・」

「それはすすめられぬ」

「えっ!? でも・・・・・・」

「そうだよ、ジェラルド様の言うとおりだよ。戻るなんて危ないよ。アイツに殺されちゃうよ?」

「そんな!?」

「あの者は危険だ」

「危険?」

「一刻も早くこの場を離れたほうがいい。あの者は、そなたの血を欲している」

(そうかなあ・・・・・・)

「では、そろそろまいろうか」

「はい、ジェラルド様。準備万端、整えてあります」

レルムが即座に答える。

「あの、どこに行くんですか?」

「余の城だ」

「余の城って・・・・・・ええっ!? 領主様のお城に!?」

「気がすすまぬか?」

「すすまないってわけじゃないんですけど・・・・・・」

「ここで話を続けることもできるが、いささか殺風景だ」

「いえいえ、ジェラルド様。お客様をお迎えするには、いささかじゃなく、かなり殺風景ですよ。
 ようやく来ていただけるんですからね。がんばってお掃除したかいがありました。ねっ、メアリ?」

「え、えっと・・・・・・ そ、そうだ! わたしはお城には入れないんですよ。
 村の人は途中までしか、近づけないんです。どうしてなのかはわかりませんけど」

「試してみたのか?」

「いいえ。でも、村の人はみんなそう言ってます」

「・・・・・・伝承、か」

「えっ?」

「いや、こちらの話だ。
 いずれにせよ、余と共に行くのだから、問題はない」

「そうそう。村の人間が入れないのだって、ジェラルド様の結界のせいだからね。
 だから、ほら、行くよ。ジェラルド様につかまって」

「まいれ」  ジェラルド様がマントの一方を広げる。

「・・・・・帰してもらえますよね?」

お城に行ったきり、もう村には戻れないんじゃないか? そんな不安があった。

「約束しよう。余はそなたの嫌がることを強いるような真似は、決してしないと。
 ・・・・・・いままでも、そして、これからも、な」

「わかりました。一緒に行きます」

ここまできたら、覚悟を決めるしかない。
わたしはジェラルド様の腕の中へと歩を進める。
ばさっ、という音が聞こえたかと思うと、目の前が真っ暗なもので覆われた。
その瞬間、眠ってしまったかのように、わたしの意識は途切れた。

「・・・・・・あ、れ?」

不意に視界が開けた。

「ここは・・・・・・」

どこか部屋の中だった。
テーブル、椅子、チェスト・・・・・・調度品はどれも見たことがないくらい豪華な物だった。

(村長さんのお屋敷にある物より立派・・・。ううん、教会の礼拝堂だってここに比べたら・・・・・・)

「どうしたの、メアリ!?」

「きゃっ!?」

目の前に突然、レルムが現れた。

「あはははははは! キミって、ホントおかしいな。ぽかんと口を開けてさあ」

「ちょ、ちょっと、レルムってば!?」

驚きと、はずかしさで、思わず大声を上げる。

「悪ふざけが過ぎるぞ、レルム。彼女が怒っている」

「ジェラルド様!? あっ、いえ、違うんです。べつに怒っているわけでは・・・。 ・・・すみません」

この場所には似つかわしくない振る舞いをしてしまった。

(はあ・・・・・・)

この部屋の雰囲気には圧倒される。
あらためて、この方は 『領主様』 なんだ、と感じていた。

「ここがジェラルド様のお城・・・・・・なんですね?」

問いかけに、ジェラルド様は頷く。

「ようこそ、我が城へ。歓迎するよ、メアリ」

「は、はい、ジェラルド様」

「村はまだ混乱しているだろう。レルムに部屋を用意させるから、今夜は泊まっていくといい」

「はい、そうさせていただきます」

「では、レルム。彼女を部屋に案内するように」

「かしこまりました」

(あっ、そうだ! 助けていただいたお礼、まだ言ってなかったわ。ちゃんと言うのが礼儀よね)

「ジェラルド様」

「なにか?」

去ろうとしていた足を止め、振り向く。
そんな、なんでもない仕草さえ優雅で、洗練されていた。

「助けていただいたお礼、言い忘れていました。ありがとうございました」

「・・・・・・ふっ」

ジェラルド様は優しく微笑んだ。
歩いてくると、わたしの頬に手を触れる。

(わ、ドキドキしちゃう)

「・・・・・・ジェ、ジェラルド様?」

教会の早鐘でもこれほど早く打ち鳴らされたことはない。わたしの心臓は、破裂しそうだった。

「いい子だな、そなたは。
 余はそなたのためなら、いつでも力になろう」

「え、でも、あの・・・・・・ わたしはジェラルド様になにも・・・・・・」

「見返りは求めぬ。そのようなことは気にせずともよい。
 そなたはそなたの心のおもむくままに、行動すればよいのだ。
 16歳の誕生日に・・・・・・余の花嫁になるも、ならぬも、すべてはそなたの自由だ」

「・・・・・・」

「余はなにも強制はせぬ。ゆっくり考えて、そして決めるといい」

「は、はい・・・・・・」

「じゃあ、行こうか、メアリ。キミの部屋に」