・・・・・・・・・。
「久しぶりだな」
「ああ。キミは眠りについていたんですからね。何百年ぶりでしょうか」
バラージュとコンラッドさん?
思わぬ組み合わせに、わたしは目を疑った。
図書室のように、たくさんの本に囲まれた書斎に入ってきたバラージュを、椅子にかけていたコンラッドさんが見上げていた。
いえ、違う。 この人はコンラッドさんじゃない。
とても似ているけれど・・・。
でも、この人をどこかで見たことがある気がする。
どこでだったかしら・・・。
ああ、思い出せない。絶対に知っているはずなのに。
そんな思いが頭をめぐりながら、わたしはぼんやりとふたりの様子を眺めていた。
「あいかわらず、勉強熱心だな。
いっそう本が増えた気がするぞ」
バラージュは部屋のなかをぐるりと見渡した。
壁一面に作りつけられた書棚が並び、ぎっしりと本が積まれている。
書棚の上のほうは到底人の届かない高さだけれど、地に縛られぬ 『貴族』 には何も問題はないのだろう。
「で、何用だ? 貴様が我を呼び出すなどめずらしい」
ふたりは、かなり親しい間柄のようだった。
こんなふうにくつろいだ表情で話すバラージュは初めて見る。
バラージュが話している、この部屋の主は見れば見るほどコンラッドさんにそっくりだった。
うりふたつと言っていい。
冷たく、凛とした容貌も、礼儀正しい態度も。
違うのは服ぐらい。コンラッドさんはいつも白い法衣を着ているけれど、この人は貴族のような上等な身なりをしている。
しいていえば、少しだけ、この人のほうが大人びているような気がした。
「アルトメイデンに会いました」
「! そうか」 一瞬、驚きを浮かべたものの、バラージュの反応は薄かった。
「迎えにいかないのですか」
「我がか? 姫は我ではなく西の公爵を選んだ。今さら行って何になる」
自嘲の笑みを浮かべる。
(バラージュ・・・)
こういう表情を見ると、心が痛い。
書斎の椅子にかけたその人は、組んだ手の向こうがわからじっとバラージュを見ていた。
「やはりそう思っていましたか。彼女がいっていたとおりですね」
「どういうことだ?」
「そのままの意味です。『わたしの愛をあの人が理解することはない』 彼女はそういっていました。
アルトメイデンはキミを愛していました。婚約者の公爵よりも深く、心から」
「戯言を言うな!」
突然、破裂音がして、机の上に積み重ねられていた本が吹き飛んだ。
浅黒く精悍な顔が怒りにゆがむ。
「貴様に何が分かる!
姫に信頼されていた貴様といえど、これ以上の侮辱は許さぬ」
バラージュの激昂をまえにしても、彼の表情はなにひとつ変わらなかった。
「どちらへ」
「これ以上、貴様と話す気はない。帰る」
「君が眠りについたあと、アルトメイデンは姿を消しました」
「何?」
出て行こうとした歩みが止まった。
「死を希う彼女は、“運命の扉” をくぐったのです」
「運命の扉? 死を希うとはどういう意味だ?」
「君も知っているでしょう。我ら 『貴族』 は契約にしばられている。
約束を破るのは人間ぐらいなものです。
生きている限り、アルトメイデンは婚約という契約を果たさねばならない。
ですから、彼女は死をのぞんだ」
「だが、姫は・・・」
「そうです。彼女は死を許されぬ身。
ですから、運命の扉を開けるしかなかった」
「運命の扉とはなんだ」
いつしか、バラージュは怒りも忘れ、机の上に身を乗り出していた。
「始まりの城の奥、高いらせん階段の上にある、王族にしか開けられない純白の扉です。
そして輪廻のらせんにおちてしまった」
「どういうことだ」
「『永遠』 という時の鎖に囚われたということです」
「永遠? 我らの時とは違うのか」 バラージュの声には驚きと困惑がまじっていた。
「我らは永遠ではありません。
長い長い年月の果てに、いつかは滅びるときが来る。
しかし、アルトメイデンの時は閉ざされ、繰り返される。
永遠とは、変わることがない世界、閉ざされた世界。繰り返す世界」
「・・・・・・我らが滅びたあとも、か」
「ええ。ですが、安心してください。彼女を永遠の輪廻から救う方法が分かりました」
「それは何だ」
「君に教えるわけにはいきません。
彼女を救うのは私の役目。君はそのあと彼女を迎えにいってあげてください」
「なぜ貴様がそこまで」
「君とアルトメイデンを引き合わせたのは私です。
幸せになってもらいたいのですよ。ふたりとも私の大切な友ですからね」
「マクシミリアン・・・」
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「マクシミリアン、なぜ、貴様が、貴様のような騎士がダンケルハイトに堕ちた」
バラージュが泣いている、ように見えた。
書斎の机のうえで握り締められたこぶしが震えている。
本がうずたかく積まれたその場所にはバラージュだけで、部屋の主の姿はなかった。
(ああ、そうだったんだ)
やっとすべてがつながった。
マックスは・・・バラージュの親友であり、アルトメイデンが兄のように慕っていたマクシミリアンは、
わたしを救おうとして過去の輪廻のときに命を落としたのだ。
彼の献身でこの時代に進めたけれど、輪廻の鎖にふたたび囚われてしまった。
バラージュはそれからずっと書斎にひきこもり、書物をよみふけっていた。
そして長い長い時間のあと、ようやく顔をあげた。
「マクシミリアン・・・ 貴様に約束しよう。
我は必ず姫を “永遠” より解放する」
部屋は無人になり、あとには沈黙だけが残された。
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