「ン?」
「どうかなされましたか、ジェラルド様」
「今宵は来客が多い。
結界を解いたせいで、望まぬ者たちも集まってきたようだ」
声は高い天井にすいこまれていく。
四方の高い壁はすべて本に埋め尽くされていた。
「城にお戻りになられますか」
レルムが古びた冊子をかかえて、そばにやってくる。
「構わぬ。戻れば彼の者と戦うことになるかもしれぬ。
余はあの者と戦いたくはない。
それに、ここに来た目的はいまだ果たされておらぬ。
彼女が真実を欲するのと同様、余もまた・・・」
紅い瞳は遙か遠くを見ていた。
* * *
わたしたちはジェラルド様の城をあとにした。
「気をつけてください」
コンラッドさんが身構える。
誰かの気配を感じた。
なにか、と言ったほうが、正確だったかもしれない。
「ああっ・・・・・・『異端』!?」
二匹の魔物が姿を現した。
コンラッドさんの手の先がきらめく。
と、同時に異端は倒れたけれど、また別の異端があらわれた。
引き寄せられるように、次々とやってくる。
「きりがありません。メアリ、走って」
「はい。 ・・・・・・はあっ、はあっ、はあっ」
わたしは走った。全力で走った。いつのまにかコンラッドさんとはぐれてしまっていることに気づかないほど必死に。
けれど、背中に感じる 『異端』 の気配は消えてはくれない。
消えないどころか、ますます強く、大きくなる。
(増えている!?)
数え切れないほどの魔物が、わたしを追ってくる。
「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・!」
(ダ、ダメっ、このままじゃ・・・・・・ このままじゃ、逃げ切れないっ!)
追いつめられたわたしの脳裏に、過去の光景がよみがえる。
・・・・・・・・・・・・。
子供のころ、わたしとヴィクトル、オーギュストは貴族の城に行こうと森に入った。
もちろん森に行くのは禁止されていたけれど、ちょっとした冒険、そんな軽い気持ちだった。
そして、異端に襲われた。
「メアリ、逃げろっ! うわああああっ!」
「ヴィクトル!」
「ぐっ、は、早く・・・」
「オーギュスト! ダメよ。3人一緒に・・・
いやあああぁぁっ!」
黒い影が目の前を覆って・・・・・・霧散した。
「・・・・・・だいじょうぶか?」
(誰・・・・・・?)
「下賎の輩が怖がらせたようだな。だが、もう安心するがいい」
(この声は・・・・・・ジェラルド様?
そうだ、あの時も・・・・・・)
夢じゃなかった。子供の頃、城の近くで異端におそわれたわたしたちを助けてくれたのは・・・
(・・・・・・あの時も、ジェラルド様が助けてくださった?)
「アルトメイデン・・・・・・」
(ああ、ジェラルド様・・・・・・。どうしてわたしをそう呼ぶのですか?
わたしは、メアリ・・・・・・)
「・・・・・・メアリ、です・・・・・・」
意識が遠くなっていく・・・・・・。
「メアリ・・・・・・」
(えっ!? ジェラルド様じゃない・・・・・・)
「あ、あなたは・・・・・・!?」
「・・・・・・」
わたしが意識を取り戻したことに気づくと、バラージュは無言のまま背を向けた。
「あ、あのっ・・・・・・ 待って!」
「・・・・・・」
「バラージュ!」
わたしの呼びかけに、バラージュは足を止めた。
「・・・・・・メアリ」
「はい」
「永遠からの解放を望むか」
その声はいつもの傲慢な声とは違う、低く静かな声だった。
わたしへの問いかけとも、彼自身の納得のつぶやきとも取れる声音だった。
(永遠?)
バラージュが近づき、私の肩に手をかけ、のどもとに口をよせる。
彼がなにをしようとしているのか、すぐにわかった。
「いいですよ、バラージュ。バラージュがそう望むなら、わたし・・・」
「・・・・・・」 バラージュの指先に、ちからが加わるのを感じる。
不思議と怖くはなかった。
バラージュが求めるものなら、わたしは、わたしのすべてをバラージュに捧げてもいい、そんなふうに思っていた。
「メアリ・・・・・・」
「きっと、そうすれば・・・ わたし、バラージュと一緒になれる。
私の命は、一つの命で終わるわけではなくて・・・ずっと、バラージュと一緒でいられる。
命は永遠に続くんだと、そう思います」
つと、バラージュは身を起こし、わたしを見つめた。
「メアリ・・・。我の心を乱さないでくれ。
・・・我が奪った命も、我が吸った血も、我と共に永遠にここにある。
あらゆる命は永遠だということか。ならば・・・どうすれば終わりが来る?
永遠に続く運命の回廊から、どうすれば解き放たれる?」
「バラージュ・・・・・・」
「我も、おまえを・・・・・・。共に、永遠の運命を・・・・・・
だが、我は・・・・・・。共にあらぬためにこそ、共にある」
「どういうことですか」
バラージュはわたしから離れた。
「ただの戯れ言だ。
べつに我が永遠の命に終焉をもたらしたいというわけではない」
「でも・・・・・・そう聞こえました」
「終わりが来ると知っているから、人は永遠を望む。
永遠に続くと知っているから、我らは終焉を望むものだ。
自らが持たぬものをこそ、欲するものだからな」
そう言いながらバラージュは、遠くを見つめるように深く息を吐いた。
きっとあれは、冗談なんかじゃなくて、バラージュの本心なんだろう。
永遠に続く運命だからこそ、それを終わらせたい・・・・・・。
「バラージュ・・・・・・」
「望むことを望むとおりにする。それこそが我だ」
それがなにを意味するのか、問いかけようとした時、バラージュの身体はふわりと宙に舞い上がった。
「あっ、待って・・・・・・」
「安心するがいい。領主との約束の日まで、我もまたおまえを守ろう」
そう言い残して、バラージュの姿は夜の闇へと消えた。
(永遠・・・・・・ 解放・・・・・・? いったい、どういう意味かしら・・・・・・?)
それがわたしとバラージュにとって、どういう結末をもたらすものなのか、まだわたしにはわからなかった。