(とうとうこの日がきた。わたしの16歳の誕生日。
 ジェラルド様の申し出に答えを出す日・・・・・・)

夜の広場には村の人たちが集まっていた。
村長さんや自警団のメンバーたち、バージニア様、ダニエラさんも・・・みんな緊張の色を隠せない。

「領主様だ」

誰かの声が聞こえたと同時に、ざわめきはぴたりとやんだ。
村の人たちが見つめるなか、レルムを連れたジェラルド様が地面に降り立つ。
相変わらず、魅了されるほど美しい。

「ジェラルド様・・・・・・」

「ついにこの日が来た。
 メアリ・・・・・・いや、アルトメイデンよ。そなたの選ぶべき未来は決まったか?」

「はい、ジェラルド様」

・・・・・・。

わたしはジェラルド様の申し出を丁重にお断りした。
ジェラルド様がわたしを長い長い間待っていてくれた、それは本当のことだと思う。
でもジェラルド様の瞳に映っているのは、たぶんわたし・・・メアリという存在ではない。
・・・・・・わたしのなかのアルトメイデンの面影。
そしてなにより、わたしには共にいたいと願う人があらわれてしまったから。

ジェラルド様はわたしを責めることはなかった。

「アルトメイデン・・・・・・いや、メアリ。そなたの未来に祝福を」

「ありがとうございます、ジェラルド様。お元気で」

(そして、さようなら・・・・・・ ジェラルド様・・・・・・)

        ・
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「・・・・・・ふむ。ここまでくればよかろう。
 夜は我の時間。森は我の領土。誰も、我と姫との語らいを邪魔することはできぬ」

「姫、と・・・・・・ どうして、わたしをそう呼ぶの?」

バラージュはわたしを見つめた。

「おまえは・・・・・・メアリ。そしてまた、アルトメイデンだから・・・・・・。
 貴族のなかの貴族。気高き花。
 我の・・・・・・ がはっ!!」

「バラージュ!?」

バラージュは突然、大量の血を吐き出した。

「ぐっ・・・・・・ぐはあっっ」

「しっかりして、バラージュ!?」

(いったい、なにが起きたの!? バラージュの身に、なにが・・・・・・)

「フッ・・・・・・そんな顔をするな。
 だが・・・・・・いささか意外ではあったな。こんなに早く、この時が訪れるとはな・・・・・・
 どうやら、我は血を吸いすぎたか」

「ど、どういうことなの!? バラージュ! わたしにも、わかるように説明して!」

「血に餓えた者・・・・・・ダンケルハイトに堕ちた 『貴族』 の末路だ。
 汚れを知らぬ魂(ゼーレ)の持ち主のみが高位の 『貴族』 となる。
 ゆえに 『貴族』 にとって、吸血は罪なのだ」

「罪・・・・・・」

では、バラージュは罪を犯したというのか。これがその報いだと・・・・・・。

「そうだ。これは我の罪への報い・・・・・・っ
 吸血によって、我ら 『貴族』 の力は格段に強くなる。
 だが、それは両刃の剣なのだ。ひとたび血の味を覚えた 『貴族』 はさらなる吸血を欲するようになる。
 力が器を越えた時、その者の魂(ゼーレ)は崩壊する・・・・・・
 血を欲しつつ、それを許されぬ存在・・・・・・ それが 『貴族』 だ。
 すべての 『貴族』 は生まれながらにこの罪を背負って生きねばならぬ。
 フッ、皮肉なものだな。バラージュよ・・・・・・」

「バラージュ?」

意識が混濁しているらしい。

「しっかりして、バラージュ!?」

(ま、まさか、このまま・・・・・・)

「・・・・・・あ、ああ、メアリ」

「バラージュ!」

「いまの話は・・・・・・我が友、マクシミリアンからの受け売りだがな」

「バラージュ・・・・・・あなたはどうして力を欲したの?」

ジェラルド様は吸血の欲求に耐えていた。
バラージュに、それができなかったとは思えない。それほど弱い人じゃない。
血を吸いたかったから、ではなく、力を欲したがゆえに、彼はダンケルハイトとなったのではないか。
しかし・・・・・・。

「それは違う。我は力など欲してはおらぬ。ただの一度も、な。
 むろん、手にした力に酔ったことはある。人の血は我の肉体にそれほどの変貌をもたらした・・・・・・。
 それはそのとおりだ。
 だが、我がダンケルハイトとなったのは、力が目的だったわけではない。
 本当の理由は・・・・・・うぐっ、ぐああっ、ああああぁぁっ・・・・・・!!」

苦悶の表情を浮かべながら、バラージュが七転八倒する。

「バラージュっっ!!」

(彼がこんな姿を晒すなんて・・・・・・)

その肉体を、わたしなど想像もつかない苦しみが襲っている。
わたしはどうすることもできなかった。ただ見ているだけしかできない。

「メアリ・・・・・・。最後に一度だけ、我の頼みを聞いてくれ」

「なあに、バラージュ」

「血が・・・・・・おまえの血が欲しい」

「・・・・・・」

はっとした。バラージュがそれを願うということは・・・・・・。

「もしかして・・・・・・ そうすれば、助かるの!?
 あなたは元どおりの元気な身体になれるの!?」

「いや、そうではない・・・・・・。
 魂(ゼーレ)の崩壊は誰にも止められぬ。たとえ、神であってもな」

「じゃあ・・・・・・」

「いったい、どうして?」 と聞きかけて、やめた。
理由なんて問題じゃない。彼がそれを望んでいるのだ。
わたしの心は決まった。
わたしが彼にしてあげられる、彼に差し出すことのできる唯一のもの。それをあげよう。

「・・・・・・いいわ。さあ、バラージュ・・・・・・血を。
 わたしの血を吸って。あなたの好きなだけ」

わたしは自分から、彼の口元に首筋を差し出した。

「メアリ・・・・・・」

私を抱きしめる彼の口が開いていく。
ただそれだけでも大変な労力だというように、ゆっくりと。

「バラージュ・・・・・・」

白く鋭い二本の牙が見える。

「・・・・・・」 わたしは目を閉じた。

「いくぞ、メアリ・・・・・・」

「・・・・・・ええ」

そして・・・・・・バラージュの牙が、わたしの喉に突き立てられる!

「あっ・・・・・・ああっ・・・・・・」

不思議と痛みはなかった。むしろここちいい。陶酔感を感じる。

(わたしの血が・・・・・・バラージュの中に)

それと同時に何かが流れ込んでくる。
陶酔感のなかで、わたしは夢を見ていた。