「おい、このまま黙ってるのかよ!」

自警団の本部にはメンバーが集まっていた。

「だけど・・・相手は 『貴族』 だぜ?」

「だからって、あの魔女を放っておけるか!」

「考えがある。ちょっと耳かせ」

重苦しい沈黙を打ち破ったのは、レオとギルベルトだった。

   *     *     *

「メアリ、ダニエラを見かけませんでしたか」

「いいえ、バージニア様。ダニエラさんなら学校に手伝いに行くと言っていましたけど」

「ええ。ですが、もう戻ってもよい時分です。遅いですね」

「わたし、さがしてきます」

「あ、メアリ!」

礼拝堂にもダニエラさんの姿はなかった。

(やっぱりいない。まだ学校の手伝いが終わらないのかしら)

状況が状況なだけに、ダニエラさんに何かあったら、わたしのせいではないだろうかという不安がよぎる。
門から教会の外をのぞいてみた。陽は沈みかけている。

「やっと出てきたな!」

「!? あ、あなたたちは・・・・・・!」

自警団の人たちがすぐ外で待ち受けていた。
無意識にひるがえした背中に声が響く。

「ダニエラなら待っていてもムダだ。戻ってこないぜ」

「え!? ダニエラさんはどこ!? 知っているなら、教えて!」

「ああ、教えてやる。ついてこいよ」

わたしに迷う余裕はなかった。


― 夜の森 ―

「どうした、メアリ」

「いえ、なんでもありません」

すぐそばにバラージュがいる。
わたしが夜の森を訪れると、いつのまにか彼は目の前にあらわれている。
まるでわたしが今日、ここにくるのを知っていたかのように。

「・・・・・・」

「なぜ、うつむいている?」

「バラージュ!」

「!? メアリ?」

わたしはバラージュの胸に飛び込んだ。
心臓の音は、これはわたしの音だ。ドキドキと早鐘をついていて、息苦しいぐらい。
ふるえる手をバラージュの背中へとまわす。

「・・・そんなに震えていては我は刺せぬぞ」

「っ!!」

ぱっと離れたわたしの右手には銀のナイフが握られていた。
冷たい刃が月の光に一瞬きらめく。

「・・・我にはまだ為すべきことがある。
 おまえに・・・・・・」

バラージュは深く息をはいた。左胸に右手を置き、わたしを見る。

「我の心臓はここだ」

「バラージュ!?」

「その表情を見れば、察しはつく」

バラージュは短剣を持つわたしの手をつかみ、引き寄せた。

「おまえの望むようにすれば良い。
 たかがナイフ一本、心臓にささっても我は死なぬ」

死なない・・? たしかにそうかもしれない。
でも、だからといって、できるだろうか。
できるわけがない。人を傷つける、いえ、それ以上にわたしがバラージュに抱いている感情は・・・

「い、いや・・・」

手をふりほどこうとするわたしの耳元で、バラージュはささやく。

「愛しているぞ、メアリ。たとえこの身が滅びようとも・・・・・・ いつの日か・・・・・・
 この永劫の牢獄から、おまえを・・・・・・ この、我の手で・・・・・・」

「あぁ、バラージュ・・・・・・」


「死ななくとも、動きぐらいは止めることができますよ」

「えっ!?」   予期しない第三者の声にわたしは、ぱっと振り向いた。

「騎士のお出ましか」

バラージュは木々の間の闇へ視線を向ける。

「ですが、それを今の彼女に望むのは酷というものでしょう」

「コンラッドさん!?」 

闇のなかから浮かびあがったのは、白い法衣をまとったコンラッドさんだった。

「ダニエラさんから話は聞きました」

「じゃあ、ダニエラさんは!?」

「安心してください。無事です。
 さあ、皆が心配しています。教会に戻りましょう」

「はい。 あ・・・バラージュ?」

振り向いたときには、すでにバラージュの姿はそこになかった。


「待ちな!」

「あっ!」

村の外で、レオとギルベルトが待ち構えていた。

「どういうつもりだ!?」

ふたりはわたしにではなく、コンラッドさんに詰めよっていた。

「それはこちらのセリフです。
 人質を取り、『貴族』 を殺せと脅すとは、あまりにも卑劣なやり方ではないですか」

ふん、と彼らはわらう。

「もとはといえば、その女が 『貴族』 を呼び寄せたんだ。自業自得ってもんだぜ。
 それに、コイツのことは見つけ次第、殺してもいいって言われているんだ。
 『貴族』 に殺されたって同じことだろ」

