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今のは・・・バラージュの記憶?
バラージュはわたしから身を引き離した。

「これでよい・・・・・・これで・・・・・・。 すまぬ、メアリ」

「謝らないで。謝る必要なんてない」

「我のけがれをおまえに分け与えた・・・・・・」

「けがれ・・・・・・」

それは罪、とういことだろうか。だとしたら・・・・・・。

「うれしいわ、バラージュ。あなたの罪の半分はわたしが背負うことができるのだから」

「ふっ・・・・・・ どうやら・・・・・・お別れ、だ・・・・・・アルトメイデン、いや、メアリ。
 ・・・・・・永遠、に」

「永遠に? なにを言うの、バラージュ。
 たしかにあなたはもうすぐ亡くなるかもしれない。
 でも、わたしの残りの生だって、そう長くはないわ。
 離れても、それは一時のこと。すぐにまた逢えるわ。次の人生で」

「・・・・・・ふっ」

「どうして笑うの?」

バラージュの笑みは、たんなる安心感からきたものには見えなかった。
むしろ、もっと超然とした笑み、なにかを実現不可能であると悟った時の諦観、納得の微笑みのように思えた。

「それは・・・・・・あり得んことだ」

「えっ?」

「我とおまえは、もはや二度と逢うことはかなわぬ。たとえ、来世であろうとも」

「どうして!? だって、わたしは・・・・・・!」

「おまえの輪廻は・・・・・・たったいま断ち切られた。
 我が断ち切った、のだ・・・・・・
 そして、我の輪廻も・・・・・・また・・・・・・」

「・・・・・・」

「ひとつの永遠の先には、新たな未来が始まっている・・・・・・
 おまえと、おまえの大切な者に・・・・・・
 もう二度と、おまえに 『永遠』 が訪れぬことを・・・・・・我は祈って、いる・・・・・・ぞ・・・・・・」

「バラージュ!?」

「・・・・・・」

「・・・・・・バラージュ」

(そう・・・・・・逝ったのね、バラージュ)

バラージュの表情は安らかだった。
何かを成し遂げた満足な顔。
わたしが永遠を誓い合った人――バラージュは逝ってしまった。

(たぶん、わたしもすぐにいくわ、バラージュ。
 二度と逢うことはないって、あなたはそう言ったけれど・・・・・・わたしはそうじゃないってわかっている。
 きっと来世で・・・・・・ 次の輪廻で・・・・・・ わたしはきっとあなたと巡り会う。
 記憶はなくなってしまうけれど・・・・・・わたしは、あなたの魂(ゼーレ)を覚えているから。
 ねえ、バラージュ・・・・・・)

視界がかすんでいく。

(だから未来で待っていて。わたしも必ずいく。そしてあなたを見つけてみせるから)

バラージュに寄り添い、わたしは静かに目を閉じた。

    *     *     *

「ジェラルド様、本当に良かったのですか」

「レルム、そなたは不満か」

「よりによって、ダンケルハイドの手に渡すなんて」

「余とともに 「輪廻」 という名の 「永遠」 を生きるか、新たな未来に旅立つか。
 すべては彼女が決めること。
 ・・・分かっていたのだ、いつかこうなることは」

「ジェラルド様・・・?」

「新たな未来で彼女はひとりではない」

「どういうことですか」

「おそらく・・・輪廻のらせんにとらわれたことによって、アルトメイデンは新たな力を得た。
 破滅した魂でさえ、おのが命と引換に、新たな世界へ導く転生の力・・・」

「それでは、メアリが死んでしまったのは・・・」

「・・・ダンケルハイトの魂を導いたのであろう。
 マクシミリアンのときと同様にな・・・。いかにも彼女らしい」

「そうだったんですか。ボクは何も知らなくて」

「余もすべてを理解したのはつい先日、マクシミリアンの手記を読んだのちだ。
 卿はアルトメイデンを救う方法を見つけ出したが、邪魔が入り、命を落とした。
 バラージュは卿の死後、手記を読み、自らダンケルハイトに堕ちたのであろう」

「それがアルトメイデンを救う方法だというのですか」

「アルトメイデンの魂は純潔そのもの。
 破滅するダンケルハイトの汚れを与えることでのみ、彼女をつなぎとめる輪廻の鎖を断ち切ることができるのだ。
 ・・・余は、アルトメイデンと決してわかたれることのない永劫の時を、輪廻の永遠を一対の者として生きることを望んだ。
 しかし彼女が選び取ったのは、新たな未来。
 永久の別れになるとはいえ、彼女の決断をくつがえすことは許されぬ。
 ・・・余はしばらく眠りにつこうと思う」

「ジェラルド様・・・」

「そんな顔をするな、レルム。
 メアリが余の元に来ても、来てくれなくても、この結論は変わらなかっただろう。
 今回のことで、この城のまわりも騒がしくなりすぎた。
 しばらく身を隠し、余の存在を知る者が残らずいなくなるその時まで眠るがよかろう。
 レルム・・・ここでお別れだ。長きに渡り、よく仕えてくれた」

「いいえ、ジェラルド様。 ボクは待っています。
 ボクはジェラルド様の帰りを、この城で待っていますから・・・・・・何十年でも、何百年でも」

「・・・良いのか、レルム。余が眠れば、強力な結界をこの城に張り巡らせることになろう。
 そうなれば長き眠りにつくちからがないそなたはその間、ひとりきりでこの城におらねばならぬ。
 わかっていると思うが、そなたが望むなら、余はそなたと余との契約を解き、自由の身にすることもできるのだぞ?」

「なにを言うんですか、ジェラルド様。
 ボクは永遠にジェラルド様の使い魔です。
 だいじょうぶです。心配しないでください。やることはいっぱいあるんですからね。
 お城じゅう、綺麗にお掃除しなくちゃいけませんし、それにお食事の準備だって・・・
 それ以外も、とにかくいっぱいやらなきゃいけないことがあるんですから!」

「レルムよ・・・ そなたのような執事をもって、余は果報者だな」

「そんな・・・
 ジェラルド様は、誰よりもお強くて、気高くて・・・・・・最高のご主人様ですっ!」

「そなたの忠義に感謝する。ありがとう、レルム。
 人が生まれ、死ぬほどの長き時も、『貴族』 にとっては一時の眠り。
 さらばだ、アルトメイデン。余の及ばない、まぶしい未来へ旅立ったそなたに祝福を」


―アルトメイデン。【永遠】という時の流れに囚われていた少女は、
【闇の魂】を犠牲に、【解放の時】を迎えた。
そして、今―少女の魂は、未来へ繋がる扉を開く・・・・・・。
もしも、あなたの記憶の片隅に、わずかでも、この光景が残っているなら・・・・・・。
・・・・・・どうか、思い出してほしい。この物語が、あなたの魂の記憶であることを―



「・・・・・・」  鐘の音が聞こえる。

どのくらい眠っていたのだろうか。
長い・・・・・・長い夢を、見ていたようだ。
夢の中でわたしは、確かな温もりを感じていた。
その温もりの記憶が、これからのわたしの人生に大きな影響を与えていく・・・・・・。
そんな予感の中、わたしの意識は再びまどろみの底へと沈んでいった――。