(神よ・・・・・・) 夜の静かな空気のなか、私は祈りを捧げていた。
(・・・・・・なにかしら?)
なにやら外が騒がしい。広場に人が集まっているみたいだ。
(まさか、またなにか起きたんじゃ・・・・・・ 行ってみよう)
広場までの道はしんとしていて、出会う人もいない。
(・・・・・・なに?)
わたしが着いた時は、広場はもう村人で埋め尽くされていた。
(これって、まるで・・・・・・あの時みたい)
ジェラルド様が姿を現した夜。
わたしを妻に迎えたいと言ったあの日と、とてもよく似た状況だった。
(じゃあ、あの輪の中にレルムが?)
愛らしい姿の使い魔が、村人相手にまくし立てているに違いない。
わたしはそう思って、広場のなかへ足を踏み入れようとした・・・・・・。
「・・・・・・!?」
「なんだ、テメェは・・・・・・ ぐぎゃああぁぁーーッ!!」
(な、なに!? なんなの!?)
身の毛もよだつような恐ろしい声。
(いったい、なにが起きているの!?)
(・・・・・・ああっ!?)
物陰に立つ、わたしの目に飛び込んできたのは、あの夢の夜を彷彿とさせる光景だった。
ジェラルド様が訪れた日ではなく、あの恐ろしい殺戮の夜の。
「・・・・・・!!」
闇よりも暗い、瘴気の渦・・・・・・ その中に悠然と立つ、一つの影。
その影・・・・・・黒衣の男性を自警団のメンバーたちが遠巻きにして武器を構えていた。
(な、なんなの、これ・・・・・・これは・・・・・・)
わたしの目はこれ以上ないというほど大きく開かれ、眼前の光景にくぎづけにされていた。
もちろん、こんな恐ろしい光景を見たいわけじゃない。けれど目を逸らすことができなかった。
「ハッハハハハ! もう終わりか? 気が済んだか、人間ども。
我の名は、バラージュ。貴様たちの新しい主人だ。覚えておけ」
誰も返事をしない。みんな、沈黙していた。
たぶん、突然の恐怖で言葉を失っていたのだ。
「・・・・・・わかったのなら、返事をしたらどうだ!?」
バラージュが苛立っている。
危険な兆候を感じ取ったように、村人の輪から進み出た人がいた。
「・・・・・・バラージュ殿に申し上げる」
(村長さん・・・・・・)
「主人とはいかなる意味ですか? この村には、すでに領主様がおられ・・・・・・
うぐうっ!? うっ、うううううっ・・・・・・!!」
バラージュの手が村長さんの喉にかかっていた。
目にも止まらぬ速さで動いてやってのけたのだ。
「貴様、死にたいのか? 貴様らの主人は我だ。何度も言わせるな」
「・・・・・・わ、わかり・・・・・・まし、た。ウッ・・・・・・ゴホッ、ゴホッ!」
危ういところで、村長さんは解放された。
「いいか! それから、もうひとつ!
この村の娘、メアリ。彼女を我が妻にする」
(ええっ!?)
「それまで彼女に手出しすることは許さない。
危害を加えることはもちろん、行方を捜すこともダメだ。
わかったな!?」
村人たちがざわめく。どうしようかと迷っている感じだ。
「もし、この言いつけを守らなかった場合、村の住人は皆殺しだ。
脅しじゃないってことは、もうわかってるだろう? ン?」
バラージュはうずくまり、うめいている自警団の人たちに目をやった。
明らかに骨が折れている者もいる。
(い、いやっ・・・・・・)
凄惨な光景だった。
いやあああああぁぁーーーッ!!
叫ぶ寸前に、わたしは背後から手で口をふさがれた。
(ひっ!?)
「・・・・・・私です。落ち着いて」
(コンラッド、さん?)
「ここでは気づかれます。こっちへ」
わたしは黙ったままで頷くと、コンラッドさんに従ってその場を離れた。
「ここまでくれば平気でしょう」
「ああっ、コンラッドさん!」
「さっきはすみません。驚かせてしまって」
「いえ、大声を出さずにすみました。コンラッドさんは、どうしてあの場所に・・・・・・?」
「キミの姿が見えなくなったので、捜していたんです」
「あっ、わたしが勝手に教会を抜け出したから。 ごめんなさい」
そう告げると、コンラッドさんは静かに頷いた。
「でもここで会えて安心しました」
(コンラッドさんといると、穏やかな気持ちになれる気がする。どうしてかしら・・・?)
「ところで、バラージュのことなんですが」
「は、はい」
一気に緊張が戻ってきた。
「前に話したとおり、ヤツはダンケルハイトです」
「ええ・・・・・・。覚えています」
ダンケルハイトは吸血と殺戮を好む闇の 『貴族』。
シュトラールである領主とは違う。
そんなふうにコンラッドさんは言っていた。
「バラージュは村人たちを襲うつもりなんでしょうか」
彼はそんな人じゃない。
そう思ってはいたけれど、異端審問官や自警団のこともあって、声が沈んでしまう。
「それはわかりません。 いずれにしてもヤツはダンケルハイト。
いつかは戦うことにはなるでしょう。ですが、夜は異端の時間。
いま戦いを挑んでも、ダンケルハイトが相手では、勝算は高くありません。
運良く相打ちにまで持っていけたとしても・・・キミを守れる者がいなくなります」
コンラッドさんが、自分の身の安全を考えて隠れているわけではないことはすぐにわかった。
そういう人じゃない。そういう人じゃないからこそ、まだこの村に、わたしのすぐそばにいてくれるのだ。
それよりもバラージュとコンラッドさんが戦うなんて・・・。
「そろそろ行きましょう。
ここにとどまっていては、いずれ気づかれます」
「は、はい」
教会に戻るまで、コンラッドさんはずっと何事かを考えているふうだった。
「コンラッドさん、なにか気になることでもあるんですか」
「あ、いえ、少し疑問に思ったんです。
どうしてダンケルハイトは今になって村に現れたのでしょうか」
「え? それは・・・」
そんなこと考える余裕もなかった。けれど言われてみれば、確かにそうだ。
バラージュは少し前から森にいたのだし、わたしを妻にすると宣言したからって、
彼にとっていいことなど何もなさそうに思える。
「キミを強引に連れ去るわけでも、村人たちに差し出すことを要求するわけでもない。
あれはキミを・・・。 ああ、すみません。ひとりごとをいってしまって。
では、私はこれで失礼します。当分、教会から出ないほうがいいでしょう」
「はい・・・。ありがとうございました、コンラッドさん」