その日の夜――。わたしは、いつもの夢を見ていた。
ああ、またあなたなのね。
長い金の髪の美しい少女。いまでは顔もよくわかる。
そして、彼女の隣にいる褐色の肌の男の人。
彼は・・・・・・彼の顔はまだよくわからない。
えっ、恋人? あなたと彼は恋人同士なの?
少女が、こくんと頷く。
彼女と彼が見つめ合う。手と手を取り合い、そして唇と唇とが・・・・・・。
「・・・・・・!」 わたしはベッドから飛び起きた。
そうだと気づいたのは、回りを見回してからだったけれど。
ここは自分の部屋。ベッドの上。わたしの名前は、メアリ。
わたしはわたし。そうだ、間違いない。
「そう・・・・・・間違いない、わ。
・・・・・・ああ、素敵な夢だったな。
素敵な、夢・・・・・・?」
わたしはかぶりを振った。
よく思い出せない。たしか誰かと誰かが・・・・・・。
「恋人同士・・・・・・だったような気がする。誰と誰だったかしら?
ええっと・・・・・・わたしと・・・・・・」
そのとき時を知らせる鐘が鳴った。
「・・・・・・あっ、もう朝なんだ。起きなきゃ」
礼拝堂でお祈りをする。どうしてあんな夢を見たのだろう。
わたしは神に仕える身。恋愛なんて・・・。
「・・・・・・メアリ、どうかしましたか」
「え? あ、コンラッドさん。おはようございます」
「おはよう。何か気になることでもあるのですか」
「いえ、たいしたことではないんです。
ちょっと、夢のことを思い出してしまって」
「夢、ですか。よく見るみたいですね。
いつからです? よく夢を見るようになったのは」
「いつから・・・・・・」
そういえば、いつからだろう。
ジェラルド様が現れる前、なのは確かだ。それよりも、少し前・・・・・・。
「いつから、とはっきりとは覚えていませんけど・・・・・・ ここ最近です」
「なるほど・・・。最近の出来事とキミの夢とは、どこかでつながっているのかもしれませんね。
夢の話を最初に聞いた時から、そんな気はしていたんですが・・・・・・」
「あの・・・コンラッドさん」
わたしは顔を上げた。
「コンラッドさんはキルヒリッターなんですよね。
異端 ― 『貴族』 について教えていただけませんか」
わたしの夢とジェラルド様の求婚。
森に現れたもうひとりの貴族、バラージュと増え始めた魔物たち。
関係があるような気がしてならなかった。
「そうですね、あなたは知っておいたほうがいいと思います」
コンラッドさんはわたしに椅子をすすめ、自らも近くの椅子にこしかけた。
「キミたちのいう魔物を教会では 『異端』 と呼びます。
私もいままでに数多くの 『異端』 を目にしてきましたが、実は彼らは生まれついての魔物ではないのです」
「えっ!?」
「『異端』 とは、別の生物がなんらかの理由である瞬間、もしくは死後に変貌を遂げたもの。
教会では、そう考えています。
一度、『異端』 となったものは二度と人や獣に戻ることはありません。
『貴族』 もまた 『異端』 の一種族です。ただし、『異端』 の中で至高の存在。
なぜ彼らがそれほど強い力を持っているのか?
なぜきわめて高い知性と、まさしく貴族がごとき気高さをそなえているのか?
それは、以前の彼らが神に近い者だったからです」
「神に近い?」
「清らかな魂を持っていたということです」
「えっ!? じゃ、じゃあ・・・・・・」
「そう、『貴族』 には元々、神を近くに感じていた者・・・・・・
わかりやすい例で言えば、教会の人間が、『異端』 と化した者もいるのです。
彼らには始祖とも呼べる存在があり、すべての異端を統べる、『始まりの王』 がいるようですが、詳しいことは不明です」
「始まりの王・・・」
コンラッドさんの話は知らないことばかりだった。
もっともこんな状況にならなければ、一生縁のない話だったけれど。
「貴族のなかでも、特に有力な4名が東西南北を支配していることがわかっています。
この村の人たちが領主と呼ぶ貴族は、西の地を支配する公爵。
そして、森で会った貴族は東の地を支配する伯爵です」
「東の地? 東の伯爵がどうしてこんなところにいるのでしょうか」
「わかりません。ただ、彼はダンケルハイト。シュトラールである領主とは違います」
「同じ貴族なのに、シュトラールとダンケルハイトに分かれるんですか」
「ええ」 と、コンラッドさんはうなずいて言葉を続けた。
「シュトラールは汚れなき魂をもつ、光の 『貴族』、対してダンケルハイトは吸血と殺戮を好む、闇の 『貴族』。
もともと貴族はすべてシュトラールなのです。
しかし、一度、人の血の味を覚えた貴族は、たびたび人を襲うようになります。
そのようにして吸血におぼれた貴族がダンケルハイトに堕ちるのです」
「・・・・・・」
森のなかであったダンケルハイト・・・バラージュはたくましくて、
最初は確かに少しおそろしい感じはしたけれど、それほど怖いとは思わなかった。
わたしにとっては貴族より、村の人たちのほうがよっぽど・・・・・・
「それにしても・・・・・・領主だけでなく、もう一人の貴族ですか。
キミはよほど魅力的な女性のようですね」
コンラッドさんは微笑んで言ったけれど、今の村の混乱を呼びこんでしまった原因は間違いなくわたしなんだ。
どう答えればいいのか・・・・・・。
思わずうつむいてしまった。
「あっ・・・・・・すみません。キミの気持ちも考えずに、冗談のようなことを言って」
「いえ・・・・・・わたしの周りに領主様やダンケルハイトが現れて、それがみんなに迷惑をかけているのは確かですから」
「キミ・・・・・・」
「コンラッドさんだって、そのせいでこの村に来ることになったんですものね。すみません。
わたしなんて、いなくなればいいのかも・・・・・・」
「もうやめてください」 ガタッと音を立てて、コンラッドさんは椅子から立ち上がった。
「・・・・・・!」
「私の過ちは何度でも謝ります。キミが許してくれるまで、何度でも。
だから、キミが自分を言葉の刃で傷つける必要はありません。蔑むのはやめてください。
・・・・・・このとおりです」
(あっ・・・・・・)
コンラッドさんは、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「コ、コンラッドさん・・・・・・」
「・・・・・・」
「も、もうやめてください」
「いまのような言葉は口にしないと約束してくれますか?」
「約束します。しますから、だから・・・・・・」
「ありがとう、メアリ」
コンラッドさんはようやく頭を上げてくれた。
お礼を言うのはわたしのほうだ。
わたしは礼拝堂を出て行くコンラッドさんの背中に心の中で深くおじぎした。