「そんなっ!?」  動揺するわたしをかばうかのように、コンラッドさんはわたしと自警団の間に進み出た。

「別にアンタと事を構えるつもりはねえ。さっさとこの魔女を置いていきな」

「・・・・・・彼女をどうするつもりですか」

「決まってんだろうが」   悪びれたふうもなく、レオは言った。

「コイツを切り刻んで、魔物のエサにするんだよ」

「・・・。キミたちは・・・・・・
 自分の行いが、魔物にも劣るということを理解できないのですか。
 なぜ、いつでもこんな人間たちが・・・・・・」

(コンラッドさん・・・・・・?)

低く感情を押し殺した声音は、かえって強い怒りを感じさせた。

「ちっ! 邪魔する気か!?」

コンラッドさんの態度に不穏なものを感じたらしく、レオとギルベルトは左右にちらばった。
それぞれ手にしていた武器をかまえる。しかし、使うにはまだ距離があった。

「こうなったらしかたない。コイツもろとも・・・・・・!」

「ああ、いくぜっ!」

「・・・・・・!」

コンラッドさんが腕をひと振リする。

(えっ?)

彼の指先で、なにかがキラリと光ったような気がした。

「・・・・・・ぐわっ!?」

「うぐっ!!」

次の瞬間、自警団のふたりは呻き声を発して、その場に倒れこんだ。

(コンラッドさんがなにかした・・・・・・の?)

わたしの目では、それ以上のことはわからなかったけれど、きっとそうなのだろう。

「ぐううっ・・・・・・ちきしょうっ」

「痛てえ・・・・・・痛てえようっ・・・・・・」

倒れたままのレオとギルベルトを見る。
ふたりはそのままの格好でうめいていた。命には別状ないだろう。

「・・・・・・どうしてあの人たちを?
 コンラッドさんは異端審問官で、あの人たちは自警団員なのに」

「罪のない村人に手出しするようでは、ただのゴロツキと変わりません」

「罪が・・・・・・ない?」

わたしのことだろうか。
本当にそう思っていいのだろうか。

「キミは罪人ではありません。
 疑惑が疑惑のままであるかぎり、他の人と同等に扱うべきだというのが私の考えです」

「でも、わたしは・・・・・・ わたしのせいでこの村は・・・・・・」

「キミは意識的にも無意識的にも、魔物を招き寄せているわけじゃない」

「・・・・・・本当に?」

「ええ、本当です。私を信じてください」

「コンラッドさん・・・・・・」

「中央教会の判断が下るまで、誰であろうと、キミを処断することはできません。
 いや、すべきじゃない。キミの身の安全は、私が保証します」

「それは・・・・・・」

コンラッドさんの職務からは逸脱しているのではないだろうか?
咎められたりする心配はないのだろうか?

「わたしのために、コンラッドさんが・・・・・・」

「私は、私の役割を忘れたつもりはありません」

コンラッドさんはきっぱりと言った。

「ただ、私は・・・・・・
 私はキミのような、不当な扱いを受ける可能性がある人間を救うために異端審問官になったんです。
 ここでキミを救うことができなければ、この仕事をやってきた意味がなくなります。
 だから・・・・・・私はキミを守りたいんです」

「コンラッドさん・・・ありがとうございます」

わたしは深々と頭を下げた。ありったけの感謝をこめて。
悪夢と今の状況が違うのは、コンラッドさんが、この村にやってきてくれたおかげだと思う。
彼がくるまでは、現実は夢でみたとおりだったのだから。

「さあ、早く戻りましょう。きっと皆心配しています」

「はい」

コンラッドさんは頷くと、微笑んでくれた。